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2011年9月20日 (火)

雨宿り

 大阪という土地は雨が少ないけれども、夏場にはたまに夕立のようにして激しく降る時がある。思い起こすと、昔はそのように不意に降られたときには、どこかの軒下で雨宿りする光景が見られたように思う。しばらくの時間歩くのを諦めて、雨脚が弱まるのを待った。

 最近は出かける機会が減ったこともあるのだろうか、そんな光景を見かけなくなった。濡れながらも先を急ぐ人が多い。マンションの自室から見ていると、遠くが白く霞むほどの雨量であっても、傘をさして自転車を走らせる人々を多く見かける。
 「待つ」という行為が、そもそも人々の観念のなかから消え去ったのではなかろうか。「待てば回路の日和あり」という。そういう余裕が以前にはあった。

 企業社会は厳しい。なかなか「待つ」ということができない。しかし、先を急がずじっくり育てる仕事もある。「急いては事を仕損じる」とも言う。

 雨宿りで、人生の伴侶に出会うという内容の歌があった。そんな出会いを、先を急ぐ社会は奪っている。

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