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2011年8月23日 (火)

井伏鱒二 「駅前旅館」

 「黒い雨」に先立つこと9年、1957年に発表された作品である。「私、駅前の柊元(くきもと)旅館の番頭でございます。」で始まる。

 主人公の生野次平は、戦前に、継母の勤める上野近くの春木屋という旅館で育った。学校を出るとその旅館で仕事を始め、母親が亡くなるまで中番を務める。その後籾山旅館に移籍したが、東京大空襲で焼きだされ生地の輪島に疎開する。そして、終戦後しばらくして再び東京に舞い戻り、籾山旅館の旦那の紹介で柊元旅館に勤めることとあいなった。

 駅前旅館という、狭いけれども一つの業界があり、そことその周辺に生きる人々の姿をユーモアあふれるタッチで活写している。「飲む、打つ、買う」の話題があって、堅気の世界とは少々距離があるのだが、登場人物に一定の節度があるから、嫌な感じを与えない。
 特に面白いのは春木屋と水無瀬ホテルの番頭である。仲間内の慰安旅行の途上で、列車に乗り合わせたお高く留まっている風の女性たちに向かって聞かせる作り話がよい。自分たちは土木会社の幹部で、何億という額の工事を請け負っているという設定だ。話の中身がもっともらしく、またその語り口が絶妙である。
 ほかの場面でもその才能が発揮される。修学旅行に来た関西の高校生が、番頭連中が行きつけの辰巳屋に来て酔いつぶれ、おまけに悪態をついてくる。そこへ水無瀬ホテルの番頭が攻撃を入れる。その高校の校長と自分は旧知の友だというのである。旅館稼業では宿泊客の情報を事前に入手しておくも仕事の一つである。校長がどんな経歴で、どんな趣味があるかは調査済みなのだった。この話はあまり効き目はなかったが、業界の裏を知るに効果的な場面であった。

 主人公にまつわる話では、於菊(おきく)との関係がある。於菊はある旅館の豆女中だったのだが、次平が客とのトラブルを解決してやったことがあった。それが縁で、しばらくの間二人の付き合いが続くが、何せまだ子供のことなので深い関係には至らず、いつしか離れ次平の頭からも消えてしまう。
 ある日、長野の実業家が三人の芸者を引き連れて柊元旅館に宿泊する。その夜、次平が湯につかっていると、その芸者のうちの一人が湯船に入ってきて次平の体をつねった。その時はキツネにつままれたような心持だったが、あとで於菊だったことに気が付く。そして心惹かれて於菊の現在を調べたところ、旦那の世話になって紡績会社の寮長をしているのだった。
 その後、於菊は寮の女工たちを連れて柊元旅館に泊まることになる。旅行の行程の隙間を狙って二人で逢引することになるが、そこでも深い関係に至ることはなかった。

 話の筋から離れても面白いネタが散りばめられている。一つは業界で使われる符牒。「バッタ」とはご祝儀のことをいうらしい。よく知られているバッタは、バッタもんという言い方をされ、正規外のルートで仕入れて投げ売りされる商品という意味なので、ここでの使い方はあまり知られていない。
 次に、遊郭で働く、各地方出身の女性の特徴についてである。東北地方・北陸地方の女性は、「貞淑で、根深い堅実性があって純朴。」千葉県の女性は、「ざっくばらんで、純で、男に熱し易く、また冷めやすい。」山梨、埼玉、静岡以西の女性は、「気がきいて賢くて、身を守ることが上手、金を溜めることも上手。」新潟の女性は、「男にかしずく要領が誠に堂に入っておりまして、・・・そのくせ、だんだんと男が窮して来て、最後というときに立ち至ると、うまいこと逃げを打つ。」男と心中した女で、新潟県出身は一度も聞いたことがないと言い、心中する女性の多くは東北・北陸出身であったと次平に語らせている。本当かどうか分からないが、たくさんの人を見る中で業界の定説として語られていることには一定の信ぴょう性がある。その傾向は土地の歴史・風土が生み出しているに違いない。

 この小説は、あっという間に読み終えてしまうが、読後感は決して軽くはない。登場人物に傲慢さはなく、分別があり、つつましい中にも奔放さもあって、実に愛すべき人たちに仕上がっている。井伏鱒二の力量が見て取れる。

 

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