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2011年8月20日 (土)

芦田愛菜ちゃん人気に思う

 天才子役という枕詞が定着した、芦田愛菜ちゃん。確かに可愛くもあり、芸達者でもある。彼女に対してなんら文句はない。

 しかし、彼女に疲れた表情を見るようになり、少々気の毒であるとの思いを抱くようになった。その姿を見かけない日がないほどの売れっ子になってしまった。おそらく出演の依頼はひっきりなしで、あちらこちらの撮影現場を飛び回り、移動中にはセリフを覚え、寝る間もない。そんな生活が続いていれば、疲れも出るだろう。おそらく、親や身近な関係者は休ませてやりたいと思っているのだろうが、なんとかスケジュールを詰めて出てくれと懇願され、やむなく請けているのではないか。稼げるうちに稼いでおこうという徹底した打算で動いているとは思いたくない。

 このような人気がいつまでも続くものではない。可愛いけれども、時間が経てばそれも薄れる。親でさえ、子が成長すれば可愛くなくなっていくのである。今の可愛さは、今の歳格好に見合った可愛さであり、次の年代には、やどかりが殻を取り替えるように、別の魅力を身につけなければならない。それは決して容易なことではない。容姿はともかく、内面から湧きだす魅力は生得の要素は少なく、経験と自らの感性によって紡ぎだすものである。愛菜ちゃんに、それを要求することは酷だと思うし、周囲が新たな魅力を「売り」として作り出すためにプロジェクトを組むことなど、逆にやってはならないことであろう。

 いったん、ただの女の子になるのである。それから先は未知数だ。天才子役が天才俳優に成長した例を知らない。ただし、歌の世界には美空ひばりの例がある。

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