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2011年8月 7日 (日)

大岡昇平「俘虜記」読書感想その3

 3 専制への慣れについて

 軍隊およびそれを生んだ日本の社会は、個の人権を尊重しないのだが、個の方でもそのことに慣れてしまい、変えようとはしない。

 俘虜収容所において米軍は、俘虜に組織を作らせ、そのてっぺんに元上等兵である今本という軍人を置いた。彼はその立場を利用して専制を敷いたが、それができた理由の一つとして、誰かがその地位に就かざるをえない以上誰がなっても構うものかという俘虜の怠惰があったと書いている。

 俘虜収容所内では、米軍によって清潔が重んじられたという。今では日本人の衛生意識も高まって欧米に近づいたが、当時の日本人の習慣は米軍の目に余ったらしい。そこで賞を設けて清潔整頓を各中隊に競わせた。しかし俘虜は全く踊らなかったらしい。それでも監督の米兵が見ている前でだけは吸殻を捨てなかったらしい。逆に、米兵が去ったら悪気もなく捨てたという。何事も強制されないと動かないのは、長年にわたる専制と隷従の結果であると大岡氏は書いている。

 4 従軍看護婦について

 従軍看護婦についての記載がある。
「彼はセブの山中で初めて女を知っていた。部隊と行動を共にした従軍慰安婦が、兵隊を慰安した。一人の将校に独占されていた婦長が、進んでいい出したのだそうである。彼女達は職業的慰安婦ほどひどい条件ではないが、一日に一人ずつ兵を相手にすることを強制された。山中の士気の維持が口実であった。応じなければ食料が与えられないのである。」

 これがどこまで広範に行われていた事実か分からない。また大岡氏の書き方にも曖昧さがある。自分で見たことと伝聞によるものとがあるのだろう。とはいえ、ここに記載された事実あるいはそれに近い事実はあったに違いない。
 これまでにも書いたように、背景には、日本および日本軍における人権意識の薄さもあるし、戦争という異常な状況もある。こういうことが起こるのが戦争であり、だからこそ戦争を起こしてはならないのだという理屈もありうるし、よく耳にする主張だ。ただし、そう帰着させてしまうと、現場にいた人の法的、同義的責任が問われなくなる。また、文学における取り上げ方も違ってくるだろう。

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