« 黒鷲旗争奪 全日本選抜バレーボール大会 | トップページ | 中谷美紀と深津絵里 »

2011年5月 4日 (水)

加藤周一という存在

 ときどき加藤周一について書こうと思う。加藤氏は2008年12月6日に亡くなったが、氏の発言の記録は、今も私の知的活動における座標軸になっている。この「知の巨人」といわれる人物に学ぶところは大きい。対象とした領域の広さが巨人とされる所以であるが、それはジャンルの広さでもあり、海外にも関心と活動領域を持っていたということでもある。

 とはいえ、代表作である「日本文学史序説」を読んでいないなど、氏の残したものについてまだまだ不勉強である。氏のスタンスはある程度分かるようになり、自分の考えを評価する時の参考にしているが、知そのもののボリュームには圧倒されるだけである。加藤氏の積み上げたものが富士山なら、私のそれは公園で幼児が作った砂山であろう。

 先日、柄谷行人と中上健次との対談を読んでいたら、加藤周一に触れていた。

柄谷 「たとえば、加藤周一だってなかなかいいんです。」
中上 「加藤さんは、文芸批評とか文芸雑誌には出てこないけど、やっぱり、どうしても必要なんだと思う。」
柄谷 「彼の『日本文学史』はいいよ。」

 ひとのことをあまり良くいわない二人だが、加藤氏には一目置いているようである。

 そろそろ、「日本文学史序説」(ちくま学芸文庫)に挑戦しよう。

« 黒鷲旗争奪 全日本選抜バレーボール大会 | トップページ | 中谷美紀と深津絵里 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 黒鷲旗争奪 全日本選抜バレーボール大会 | トップページ | 中谷美紀と深津絵里 »