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2011年8月 5日 (金)

大岡昇平「俘虜記」読書感想その1

  この作品は1952年に刊行された。今から59年前である。振り返れば反戦からすでに66年も経過した。もうすぐ終戦の詔勅(玉音放送)を聞いた8月15日がやってくる。
 この作品は主に、「私」が米軍の俘虜になった1945年1月25日から始まっている。捕まるまでの行動についても冒頭に書かれているが、俘虜収容所における経験が大半を占めている。

 この作品は、俘虜収容所における人間観察記である。ここには大岡昇平のさまざまな見方、考え方が示されている。俘虜である日本兵への見方を中心にしながらも、戦争観や国家観も含まれている。これらに対しては、判断のつかないことがらもあるし、賛成できない見方もある。また鋭い観察眼に感心することもある。私の感想もさまざまであるが、全体としての感想は、大岡氏がインテリであることが、彼独特の見方を生んでいるということである。

 さて、これから作品の内容に触れていくが、まとまった文章を書く時間も構想もないので、断片的な取り上げ方にする。それを材料にして機会を作り、後日まとめたいと思う。

  1 アメリカ軍の俘虜への対応について

 大岡氏は、俘虜が収容所の中で堕落したと書いている。そのもっとも大きな要因はOver-paid(支払われすぎ)である。アメリカ軍は捕虜に関する国際協定に基づき、日本兵に対し、自国の兵士と同等に処した。これは人権の思想、赤十字の精神に基づくものだと書いている。収容所では2700Kcalの食事が与えられ、さほど厳しい労役を課せられなかった彼らは次第に太り始める。本国では多くの国民が飢えを耐え忍んでいた時期にである。タバコや石鹸などの配給もあり、それを元に博打を始めるものまでいたという。このような過剰が俘虜を堕落させたのである。

 私が思うに、これは人権意識の問題だけではないだろう。(もちろんそれも大きいのだが)アメリカにはそれだけ豊富な物資があった。本国の国民を食わせてなお余りある物があったのである。逆に日本には物資が乏しすぎた。だからこそ戦争に向かわざるを得なかったというのが軍部の論理だろうが、結果は一層の困窮困苦を国民に強いたのである。 

 追記:「赤十字の精神」について大岡氏は言っている。
  「あらゆる慈善事業と同じく、原因を除かずして結果を改めるという矛盾をもっている。」

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