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2011年8月28日 (日)

戦後66年は砂上の楼閣か

 野坂昭如氏が日本経済新聞の文化欄に投稿している。氏の作品は学生のころにいくつか読んでいる。「てろてろ」「エロ事師たち」を覚えている。詳細は記憶していないが、無秩序で、規範のない世界における人間の奔放な姿を面白く描いていたように思う。

 野坂氏は、東北大震災の被災地域と戦後の焼け跡を比較している。違いはどこにあるか。焼け跡には瓦礫の山すらない全く無の状況だったが、空襲が終わり、人々はある意味晴れやかな表情で、てきぱきと過ごしていた。厳しい状況ながら希望があったということだろう。
 これに対し、被災地では、先が見えず、立ち尽くすしかない。戦後に築き上げたものは大きかったが、それが一瞬にして失われるところを目の当たりにして、展望を失っているのである。

 戦時戦後の時期には、国民は皆いつ死んでもいい状況にあったという意味で平等だった。焼け出されたら互いに助け合うというルールがあり、その精神があった。行政による援助についても、罹災証明がすぐに発行され、それがあれば優遇措置が得られた。
 これに対し、震災後はどうか。避難所では毛布一枚与えられ、水とパンで暮らす人々の姿が連日報道された。多くの国民は地震・津波の被害を見ながら、ショックを受けつつも、いつものように飲み食いしながらテレビで眺めていた。それは海の向こうの戦争を見ているかのようであり、他人事であった。被災地と非被災地は光と影のように対照的である。

 戦後66年を経て、物質的繁栄は目覚ましく、飽食の時代に生きることになった。しかし、この大震災はそのもろさを露呈させた。電力不足で世間は大混乱した。国策のまずさもあったが、国民が便利さを求めたつけとも考えられる。また、豊かな国土を持ちながら、食料を外国に依存してしまった。他国の胸三寸で活かされも殺されもする。
 戦争を思い出すのは夏だけであり、それもあやふやだ。厭なことは忘れ、かろうじて平和な国でモノの時代に明けくれているのだが、生活の中身は乏しい。見た目の豊かさを得るために失ったものは大きいのである。

 以上が、野坂氏の言いたいことである。

 大震災のあとの日本の状況から、戦後66年の日本という国の在り方に反省を加えている。氏の言う内容にいくつか疑問がある。死の前の平等を言っているが、何も持たず互いに助け合う姿は望ましいけれども、その前提は戦争による惨禍である。前提を認めるわけにはいかない。国の関与も、戦争遂行のためであり、今の政府を批判する材料としては使えるものの無条件に賛美することはできない。

 戦後に日本が選んだ道(アメリカの干渉の下にその道筋を描いたのは政治家であり、官僚であったが、国民の側も自ら未来を描く力を欠いた。)には様々問題が在った。その中心には、「国家としての自立」があった。アメリカへの従属があり、自ら運命を決める権利を持たなかったのだが、それは従属によって自らの政治的利権や経済的権益を享受した勢力の責任に帰するものである。とはいえ、それを跳ね返せなかった責任を国民も認識すべきであろう。権益は順番に下まで降ろされ、享受された面もある。下層へ行くほど、そのおこぼれは少なかったが。
 野坂氏の現状への嘆きには共感できるものが多い。とはいえ、私には過去の美化はない。そこははっきりしておきたい。ここの違いはあるべき未来を描くときの差につながる。

 戦後66年で得たものを否定することはできない。国民は問題はあったものの一定の条件のなかで一所懸命働き、生きてきた。ものの豊かさもわれわれの労働の蓄積であり、誇れるものである。しかし、それが拠って立つ政治的基礎が砂のように脆いものであったことは事実である。そういう意味で砂上の楼閣という表現は正しいかもしれない。

 もう一度、基礎を固める必要がある。1億2千万人の足で、強く強く踏み固めるのだ。
 

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