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2011年6月13日 (月)

保守的女性観(理髪店で耳にした会話より)

 日曜日の朝、理髪店に行った。そこで順番待ちをしている初老の男性の話を隣で聞いていた。話をしている男性は60歳をいくつか超したぐらいで、もっぱら聞き手にまわっている男性は50歳前後だろう。

 話の中身は、初老の男性の息子の話題から始まっていた。要旨はこういうことだ。「男は学歴が大事だ。学歴が一生付いてまわる。最近は就職が厳しく、二流三流では採用されるのが難しい。不況で企業に余裕がなく、三年はかかるという新人の育成に費用がかけられないので、中途で即戦力を採る傾向がある。女性の場合は、学歴は一生付いて回るものではない。結婚すれば、学歴は意味がなくなる。かわいくして、有能な男性を捕まえさえすればベンツにだって乗れる。」

 こういう見かたは特殊なものではないだろう。保守的ではあるが、広い範囲に定着している。学歴重視は今なお変わっていない。大手企業の採用条件は大概大卒以上である。学歴不問をうたっている企業はまれで、かなり大胆だ。しかし、ここには学校で何を学ぶかという観点は全くない。たとえば、大学は卒業証書を貰うことだけが目的ではない。学んだ内容がその人の人生を左右する要素になる場合もある。そういうことは抜きにして一面的な話になっている。

 ここでは、そのことよりも女性観の方がより問題だ。すなわち、女性には学歴は特別必要ではないという断定である。男女を問わず学歴にこだわる必要がないという主張であれば、それは一つの主張として受け入れたいが、女性だけ要らないという考え方は、女性の社会進出が男女平等の観点だけではなく企業社会からの要請としても論じられる今日にあっては、時代遅れと言わざるをえない。また、結婚したら学歴が意味を持たないという主張には、女は結婚したら仕事をやめ家庭に入るということが大前提にある。これもまた現実とは大きくギャップを持つ考えであろう。

 そうはいうものの、これがこの年代に代表的な女性観である。このことが女性の自立を妨げてきた一つの大きな原因である。女だてらに四大へ行って難しい勉強なんかしたら男に相手にされなくなると、昔の親父は考えていた。たしかに相手にしない男もいただろう。それは男の意識が遅れていたからだ。狭隘なる女性観であり、劣等感の裏返しでもあっただろう。

 意外にも、革新的な考え方を持っている経営者でさえ、客へのお茶出しは女性がすべきであり、躾として大事だと思っている人が多い。また、女性に大事な仕事を任せないことで能力の向上と昇進を妨げている面も否定できない。

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