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2011年9月10日 (土)

世論はいかにして出来上がるか

 勤務先の社員から、その部署の現状を聴きとりするといろいろな情報がとれて面白い。情報と言っても、それは何か発生した事実ではなく、彼らが何を考え、感じているかという事である。

 そのなかにはほぼ全員に共通する見方もあれば、人によって異なる見方もある。職場の環境にかかわることは、客観的な対象への評価であるから、かなりの部分共通してくる。逆に、人物の評価になると違いが現れる。

 上司のAさんは、最近はよく努力をして管理職の責任を果たしつつあるという見方もあれば、相変わらず能力が低くて職場を混乱させているという見方もある。このような違いの生まれる原因を考えると、Aさんと評価者の関係の深さに拠るのではないかと思われる。すなわち、業務上の関係が深ければ、直接迷惑を被っているわけだ。Aさんに悪意はなくとも、そのミスによって評価者が尻拭いをさせられたかもしれない。そういう経験が低評価を生む。一方、そういうつながりがなければ見かけの評価になる。

 もうひとつ考えられることは、ある特定の社員の評価が伝播するケースである。たとえば、Bさんは特別に優遇されているという見方を持っている社員がいるとする。その社員はその見方にかなり確信をもっている。そうすると、機会あるごとにそれを口にする。聴いた者の頭にインプットされる。そして、Bさんが昇格したり、表彰されたり、意見が採用になったりすると、インプットされた見方とそれらの現象とをつなげて考えるようになるのである。こうやって、場合によっては事実とは大きく異なった見方が伝播し、定着してしまうのである。

 おそらく、こういうことは頻繁に起こっているのではないだろうか。広く、世論というものを考えてみても、なんらかの現象に対して、同時に見方が生まれるのではない。噂話のようにして横に広がるのである。時と場合によっては、特定の個人の嫉妬と悪意によってねじ曲がった見方が伝わり、そういうものこそ根深く定着し、沈澱していく。

 大変、恐ろしいことである。

 

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