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2011年7月27日 (水)

刑務所について

 刑務所の中の様子について詳しくは知らない。ときどき、映画で刑務所のなかの生活を撮ったシーンがあり(「塀の中の懲りない面々」など)またテレビのドキュメンタリーでごく一部であるが取材がなされ、その範囲で窺い知るのみである。

 服役は、犯した罪に対する懲罰の意味を持つと同時に、社会に適応するための規律を植え付けることを目的としていると思われる。その目的が十分に果たせていないことは、再犯の多さを見ればよく分かる。もっとも、犯罪の発生は当人の規律だけがその要因ではないから、単純に刑務所のなかのやり方だけを疑問視することはできない。

 刑務所のなかの監視は基本的には厳重であろう。テレビで紹介される塀の内部のルールはすこぶる厳格であり、そのルール以外に人間の行動を律するものはないように見える。ところが、実際はそうでもなさそうである。雑居房では、何らかの人間関係が生まれるであろう。また刑務官と服役者との間にも関係が生まれる可能性がある。
 一般社会がそうであるように、長く服役しているベテラン?ほど尊重されるだろうし、新入りは肩身が狭いに違いない。しかし、経験したことはないし、経験者から直接聞いたのでもないから想像になってしまうが、屈強な肉体をしていれば軽々しい対応をされることはないだろうし、変な理屈だが、重犯(重い罪、二度以上繰り返した罪)の場合は古い服役者も一目置いたりするのではないか。

 要するに、刑務所には刑務所特有の制度と論理があり、それに従って動いている面はあるものの、社会の現実から自由ではありえないわけだし、社会のおかしなところは刑務所にもおかしなまま持ちこまれてしまうのである。とはいえ、刑務所のなかは狭い世界だから、矛盾は小さい。娑婆には誘惑が溢れているが、矛盾も大きい。刑務所の方が暮らしやすいかもしれない。なにせ、周りの住人から、犯罪者であることで誹りを受けることはないのだから。

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