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2011年6月18日 (土)

心中考

 「心中」といえば、すぐに思い浮かぶのは近松の「曽根崎心中」だろう。お初天神あたりに飲みに行くことがあるし、曽根崎の旭屋書店にもよく行くので場所としては身近かなのだが、この話の詳しい筋は知らない。題名だけはよく知っている例である。

 次に落語の「品川心中」。小三治の話を聞いたことがある。これは落語だから深刻な話ではなく、実際に死ぬこともない。歌舞伎や浄瑠璃の話がベースにあっての落語ネタということができるだろう。

 もとに戻り、近松の心中ものは当時大人気となり、その内容に触発されて実際に心中が大流行したらしい。そして、それを問題視した幕府は上演を禁止したという。封建的な規制が強く働いていた時代には、惚れあっても一緒にはなれない関係が数多くあったはずで、そういう男女に心中という最後の選択があることを強く印象付けてしまった。
 ここから始まったのかどうかは知らないが、日本では心中した男女をあからさまに誹謗することはないように思う。そこまで好きあったのだから、あの世で添い遂げさせてやろうという気持ちだろう。死者には鞭打たないのが、日本のやり方である。

 松本清張の出世作「点と線」に心中した男女が香椎の海岸で見つかる場面がある。男女が脱いだ靴をきれいに並べて横たわっていると、一般の人々だけではなく、警察も疑問を抱かず情死だと思い込むことを前提にして、その思い込みの盲点を突き破っていくところに面白さがあった。実際は毒物を使った殺人だった。

 テレビのドラマでは、「高校教師」があった。真田広之(私の家内が大ファンである)と桜井幸子主演の純愛物語である。逃避行途中の列車の中で、お互いの指を赤い糸で結びあって服毒自殺を図る場面がラストだったと思うが、その印象は鮮烈であった。

 以上は物語のうえでの心中だが、実際にあった事件について触れたい。よく知られた例としては小説家の心中がある。有名なのは、有島武郎と太宰治の場合である。
 有島は夫ある身の女性記者波多野秋子と軽井沢の別荘で心中した。ものの本によると、当時この事件は好意的に受け止められたらしい。先ほども書いたように、江戸時代以来、死んでしまえば非難されない文化が出来上がっていた。ただし、永井荷風からは痛烈に批判されたという。他人の女に手を出すとは何事かという理屈だった。玄人の女とつき合うのが粋で、素人に手を出すのは野暮だという認識である。実際、荷風は玄人ばかりと遊んでいたが、その理屈も妙なものである。

 もう一人の太宰治だが、彼の場合はもっとも特殊な例だろう。彼は何度も自殺・心中を繰り返した。1930年に田部シメ子と鎌倉の海で入水自殺。このときは田部だけが死亡。1937年には内縁の妻小山初代と薬物による心中を企てるが両者ともに未遂。そして1948年に玉川上水にて愛人の山崎富栄とともに入水自殺を遂げた。この日は桜桃忌と名付けられ、今でも墓参りするファンがいるらしい。
 太宰の生き方や作品は決して無視できるようなものではないが、共感を呼ぶものでもない。逆に、多く弱点を指摘しうるし、信念をもって社会と向き合うことができなかったという評価が妥当であろうと思う。

 私の実家は海岸の近くにあり、海に向かって50メートルほど歩くとそこに漁具を納める小屋があった。聞き伝えでは、昔そこで心中事件があったらしい。子どものころに聞かされたのは、あったという事実だけであるが、その小屋の中に男女の呻きが聞こえるような気がした。男と女の感情の機微など分からない年頃だったが、なにか怪しい空気を感じた。

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