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2011年8月 6日 (土)

大岡昇平「俘虜記」読書感想その2

 2 小市民的エゴイズムについて

 フィリピンにおける戦闘で部隊の中心となったのは、農民出身の若い現役兵だったという。補充兵には中年の俸給生活者(サラリーマン)が多かった。大岡氏もその仲間であった。

 大岡氏は若い現役兵が好きだったという。こう書いている。「・・・現役の若い兵隊は、むろん甚だ無知であったが、国民の生活に義務というものが存在し、それに今自分自身が機械のように従っているということを自覚していた。従って彼らは多く朗らかで屈託がなく、兵無に関しない限り鷹揚であった。」
 要するに、彼らには規律というものがあると同時に、こまかな損得にこだわらない大らかさがあったと言うのである。これに対し、俸給生活者で多くを占められる補充性には厳しい。こうである。「・・・そして前線にあって彼らはただ日常的狡智を働かせて、この災厄を『日常的』に切り抜けることしか考えていなかった。国家の暴力が衝突する戦場にあってこれほど無意味なことはない。」
 目先の問題をうまく切り抜けることだけに知恵が働き、ものごとを根本的に深く考えないし、対処しない。戦場に来る前も、自分たちの日常生活を何が支えているのか、それを守るために自分たちが何を求められているのか考えてこなかったのだと言う。

 むろん、大岡氏も中年の俸給生活者であったから、同じ誹りを免れえない。たまたま彼が類稀なるインテリジェンスを持ち合わせていたので、この問題を相対化し、認識しえたのである。
 俸給生活者の私としてはあまりいい気分はしない。「使用人根性」とい言葉もあり、そこに差別観を感じる。

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