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2011年9月 9日 (金)

アントニオ天谷とは

 アントニオ天谷が私だということを知っている人間は、おそらく十人余りであろう。間違いなく二十人を超えてはいない。家族、友人、そして勤務する会社の社員数名である。

 歳を重ねるごとに会社での職位が上がる。一時期仕事が忙しくなって、一日一記事を断念した。その後異動があって、やや余裕ができたので一記事を再開した。とはいっても、平日は時間がないので、休日二日のうち一日を費やし、一週間分の記事を書きためるのである。

 最近また職位が上がり、経営への責任が重たくなった。時間があれば、経営や経済について学ぶ時間を取るべきであり、ブログに費やす時間を削らなければならないとも考えた。しかし、私にとって書くという行為は欠くことのできないものだ。加えて、数は少なくとも他者に読まれるということも大きな意味を持つ。
 書くという行為は、自分を確認する作業である。この得体のしれない人間を、言葉で定義していくのである。人間は行動で評価しなければならないが、ブログは私にとっての行動である。私は丸腰ではなく、言葉という武器を身につけている。大した威力はないけれども。

 この千件を上回るブログ記事が、私そのものである。これを読めば私がいかなる人間か分かる。もちろん、弱点も含めてのことであるが。

 虎は死して皮を残すが、私の残しうる数少ないものの一つがこれである。仕事の業績はゼロではないが誇れるものではない。ましてや、金はない。財産を残さず朽ちていくのであるが、ブログはせめてもの私の足跡である。

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コメント

コメントありがとうございます。
私も先生のブログを読んでいます。特に、高校野球の記事を興味深く読んでいます。これからもよろしくお願いします。

私も全く同じようなことを思いながら、毎日ブログを綴っています。

何も書くことがない日に、何をかくか、そこに自分が表れるような気がします。

いつも読ませていただいています!

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