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2011年9月の投稿

2011年9月30日 (金)

可能性を活かしきりたい

 せっかくいいものを持っているのにもったいないなと思う人がいるものだ。

 おそらく99%の人は、やればできるものをやらずに済ませて人生を終える。誰しも、なんらかの才能を持って生まれてくるのだが、本人が気が付かない場合もあるし、周りも気が付かないことが多い。人の才能には、運動に関するものもあれば、芸術に関するものもあり、社会的な活動につながるものもある。それらを適切に評価できる人は少ない。おそらく社会的境遇に恵まれた人ほど周囲に才能を掘り起こす人のいる確率が高いのであろうし、またその人が才能を育てる技術も持っている。可能性に関する不平等は、本人の才能の不平等だけではなく、育成の機会の問題でもある。

 さて、そうはいうものの、人間はまず自分の今置かれている境遇のなかで可能性を追求するしかない。自分はこれをやりたい、自分ならこれができるのではないかと必死で考える必要がある。できれば「君ならこれがきっとできるに違いない。」というアドバイスの言葉を投げかけてほしいが、そういう幸運はあるとは限らないのだ。

 自分の可能性を広く確かめたいのなら、チャレンジの機会を増やすことだ。数を増やせば確率が高まるだろう。ただし、ものになるかどうかの判断は早すぎてもいけない。人生は有限だから、そのへんの兼ね合いは難しい。石の上にも三年というから、それぐらいの挑戦は続けなければならない。そうすると、若い時のチャレンジは3回までと言えようか。

 とにかく、ぼんやりしているうちにあっという間に月日は流れる。まさに、光陰矢のごとしである。明日に予定していたことを奮起して今日やってしまうとか、毎日1時間ずつでも本を読んで勉強するとか。我慢したり、無理したりすることも人生には必要なのである。

 がむしゃらばかりでもいけないが、人生に何度かはがむしゃらな時間がなくてはならない。

2011年9月29日 (木)

眼下の敵(THE ENEMY BELOW)

 私の大好きな映画である。1957年20世紀FOX社の製作で、主演はロバート・ミッチャムとクルト・ユルゲンスである。DVDを購入し、何度も観ている。

 ロバート・ミッチャムは米海軍駆逐艦の艦長、クルト・ユルゲンスは独Uボートの艦長である。互いに知力を尽くして任務を遂行する。駆逐艦はUボートを追うことが任務だが、Uボートの方は味方の船から暗号文書を受け取ることが任務である。この立場の違いが戦闘の行方を左右することになる。ロバート・ミッチェル扮する艦長が、この条件がなかったならば敵が圧倒的に有利であることを口にしている。

 米軍の指揮官は合理的だ。妻とともに乗っていた商船を独潜水艦に沈められ、妻を亡くした。当然報復の感情を持っているのだが、あくまで任務の遂行に徹している。部下に適切な指示を与え、士気を鼓舞し、戦闘の目的に向かって組織を動かせる。この艦長の行動は、経営にとっても参考になる。過去2回、会社で部下にこの映画を見せたことがある。

 Uボートの艦長は百戦錬磨のベテランだ。長い経験の疲れもあって、戦うことの意味を見出せなくなっている。潜水艦の装備が機械化され、人が判断する余地が狭くなっていることを嘆く。人間的な間違いが起こりえなくなっているというのだ。職人的軍人気質と言えようか。そういう意味では、米軍と対照的だが、それでも同じ戦をぎりぎりで戦っていることから生まれる共通点も多々ある。

 Uボートは爆雷を繰り返し投下される。そして、兵士たちは恐怖のため戦闘意欲を失くしてしまう。艦長は大胆にも、兵士たちを鼓舞するためにレコードをかけて歌を歌いだす。所在を探知されるリスクを冒しても、兵士の士気を上げる策に打って出たのである。ここは、なかなかの見どころである。艦上で海中を伝わる歌声を耳にした駆逐艦艦長は苦笑いする。敵艦長の意図がよく理解できたからである。

 やや単純化されているきらいはあるが、ここは娯楽映画の限界である。アメリカの映画にしては真面目に撮られているし、細やかな部分もある。現代のアメリカ人はどう受け止めるだろうか。アメリカにとっても貴重な映画だと思うのだが。

2011年9月28日 (水)

通販の広告 矯正下着のモデルは?

 おそらく、多くの人が抱いている疑問であろう。

 体の部位を細く見せたり、大きく見せたりする矯正下着が通販で扱われているが、広告に登場するモデルは元からスタイルのきれいな人である。だから、どれだけの効果があるか写真では確認できない。説得力のある広告にしようと思えば、普通の下着との比較が望ましい。同じモデルで、別の下着を付けた写真を並べるのだ。モデルはスタイルの崩れた人でなければ意味がない。

 今朝の新聞には、「小顔でほっそり見えるプルオーバー」の広告が載っていた。これも例外ではなく、小顔でほっそりした女性をモデルにしている。ある意味インチキではないか。大顔で、太った女性が着て、本当にほっそり見えるかどうか検証しなければならない。

 その前に、そんな服を買うよりも、痩せる努力が先だろう。足を長くしろと言っても無理だが、贅肉を落とすことはやり方次第で可能だ。食生活を改善するとか運動するとか。そんな努力もしないできれいに見られたいと思うのは虫がよすぎるのではなかろうか。

 とはいえ、売れているということは、見た目を気にしているということだ。女心か、老いへの恐怖か。
 

2011年9月27日 (火)

サービス産業を考える

 日本経済の変動については、多くの経済学者が研究を行っており、その分析は彼らに任せるべきだが、私も一人のビジネスパーソンとして興味深く見つめている。

 経済成長を遂げた国には、その成長のプロセスにほぼ共通したパターンがある。工業化が進み、そこに農業分野から労働人口の移転が進む。消費は工業生産物を中心に高まっていく。次第に富が蓄積され、国民の所得も増大して購買力が大きくなる。そして、消費は次第にサービス分野(第3次産業)に向かうようになる。GDPにおけるサービス分野のシェアは60~70%にまで高まる。

 サービス産業と言っても各種ある。卸・小売業、金融・保険業、不動産業、運輸・通信業、電気・ガス・水道・熱供給業、医療・福祉、飲食宿泊業、サービス業、公務など。身の周りを見ても、これらの分野に勤める人が多い。
 ところで、同じサービス産業と言っても、中身は多様である。投下する資本の大きさで区別することもできるし、必要とされる労働の質の高低でも区別できるし、付加価値の大小でも見ることができる。ガス・水道などの分野はインフラに巨額の投資が必要だ。金融、通信、医療分野は高度な知識が求められる。基本的に独占化が進むほど付加価値は高まる。容易に参入できる産業は、おおむね付加価値は小さく、分かりやすい言葉に置き換えると、要するに儲からない。乱暴に区分すると、儲かるサービス産業と儲からないサービス産業があるわけだ。

 製造業は、海外からの製品輸入および企業の生産性向上と合理化とによって、付加価値の低い労働力をサービス産業へと吐き出していった。それらは、上記の儲からないサービス産業に流れたのである。そのうえ、その分野は付加価値が小さいゆえに非正規化しやすい。小売りや飲食、娯楽の分野はその典型であろう。いいか悪いかは別にして、昨今問題視されている現象は、このような大きな流れのなかで起こっていることである。

 今後については、さらにサービス分野に外国人労働者が流入することが考えられる。労働力のデフレが進む。製造業においても、生産拠点の海外への移転がさらに進み、それも労働者が外国人に置き換わっていくことを意味している。
 サービス産業は、国内で生産され国内で消費されるので、富が国内で循環しているように見えるが、先ほど触れた外国人労働者の問題があり、日本人労働者の職を圧迫するとともに所得を国外に流出させる。また外国の資本がこの市場に参入している問題もある。

 国家の枠でとらえれば、さまざまな問題が起こっている。国家エゴをむき出しにするのは慎むべきだが、国益のバランスは考えるべきである。基本方針として、優秀だと言われる日本の労働者の能力(製造業だけではなくサービス分野でも見るべきものはある)を無駄にせず、やる気をさらに引き出して活用する政策を重視すべきである。そして安定した国際的地位を確立しつつ、他国の成長とのバランスをとっていかなければならばい。

 私の勤める会社は、おもに飲食・宿泊業をお客さまにしている。非常に厳しい分野にお世話になり、稼がしていただいていることをありがたく思う。同時に、その分野に貢献できる製品とサービスの提供がなければ存在価値をなくすことも自覚しなければならない。

 

2011年9月26日 (月)

論点を合わせる

 先日、あるテレビ番組で、定まった職に就かない若者の問題について議論されていた。そこでは、仕事そのものが不足している現実を問題視する意見と、仕事はあるのに選り好みをしている若者の傾向を問題視する意見とがぶつかっていた。

 この二つの意見は次元が違う。いわば、前者はマクロの問題であり、後者はミクロの問題である。同じ土俵に上げてはいけない。仕事の不足については、そのことをどうとらえるのか、あるいは問題であるならなどうやって解決をするのかに絞って議論すべきである。後者の若者の傾向については、彼らがそういう行動をとっている背景を論じたい。教育の問題に行き当たるかもしれないし、社会そのものがそのような価値観を生み出しているかもしれない。

 意見がぶつかったり、議論が紛糾したりすることを見世物にする番組だから、上記のような議論の整理はされない。本当に問題を解決したいのであれば、問題を絞り込んで知恵を出すべきである。

銀婚式の旅行

  まともに家内と旅行するのは新婚旅行以来だろうか。銀婚式を記念にして、思い切って石川県の和倉温泉まで行ってきた。仕事の関係で部屋を確保してもらったいきさつもあって、過分のサービスをしていただいた。部屋も料理も最高級のものである上に、銀婚式を祝って追加のサービスがあった。まず記念撮影をしてもらった。それは翌朝立派な写真にしていただいた。記念のペアの湯飲みを頂戴した。追加の料理として、ハチメ(メバルのことらしい)の塩焼きと伊勢海老の活け造りをいただいた。また浴場から帰るとフルーツの盛り合わせが部屋に置かれていた。

 まさに至れり尽くせりのサービスで、さすがに日本一の旅館は違うと感じて帰ってきた。

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2011年9月25日 (日)

先に動くかどうか

 人間には個体差がある。体の大きさや運動能力、感受性や思考力などにも違いがある。このような違いが、人間の人生を左右する要素になるのは間違いないだろう。しかし、社会において有能な人材として頭角を現すためには、そのような要素を多く持つ必要があるのだろうか。

 そうではなくて、何事も、先に考え、先に行動することが最重要ではなかろうか。80%ぐらいが、このことで決まってしまうような気がする。この仕事を手伝ってくれるものはいないかと呼びかけられたとき、真っ先に手を上げて手伝う。このような人はより多くの仕事を経験するだろうし、上司や同僚からの信頼も得るに違いない。しだいにリーダーとして成長していく。対照的に、いつも手を上げられない人は進歩が小さい。

 新しい事業もそうだ。儲かるという情報を得てから始めたのでは、すでに儲からなくなっている。先行者の利益があるのである。

 先んずれば人を制す。

2011年9月24日 (土)

老後の資金 貧老富老格差

 老後の資金として必要な額は3千万円であるらしい!それだけの蓄えを残している人あるいは夫婦はどれだけいるだろうか。

 サラリーマンによくあるパターン
 結婚してしばらく貯蓄に励み、住宅を購入する。子どもが成長し、教育費がかさむ。この間に貯蓄する余裕はない。給料も増えるが教育資金の増加に追い付かず、高大進学時には教育ローンの借り入れも加わる。この程度は子どもの人数によって随分違ってくる。一人っ子だと比較的負担が軽い。
 子どもが自立すると(最近はパラサイトシングルという族が生まれている)少しずつ余裕ができ、将来への蓄えを始める。しかし、ローンの返済が残っていると余剰資金は大きくはない。定年がやってくる。退職金が入るが、その一部は返済に回り、それまで我慢していた物品の購入や家屋の修繕に支出される。その結果残ったお金が老後の資金になるが、まだまだ先は長いので、制度があれば雇用延長してもらうし、なければアルバイトでも職を探すことになる。そして65歳を迎える。この時点で残ったお金が正味の老後資金だ。ここに年金を加えた額が生活資金になる。

 同じサラリーマンでも中小零細企業に勤める者は、大手に比べると恵まれていない。月例給でも差はあるが、退職金では大きな開きがある。年金でも差ができる。老後もつつましい生活を余儀なくされる。どういう老後が幸せかということは決めつけられるものではないが、たまに旅行をしたりおいしいものを食べに行ったりする余裕があれば、それは望ましいことに違いない。

 非正規の雇用者として長く働く者はなお厳しいだろう。結婚できない、できても貯蓄もできないし借金もできない。常にかつかつの状態である。子どもを持つことが難しい。病気になったらどうなるのか、不安におびえる。

 それぞれ怠けているわけではない。能力と置かれた客観的条件に応じて働き、生きているのである。結果に差があるのは仕方ないが、どの程度が適切かはそれぞれの社会が決めることだろう。また、最低限の生活と医療は保障されるべきである。明日の生活が当てにできないものであれば、それは大変な恐怖であり、生きる意欲を失うのも分かる。自殺者3万人越えはこういう環境から生まれている。

2011年9月23日 (金)

営業マンの力の差

 先週は四か所の営業所でヒアリングを行った。売上予算達成に向けて、戦術の中身と行動計画が十分かどうかをチェックするたことが目的の一つであった。

 営業マンによる出来栄えの差は大きい。それはもともと分かっていることだが、具体的な成果物を比べてみればはっきりする。できる営業マンは、計画の中身が具体的である。販売店の下のユーザーレベルまで展開されている。固有名詞があって、売り込む商品およびその方法が書いてあって、目標金額と納期もある。できない営業マンはこれと全く逆である。戦術がぼんやりしている。ユーザーの固有名詞は出てこないし、納期が抜けていたりする。これでは仕事が進まないだろう。

 できる営業マンは、すでに販売店に食い込んでいて情報を得ているし、ユーザにもたびたび足を運んで見込み客を作っているのである。だから計画を立てろと言われたら、苦もなく作れてしまう。できない営業は、頭の中で考え始める。数少ないこれまでの経験をもとにして、抽象的に思いを巡らすのである。

 できない人に計画を考えさせることも必要だが、まずじっくりその元となる情報収集や人間関係作りに時間を費やすように指導しなければならない。ローマは一日にして成らずである。

 

2011年9月22日 (木)

信念を持つ者は強い

 人間は拠りどころがないと弱いものだ。思考にしても行動にしても、易きに流れる傾向がある。面倒なことを避け、楽な方を選択するのである。

 現代のように、自由には見えるが、実のところ不安定な社会においては、ますます流されやすくなる。目の前にはさまざまな欲望をくすぐる情報や商品が溢れていて、それらに気を取られているうちに、生きるために必要な行動が疎かになる。

 そういう危うさから人間を守るのは「信念」ではないか。信念と言っても、高尚な信仰や思想だけではなく、私はこれを大事にするというような日常的な信条であってもよい。そのことによって、行動がある程度制御される。一日のうちの一定の時間を、何かに集中して使うことも可能になる。

 惰眠をむさぼってはいけない。少年老い易く、学成り難しである。過ぎ去った時間を取り戻すことはできない。

2011年9月21日 (水)

安くなった眼鏡

 昔に比べ、眼鏡が買いやすくなった。高校生の時から掛けているが、その当時でも学生向けのもので3万円ぐらいしたし、その後勤め始めてから購入したものは6万円から7万円していた。ところが、眼鏡店のチェーン店化が進み、競争が激しくなるにつれ価格が急激に低下し始めた。今私が掛けているものは2万円程度であるし、若者向けのブランドでは1万円を切るものもある。かといって、質が特に悪いわけでもなく、普通に使用でき、十分に機能を果たしている。

 こうなると、個人経営の眼鏡屋さんは苦しい。仕入れ価格の差は大きいだろうし、品ぞろえでも差を付けられるから客を呼び込むのは難しい。これからますます厳しくなるだろう。
 業績を伸ばしているのは眼鏡市場だ。古谷一行のCM起用でさらに勢いを増し、業績の上方修正を行った。売上高は600億円を超え、営業利益は80億円に迫ると予想している。眼鏡の三城も売上高で肩を並べているが、海外での売り上げが50%を超えている。営業利益は眼鏡市場の4分の1である。また、一時シェアを持っていたメガネスーパーは苦戦を強いられている。客層は「市場」に近いけれども、客を奪われ続け、じり貧の状態だ。「市場」は、ペ・ヨンジュンのCM起用、多店舗展開で積極策に打って出たが、「スーパー」はそれに付いていけなかった。

 私と私の家族は、ここしばらく眼鏡市場で購入を続けている。専ら心斎橋の店に行き、なじみの店員さんに対応してもらっている。接客マナーがいいし、品揃えがあって、買いやすい料金体系である。安くなったので、2つ目3つ目と買いたくなる。仕事用と普段用とを持つことが当たり前になりつつあるようだ。高価だったころには考えられなかったことである。だから価格が低下しても、売り上げ全体では伸ばしていける条件がある。

 ファッションには気を遣わない方だが、昔から目が悪いせいか眼鏡は気になる。次はサングラスが欲しい。

2011年9月20日 (火)

雨宿り

 大阪という土地は雨が少ないけれども、夏場にはたまに夕立のようにして激しく降る時がある。思い起こすと、昔はそのように不意に降られたときには、どこかの軒下で雨宿りする光景が見られたように思う。しばらくの時間歩くのを諦めて、雨脚が弱まるのを待った。

 最近は出かける機会が減ったこともあるのだろうか、そんな光景を見かけなくなった。濡れながらも先を急ぐ人が多い。マンションの自室から見ていると、遠くが白く霞むほどの雨量であっても、傘をさして自転車を走らせる人々を多く見かける。
 「待つ」という行為が、そもそも人々の観念のなかから消え去ったのではなかろうか。「待てば回路の日和あり」という。そういう余裕が以前にはあった。

 企業社会は厳しい。なかなか「待つ」ということができない。しかし、先を急がずじっくり育てる仕事もある。「急いては事を仕損じる」とも言う。

 雨宿りで、人生の伴侶に出会うという内容の歌があった。そんな出会いを、先を急ぐ社会は奪っている。

2011年9月19日 (月)

どうしてそんなに幼稚なのか

 もう随分前のことのように思われるが、鉢呂元経産相の失言があった。唖然とする内容で、さすがに寛容の精神を訴える私もかばいようのない発言だ。

 誰かがコメントしていた。こういう発言を幼稚園児がしていたら、真っ先に間違いであることを言って聞かせる必要があると。そういう次元の発言であったということだ。同感である。

 大臣になって、熱病のように浮かれていたのだろうか。こんな精神をもった人物が大臣にまで成りあがったことは何を意味するのだろうか。これまで、失敗はなかったのだろうか。誰か誤りを正す人間はいなかったのか。

 これまで数々の政治家が失言を繰り返してきた。失言の中身はほぼ本音だと言って差し支えない。それらの本音は政治性、イデオロギー性を帯びていた。主に保守の政治家であり、政権に就いていたからこそたたかれる側面は確かにあった。それに比べると、鉢呂氏(氏も付けなくていいか)の場合は、公式の発言ではないとしても、あまりに次元が低く、かつ無神経極まりない。このような人物を大臣に起用しなければならないことは、人材の不足を露呈している。これは民主党ばかりの問題ではないだろう。

 野田首相は松下政経塾の出身だが、どれだけ政治家として必要な良識と品性を身につけてきたのか、これは見ものである。

2011年9月18日 (日)

中村たかとし「11分の1」 待望の第2巻

  新進気鋭の漫画家、中村たかとしの第2回作品集が集英社から発刊された。

 元来、「巨人の星」や「あしたのジョー」などの名作以外は漫画本を読まない人間だが、この作品だけは発売を待って購入し、何度も読み返している。

 題材はサッカーだが、中村が書いているのは人の生き方である。私は、この作品には希望を失っているように見える(事実、失っている)若者たちへのメッセージが塗りこめられていると思っている。それはお説教じみた朱色のメッセージではなく、薄い水彩絵の具のメッセージだ。自分の好きな道を迷わずに歩く。その思いは強固だ。

 安藤ソラの歩く道、神埼真臣の歩く道、水野由花の歩く道、それぞれ違っていても、遠い将来にどこかで交わるだろうという期待感がある。それは大げさに言えば、再び生命力を持ち直した日本の姿だ。

 中村の感性は瑞々しいが、老いを感じ始めた私にはあまりに鋭利である。彼のメッセージは私には叱責に聞こえる。私も、ソラたちが歩みを進める未来に向かって一歩を踏み出すことができるだろうか。そして、彼らとどこかで交わることができるだろうか。

2011年9月17日 (土)

質流れ大バザール

 先日あるデパートに家内と連れだって買い物に行った。バーゲン品の衣料を買い求めたのだが、そのついでに催し場で行われている質流れ品のバザールに立ち寄ってみた。

 扱っているのは、ほとんどがブランド物のバッグか時計である。質草にするのだから高価なものであるのは分かるし、またそのようなものでなければ関心を呼ばないだろう。日用品なら新品を買えばいいし、中古品を買うなら青空マーケットがふさわしい。

 もともとブランド品には興味がない。確かに、いいものを身につけたいという欲求はあるが、一目でわかるようなブランドを見せつけてうれしく思うような趣味はない。ヴィトンのバッグなどは一目でそれと分かるので恥ずかしい。おそらく、貧乏人が無理して持っていたら、「にせもの」だと思われるだけだ。持つなら、着ている服や時計や靴も高級品でないとバランスがとれない。
 ロレックスの時計など、おどろくほど高い。正規の値段はもっと高いのだろうが、その差が分からない。70万円、80万円が普通で、高いのは200万円、300万円する。他のブランドも高価な品ばかりだが、デザインを見ると同じような品を家電店で1万円で売っていたような気がする。似ているだけでものは全然違うのだろうが。本物を見ていない人間に、真贋の区別がつかないということのよい事例だ。

 来場者を見ると、ブランド物が好きそうな派手な格好をした夫婦か、小金を持っていそうな老人がほとんどである。考えたら当然なのだが、本物の金持ちはこんなところには来ない。私たち夫婦は、その他のグループに属している。すなわち、ついでに見物に立ち寄った層である。売る側もそれを分かってか、あまり声をかけてこない。分かるんだろうね。

 とはいえ、前から欲しいと思っていた長財布だけには目を凝らし、25,800円の値札が付いたカルティエのものを見つけた。それを出してもらって見るが、派手でなく、状態もいいので買うことにし、値切った。あまりに露骨な値切りもよくないので、23,000円で手を打って購入。少しばかり贅沢をして帰ってきた。次の給料日まで節約しよう。

2011年9月16日 (金)

貧乏人の百貨店見物

 大阪駅にある伊勢丹デパートに初めて行ってきた。天井が高く、広い空間で開放感がある。各階に喫茶コーナーがあり、どこも満員で賑わっている。販売しているものは衣料品が主である。先入観かもしれないが、他のデパートよりも客層は若く、かつ着ているもののセンスがよい。ファッションにお金をかける人たちが集まってきている感じがした。

 ところで、同じ衣料でも高級なものは別の階にコーナーを設けている。家内と一緒に見るだけだが歩いてみたが、やはり手の届かない値段である。私たちを見て、声もかけてはこないが、逃げるようにして別の階に移動した。
 次に紳士服の階をめぐったが、ブランド品の売り場が続いており、スーツは数十万円の値が付いている。ブルゾンだけで40万円するものもあった。確かにものはよく、長く着ても飽きは来ないと思うが、こんなものを誰が買うのだろうか。とはいえ、置いているということは一部に需要があるに違いない。途中で目にした私より少し年下と思われる男性は高級スーツを試着していたが、いかにもバイタリティーに溢れ仕事ができそうな感じだ。こういう人種が来ている(着ている)のだなと思った。

 折角だからお茶ぐらい飲んでいこうと思ったが、どこも順番待ちの行列ができていて断念。家内とすごすご阪神デパートに移動し、地下で立ち飲みのフルーツジュースにありついた。ここは私のホームグランドで落ち着く。阪神のデパ地下は終末、けっこう一人で歩くのだ。閉店間際には大幅なディスカウントがあり、お得だ。およそ半値ぐらいで投げ売る商品もある。

 こういうことをしているから貧乏から抜け出せないのかもしれない。

2011年9月15日 (木)

「偉い」と思った瞬間から始まる転落

 ものの見方はフェアでなければならないと思う。しかも、自分自身への評価はあえて厳しく、謙虚であるべきだ。どうしても自分には甘くなってしまうので、ストイックな見方が必要である。最後の最後に拠って立つところは自分でしかないという意味において、自愛の心は持ってしかるべきだが、それ以上のプライドは邪魔になるだけである。

 私は偉いのだと主張して、誰が同調してくれるだろうか。人間の価値は本人が決めるものではない。世間(身近な世間から広い世間まで)、社会の評価がすべてである。人間とはそういう存在である。しかし、だからといって、評価を受けることに縛られて生きるのも窮屈であるし、世間の評価自体に定まった基準があるのでもなく、概してあやふやなものである。

 自分の信ずるところに従って、まっすぐに生きるしかない。そうやって生きること、あるいは生きた結果に対して評価は付与されるものだ。直属の上司やさらに上の上司の評価を得ることが動機として働く場合があり、あながち悪いとは言いきれないが、その評価がフェアである保証はない。狭い世界で高評価の人物が、もっと広い世界では全く評価されないという事態も在りうるだろう。そう考えると、フェアな評価のできる同僚、先輩、上司がそばにいることは大いなる幸運である。よきアドバイスによって生き方の修正が可能になる。

 自分が偉いと思うことは、相対的に自分の周囲を蔑むことになる。そのことはすぐさま周囲に察知される。信頼を失くし、自己の評価を下げる。また、自己に対するフェアな評価の喪失は成長の機会を奪うことになるだろう。そういう意味で、転落の始まりなのである。

2011年9月14日 (水)

中野重治 「村の家」

 この小説は扱うのが難しい作品だと思う。「転向」は、日本の文学あるいは思想において重要なテーマであるが、死や恋愛などのような普遍性に乏しい。極めて限られた人間の関心に沿う問題である。

 自己の世界観への揺らぎについて考えるが、「確固たる」世界観とはいかなるものであるか。また、そもそも世界観とはなんであるか。
 大正末期から昭和初期にかけてマルクス主義が知識人の世界を席巻した。その影響力の程度には差があれ、芥川龍之介や太宰治もマルクス主義を受け入れたのである。それは一種の流行であったといえよう。そこからさらに進んで革命運動に身を投じたものは少数であった。しかも、その少数がどれだけマルクス主義を理解したか。そのマルクス主義の理論によってどれだけ日本の社会を捉え得たか。また、革命運動の方針にどれだけ確信を持ったか。
 いずれも不十分な知識人は、早晩天皇制政府による弾圧に屈し、思想および運動の放棄を宣言しなければならなかった。直接の動機は、官憲の暴力からの逃避であったろうし、獄中での病に拠る死への恐怖でもあったろう。意外に、後者の場合が多かったのではないか。それほど衛生状態が劣悪で、病気の伝染があったらしい。

 異端者への攻撃は、政府ばかりではなく、政府によって組織された「世間」からも、そして「家」からの攻撃もあった。この「家」からの攻撃が地方出身者にとっては常に水面下に潜む敵であり、信念を貫くためには乗り越えなければならない壁であった。
 ところが、この「村の家」を読んでいると、監獄からの解放にあたって親の援助を乞うている。生きては出られないであろうぎりぎりの局面では、そのような行動も在りえる話だ。それがあながち悪いとは言えない。確かに、獄中で死ねばそれまでであり、運動の進展になんら貢献するものでもない。踏み絵を踏んででも外に出ることは戦術として在りうるだろう。そこで問題は、出た後の行動に移る。

 主人公は郷里の福井に帰る。そして父親の重たい説諭を聞かされる。その要点は、「転向するということは、今までやってきたことが遊戯だったということだ。屁をひったも同然である。転向した後は、くどくどその言い訳を書くようなみっともない真似はやめて筆を折ってしまえ。革命運動に身を投じたからには死んで帰ってくるものだと思っていた。」ということである。大変厳しい言葉で、これは単に、天皇制政府の攻撃を代弁したと解釈できるものではない。
 ,知識人(ここに絞って言えば文学者)に覚悟を問う、いわば「天の声」である。変な言い方だが、他人でもなく、自分でもない、超越的な立場からの問いかけである。こういう問いかけを作品の中で設定できたことは、文学者中野が、負けたようで、実際は負けていなかったことの証拠である。

 主人公は、父の説諭に対して、「やはり書いていきたい。」と答える。文学者とは、書かずには生きられない人間のことである。

 

2011年9月13日 (火)

世界陸上の織田裕二

 世界陸上の中継は長くTBSが行っている。司会は織田裕二と中井美穂のコンビである。

 織田について多くは知らないが、世陸の司会は饒舌、ハイテンション、そして独走気味である。中井美穂が付いていくのに四苦八苦している様子がうかがえる。それでも、私はそれほど悪い印象は持っていない。

 あれほどの長時間にわたる放送で、しかもこま切れで、単純な競技内容なのに、間を持たせるのはなかなか難しいことだ。これは陸上競技に愛着をもっていなければできないし、その気持ちを多少オーバーに表現しないと視聴者に逃げられてしまう。NHKで日本選手権の放映があるが、あれは実に淡々としている。本当の陸上競技ファンしか見ないだろう。それに対し、世陸は民放で、しかもいい時間帯だから視聴率が大事になる。さほどのファンでなくても見るような内容にしないと売れる番組にはならない。織田裕二が売れる番組にしているのである。

 陸上競技に興味のない人は、ドラマに出ているときの織田裕二がイメージとしてあるだろうが、私のイメージは世陸の織田であり、強く焼き付いている。俳優の織田を見たときも、世陸の放送を思い出して笑ってしまうかもしれない。

2011年9月12日 (月)

日本経済のようなプロ野球

 日本のプロ野球で使用するボールが、これまでよりも飛ばない統一球に変更された。このが予想以上に影響を与えている。

 ホームランの減少は当然のことだが、打率もほぼ3歩低下している。派手な打撃戦は影を潜め、、見かけは専ら投手戦となっている。私は中日ファンだが、なかなか点が取れずに、投手が辛抱してやっと勝率5割前後を維持している現状である。打率は最低(9/9現在で.228)であるのに対し防御率は最高(9/9現在で2.51)である。中日の投手は制球力があり、四球が極端に少ない。暴投も他球団の3分の1程度であるし、ボークはゼロだ。この数字を見ると、中日の投手コーチがいかに有能かが分かる。(ヘッドが投手出身の森繁和、コーチに中日出身の稲葉、広島出身の小林がいる。)

 守りが重要になった。点数が入らないのだから、まずは失点を防ぐ必要がある。こういう戦い方は中日のお得意とするところであったから、本当は首位にいてもおかしくはない。これは、統一球の影響だけではなく、正味打撃力が低下したからである。助っ人外人が打てず、アライバのコンビが力を落とし、和田と森野の主軸も調子が出ない。これで得点力が急降下した。一言でいえば、打者の補強と若手の育成が遅れているということだ。投手の充実とは対照的である。もっとも、中日の場合は、統一球の効果の前に広いドームの効果もあったわけだから、投手陣に吹く追い風は他球団よりも強いということを踏まえる必要がある。

 守って守って堅実にプレーし、数少ないチャンスをものにする。今の日本経済のようである。これを面白いと思うかどうか、それは人に拠るだろう。いずれにしても条件は変わらないのだから、プレースタイルを変えるしかない。ある野球評論家も言っていたが、一年経験すれば二年目からは戦術が落ち着いてくるに違いない。この条件に適合する選手が重宝されることは間違いなかろう。

2011年9月11日 (日)

故郷の台風被害に思う

 ゆっくりと北上した台風12号は、私の故郷が所在する紀伊半島南部に長時間にわたって豪雨を降らせ、甚大な被害をもたらした。もともと多雨で有名な地域であるが、文字通り記録的な豪雨には耐えられなかった。熊野の山々は水を蓄える能力に長けているのだが、3日、4日、5日と降り続く中で、力に余る水を吐き出していったのである。

 これほどの災害はかつてなかった。確か、四十年ほど前に、台風ではなかったが激しい雨が降り続き、三重県南部で山崩れが発生した。多数の死者と、紀勢本線の数週間におよぶ不通を招いた。この時も驚きであったが、今回の場合はさらに広域であり、山崩れだけではなく河川の氾濫を伴ったために被害が拡大した。

 降り始めからの雨量は、私が知る最大値の倍ほどを記録しており、確かに未経験であった。これは東北での津波被害とよく似ている。津波の高さはこれまでの経験の数倍であった。しかし、未経験であることと想定外であるとすることは違う。想定は経験を超えた範囲に及んでこそ有効である。今回の例でいえば、テレビで誰かが言っていたように、ダムを作ったり、河川を補強したりするハードの対策ではなく、危険な領域に入った時の勧告・指示と避難行動の仕組みが重要であった。

 過疎地帯では財源が乏しい。以前であれば土木工事に一定の予算が付いた。それが年々減らされている。また一つひとつの行政区がおそろしく広大である。集落が点々と存在する状況では、効率は当然悪くなる。暮らしのリスクは大きくなるばかりなのである。ましてや住んでいるのは高齢者が中心であり、リスクへの対応力は弱い。

 頼るのは行政しかないのだが、広域の行政(今後ますます広域化する)では対応力が弱い。細かなところまで目が行きとどかないのである。
 とはいえ、今回の被災を教訓にするならば、風雨の観測体制、連絡網の充実、避難の手段の確保など住民の安全確保を優先する施策を進めるべきだろう。それにはダムを造るほどのお金は要らない。

 遠く離れて暮らしている人間にとっては他人事に思いがちであるが、それでも出身の町で死者が出たというニュースは聞いていて悲しい。

2011年9月10日 (土)

世論はいかにして出来上がるか

 勤務先の社員から、その部署の現状を聴きとりするといろいろな情報がとれて面白い。情報と言っても、それは何か発生した事実ではなく、彼らが何を考え、感じているかという事である。

 そのなかにはほぼ全員に共通する見方もあれば、人によって異なる見方もある。職場の環境にかかわることは、客観的な対象への評価であるから、かなりの部分共通してくる。逆に、人物の評価になると違いが現れる。

 上司のAさんは、最近はよく努力をして管理職の責任を果たしつつあるという見方もあれば、相変わらず能力が低くて職場を混乱させているという見方もある。このような違いの生まれる原因を考えると、Aさんと評価者の関係の深さに拠るのではないかと思われる。すなわち、業務上の関係が深ければ、直接迷惑を被っているわけだ。Aさんに悪意はなくとも、そのミスによって評価者が尻拭いをさせられたかもしれない。そういう経験が低評価を生む。一方、そういうつながりがなければ見かけの評価になる。

 もうひとつ考えられることは、ある特定の社員の評価が伝播するケースである。たとえば、Bさんは特別に優遇されているという見方を持っている社員がいるとする。その社員はその見方にかなり確信をもっている。そうすると、機会あるごとにそれを口にする。聴いた者の頭にインプットされる。そして、Bさんが昇格したり、表彰されたり、意見が採用になったりすると、インプットされた見方とそれらの現象とをつなげて考えるようになるのである。こうやって、場合によっては事実とは大きく異なった見方が伝播し、定着してしまうのである。

 おそらく、こういうことは頻繁に起こっているのではないだろうか。広く、世論というものを考えてみても、なんらかの現象に対して、同時に見方が生まれるのではない。噂話のようにして横に広がるのである。時と場合によっては、特定の個人の嫉妬と悪意によってねじ曲がった見方が伝わり、そういうものこそ根深く定着し、沈澱していく。

 大変、恐ろしいことである。

 

2011年9月 9日 (金)

アントニオ天谷とは

 アントニオ天谷が私だということを知っている人間は、おそらく十人余りであろう。間違いなく二十人を超えてはいない。家族、友人、そして勤務する会社の社員数名である。

 歳を重ねるごとに会社での職位が上がる。一時期仕事が忙しくなって、一日一記事を断念した。その後異動があって、やや余裕ができたので一記事を再開した。とはいっても、平日は時間がないので、休日二日のうち一日を費やし、一週間分の記事を書きためるのである。

 最近また職位が上がり、経営への責任が重たくなった。時間があれば、経営や経済について学ぶ時間を取るべきであり、ブログに費やす時間を削らなければならないとも考えた。しかし、私にとって書くという行為は欠くことのできないものだ。加えて、数は少なくとも他者に読まれるということも大きな意味を持つ。
 書くという行為は、自分を確認する作業である。この得体のしれない人間を、言葉で定義していくのである。人間は行動で評価しなければならないが、ブログは私にとっての行動である。私は丸腰ではなく、言葉という武器を身につけている。大した威力はないけれども。

 この千件を上回るブログ記事が、私そのものである。これを読めば私がいかなる人間か分かる。もちろん、弱点も含めてのことであるが。

 虎は死して皮を残すが、私の残しうる数少ないものの一つがこれである。仕事の業績はゼロではないが誇れるものではない。ましてや、金はない。財産を残さず朽ちていくのであるが、ブログはせめてもの私の足跡である。

2011年9月 8日 (木)

メッセンジャー 黒田

 メッセンジャーの黒田が暴力事件を起こして芸能界から干されたのはいつだったろうか。私は黒田のファンではなかったし、特別に嫌いだったのでもない。ただ、島田伸介の引退で彼を思い出したのである。

 やったことから考えると、少なくとも一定の期間、職を奪われることは致し方ない。一般的な社会ルールだと言えよう。しかし、一定の制裁を受けた後は、再挑戦の機会を与えられるべきである。
 振り返れば、関西の芸能界には横山やすしや中田ボタンなどの例がたくさんあり、風土としては復帰しやすい。やすしなどは、吉本興業や西川きよしの温情があってもってはいたものの、行動は傍若無人であった。しかし、今後は次第に厳しくなってくるのだろう。

 黒田の復帰がないのは、世間の目が厳しくなったというよりも、市場におけるニーズの問題だと思う。黒田のキャラクターは関西にたくさんいる。それだけお笑いの世界のレギュラー予備軍は膨大にいるのだ。関西の昼の時間帯のレギュラー司会は、ブラマヨで十分ニーズを満たせる。

 ちょっとした失敗が命取りになる、今後の芸能界。誘惑が多く、売れると天狗になりやすい世界だから要注意である。

2011年9月 7日 (水)

加賀屋のおもてなし 鳥本専務のお話

 先日、とあるセミナーで和倉温泉加賀屋の鳥本専務のお話を聞かせていただいた。加賀屋さんは私が勤務する会社にとってはお得意様である。31年連続人気投票1位に輝いた日本でトップの温泉旅館である。

 話の内容は人材育成や労務管理などであった。非常に面白かったので、聞いた話はできるだけここに書き留めておきたい。

 ●年に数十人採用するが新卒は少なく、中途の人が多い。最近では有名大学を卒業予定の女性が応募してくる。以前はそんなことはなかった。やめておきなさいと忠告するが、ぜひ客室係をやりたいと言う。価値観が変わってきたのかと思う。中途の場合は、他の旅館で経験のある人はお断りする。加賀屋よりも楽な仕事の仕方が身についてしまっていて、矯正できない。

 ●入ると3カ月研修所で訓練する。あいさつの仕方やふすまの閉め方はマニュアル通りにやれば習得できるが、おもてなしの心はマニュアル化できない。その部分が企業のノウハウである。できる子は面接の時の笑顔や雰囲気でおおよそ分かる。ほとんど外れはない。

 ●加賀屋の寮には保育所もあり、働きやすい環境を整備している。男子社員の場合は子どもが中学に上がるまで、女子社員の場合は高校に上がるまで寮に住むことができる。あるとき、加賀屋の子どもたちは宿題をやってこないという噂が流れたので、定年になった教師を雇って学習指導をさせることにした。

 ●加賀屋では料理人も他の社員と同等に扱っている。手当の部分は違うが、給与は同じ体系である。料理人もお客様の送迎を行ったりする。旅館は一時に仕事が集中するので、経理が喫茶店を手伝ったりして、複数の仕事をこなすようにしている。

 ●持ち家制度を設けている。35歳までに家を建てることを勧めている。土地はバブルの時に買ったものがたくさん余っている。50坪の土地に地元の工務店の施工で一戸建てを立てさせて1千万円で取得させる、足が出た分は会社負担だ。家を買うと会社を辞めなくなる。

 ●オートメーションで料理を運ぶ設備を導入した。配膳の負荷を減らすことで、接客係をサービスに集中させることができる。効率化のためにコンサルタントのアドバイスでセントラルキッチンを導入したが失敗した。料理が画一化して、お客様の満足を得られなかった。一人ひとりに違う料理を出すことに付加価値を付けている。

 ●従業員には、市内でパチンコをするな、金沢まで行ってやれと言ってある。狭い世界なので、加賀屋の従業員だということがすぐばれる。

 ●高料金をいただくことにはプレッシャーがあるが、人気ナンバーワンの旅館に勤めていることに誇りをもって皆仕事をしている。投票の結果を気にしている。

 ●愉快リゾートのような安い旅館にもニーズがあり、一つのやり方である。日本の接客レベルが低いので、接客係の付かないセルフサービスに近い形が受け入れられたのである。加賀屋は加賀屋のやり方で進むが、21世紀のビジネスモデルとしては苦しいのではないか。何を守り、何を捨てるのか考えなければならない。

2011年9月 6日 (火)

人の魅力の構造

 人の魅力はどこに潜んでいるのだろうか。

 ベーシックな要素と魅力を大きく高める個別的な要素とに分けられる。まずは、人に安心感を与える土台とも言うべき要素がある。マナーの良さとか、表情があるとか、人に攻撃性を見せないとか、そういう基本的な傾向が身についておれば敬遠されることはない。いったん敬遠されると、なかなか近づいてはくれないものだ。

 それに加えて、人それぞれの個性を形成する特徴がある。会話がうまい、ものしりである、特殊な芸当ができる、などなど。こういうものは、幼いころから備わっている場合もあるし、訓練で身に付けた場合もあるだろう。普通は、一人の人間がいくつも持ち合わせていることは少ない。天は二物を与えず、という。

 特に努力をせずとも、人が寄ってたかってくる稀有の人材もいるだろうが、大抵の場合はそれなりに努力をしているものだ。あるいは、そんなことは全く意識せず、目の前の自分の課題に正面から向き合っているうちに、自然に人から見れば魅力と映る要素が身についてしまう場合もあるようだ。こういうケースが案外多いのではなかろうか。

 だから、課題から逃げず、一所懸命悪戦苦闘するうちに人は鍛えられるのである。鍛えられるうちに、魅力が増していくのである。だから、人から好かれない人には、素直に努力を重ねることをお勧めする。一事が万事という。何かを成就するためには、自分の持っている可能性を総動員させることになる。人間は一本の幹であって、枝葉ではない。

2011年9月 5日 (月)

野田佳彦

 政治家個人にはあまり興味がないので知らなかったが、第95代の内閣総理大臣に就任した野田佳彦氏は大学の先輩にあたるそうだ。同じ学部学科卒であり、野田氏の卒業年度を見ると私が1年の時に4年だったことになる。ただし年齢は1つしか違わない。

 松下政経塾の1期生とのことで、当時この塾は随分脚光を浴びていたように記憶している。出身者は他に、5期生の高市早苗や8期生の前原誠司がいるが、樽床、原口、玄葉など民主党の議員が多い。基本的に保守の政治家であるが、世襲に拠らず議員になっている点は、形式上の問題ではあるが、政治の近代化に寄与したと言えるかもしれない。はっきり覚えてはいないが、私は、経済人が政治家を育てることに違和感を覚えていたように思う。ちなみに、松下幸之助は若いころに保田與重郎に傾倒していたというし、天理教にも影響を受けたらしい。

 さて、野田首相のことだが、いきつけの10分千円の理髪店に立ち寄りさっぱりしたとの新聞記事があった。もともと、髪は短くすればそれでいいという合理主義なのだろうが、庶民派をアピールするにはよい記事である。日本人の道徳は、一国の首相にも清貧を求める。私にもそういう傾向があるが、国内向けにはそれでいいとしても、外国の要人やメディアに対しては多少気を使うべきであろう。身だしなみはきちんとし、ある程度のグレードのスーツをまとう必要がある。われわれと同じような一着二・三万円のスーツではみすぼらしい。(さすがに、そんなものは着ていないだろうが)

 増税論者であったり、集団的自衛権を主張したりで、意見の合うところは多くはなさそうだが、とにかく震災の復興を早く・速く進めてほしい。誰かが、けちけちしないで予算を付けたいと語っていたが、誠にその通りである。

 一年毎に首相が入れ替わることは対外的に恥ずかしいという意見が多く聞かれ、一般論としては賛同するが、仕事ができなければやめてもらうしかないではないか。いい仕事をして、長く務めていただきたい。

2011年9月 4日 (日)

巨匠がいなくなる

 昔は芸能、芸術の世界に巨匠と言われる人たちが多くいた。その世界に幅広い知識を持たぬので、限られたジャンルでしか意見を述べることができないが、触れられる限りで話そう。

 落語の世界には、志ん生、圓生、可楽などといった名人がいた。それぞれに、それぞれの世界があり、それぞれの芸風があった。その後の世代に彼らほどの名人は出なかった。

 ピアノの演奏家には、ラフマニノフ、ルービンシュタイン、ホロヴィッツ、リヒテルなどの巨匠がいた。その後、アシュケナージやポリーニが出ているが、巨匠と呼べるだろうか。

 才能の発掘機会が減っているかどうか。落語は、寄席が減ってしまったから活躍の場がなくなり、成り手も減少したと思われる。また大学の落研あがりが多くなり、若くからたたき上げでじっくり芸を磨くことがなくなったのではないか。もうひとつの理由は、世のなかの変化である。古典落語が描いている世界と今の世間とのギャップが大きくなってしまったので、話への共感が難しくなった。名人は、過去の封建的な世界を巧みに語っていたのだった。こう考えてくると、再び名人の登場は期待できそうにない。あるとすれば、古典とは全く違う、新作落語の名人だろう。それはもはや旧来の落語とは違うカテゴリーに属するように思う。

 ピアノを弾く人間の数は増えている。かつての欧州においてピアノを弾く人間の数は多くなかっただろう。貴族や地主などの富裕層の子弟に限られていた。しかし、今ではミドルクラスでもピアノを持つことができ、幼いころからレッスンを受けることができる。日本でも中国でも、そういう経歴を持つ、若い優秀なピアニストが誕生している。しかし、今一つ存在感が薄いように思う。私にはよくは分からないが、欧州のピアニストも技は巧みだが、重厚さを感じない。これも歴史の変化だろうか。もうクラシックな世界ではないし、レッスンを授ける側の力量も落ちているのではないか。本当に力のある教授は数少ないから、ピアノ弾きは多くても、本物のレッスンを受けられないのだ。その点、巨匠と言われる人たちは、第一級の教授に教わっていた。そういう本物の技と感受性の伝授が途中で切れてしまったのではないか。ましてや、日本では条件がそろっていない。かつて、ショパンコンクールに出場した日本のピアニストは、審査員からショパンを日本語で弾いたと評された。屈辱的な指摘のされ方だが、そういう風に聞こえたのだろう。

 古典の世界はなかなか難しい。新しい芸能、芸術の世界では巨匠が出るのかもしれない。いや、これだけ何もかもが急速に変化してしまう社会では、巨匠が出る前に、芸の形が変わってしまうのかもしれない。芸が磨かれるには、まず時間が必要である。

2011年9月 3日 (土)

人と社会の成長を制約する諸条件およびその克服

 私たちの生活のあり方を決めるものは何だろうか。学問のレベルを離れて、素朴に考えてみると、まず私たちがどれだけ働くかという問題が出てくる。労働には量ばかりではなく質もあるから、単純には言えないが、豊かさを保障する要素として労働の大きさを上げないわけにはいかない。ただし、働くと言っても、働き方にはさまざまな形がある。自分が事業主として働くのか、それとも雇われて働くのか。社会の発展水準によって、どういう働き方が支配的であるかが決まる。

 私たちの祖先は、約10万年前に北部アフリカを出発し、世界中のおよそ住める所には隅々にまで広がっていった。そして、その地理的条件と気象条件とに強く制約を受けながら生きてきたのだ。私たちは、その条件を日ごろは実際よりはるかに軽く見ているが、何か事あるごとに再認識させられている。

 砂漠に住む人々がいる。水がない。激しい寒暖の差。厳しい条件だ。熱帯雨林に住む人々がいる。恵みもあるが、危険も大きい。寒冷地にも住む人々がいる。冷えとの戦い。農業は困難だ。肥沃な土地に恵まれた人々がいる。時に自然は牙をむくが、母なる大地は食物を育てる。
 文明は大河の流域を中心に生まれた。肥えた土地が多くの人間を育てた。この条件は圧倒的に有利であった。要するに定住する場所によって大きな差が生まれるのである。民族には始めから不平等が付いて回る。
 一方で、むかしはそうではなかったが、科学の発達とともに、地下資源が価値を持つようになった。金、銀、石油、石炭、鉄鉱石、レアメタル等々。痩せた土地にも鉱物が眠っていた。これも自然の恵みと言えよう。掘り出すのには労働が必要であるが、とにかく掘れば売れる。この資源は大きな武器になる。資源の偏在は第二の不平等であった。

 このように大いなる不平等を前提として多くの民族が世界に共存している。そしてまた、ここに人為による科学技術の差や軍事力の差が加わって、不平等のバランスがさらに崩れ、混沌が生まれる。これが現実ではなかろうか。しかし、あまりに当たり前のことだからか、あらためて論じられることがないように思う。

 差異、不平等が歴然とあるにしても、それが富の形成に過度に影響を与えないシステムはないものだろうか。金融商品、金融派生商品と呼ばれるものの市場変動によって、労働を原初的な条件として蓄えられた富が、一瞬にして減価してしまうような仕組みが世界に安定をもたらすはずはない。それはおそるべき紛争のリスクとなるだろう。システムそのものに代替物がないのであれば、国際的な再分配の仕組みを再構築する必要がある。しかし、それにしても各国が自らの利益のために富の供与を行うとすれば、薄まった投資という意味合いにしかならない。フェアな調整が可能な、国際的かつ公的な意志が必要とされる。

 新しいシステムを模索したい。社会の発展は、ホッブズからルソーへと社会観を進歩させたが、現実はふたたびホッブズの世界に逆戻りした観がある。再びルソーの世界へと理念を進めなくてはならないように思う。
 市民社会の限界を乗り越える論理は再び可能になるのだろうか。ともかく、いったんすべてをご破算にして、構想を練り直す必要がある。抽象的な議論で現実は進まないが、現実の延長線上に光は見えない。

2011年9月 2日 (金)

働いてから遊ぶか 遊んでから働くか

 借金は将来の労働の先食いである。だからできる限り借金は控えたい。住宅ローンや教育ローンは致し方ないにしても、他はできるだけキャッシュ1回払いで済ませたいと思っている。なかなかそうもいかない現実はあるが、このように考えるのは日本人的なのであろうか。

 欧米人、特にアメリカ人は気軽に借金をし、貸す方も比較的簡単に貸す。先に物やサービスを手に入れて欲求を満足させる。楽しむのが先なのである。そして、その後で働く。もともとそういう国民性だったのだろうか。それとも市場経済の発達が、そういう人間性を作り上げたのだろうか。あるいは両方の要素があるのかもしれない。

 日本でも、住宅の購入はローンである。大和ハウスなどの住宅メーカーと銀行が手を組んで住宅供給を進めたし、政府も持ち家政策を進めるために公庫に住宅ローンの資金を準備した。また最近ではカード購入で先に物を手に入れるようになったし、よくは知らないがリボ払いという方式で、支払いを先伸ばしする仕組みが浸透しつつあるようだ。
 貯めてから買う、あるいは持っている現金の範囲で買うという基本的なスタンスは今でもあるが、次第に借金を気にしない傾向に流れつつある。

 結局、購買力が低下しているので、購入させるには後払いにさせるしかないのだ、これから経済が拡大し、労働意欲の旺盛な国民であらば悲観することはないが、衰退局面に入ると、現在の購買量よりも将来の期待される労働成果の方が小さくなる事態にならないか。破産者が多数を占める国家にならないとも限らない。そうなったら、だれが債権者として権力を振りかざすことになるのだろうか。

 異国の、資本であったり国家であったりしないだろうか。

2011年9月 1日 (木)

眼鏡美人 唐橋ユミさん

唐橋ユミ 

1974年10月22生まれ フリーアナウンサー

ウィキペディアより

人物・来歴

 福島県立会津女子高等学校から、実践女子大学文学部英文学科を卒業した後、高橋圭三主宰の圭三塾へ。その後、テレビユー福島契約社員として入社。朝の情報番組や夕方のニュースを担当したが、2004年3月に退社して上京した。三桂に所属して、在京キー局の番組に出演している。

 レギュラー出演中の『サンデーモーニング』では、手書きのフリップクレヨンで描いたイラスト、段ボールで作ったミニチュア模型など、全て自作の小道具を用いて、解説を行う(この解説に対して大沢啓二から「あっぱれ」をもらうことがあった。現在は橋谷能理子を除く唐橋らサブキャスター陣が持ち回りで担当している)。今山佳奈の退任後、2008年12月より、スポーツコーナー(週刊御意見番)担当となった。地元の福島出身のアスリートなどが活躍すると福島弁も飛び出す。

 最近は眼鏡をかけて出演することが多い。番組出演時は本人がお気に入りのナイロール(ハーフリム)フレームの眼鏡をかけて出演している。ラジオに出演する時は眼鏡を忘れることが多い。視力は0.3で、原稿は読めている模様。

 現在、レギュラー出演中の『吉田照美 ソコダイジナトコ』では、アシスタントを担当。同時に「ユミのどすこいデリバリー」のコーナー(金曜日)も担当している。番組内のコーナー「吉田健康~あなたのドクターたかよしです」で放送しているミニドラマでは、「唐橋先生」「春子」「ミヨちゃん」などのキャラクターを好演している。この他には、「1134カラパッチン」という音だけのビンタや「ガオー」(ライオンの吠えまね)などのものまねを披露する事もある。

 父親は喜多方市にある、ほまれ酒造の代表取締役社長で、同社の清酒「会津ほまれ」の販促プレゼント企画に、ユミを起用したことがある。妹は、シンガーの唐橋宙子。

 趣味・特技は、大相撲観戦(魁皇のファン)、料理・洋服リメイクなど。

                                                 以上

 典型的な眼鏡美人である。目の間隔がやや広く、顔がやや平板に見えるので、眼鏡はよいアクセントになっている。
 TBS「サンデーモーニング」のスポーツコーナーの担当は長く、根強いファンがいると思われる。もうすぐ37歳になるが、若々しく、30歳過ぎに見える。童顔としゃべり方がそう思わせるのだろう。ほんわかとした雰囲気を持った、癒し系アナウンサ―である。

 所属事務所は、関口宏が経営する「三桂」であり、サンデーモーニングの出演者の多数はこの事務所が供給している。したがって、サンデーモーニングは関口の番組だと言っても過言ではない。

 唐橋ユミは貴重なキャラクターだと思うのだが、テレビへの出演機会は多くない。ぜひ、もっと出演して顔を見せてほしい。

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