« 戦後66年は砂上の楼閣か | トップページ | 就職戦線なお厳し »

2011年8月29日 (月)

スポーツの勢力地図 何が強さを決するか

 現在、陸上競技の世界選手権が韓国で開催されている。オリンピックほど出場メンバーの充実度がなく、また調整も最高のレベルに達していない選手がいて、盛り上がりに欠ける面がある。しかし、オリンピックでメダル争いに絡む競技者は別として、それ以下の競技者にとっては代表選考へのステップであり、全力で臨まなければならない。

 今大会は女子のマラソンで開幕し、トラックでは女子の1万メートルが決勝の皮切りであった。そして、ケニア勢が両種目でメダルを独占し、強さを見せつけた。従来、トラックではケニア選手の強さは圧倒的であったが、マラソンでも力を発揮できる水準に至ったと考えられる。中継を見ながら、日本人が戦える分野はどこにあるのかと考えてしまった。

 スポーツの世界に限って、種目ごとに強さはどのようにして決まっていくのか考えてみたい。

 ベースにある条件を見てみよう。まずは、人種・民族の違いによる身体の特性である。体の大小、手足の長さ、関節の柔軟性、筋肉の柔軟性と瞬発力、心肺機能などである。同じ人種・民族内でも個体差があり、ばらつくけれども、分布の中心には違いが出てしまう。これは所与の条件であり、短期間に修正することは不可能だ。
 次に文化的な差異である。貧しさ、豊かさも条件になる。これは民族というよりも、所属する国家の問題であり、基本的には豊かな国家ほどスポーツする機会に恵まれ、トレーニングの科学性が担保されるように思う。ただし、貧しい方が有利に働く要素もある。たとえば、ボクシングなどの格闘技は先進国ではあまりやらない。やったとしても貧しい階層の出身者である場合が多い。また、豊かさに加えて国民性の違いというものがある。これは特に集団競技において結果を左右する要素となる。

 以上の要素が基礎的な条件として存在している。冒頭に書いたケニア勢の活躍は、身体性の要素が多分に働いている。その点で優れた母集団のなかから傑出した人材を見つけ出し、一定の資金を投入して科学的・合理的なトレーニングを積ませれば、世界のトップクラスまで持っていくことができる。そこまで完璧にやられたら、身体性に劣る日本人選手には勝ち目がない。おそらく、一縷の望みがあるとすれば、高温高湿の条件下で、最初からハイペースで押しきり、早い段階で振り落とす戦術しかない。

 身体性に続く基礎条件としての文化を考えてみると、それは競技人口および競技の歴史の厚さに関係する。どの競技を好むかという問題だ。競技人口が多く、歴史があれば、優秀な競技者が出現する確率が高まる。日本が野球先進国であるのはその理由によるし、近年サッカーで相対的地位を高めているのもサッカーに取り組む青少年が急増したことが背景にあることは間違いない。もっとも、どこの世界を見ても競技人口の少ない種目もある。馬術であったり、射撃であったりする。このようなものは、昔から貴族や軍人しかやらなかった競技であって、特定の階層の占有物であった。だから、そもそもどれだけの値打ちのあるものか疑問である。
 集団的、組織的競技においては国民性が表われる。日本の野球が強いのは、その典型的な例であろう。相手の得点を抑え、自分の得点を積み上げることが勝利につながるが、その確率を高めるために論理的かつ統計的に最善のフォーメーションを組み立て、そしてメンバーが最善の動きをする。いわば、それぞれが意志を持ったこまに成りきることができる強さがある。

 以上、スポーツにおける強さの源泉について考えてみた。最後に、関心事であった、日本が戦える分野について見解を加えておこう。

 オリンピックの種目から外れたが、野球は今後も日本の得意芸で在り続けるだろう。ノウハウの歴史的蓄積、競技人口の厚さ、組織的競技への順応性などを考えれば、身体性のハンデは補って余りある。
 サッカーについては世界の層が厚く、トップレベルは難しいが、これも組織戦で戦える要素が小さくないので、日本独自の戦法を見いだせば張り合うことができる。若いころからの切磋琢磨で、身体性においても優れた競技者を掘り起こすことができるだろう。
 バレーボールは今後は苦戦しそうである。身体性では明らかに不利。戦術面では他国のチームもコンピューターを使ったデータ分析が進んでおり、差を付けられない。バスケットボールは日本人には向かないだろう。
 体操競技は、今後ともジュニアの育成に力を注げば、戦える種目だ。身のこなしのしなやかさは得意とするところである。舞踊などの文化の伝承がこういうところに影響するのではないか。
 階級制度のある競技は、概して戦える分野だ。軽量級で戦える。お家芸の柔道はもちろんのこと、ボクシング、重量挙げも若い素材を発掘し、科学的合理的なトレーニングを積ませれば十分戦える。地味であっても、資源を投入すれば結果を期待できる。

 陸上競技は全体として日本人に苦しい競技だ。実にシンプルな競技であり、身体性が勝敗を決してしまう。跳躍系はまず難しい。バネが足りない。投擲では、技術を要するハンマーと槍に活路があるか。ただし、室伏は特別であり、例外と考えた方がよい。トラックの短距離も難しい。技術の要るハードルに上手くはまる選手がいればよいが。中長距離も難しそうだ。スピードの差は如何ともしがたい。残るはマラソンだが、男子は期待薄。女子も今後は厳しい。冒頭に書いたように、最初から飛び出せる選手、高速のイーブンペースで機械のように走れる選手を作るしかない。
 

« 戦後66年は砂上の楼閣か | トップページ | 就職戦線なお厳し »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 戦後66年は砂上の楼閣か | トップページ | 就職戦線なお厳し »