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2011年10月の投稿

2011年10月31日 (月)

醜いものを見ない文化?

 本屋で立ち読みをしていると、あるアメリカ人の書いた本に「日本には醜いものを見ない文化がある。日本を研究している人物からそう教わった。」とあった。このアメリカ人は、日本の政治家は現実を直視せず、決断を先延ばししていると訴えたいがためにこの話題を出してきている。
 たとえば、この人の経験として次の事例を語っている。京都の寺を観に行ったときに景観の素晴らしさに感動したのだが、傍らに自動販売機が並んでいるのを見つけた。日本の友人に、なぜここに自販機を置くのかと尋ねたところ、おやっという表情をした。自販機の存在には全く気が付いていなかったのである。アメリカ人に言わせると、その日本人の視界から自販機は切り捨てられ、剥落していたのである。

 なるほどと思う反面、このようなことは日本に限らず、どこにでもあることではないかと考えた。何かに意識が集中すれば、それ以外のものが目に入らなくなるのは人間に共通の現象だろう。また、京都のお寺に自販機があるのは単に商売上の問題だろう。新幹線に乗ると席まであれこれ売りに来るのと同じだ。

 とはいえ、すべてを否定することはない。何か示唆するところはないか。日本人は客観的にものを見るという点がやや弱いのではないか。醜いものや都合を悪いものだけをことさら見ないのではなく、その逆の面も含めて全体が見えないということではないか。弱みも強みもひっくるめて認識が弱い。
 私は、日本の大衆は他国に比べて知的に劣っていることもないし、考えが幼稚だとも思わない。逆に常識的で、分別のある国民ではないかと思う。ところが、日本の知識人やエリートだけとりあげてみると、随分劣っているように思われる。これには様々要因があるのだろうが、一つには大学の研究・教育が貧しく、国際化されていないことにあるのだと思う。

 このアメリカ人は、この本で、主に日本の政治とりわけ外交について書いている。日本の将来を考えた場合に日米同盟が不可欠である。アメリカは日本を見はなすことはない。沖縄には米軍基地がなくてはならない。中国は沖縄を狙っている。普天間は特別危険な基地ではないが、解決策は辺野古への移設以外にはない。などなど。

 かつてアメリカ政府の一員であった彼にとっては普通の発言であろう。しかし、一方で、辺野古移設反対、県外移設要求は沖縄県民にとって普通の発言である。沖縄県民は、目の前で毎日、醜いものを見せつけられているのであるから。

2011年10月30日 (日)

抑圧された欲望

 人間は様々な欲望を持っている。社会生活を営むにおいてそれらは、法や規範によって一定の範囲内に抑え込まれている。人間の意識や行動は、所属する共同体や利益社会の構造によって規定されているが、白紙に始まって順に色が付いていくのかと言えばそうではないだろう。人間は白紙では生まれてこない。

 生活に障害をもたらす種の欲望は、まずは躾によって抑制され、続いて公教育の場で抑制される。そして、成長すれば自ら抑え込むことを覚える。生きることに今よりもずっと制約の大きかった時代には、そこに大きな葛藤が生まれ文学の素材にもなった。

 ここでは、あまり難しいことには立ち入らない。あくまで個人的なことである。私は、自分で言うのもなんだが、相当道徳心の強い子どもだった。子どもながらに葛藤があった。そういう傾向は、成長するにつれ、いくらかは持ちこしながらも徐々に薄らいでいった。といっても法や規範を無視しだしたのではない。法や規範の成り立ちを理解することで、その順守が絶対的なものではなく、状況によっては罪を問えないこともあるのだと知ったからである。

 ところで、欲望には様々あると言ったけれども、たとえば美味しいものを食べたいとか、きれいな服を着たいとかいったものがある。これは人間だれしも持つものであり、否定すべきものでもないが、それが満たされるとは限らず、逆に満たされない場合の方が多い。満たされないと分かれば、欲望が頭をもたげないように隠してしまう方が生きやすい。
 大げさな話ではないが、こどものころから贅沢はしてはいけないとか、きれいな格好をすることに囚われてはいけないとか思ってきた。親から言い聞かされていたということが大きいのかもしれないが、実際はそれができる生活の条件がなかったということである。昔は、星野哲郎が「ぼろは着てても心の錦」と書いたように、貧しさに耐えるための抑制の美学があった。

 そうやって学生時代を生き、就職したのだが、世の中が経済成長するなかで、自分で稼げるようになるにつれ、いくらか贅沢ができるようになってきた。それは抑制していた欲望の解放でもあった。「おいしいものを食べに行こうか。」という言葉が茶の間で聞かれるようになり、新しいシャツが欲しいだの、靴が買いたいだのとささやかれる。

 欲望は作られ操作されるものだという見方があり、それを私も支持するが、それがすぐに購買行動に結びつくのではない。意識の底に沈潜し、可能な条件ができた時に吹き出すのである。その他の欲望も同じだろう。政治的な欲求にしても、「自由」の記憶が、ある時に吹き出すのである。

2011年10月29日 (土)

リーダーシップの衰退

 歴史を学んでいると、数々の権力者やリーダーが登場する。政治の世界ばかりではなく、近代にはいってからは経済の分野でも数多くのリーダーが登場している。ところが近年、そのように歴史に残るような人物が少なくなっているように思われるし、世間でもそう言われている。

 特に日本の政治家には評価すべき人材がいないと言われているのだが、なぜだろうか。首相がひっきりなしに交代したり、野党の側も党をまとめきれないなど、日本に特徴的な現象はあるが、リーダーの減少は世界的な傾向のようだ。
 例に出すのは悪いが、最近殺害されたとするカダフィーなどはリーダーには違いなかった。彼は権力を集中して保持していた。政治的リーダーにはこの権力の集中的掌握が条件となる。そういう状況は近代が始まるまでは普通に見られたことだし、近代になってからも社会主義革命やファシズムの台頭や植民地の解放闘争など歴史の転換点では生まれえた。

 平穏な時代が続いて、民主化も進展すると権力が分散化して、特定の人物に権力が集中しない。それが強力な政治的リーダーが登場しない背景にあるだろう。
 それでも、比較的持っている権力の大きい人物を考えると、金正日、プーチン、チャベス、オバマなどの名前が浮かぶ。大統領は相当大きな権限を持っている。プーチンは今は大統領ではないが、その地位を超えた絶対的な権力を持っている。チャベスはアメリカにとったら厄介な存在だろう。オバマは人気を落としているが、それでも大統領の力は絶大だ。

 権力の分散化とともに影響しているものは、選択の幅の狭さである。いろいろな選択が可能であれば、個性の発揮もしやすいが、そうでないなら無難な判断ができる人物の方がリスクは少ない。冒険そのものが評価されない条件があるのである。

 こんな風に書いてくると、面白くない時代になったと思うかもしれない。確かにそうだが、もはや英雄のパフォーマンスは不要なのだ。冷静に、客観的にものを考え行動できる人間が増えてくれたら、社会の向かう方向性の選択も堅実にできるのではなかろうか。逆に、冷静にものを考えられる人間が減少すれば見かけが立派で威勢のいいリーダーもどきが台頭し、おかしな方向に進んでしまう恐れがある。

 だから強力なリーダーの登場はかえって恐ろしい。

2011年10月28日 (金)

居眠りの原因は怠惰ばかりではない

 居眠りの原因は気の緩みだという見方が支配的であったし、今でもそうかもしれない。私も以前はそう思っていた。ところが、夜の眠りが浅くなり、おそらくそれが原因で昼の眠気が顕著になってからは考え方が変わった。眠気には様々な原因があり、本人の心がけが悪いというような単純な問題ではない。

 睡眠時無呼吸症候群という病気が知られるようになった。無呼吸になれば体内に取り入れる酸素の量が少なくなり、昼間の睡魔を誘う。交通機関の運転手が居眠り運転をして、その結果無呼吸症候群だったと分かり話題になったことがあった。当事者にとってみれば、不摂生が原因だと思われるのは辛い。

 私も昼間の眠気が酷いので、ある病院にかかっている。機械を身につけて検査をしたところ無呼吸ではないことが分かった。血中の酸素濃度が低下していなかったのである。では原因はなんなのだろうか。これはまだ分かっていない。さらに検査することになっている。医者に言わせると、眠気の原因を突き止めるのは難しのだそうだ。最初にそう言われると、かなりがっかりする。こちらは生活に支障があるから来ているのである。

 眠っている間は自分の行動をコントロールできない。私の場合は、何度も目が覚めるという現象があり、朝起きた時に十分眠ったという感覚がない。それが昼間の眠気と関係しているのだと思われる。治療法があるのかどうか分からないが、一縷の望みを持ってしばらく通院することにしている。

2011年10月27日 (木)

老朽化する構造物

どの国においても、経済の成長期には建造物があまた造られる。まずは国策によってインフラが整備される。港湾、道路、橋など。続いて企業によって商業ビルが建てられる。また、労働者が住むアパートやマンションなどの建物が建っていく。

 1970年が経済成長の一つの節目と考えると、それから40年あまり経過する。その間に建てられたおびただしい数の建造物が日を追うごとに老朽化し、耐用年数の限界に近づいている。人間は若い時には自分が年老いた時のことは頭になく、当然のことながら備えもしない。社会においても成長を遂げているときは兎に角造るのが先決であり、補修や建て替えの費用まで計算に入れていないのだろう。

 行政でも予算をとって順次補修・改修を進めているが、なにぶん予算が不足している。まだ誤魔化せているうちはよいが、事故が起こる兆候が出始める時期に至ればただ事ではない。いつだったか韓国で橋が落ちる事故があったが、それは論外にしても近い現象は起こってくるのではないか。ただただ、細々と手当てをして使用不能になる時期を先延ばしする。最後に引き受ける将来の世代への負の遺産である。

 人口の多い地域はまだ優先的に予算が投じられるであろう。しかし、過疎の地域では、十分に活用されず、メンテナンスされず、結局は放置・放棄されるのではないか。そのことが、地方での災害の程度を大きくすることにもつながるかもしれない。

 できるならば、上記の問題も含めて、将来を見据えたバランスのよい政策を期待したい。未来の人々に思いを巡らせることも今重要なことである。

2011年10月26日 (水)

石は磨いても宝石にはならない?

 先日会社で人材の育成について話をしていた。そこである人が、できる人というのはもともと才能のある人であって、人を採用するにあたっては宝石の原石を見つける必要があるという趣旨の意見を述べた。一理ある。

 しかし、まだ磨かれていない宝石の原石と石とは見わけがつけがたい。人の集団は玉石混淆である。たしかに玉がいれば石もいる。違いはあるのだが、玉であるのかないのかは、結局磨いてみないと分からないのである。一番愚かなのは、自分は石だと決め込んで磨く努力をしない人だ。

 必死で磨いたけれども、結果石だったと分かることがあるかもしれない。しかし、それでもきれいな石にはなったのである。形のよい石にはなったのである。路傍で雨に打たれ人知れず風化していく石ではない。

 世の中には結果論でしか言えないことがたくさんある。立派な人が、こどものころから賢かったという場合もあるし、こどものころは悪かったという場合もある。さすがに偉い人はこどものころから偉かったねとも言えるし、こどものころは悪い方が偉くなるんだねとも言える。すべて結果が出てから後付けしているのである。逆に、子どものころに賢かったから大人になって偉くなるとも限らないし、悪かったから偉くなるとも限らないのである。

 磨く努力を怠ってはならない。

2011年10月25日 (火)

東北に集まるお金

 東日本大震災震災の復興に十兆円を超える予算が付けられようとしている。財源は国債であったり所得税であったりする。国民から広く集めたお金を東北のために使うのである。被災者の生活を支援し、インフラの復旧などを通じて被災地の経済を一日も早く立てなおすことが必要であり、予算が決まるのはよいことだ。

 もっとも、困難なことはたくさんある。かんたんに言ってしまえば、様々な利害関係があって、予算を執行するまでには調整にかなり時間がかかるということだ。予算はあるが使われないということがしばしば起こる。できるならば互いに欲を出さず、ゼロからスタートする気持ちで考えてもらいたい。うちの土地は100坪あり、隣は50坪だったのだから、移転する先でも2倍でなければ不公平だというような主張が先行すると収拾がつかなくなる。

 これから巨額の国家予算が東北地方に流れ込む。決して少ない額ではない。なかでも土木や建設の業者に渡るお金は小さくない。大掛かりな工事になればゼネコンが請けることになるだろう。復興のためには儲けを度外視してやりますよという顔はしても、企業である以上利益の追求を強いられる。まともな経済活動が大半だとは思うが、なかには不透明な使われ方もありうるのではないか。

 お金のあるところに人や企業が群がる。これはいい悪いの問題ではなく、法則的なものである。元はと言えば、国民の税金。被災していない国民が拠出するものなのだ。あまりにいい加減な使われ方は困る。めぐりめぐって全国の経済にいくらかでもプラスになるような使い方をぜひ期待したい。

2011年10月24日 (月)

実行力のない組織

 トップはよく考えよく働くし、メンバーは皆まじめで能力がないわけでもないのに成長できない組織がある。どうしてそうなるのか。

 組織が大きくなる過程で、一人のリーダーが圧倒的な指導力を発揮して引っ張る時期がある。組織が小さく、事業の範囲も狭いから、かなり細かな指示まで下される。そうするとメンバーはその指示を忠実にこなしていけば事業は前進するし、役割も果たせているのである。

 こういうスタイルが定着すると、指示を超えた仕事はしないようになる。指示自体決して甘いものではないから、それをやり遂げるだけでも骨が折れる。それ以上のことをやる余力はない。しかし、組織が大きくなってくると、そのスタイルとの不整合が起こる。トップの見える範囲以上に事業範囲は広がる。指示される側は、指示以上にやるべきことが増加する。

 トップもメンバーもともに考えを改めなければならない。トップは細かなことまですべてを掌握することを断念しなければならない。これは辛い決断だが、自らの管理のやり方を変え、要所要点を上手に把握する方法を考え実行すべきである。メンバー(幹部になった)は、自分が任された組織において、昔のトップがやっていた仕事ができなければならない。自分の部署をひとつの会社だと考えればよいのである。

 トップとメンバー(幹部)双方に決断が必要だ。実行力を発揮するには、従業員一人ひとりのモチベーションを上げるなど多彩な方策が検討されるが、今述べたことを、まずは出発点としなければならない。

2011年10月23日 (日)

都市対抗野球2011年大阪開催

 震災の影響で例年の東京開催が見送られ、大阪での秋開催となった。従来の日本選手権は今年はなくなった。

 今日は2日目。第2試合を途中から外野で見た。球場外は、第3試合に登場する地元大阪のNTT西日本の関係者でごった返していた。入場待ちの行列ができており、一般客はどこから入っていったらよいのか迷ってしまう。

 第2試合はNTT東日本(東京都)対四国銀行(高知市)の試合。NTTは大企業だけに、東京の企業とはいえ応援団の動員力が違う。一塁側内野スタンドはほぼ埋まっている。内野がこれだけ埋まることはオリックスの試合ではないだろう。対照的に四国銀行は小じんまりした応援団。それでも、よさこい踊りの応援があったりして華やかだ。

 NTTが先行し四国銀行が追いすがる展開。安打数が少なく、投手戦と言えるだろう。社会人の投手も真っすぐが速くなり、140km台の直球を平気で投げている。四国銀行は、赤松の本塁打で再び同点とするも、延長10回に力尽きた。

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「もう秋」とは言えない今の気候

  先週末は、事務所内の気温が30度を超え、エアコンで冷やさなければならなかった。もう10月も後半だと言うのに、この暑さはなんだろうか。秋の気候と言えば、朝夕は寒いぐらいで、昼間が過ごしやすい気温になる状態を指すように思うが、今は朝夕がちょうどよい具合である。

 思い起こせば、小学校の運動会の朝はひんやりしていた。私の出身地が田舎であり、半ズボンをはいていたという事情もあろうが、明らかに今よりも気温は低かったのである。

 徒歩で会社に向かっていると、シャツ姿で通勤している人がまだいる。それでも決して寒くはないし、電車の中ではその方がより快適だろう。会社では腕まくりしているかもしれない。
 休日に街を歩くと、まだ上着なしが多いし、半そで姿も見かける。そろそろ半そではしまいたい時期だが、汗ばむ時間帯には違和感はない。

 秋が深まればシャンソンでも聴きたい気分(とは言っても私が聴くのは和製シャンソンだが)になるが、それはまだしばらく先のことだろう。ほんとに夏が長くなった。一年の半分は夏である。あと数十年したら、一年中夏になるのではないかと思ってしまう。

2011年10月22日 (土)

「初心者ですから」は通用しない

 まだ十年にはならないと思うが、国会の中継を聴いていた時の話である。法務大臣に就任したばかりの南野知惠子氏が、野党からの質問にうまく答えられず、窮して「なにぶんにも初心者でございまして。」と答弁した。(言葉は正確でないかもしれないが、意味としてはこういうこと。)それに対し非難の声が次々と上がり、場内が騒然としたのである。

 責任ある職に就く者は「初心者」であってはならない。異動あるいは抜擢によって、必ずしも明るくない分野に身を置くことがある。その時にも、初心者だ、素人だと言って責任を逃れてはいけないし、また逃れられるものでもない。分からぬことは自ら調べるなり、部下に質問するなどして不足の部分を埋め合わせる努力をしなければならない。部下も、実務的なことは自分の方がよく知っていることを自覚しているし、自負もしているはずだから、上長の後押しをすべきである。

 組織の内部においては自分の苦手な分野を隠す必要はないし、逆にオープンにして援助してもらうがよい。もちろん援助ばかりしてもらうわけにはいかない。適切な状況判断と意思決定で組織運営を首尾よくこなし、上長の権威を示さなくてはならない。

2011年10月21日 (金)

サービスの質はこんなものか

 10日ほど前だったか、大阪駅近くの百貨店にある喫茶店に入った。アイスコーヒーを注文して間もなくだったと思うが、ロングヘアーですらりとした親子が近くの席に着いた。二人ともジュース類を頼んだのだが、娘の不注意でグラスをひっくり返した。中の液体の一部が母親のズボンにかかり、残りは床に飛び散った。

 その瞬間、グラスの倒れるかなり大きな音がたったので、思わずそちらに目が行ったのだが、問題は近くで帰った客の残した器を片づけているウエイトレスだ。平然と片づけを続けている。あの物音になんら反応していない。気が付かないということが信じられないのだ。その次に行うべき行動について語りたいのだが、気が付かなければ行動のしようがないではないか。
 グラスを倒したのは客の責任であるが、タオルを持ってきて服を拭いてあげるとか、ふきんで床を拭くとか、すぐに動くのがウエイトレスの仕事である。「すみません。ふきん貸してもらえますか。」と声をかけられ、それから丁寧に接しても、サービスの在り方としては落第である。即座に反応することが、質を決定づけるのではないだろうか。

 ちなみにこの喫茶店は、D実業が経営するE屋という名の店である。

2011年10月20日 (木)

「しんどいなー、しんどいわ!」

 地下鉄の通路を歩いていると、野球帽をかぶったジャンパー姿のおじさんが歩いてくる。歳はおそらく60代で、70まではいっていない。おじさんは歩きながら壁に向かって叫んでいる。「しんどいなー、しんどいわ!。しんどいなー、しんどいわ!」なんどもなんども繰り返す。この手のおじさんは時折見かける。ひとり言のようにして、しかし大きな声で、何度も何度も同じフレーズを叫び続ける。きっと何かの不幸か不満を抱えている人たちだ。
 後方の声をやり過ごして、私は前に足を進める。

 おじさんは路上生活者のようなみすぼらしい服装ではなく、痩せてもいない。もちろん裕福そうではない。そして、かれが叫んでいることの真意も分からない。ただし、「しんどい」は、肉体的なしんどさではないことは確かだ。足取りはしっかりしていて、声にも力がある。だから、生きることのしんどさなのである。
 さらに想像すると、単にお金がないというような単純な悩みではなく、借金の返済に追われているとか、何か解決の難しい問題に直面しているのだろう。それ以上のことは直接問いかけてみないと分からない。

 ①病や老いの悩み ②人間関係の悩み ③経済的な(貧困の)悩み。主要な悩みであるが、近年は特に③の悩みが多く、自殺増加の原因になっている。近隣に住む者同士が互助的に相談し合うことが望ましいが、それが難しい状況では行政が気軽に相談できる場を設けてほしい。おそらく何らかの窓口は設けているのだが、PR不足のためあまり利用されていない。

2011年10月19日 (水)

貧乏人は偉いのだ

 しばらくの間、スーツを除く衣類をユニクロで購入していた。シャツ、ジャケット、下着、ズボンなどであるが、着てみて気付くのは「飽き」の早さである。ユニクロの中でも比較的高い値段で買ったジャケットは長く着ているが、シャツは二年着ることはない。たんすのなかに押し込んだままになる。そして結局捨てることになる。同じものばかり着ているから飽きるのだという見方もありうるが、経験的に判断するとそれなりの値段で買ったものは何年着ても飽きがこず、傷むまで捨てることがない。

 着ないものを後生大事にとっておいても何の役にも立たないから結果的に捨てるのも仕方がないが、無駄をしているには違いない。最近は考え方を変えて、10年着られるものを選び始めた。値段は5倍10倍であっても、計算上元は取れると判断される。もっとも、元手がないから一度に買い替えることはできず、少しずつの入れ替えだが、一巡すればしばらく買い足さなくてもよくなる。

 理屈としては同調してくれる人が多いと思う。ここで問題は、やはり元手なのだ。当面の資金の有無である。なければユニクロに手が出るし、あればいいものを買えばよい。これは一つの仮説だが、金持ちの家には物が少ない。家そのものが大きいから少なく見えるという面もあるが、わたしたち貧乏人の家にはがらくたが多いのである。
 結局のところ、貧乏人は安いものを買うことになる。そして、考えてみるとその安い商品は大抵アジアの新興国で作られている。貧乏人の消費が、新興国とその国の労働者を支えていると言えなくもない。貧乏人は国際貢献をしているわけで、とっても偉いのだ。

 (ちなみに、金持ちが存在するのは貧乏人が存在するからです。両者は裏腹の関係です。)

2011年10月18日 (火)

狭まる外食市場

 内食への傾向がなお強まっているようだ。外食企業はどこも安泰ではない。安価なチェーン店に客が流れる傾向がはっきりしていて、牛丼業態でもセールを行うと客が増える。250円の牛丼でどれだけ利益が出るのか。一般的に原材料(食材等)費率は3割と言われるので、75円で賄っていることになる。牛肉、米、玉ねぎなどを相当安く仕入れているに違いない。

 私の通勤経路に新たにサイゼリヤが店を出した。今のところ客入りはいいようだ。店の前にはたくさんの自転車が並んでいる。客層としては、小さな子供のいるファミリーが目立つ。この価格で子どもの好きな洋食が食べさせられたら、確かにお値打ちである。近くに、かなり前からやっているファミレスが2軒あるが、もともと入っていなかったところにサイゼリヤのオープンでこたえるだろう。随分前の話だが、バブルの時代には夜遅くまで賑わっていたことを思うと隔世の感がある。

 経済の停滞が中間層の崩壊を招いている点については、日本だけではなく欧州やアメリカでも問題視されている。外食や観光は中間層が支えてきた産業である。だから、今苦しくなるのは当然かもしれない。ファストフードやそれに準じる外食が流行る背景には、低所得者層の群がある。マクドナルドを頻繁に食べるのは豊かさではなく、貧しさの象徴である。豊かな層は、もっと食事らしいメニューを食べるか、母親あるいは妻の手料理を食するのである。ハンバーガーは病への招待状でもある。

 ますます外食は厳しい。消耗戦を生きぬくには、集客と徹底したコストダウンが必要だ。集客のポイントが価格だとすれば、コストダウンしかないわけだ。食材、非食材の仕入れ価格の低減と人件費の抑制である。外食に物を納めている商社やメーカーもまた消耗戦の渦中にいる。

2011年10月17日 (月)

トップの責任

 前にも書いたが、組織の頂点に位置する者の責任は重たい。組織がどこに向かって進むかについて、組織成員の意見を汲むことはあっても、最終の決断はトップの責任において下さなければならない。二番手の者はトップに頼ることができるが、トップは誰にも頼ることができない。孤高の存在である。

 トップが責任を取らなければどうなるか。組織全体が無責任になってしまうだろう。トップが責任を取ることで、以下の者に応分の責任を負わせる力が働く。

 戦争の責任はだれが負うべきだったのか。もちろん、様々な形で責任をとった人はたくさんいた。しかし、全体の最終的な責任を負えるのはただ一人であったのだ。

2011年10月16日 (日)

ボディビルのポージング(須藤孝三、末光健一、ほか)

 十年以上前のことだが、近所のボディビルジムに通っていた。週に1~2回しか行けなかったが、続けていると確実に効果が現れ、筋量が増えた。トレーニングで挙げる重量はベンチプレスで80~90kg、スクワットは100kg程度だった。どこまで挙がるかは、パートナーがいなかったので試しはしなかった。もしも挙がらなかったら大変なことになるからだ。

 そのうち忙しさにかまけて足が遠のいた。それでも自宅で細々とトレーニングしていたが、ある時腰に激痛が走り、それを機会にやめてしまった。やめてしまうと身に付けた筋肉は徐々に落ちていき、その分が脂肪に置き換わる。体重自体はあまり変わらない。

 少数派であろうが、中学生の時からボディビルには興味があった。最初はエキスパンダーを使い、高校生の時にはバーベルのセットを購入した。また月刊で出ていたボディビルディングの本も購入していた。このころのヒーローは須藤孝三選手だった。ミスターユニバースで優勝し、一躍名を知られることになった。とはいっても、世間一般に広く知れ渡る存在ではなかったが。また、少しさかのぼると同じくユニバースで優勝した末光健一氏がいる。この二人が日本のボディビル史上で最高の選手であると思っている。

 二人の画像や動画は、数は少ないがインターネットで見ることができる。ポージングの映像はYouTubeで見られるが、これは大変貴重なものである。須藤氏の場合はゲストポージングの映像で、末光氏の場合はどこかのスタジオで撮ったもののように見える。
 須藤氏と末光氏ではタイプが違うが、ともに見せ方が上手い。肉体が十分に鍛えられていてもポージングが下手だと訴えかけてこないのである。曲の流れに合わせて上手く動きを割り振っており、ポーズからポーズへの移動が滑らかである。また、自分の特長を把握しており、そこの強調が上手い。特に末光氏は、腕の伸縮を繰り返したり、腹部を捻じったりして変化を付けるのが上手い。名前で検索すれば見れると思うので、ぜひご覧いただきたい。

 日本の選手ではこの二人。外国のビルダーで見るのは次の三人。優れたビルダーは腐るほどいるが、私にも好みがあって見たい人は限られてしまう。
 三人とは、アーノルド・シュワルツェネッガー、フランク・ゼーン、ショーン・レイである。シュワルツェネッガーはどういう人物か説明を要しないだろう。日本では俳優になってからの彼が知られているが、アメリカではボディビル界のスーパースターだった。今では筋肉の大きさで彼を上回る選手は数多くいるが、バランスの良さ、美しさでは今だにナンバーワンだと思う。ただし、ポージングは御世辞にも上手いとは言えない。

 フランク・ゼーンは私のもっとも好きなビルダーである。タイプとしては須藤氏に近い。ミスターユニバースに勝って、そののち世界の最高峰ミスターオリンピアに優勝した。須藤・末光両氏と近い時期に活躍した選手で、互いに影響し合っていると思われる。ピンクフロイドの音楽にのせたポージングはメリハリがあって素晴らしい。さほど動きがあるわけではないが、魅せられる。指先まで気の入った、一つの芸術である。ただし、彼を見ていると、須藤氏のポージングも引けを取っていないように思う。背中の広がりを除けば、須藤氏で十分対抗できる。

 ショーン・レイは、ミスターオリンピアで何度も2位になりながら、一度も勝てなかった選手だ。気の毒に思う。彼もバランスのよいビルダーだが、その年に出来がよく話題性のある選手が出てくると二番手に甘んじることになる。マライア・キャリーのマイ・オールを曲に選んだところはよかったが、ポージングは上手くなかった。

2011年10月15日 (土)

文学の二つの潮流

 本屋で加藤周一の本を立ち読みしていたら、日本の近代文学は二つの潮流に分けられると書いてあった。今手元にその本はないので、記憶を辿るが、一つは内村鑑三に始まる「人はいかに生きるべきか」を問題とする流れである。内村に続いて自然主義文学があり、白樺派があり、プロレタリア文学に至る。もう一つは、森鴎外と夏目漱石に始まる流れであり、東西文化の対立を問題とする。永井荷風、谷崎潤一郎、芥川龍之介と続く。中野重治もこのグループに入れていたと思う。

 短い文章だったので、細かいことには立ち入っていなかった。そのなかでも興味深いのは、自然主義のグループはほとんどが地方出身者であり、キリスト教に影響を受けている。西洋に訪れたことはなく、キリスト教を通じて西洋を理解した。一方で日本の古典にも親しんでいない。彼らは、出身地では封建的な関係に拘束され不自由であったが、離れた都会では自由であった。その二重の条件のなかで、いかに生きるべきかが問題となったのではないか。プロレタリア文学でも、政治的問題が前面にあったとしても、その作家本人にとっては、故郷にある「家」の問題を切り捨てることができなかった。いかに生きるべきかにこだわれば、個人的な境遇を扱わざるをえなくなるのは当然だ。

 加藤周一は、後者のグループをより高く評価しているようである。このグループの大半が江戸あるいは東京の生れであったことが共通し、日本の古典に親しむと同時に西洋文学にも深く入り込んでいた。加えて鴎外、漱石、荷風と同様に洋行の経験もある。ある意味、同じように生きたということができるだろう。

 加藤周一は死ぬ直前にカソリックの洗礼を受けた。加藤にとってキリスト教への入信は、入口ではなく、出口だったのである。

2011年10月14日 (金)

本のタイトルについて

 新聞に本の広告が載っている。PRの仕方がいろいろある。たちまち7万部などと書いて、売れていることを強調している。あるいは、○○書店で売り上げランキング1位と謳っているものもある。また、読者の声を載せているものもある。発刊して間もないのに、すでにこんなにたくさんの感想が寄せられているのかと不思議に思うこともある。

 さて、朝刊を読んでいると、『もう「いい人」になるのはやめなさい!』というタイトルが目に入った。時々このような、「・・・なさい」という命令口調の本がある。こういうのはよくない。この例だと、『もう「いい人」になるのはやめましょう!』でいいのだ。命令口調、叱責口調では共感は得られない。これが受けるのであれば、マゾヒスティックな人が多いということだろうか。

 内容がどんなものか、読んでいないから分からないが、おおよそ見当がつく。お利口に生きようと思っても、意外に人は見ていないものだ。自分にプレッシャーをかけてもいい結果は生まれない。あまり周囲を気に掛けず、思ったまま、感じたままを出していけば、その方が周りも受け入れやすく、かえって認めてくれる。また、ある程度競争のある社会だから、遠慮していては損をする。少し厚かましいぐらいがよいのだ。こういうことが書いてあるように思う。

 であれば、買って読むのは全くの無駄と言わざるをえない。

2011年10月13日 (木)

ニューヨークでデモ

 ニューヨークのウォール街で経済格差に抗議するデモがあり、他の地域にも飛び火しているようだ。所得格差や失業の問題は今に始まったことではないが、長期化している上に改善の兆候がなく、不満が顕在化している。

 この現象には、アラブでの民主化すなわち独裁政権打倒の運動が呼び水になっていると言われている。それも動かしている要素の一つであろう。そしてアラブと同じように、種々雑多な人たち、思潮が流れ込んでいることも共通しているのではないか。体制やシステムの問題まで射程に入れて参加した人もおれば、生活の苦境を背景に不満のはけ口として参加した人もいる。また、社会の混乱を目的として、意図して参加している人あるいはグループもあるに違いない。

 このように、自然発生的な傾向がまだ強い運動であり、向かう方向も影響の大きさも未知数である。おそらく、アメリカの政治、もっと具体的に言えば大統領選を揺るがすほどの運動になる前に沈静化するだろう。ただし、発生の根がなくなったわけではないし、運動を組織化しようと考える政治勢力もある。要求の中身が絞られ、それが単一のスローガンに昇華していけば、かなり大きな運動になり、ひいては大統領選に影響を持つ可能性は残されている。

 アメリカはそれなりに統治の上手い国だから、ヨーロッパの国々に見られるような先鋭で大規模な暴動になる前に抑え込むだろうが、そろそろアメリカも危うくなってきている前兆である。日本でも若者の就職口がこのまま広がらなければ、若年失業者がプレカリアートの運動に合流し、予想外の事態を招く可能性がある。

2011年10月12日 (水)

データから見る中日の強さ

 10月8日現在、セントラルリーグは僅差で中日が首位に立っている。後半になって連勝を重ねヤクルトとの差を短期間で詰め切った。

 中日の強さは守りの堅さにあると言われている。これは以前強竜打線と言われたころとは対照的である。ことしのデータを見ると、どのような特徴があるだろうか。10月8日現在の公式資料を見てみよう。

 まず投手成績だが、防御率は昨シーズンに続いて1位。2.46という数字である。統一球が採用された影響で昨年よりも大幅に低下しているが、他球団との差は縮まっている。種々の記録を見比べてみても、目立って優れたものはない。被安打は阪神の方が少なく第2位であり、3位以下との差も著しくない。昨年は被安打数がリーグ一少なかったことを考えると、今年はさほど上手くいっていないことが分かる。

 奪三振数は横浜に続いて2番目に少なく、力で勝負するタイプが少ないことを物語っている。一つ違うのは四球と暴投の数の少なさである。四球は298個で、2位の横浜の350個よりかなり少ない。防御率3.93で最下位の横浜の四球数が少ない現象も面白い。投球術が未熟なためにベース上に球が集まり過ぎているのではなかろうか。
 この四球の少なさ以外では、セーブおよびホールドの数が他球団より多い。ここは中日の一番の強さである。特に浅尾の活躍が目立つ。浅尾様様というところか。優勝できればMVPは浅尾に取らせたい。

 守備のよさは数字には表れない。守備率に球団差はほとんどない。これは球に追い付いてからのプレーの評価であり、守備範囲の広さはまったく関係ない。数字では分からないが、布陣を見ると、中日はハイレベルである。

 打撃陣はもともと弱い方であるが、今年はさらに低下した。打率は.229で最下位だ。長打数は他球団とあまり変わらないが、短打が目立って少ない。影響が大きいのやはり中軸の不振だ。森野の打率は、前期の.327から.236へ。和田は.339から.232へ急落した。これには、飛ばないボールと広い球場との関係が要因としてあるように思う。

 以上、断片的であるが、中日が首位にいることの分析だ。投手陣は他球団に比べてそろっていること。細やかな投球ができること。抑えがしっかりしていること。守備陣も信頼できる布陣であること。この守りの部分がお粗末な攻撃陣を補って勝ってきたのである。

2011年10月11日 (火)

映画「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」

  猿の惑星というと圧倒的に第1作が印象的で、2作目までは覚えているが、それ以降は見たのかどうかも定かではない。

 今日見た作品は、それとはまったく別の話。

 アルツハイマーの新薬を開発中に猿(チンパンジー)を使った実験を行っている。するとそのなかの一匹が著しい知能の発達を示した。壊れた神経の修復だけではなく、神経の発達を促したのだ。次に人体実験に進むことになり、承認を得るための会議が開かれた。しかし、ちょうどその時に、効果を証明するはずだった猿が暴れだす。妊娠していたため過敏になっていたのだ。結果承認の話どころか新薬の開発も中止になってしまう。そして、実験に使われた猿たちは処分されることになる。

 開発に携わった主人公の研究者ウィルは、騒ぎを起こしたチンパンジーが身ごもっていた子猿を家に連れて帰り、シーザーと名付けて育てることにした。また、アルツハイマーの症状が出ていた父親に会社から持ち出した新薬を投与する。父親は目覚ましい回復を示す。回復どころか以前の能力を超えるようになった。一方でシーザーの知能も普通の猿をはるかに超えた発達を示す。母親から脳細胞の発達因子を受け継いでいたのだ。

 平和な生活だったが、父親の様子がおかしい。再びアルツハイマーの症状を示す。ある日、家の前に駐車してある隣家の自動車を動かし、損傷させて事件になる。そこに父親を助けようとしてシーザーが飛び出し、父親を責め立てる隣家の主人に襲いかかる。警察沙汰になり、訴訟を起こされると同時に、シーザーは危険な猿たちを「隔離」する施設に入れられてしまう。

 ウィルは新薬の研究を続けた。父親の病を再度悪化させた副作用を克服するためだ。そして処方が完成し、まだ席を置いている医薬品会社の責任者に報告する。父親での実験結果を聞いたその責任者は欲に駆られ、ふたたび動物実験を開始し、実験用の猿をかき集める。そして効果を確認する。
 一方、施設に追いやられたシーザーは、監視担当者の暴力的な扱いと収容された猿たちからのいじめに苦しむ。しかし、知能を持った彼は、その境遇を諦めるのではなく、次の行動を考え始める。檻の鍵を開け、夜間に行動して猿たちを自分の指揮下に置いていく。また、施設を抜け出し、ウィルの家に行き新薬を持ち出す。そして、持ち帰った新薬を施設内に散布して猿たちに吸引させる。

 ある日、シーザー率いる猿の軍団が行動を開始する。彼らの標的は新薬を開発した製薬会社であり、その責任者だ。軍団は指揮官の下、事前に打ち合わせ通りに組織的な行動をとる。移動の途中で動物園を襲い、新たな猿を軍団に加える。勢力を増した彼らは、易々と製薬会社に乗り込み、開発施設を破壊する。そして、次に責任者を追い詰めていく。
 後半は、軍団と市警との戦闘シーンだ。猿たちの標的はあくまで製薬会社の責任者だったが、行く手を阻まれたため交戦せざるをえなかった。最後は、仲間のゴリラが責任者の乗るヘリコプターに襲い掛かり墜落させる。

 目的を果たした猿たちは市の近くにある森に移動する。ウィルはシーザーを探して森に入り再会を果たし、ふたたび一緒に暮らそうと説得するが、シーザーはその道を選ばない。この森で「仲間の」猿たちと暮らすことを選択したのだ。シーザーは巨木の頂点に立ち、遠くを見渡す。これからの物語を暗示するように。

 
 以上が、話の概要である。私がもっとも印象的だったのは、シーザーが初めて発した「NO(ノー)」という言葉である。これはネガティブな面で、もっとも意志的な言葉だと言えるだろう。何に対する「NO」なのか。そこには猿と人間の対立関係がある。広く言えば、動物と人間の対立である。自分たちの運命が人間の手にあることに対する「NO」なのである。

 この作品には次作を期待させる要素がたくさんある。新薬の試験中に副作用から生じた感染症をもらい亡くなったスタッフがおり、その感染症はウィルの隣人にうつった。隣人はパイロットであり、病状を悪化させながらサンフランシスコからニューヨークへのフライトに就くのだった。この感染症の拡散との戦いがストーリーになりうるだろう。
 また、森に帰っていった猿たちがそこで繁殖し、数を増やすとともに知能を向上させ人間に立ち向かってくるストーリーが予想される。これが次作の軸になるに違いない。

 ところで、これはフィクションなので突き詰めると疑問の湧くことがらもある。医薬品の会社の責任者だけが狙われたのか。研究がどのような目的で始まったのか、途中の経緯がどうだったのかを詳しく知るすべをシーザーは持たなかったろう。あるいは、ウィルの日常の会話から理解したのかもしれないが。

 最後に二点。隣人のパイロットは気の毒である。隣家から突然猿が現れたり、車を壊された上に猿に襲われたり、感染症までうつされてしまう。普通の市民にもいろいろなリスクがあるという警鐘と受け取ればいいのだろうか。
 シーザーを守り、ヘリコプターに飛びかかっていったゴリラに「義」を感じた。ゴリラは、長年閉じ込められていた檻からシーザーによって解放されたのだった。その恩義に報いる行動であると私の心情が反応したのである。この作品においては、人間と猿との転倒が起こっている。猿が人のあるべき姿を体現し、その分だけ人間が愚かに見えている。

Photo

2011年10月10日 (月)

体育の日

 体育の日は東京オリンピックの開催を記念して設けられた。東京オリンピックは、私が6歳で幼稚園児であった昭和39年に開かれた。テレビ中継に記憶はあるが、おそらく今頭に残っている映像は、その後繰り返し放映されたビデオの映像に違いない。

 アベベの凛々しく走る姿。円谷の残る力を振り絞る姿。相手チームを圧倒する東洋の魔女たち。気品あふれるチャスラフスカの舞。何度も見てきている。技量は現在から大きく遅れていたが、人間臭さがあった。組織的、科学的なトレーニングによって育成された力ではなく、本人あるいは指導者の個人的な努力や工夫に拠る部分が大きかった。はだしのアベベがいて(東京では靴をはいたが)、鬼の大松がいた。

 あれから47年。ほぼ半世紀である。アスリートは洗練されてきている。レベルの高い競技を見るのもファンとして興味深いものだが、人間臭さを垣間見れるのは、ボルトのフライングに象徴的な「失敗の瞬間」である。

2011年10月 9日 (日)

当事者意識

 職場の状況に対して単に不満を抱くのか、なんとか変えたいと思うのかの分かれ目は当事者意識の有無である。自分を場の枠外に置いていると、評論家的な無責任な意見ばかり出てくる。組織の構成員として一部ではあっても責任を負っているという認識に立てば、問題意識が芽生えるだろうし、より深く認識すれば危機感に転化する可能性がある。 

 会社で、仕事に対する満足度や職場に対する満足度を調査すると、点数では2年前と変わっていなかった。部署ごとにみると、低下している部署もあった。しかし、この間の風土改革の取り組みのなかで改善も見られたし、成長した人も一定数いる。にも拘わらず満足度が低下したのは、見る眼が厳しくなったからだと解釈したい。改善活動に取り組むことで当事者意識を獲得し、あるべき姿と現実とのギャップを意識するようになったからである。

 とにかく、大事なのは旧態依然とした行動の仕方を変えることである。組織が前進する方向に自分を変えることである。

 

2011年10月 8日 (土)

インターネットバンキング

 今までみずほ銀行に口座がなかったので新たに作ったのだが、その際インターネットバンキングとやらができるように「みずほダイレクト」を利用するカードを頼んだ。

 便利と言えば非常に便利で、パソコンで残高照会ができるし、振り込みもできる。みずほなので宝くじも買える。売り場まで行かなくて済むし、当選したら当選金は勝手に振り込まれてくる。番号の見落としがないし、受け取りに行く煩わしさがない。しかし、便利ではあるが、宝くじなど現金で買わないから、お金を使うという感覚がなく、無駄買いをしてしまいそうである。

 利用するには何重かのセキュリティーがかかっていて、そこは慎重だ。ログインする画面が限定されたり、いくつかの質問に答える設定も施されている。こういうものは他人では分からないけれども、近しい人なら想像がつく部分ではある。好きなものや趣味としているものの類が質問されるから、そういうもののはっきりしている人や日頃から公言している人はあっさり分かってしまう恐れがある。

 しかし、いくら便利であっても、口座に金がなければなんとも利用のしようがない。私もその類だから、わずかばかりの残高を、大して意味もなく照会するだけに終わりそうである。

2011年10月 7日 (金)

新大阪駅の拡張工事

 私は新大阪駅にほど近い、歩いても5分あまりのところにあるマンションに住んでいる。部屋の窓から新大阪駅がよく見える。新幹線のホームも見えるし、在来線のホームも見ることができる。

 新大阪駅では、新幹線のホーム増築工事と駅ビルの増築工事とが進んでいる。詳しい内容はホームページに公開されているはずだ。新大阪駅は、東西の交通の要所となっており、ここが発展するのは自然の理と言える。しかし、ここは新興の地であり、大阪の中心地と言える場所は他にある。「きた」と「みなみ」は、今後の集客のために再開発を行ってきている。「きた」では巨大なビルが何棟も建設中だし、「みなみ」でも高層ビルの計画がある。大阪でも人口の増加は望めないし、購買力の回復も望み薄の状況で、限られたパイの奪い合いが行われている。

 投資に見合うだけの効果が出るかリスクは大きいけれども、何もしなければ人の流れが変わってしまい、エリアの売上高が急激に落ちていく。先手を打つことが大事で、後手後手になると選択の幅が狭くなってしまう。
 今現在でいえば、大阪駅周辺の開発が目立っている。伊勢丹デパートの開業と阪急、大丸の増改築など商業施設が充実して賑わいがある。年々減少する百貨店の売り上げだが、周辺部の店舗を閉じて、都心部に資本を集中させることで維持しようとしている。とはいえ、実際はかなり厳しいに違いない。

 ベランダから見えている構造物は徐々に高さを増している。これはホテルとして使われるのだろう。京阪神を動き回るにはここはよい立地にある。
 ここから見える風景は年々変わってくる。建物が増えて見通しが悪くなり、十三の花火が見えなくなり、日当たりも悪くなった。何かが生まれれば、何かが失われている。効率を求めて都市に資本が集まれば、それだけ地方は衰退する。

2011年10月 6日 (木)

知人に頻繁に出会う人

 私の友人に、電車の中や繁華街などでたびたび知人に出くわすという男がいる。彼は小学校の同級であり、高校まではたまに顔を合わせる間柄だったが、大学に進学して以来長く合っていなかった。それが10年ほど前だろうか、大阪のある球場で偶然近くの席に座り、久方ぶりの再会を果たした。その時に彼が、こういうことがよくあるのだと語ってくれたのである。

 私にはあまり無く、彼には頻繁に起こるこの現象のわけはどこにあるのだろうか。彼に超能力があるのではないことは間違いない。いくつか考えられる要素を上げてみよう。
 そもそも彼は社交的な性格で、話好きである。これは子どものころからそうだった。だから、これまでの人生で多くの人と話をしてきた。そうして、一人ひとりの記憶(特に顔かたち)を頭に刻んできた。これがベースにある条件だ。加えて活動的だから、出かける機会が多く、いろいろな場所に出没する。人に接触する頻度が飛躍的に高まるのだ。家にじっとしていたら、出会いがないのは当たり前の話だ。

 出会えば、近況や昔話に花が咲き、誰々は今何をしているとかの情報が手に入る。そうすると過去の記憶は蘇るきっかけにもなる。そして、そのことがたまたま近くに居合わせた時に、あれは誰々ではないかと気付かせることになるのである。

 行動的であることは、一般的に人間にとって有益である。

2011年10月 5日 (水)

飛ぶボールの復活を期待するか?

 プロ野球で、「統一球」を使用するようになって野球が面白くなくなったという声を聞く。長打が減り、点数が入りにくいという現象が起こっているからである。点数が入らないと動きが減り、見た目の華やかさは確かに薄らいで、それが詰まらないと受け取るなら、確かに詰まらない。

 日本で野球をするのだから、何も外国に倣うことはないという意見がある。日本独自のやり方や基準があってもいいという意見は、そのことだけ取り上げれば一つの意見ではある。しかし、アマチュアの競技もプロの世界も随分国際化しており、しかも日本は野球では先進国なのである。キューバのチームだって日本からコーチを招いて学ぼうとするぐらいなのだから、ある意味尊敬されているのである。WBCを連覇したことによって、さらに日本の野球の価値は上がったに違いない。

 こういう背景があるから、さらに力をつけるためには、国際的な試合と同じ条件でプレーを繰り返しておく必要がある。日本で実績を残したプレーヤーがメジャーリーグへ行くとことごとく数字を落とす。これには技量の違いが影響しているが、加えて野手の場合にはボールや施設の違いも影響している。ホームラン数は半減どころではないし、打率は3分は下がる。飛ぶボールでプレーしていたからこそ、この落差は生まれたのである。統一球のもとで技量を磨けば、この落差は徐々に縮まっていくだろう。芝のグラウンドが多いことや球場の広さの問題はなお残るだろうが。

 来シーズン以降、ホームランの数も打率も徐々に高まっていくだろう。日本の野球はそれほど底の浅いものではない。

2011年10月 4日 (火)

大臣の警護

 先週の土曜日に新大阪駅に向かっていたら、1階の狭い出入り口(駅構内の店舗で販売する商品などを運び込む)からスーツ姿の6~7人の男たちが足早に出てきた。私は道をふさがれ、しばらく立ち止まらざるをえなかった。男たちは黒塗りのワゴン車と普通車に分かれて乗り込んですぐに出発した。

 明らかに政治家、それも大臣と秘書および警護のチームだと分かる。ただし、大臣の顔は横顔だけしか見えず、しかも見覚えのない顔だったので判別できなかった。あとからニュースで、古川経済財政担当大臣だと知る。古川さんのことは全く知らなかった。ネットで検索してみると旭丘高校から東大法学部を経て大蔵省入りしたエリートである。20歳で司法試験に合格している。パチンコ・チェーンストアの政治アドバイザーを務めている。

 古川大臣に興味はないが、大臣たちがどういう行動をとっているかは少し知ってみたい気がする。どういうスケジュールを組んでいるのか。移動時間にどういう打ち合わせをしているのか。警護の体制はどうなっているのか。いろいろなことが事前にお膳立てされて、スケジュールが粛々と消化されているのであろう。
 SPの行動については映画などで取り上げられており、イメージしやすいが、現実には地味な活動だろう。日本では比較的テロ行為は少ないが、何が起こるか分からないから一瞬たりとも気を緩めることはできない。当然、誰にでもできる仕事ではない。
 SPが付いているのはごく限られた政治家だけで、一般の議員は自前で調達しなければならない。もっとも下っ端というか、影響力の小さい政治家は襲撃される危険も少ないから、警護の必要性もあまりない。ただし、万が一の場合は、警護にあたっているものは身を呈して警護対象者を守らなければならない。武器を持たないし、格闘の心得もなかったら身代りになるしかない。もっとも、この人をどうしても守らなければならないという意志がなければ危険を冒すことはしないに違いない。

 職業上の任務ではなく、他人の身を命がけで守るということは、よほどの愛情か信念がなければできることではない。

2011年10月 3日 (月)

今日も発見「8888」

 出勤時に会社の近くのコンビニの駐車場にトラックが止まっていた。(このコンビニの駐車場は市内にあるにしては広い。)ナンバーに目をやると、またまた「8888」である。しかも、その上に「姫路800」とある。

 一日に何台も見ているわけでないのに、これだけ頻度が高いのはなぜだろうか。陸運局が安売りしているからだろうか。それとも、なにかの巡りあわせだろうか。

落合監督の契約切れ

 中日の落合監督はひとまず今期で任を解かれることになった。復帰する可能性もなくはないので、ひとまずと表現した。

 後任には高木守道氏が就任する。中日OBで、名二塁手。現役時代にプレーを見たことがあるが、守備のうまさに加え、パンチのあるバッティングが目を引いた。後楽園球場でレフトスタンドにライナーで打ち込んだところを見た。

 高木氏に落合ほどの実績が残せるだろうか。私は悲観的である。交代の要因は、減少する観客数だという。球団はそれを、勝ちにこだわって試合が面白くなくなったからだと考えているらしい。高木氏は、球団の期待に応えようとするだろう。ところが、中日の戦力を考えると、あまりに打撃力に乏しく、派手なプレーは望みがたい。落合が、今のような試合運びを好き好んでやっているのではなく、現有戦力で戦うには今のような采配しかなかったのである。

 昔のように打撃中心の派手な野球を見せるには、若手の育成に加え、トレードで有力な打者を獲得することが必要だ。しかし、それには数年かかるだろう。それが完成する前に、采配だけ先走ればチームは混乱し、勝てない試合が続くに違いない。そうすると、観客の期待は外れ、球場に足を運ばなくなる。

 私は中日ファンである。強い中日であってほしい。上記の予想は外れてくれる方がうれしい。

2011年10月 2日 (日)

「8888」と「・・・1」

 自動車のナンバープレートに目をやることがしばしばある。いつも着目しているのは、ナンバー「8888」と「・・・1」の車だ。

 この特定した番号に出くわすことが、どのくらいの確率であるかを観察している。まだ記録を残すところまで凝ってはいないが、記憶をたどると、これまでのところ「8888」を目撃した回数の方がやや多い。私の住んでいる関西地区ではどちらのナンバーが多いかは知らないが、私の経験上はそうである。

 さて、数日前のことだが、帰宅途上で、あるホームセンターの前を通りかかった時に、まず「8888」を見つけた。またあったと思いながら通り過ぎ、続いてその後方の車を見ると、なんと「・・・1」であった。自分のマークしている二つのナンバーが隣り合わせで連続する確率は相当低いに違いない。

 こういうことがあると、何か幸運が訪れないかと期待してしまうものだ。大抵の場合、何も来ないのだが。

2011年10月 1日 (土)

武田泰淳 「蝮のすえ」

 武田泰淳の作品では唯一「ひかりごけ」を読んだという自覚があった。しかし、今回「蝮のすえ」を読んで、どうも以前に読んだことがあるような気がしてきた。おそらく、昔に読んだ文庫は、「ひかりけ」単独ではなく、「蝮のすえ」とセットで発行されていたのだろう。

 確か、武田泰淳は友人のY君が好きな作家ではなかったか。Y君は脳溢血で倒れ、今も体が不自由で厳しい生活を強いられている。この作品を読みながらY君を思い出した。

 さて、主人公は敗戦直後の上海にいる。それまでは日本人のための秩序であったが、一転それは瓦解して、中国人が主人となった。その危うい空気のなかで、そういう状況だからこそ必要とされる代書屋稼業に就いていた。元来役に立たぬ人間だと思っていた自分が、逆に頼られる立場にある。

 主人公は女の活き活きした肢体と言動に幻惑される。上海の町を背景に実になまめかしく、魅力的に描かれ、読者もその女に引き寄せられる。実に上手い。
 女は、人妻でありながら夫の上官である辛島という軍人のものにされてしまう。その境遇から逃げたいのだが、夫が病気であるため辛島の財布に頼らざるをえない。しかし、なんとか逃げ出し、間もなく出航する病院船に乗って帰国したい。その望みをかなえる者として主人公を選んだのだ。健康であり、生きる才も備わっている。病気の主人は早晩命を落とすだろうと、女は計算していた。

 主人公は女を守るために辛島を殺しに行く。しかし、辛島は誰かの手にかかり虫の息であった。主人公はとどめを刺した。結果的に女が仕組んだ通りの結果となった。したたかな女。しかし美しい女。この女は何者であるか。なにを象徴しているか。

 負けはしたが、次に来るであろう時代の希望か。それとも秩序もくそもなく、しぶとく生きる女の強さか。あるいは単にわがままな女を描いただけか。どう読もうと読者の勝手であるに違いないが、そう言ってしまっては身も蓋もないので、私の解釈を記しておこう。
 二番目の、秩序は壊れやすく危ういものであるが、それとの対照でしぶとく、したたかな女を描いたのである。この点は、「どですかでん」で黒沢明が描いたあばら家に住む女たちに似ている。ただし、泰淳の女のように美しくはないのだが。

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