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2011年5月22日 (日)

文学者の評価 横光利一などを例として

 文学史について書かれた本を何冊か読んだことがあるが、文学者の評価は批評する人によって大きく変わるものである。文学者に限らず、思想家や哲学者なども評価が分かれるし、政治家に至ってはその評価が百八十度変わってしまう存在である。
 それは評価の基準が批評家によってまちまちだからであり、基準の違いは歴史観・社会観・人間観等の価値観の違いに由来するのである。

 ここでは、例として横光利一と宮本百合子の評価をめぐる差異について書いてみたい。批評家は加藤周一と奥野健男である。

 奥野は横光についてこう書く。
「昭和五年の『機械』は、メカニズムの中における人間と人間の関係を心理を力学的に表現し、近代的な個人の倫理や善意が通用しない、現代の状況下の精神的不具の人間の存在を鮮やかに呈示した作品で、小林秀雄がその本質的意義をあきらかにしました。」 「・・・など、近代の崩壊に不安を抱く自意識過剰のインテリと狂信的な実行型の人間とを対置させた数多くの長篇を発表し、昭和の前期を代表する小説家として文壇に横光時代をつくりあげました。特に若い世代の圧倒的な支持を受け、文学の神様とまで称されました。」(下線は私が引いた)

 これに対し、加藤はこうだ。
「大衆小説家を除けば、三十年代にいちばん広く読まれた小説家は、横光であったかもしれない。また彼はおそらく翻訳の西洋文学と同時代の(または近代の)日本文学のみによって養われた最初の小説家であったという意味でも、一時代を象徴していた。その意図―非抒情的な文章、長篇の構成、科学的な題材、文明論的展望―は独創的であり、意図を実現するための手段は、横光には全く欠けていた。彼は日本語の語感において中野重治や後述する石川淳にはるかに及ばず、科学的なものの考え方には慣れず、東西の文明のいずれについても、その知識は芥川のそれとくらべものにならなかったからである。」(下線は私が引いた)

 奥野は横光の「意図」を評価し、それは一定の成果を生んでいると考えている。また、小林秀雄を持ち出すことで評価を高めている。逆に加藤は、横光の独創性は認めるものの、力量の不足を指摘している。小説家に必要な言葉のセンスの不足に加え、科学や文明への理解の浅さをもって厳しい評価を下している。
 ちなみに、新感覚派として横光と並び称される川端康成に対しては加藤は高い評価を与えている。特に「雪国」について以下にように絶賛している。「おそらく、両大戦間の日本のすべての小説の中でも傑作の一つである。」

 つぎに宮本百合子について。

まず、奥野健男。
「大正五年、十七歳の若さで『貧しき人々の群れ』を発表し、一躍新進作家として注目されたお嬢様作家宮本(中条)百合子は、「白樺」派を中心とするトルストイ的人道主義を推し進め、結婚の破綻を通してめざめた女性の自我を『伸子』に主張し、・・・(中略)・・・。彼女の本質は、プロレタリア文学というより、「白樺」派を継ぐヒューマニスティックな正統な革命的ブルジョア文学者というべきでありましょう。」(下線は私が引いた)

 加藤。
「宮本百合子は、東京の中流の家庭に生まれ、・・・(中略)・・・その間の事情を、若い女が精神的にも経済的にも独立の人間として育っていく過程として、描いたのが、長篇小説『伸子』である。・・・(中略)・・・第二の長篇小説『二つの庭』である。その主人公伸子は、もはや独立の人格として成長するというだけではなく、自己の歴史社会的な条件を自覚し、社会主義的な立場に近づいていく。・・・(中略)・・・痛烈な批判を持つと同時に強い愛着も感じていたであろう「ブルジョア」の家庭生活を典型的に描き出すことができた・・・(中略)・・・。このように宮本百合子の小説は、作者その人の生涯を、直接に題材とすることによって、まさにその生活の独特の内容の故に、小説の世界を拡大した。」(下線は私が引いた)

 奥野には百合子を低く書いているという自覚はなかろうが、「お嬢様作家」という表現には多分に揶揄が含まれている。また、「革命的」という修飾語が付いているけれども、「ブルジョア文学者」と称されることは、百合子の評価を低めることはあっても決して高めるものではない。

 加藤の目線は、百合子に好意的である。文学作品への高い評価とともに、生き方そのものへの賛辞が湛えられている。宮本顕治へ送り続けた書簡についても、「一時代の証言であるばかりでなく、文学作品としても優れる。」と評している。

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