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2011年5月 7日 (土)

社会科学と人生論

 社会を科学的にとらえようとすると、自分はいったん社会の外に置いて、諸現象を客観的にとらえなければならない。社会現象は基本的に自分を離れたところにあり、自分とは無関係に運動しており、諸現象の原因は自分の外部にある。「私」の社会に対する影響力はほぼゼロに等しい。「私」がいてもいなくても社会は存在し、変化していく。

 とはいえ、「私」は生きていかなければならない。いや、「生きたい」。誰かに頼まれて、あるいは強制されて生きているのではない。自らを死に至らしめる者がいるが、より良く生きたいと思っているのにそう生きられないから生を捨てるのである。すべてを諦めきれば、思い悩むことはない。

 より良く生きたいと願うところに人生論が生まれる。それは社会科学とは対照的な世界だ。人生をより良く生きるためにも社会を知る必要がある。しかし、それほど広い範囲に目を向けることはない。日常生活における行動範囲を中心に考え、テレビや新聞からの情報を付け加えれば通常は十分であろう。
 肝心なのは、自分を知ることである。そしてよりよく生きられない原因を、自分自身の内に見出すことである。誰が悪い、会社が悪いと言っていたら人生論は成立しない。自分の考え方を正し、行動を正せば、人生は変わる。非常に狭い世界の話だから、自分自身の意志と行動の影響力は相当程度ある。これは間違いない。

 われわれは社会科学者ではない。また社会科学者も24時間社会科学者ではない。だれでも一人の生活者に違いない。

 原因を内部に見出し、方向を正すのが人生論である。より謙虚に、純粋無垢に自分を見られる人が伸びゆく人である。

 人生論の要諦は「自己責任」である。いつかある首相が「自己責任論」をぶったが、人生論でこそその論は意味を持つ。人から言われるようなものではない。

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