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2011年9月14日 (水)

中野重治 「村の家」

 この小説は扱うのが難しい作品だと思う。「転向」は、日本の文学あるいは思想において重要なテーマであるが、死や恋愛などのような普遍性に乏しい。極めて限られた人間の関心に沿う問題である。

 自己の世界観への揺らぎについて考えるが、「確固たる」世界観とはいかなるものであるか。また、そもそも世界観とはなんであるか。
 大正末期から昭和初期にかけてマルクス主義が知識人の世界を席巻した。その影響力の程度には差があれ、芥川龍之介や太宰治もマルクス主義を受け入れたのである。それは一種の流行であったといえよう。そこからさらに進んで革命運動に身を投じたものは少数であった。しかも、その少数がどれだけマルクス主義を理解したか。そのマルクス主義の理論によってどれだけ日本の社会を捉え得たか。また、革命運動の方針にどれだけ確信を持ったか。
 いずれも不十分な知識人は、早晩天皇制政府による弾圧に屈し、思想および運動の放棄を宣言しなければならなかった。直接の動機は、官憲の暴力からの逃避であったろうし、獄中での病に拠る死への恐怖でもあったろう。意外に、後者の場合が多かったのではないか。それほど衛生状態が劣悪で、病気の伝染があったらしい。

 異端者への攻撃は、政府ばかりではなく、政府によって組織された「世間」からも、そして「家」からの攻撃もあった。この「家」からの攻撃が地方出身者にとっては常に水面下に潜む敵であり、信念を貫くためには乗り越えなければならない壁であった。
 ところが、この「村の家」を読んでいると、監獄からの解放にあたって親の援助を乞うている。生きては出られないであろうぎりぎりの局面では、そのような行動も在りえる話だ。それがあながち悪いとは言えない。確かに、獄中で死ねばそれまでであり、運動の進展になんら貢献するものでもない。踏み絵を踏んででも外に出ることは戦術として在りうるだろう。そこで問題は、出た後の行動に移る。

 主人公は郷里の福井に帰る。そして父親の重たい説諭を聞かされる。その要点は、「転向するということは、今までやってきたことが遊戯だったということだ。屁をひったも同然である。転向した後は、くどくどその言い訳を書くようなみっともない真似はやめて筆を折ってしまえ。革命運動に身を投じたからには死んで帰ってくるものだと思っていた。」ということである。大変厳しい言葉で、これは単に、天皇制政府の攻撃を代弁したと解釈できるものではない。
 ,知識人(ここに絞って言えば文学者)に覚悟を問う、いわば「天の声」である。変な言い方だが、他人でもなく、自分でもない、超越的な立場からの問いかけである。こういう問いかけを作品の中で設定できたことは、文学者中野が、負けたようで、実際は負けていなかったことの証拠である。

 主人公は、父の説諭に対して、「やはり書いていきたい。」と答える。文学者とは、書かずには生きられない人間のことである。

 

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