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2011年6月23日 (木)

人間の評価は自分では決められない

 自分が幸福かどうかは自分が決める以外にない。ここに直接他人が介在することはできない。ひとからあなたは幸福だと言われても、自分でそう思えなければなんの価値もない。

 反面、その人間の評価は、他人が決めるものである。自分でいくら偉いと思っても、そのことはその人物の客観的な価値を高めない。逆に、そう思っていることが周囲に知れると価値を下げることになる。自分を実際以上に高く評価する人間は、周りから嫌われる。少し低めに見ておくと、大概の場合好感を持たれる。

 人目を気にして生きろと言っているのではない。短絡的に考えてはいけない。瞬間瞬間の他人の反応を見るほど神経質になってはいけないのだが、日常的な評価については自分の行動のコントロールや弱点の克服のための学習に活かすべきである。日常的な評価とは、たとえば、判断が自分中心ではないかとか、発言が論理性に欠けて分かりにくいとか、ひとのアドバイスを受け入れないとか、そういった類のものである。

 人間とは、自分が考えているところのものであるという言い方があるが、一方では、人間は周囲の人間が思っているところのものであるという言い方もできると思っている。謙虚にひとの言うことを聞けば、それ自体が評価を上げるし、聞くことで成長の機会ともなりうる。一石二鳥であって、何の不利益もない。言うことが人によって違うだろうから、何でも聞いていると混乱するのではないかと心配するかもしれないが、それは自分の頭の中で自ずと整理されるし、人の言う中身に大きな違いはないのである。よほど突飛に思われる意見だけは捨てるとよい。

 おごることなかれ。

 

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