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2011年9月30日 (金)

可能性を活かしきりたい

 せっかくいいものを持っているのにもったいないなと思う人がいるものだ。

 おそらく99%の人は、やればできるものをやらずに済ませて人生を終える。誰しも、なんらかの才能を持って生まれてくるのだが、本人が気が付かない場合もあるし、周りも気が付かないことが多い。人の才能には、運動に関するものもあれば、芸術に関するものもあり、社会的な活動につながるものもある。それらを適切に評価できる人は少ない。おそらく社会的境遇に恵まれた人ほど周囲に才能を掘り起こす人のいる確率が高いのであろうし、またその人が才能を育てる技術も持っている。可能性に関する不平等は、本人の才能の不平等だけではなく、育成の機会の問題でもある。

 さて、そうはいうものの、人間はまず自分の今置かれている境遇のなかで可能性を追求するしかない。自分はこれをやりたい、自分ならこれができるのではないかと必死で考える必要がある。できれば「君ならこれがきっとできるに違いない。」というアドバイスの言葉を投げかけてほしいが、そういう幸運はあるとは限らないのだ。

 自分の可能性を広く確かめたいのなら、チャレンジの機会を増やすことだ。数を増やせば確率が高まるだろう。ただし、ものになるかどうかの判断は早すぎてもいけない。人生は有限だから、そのへんの兼ね合いは難しい。石の上にも三年というから、それぐらいの挑戦は続けなければならない。そうすると、若い時のチャレンジは3回までと言えようか。

 とにかく、ぼんやりしているうちにあっという間に月日は流れる。まさに、光陰矢のごとしである。明日に予定していたことを奮起して今日やってしまうとか、毎日1時間ずつでも本を読んで勉強するとか。我慢したり、無理したりすることも人生には必要なのである。

 がむしゃらばかりでもいけないが、人生に何度かはがむしゃらな時間がなくてはならない。

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