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2011年8月21日 (日)

被害者意識と加害者意識

 被害者意識は自然発生的なものであり、誰もが日々の生活で繰り返し抱いているが、加害者意識の方は無意識に身に付いている性格のものではない。

 人間、外部の攻撃や干渉から自分を守ろうとする意識が非常に強い。個人においてその傾向は著しいが、集団にあっても防衛意識が強く働いている。猿の時代以来、他の動物と同じく臆病に暮らしてきたことの表れであろう。
 猿の時代には脅威の対象は「自然」であった。気象条件などがもたらす暑さ、寒さ、水と食物の不足があった。進化に連れて、そういった脅威を和らげる知恵と工夫が生まれ、次第に落ち着いて生活できるようになる。しかし、それにつれて人間同士が生活の場を奪い合ったり、水や食物を奪い取ったりするようになる。対象が自然から人間となるのである。

 人と人との関係では、客観的に見れば、被害者であると等量に加害者でもありうるわけだ。しかし、最初に言ったように、意識としては圧倒的に被害者としての立場が自覚される。これは、どうも普遍的なものらしい。ここに、加害者としての意識を加えるものは、信仰や思想である。もっとも、信仰や思想と言っても、なかには被害者意識を煽るようなものもあるから十把一絡げに扱ってはならない。
 とはいえ、人間、衣食が足りるようになると、善良な文化を築く。自分の行為が隣人を苦しめていないか。自国の行為が隣国を抑圧していないか。このような考えは、褒められこそすれ、誹りを受けるものではないだろう。文化的な先進性を示す事象である。

 日本は、明治以来、国家主導で西欧化の道を進んできた。富国強兵によって、他のアジア諸国のような植民地化を逃れ、不平等な関係を順次変更してきた。その方向を推し進めてきたのは自覚的なエリート官僚とエリート知識人であったし、その流れに抗したのも自覚的な反体制エリートであった。大衆は自分の生活が極度に侵された場合には抵抗を示すが、大きな流れに抗することはしなかった。
 日清・日露戦争における勝利は、周辺アジアに対する日本国の優越性を意識の中に植え込んだ。爾来、長い歴史の中で劣等感を持って眺めてきた国家が、逆に蔑視の対象となっていった。その果てはご承知のとおりである。

 富国強兵の理念は行きつくところに行きついた。西欧の悪しき歴史と違わぬ道である。日本にも別の選択はあったろう。あったろうが、それを進めるだけの有力な主体はいなかった。果敢に攻めた人たちはいたにはいたし、その行為に敬意も払いたいが、大きな運動にはならなかった。なぜそうなったか、そこに大事な問題が含まれている。相手が巧妙で強かったからだとか、本来戦うべき勢力が戦略戦術の誤りで相手に飲み込まれてしまったからだとか、そういう理屈だけでは教訓は生まれない。結果責任を問う論理が組織になければ、動機の純粋さだけが神のように奉られるだけである。

 十五年戦争の敗北は重大な画期であった。しかし、敗北であったために手足を縛られ、将来の自主的な選択を妨げた。従属は、国際関係の綾もあって、予想を超える富をもたらしたが、その富をもたらすメカニズムも早晩崩れる運命にあった。従属してよかったのだという意見もあるが、それは戦争を始めた論理に違うことであるし、戦争を食い止めようとした理屈にも合わないものだ。経済合理主義的な結果オーライ論であると言うべきか。

 加害者となった戦争を反省し、主体的に国の在り方を考える必要がある。内容は政治的であらざるをえないが、文化的な要素を多く含んでいなければならない。その選択は、高い精神性をもってこそ可能なことであるからだ。

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