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2011年5月16日 (月)

関西の電力は大丈夫か

 先日、難波で小学校の同級生4人が集まった。50歳を過ぎ、年齢に応じてそれぞれ悩みを抱えて生きている。悩みにも大小あるし、解決できるものできないものがある。われわれの年代に共通するのは親の健康問題である。死にかけて救急車を呼んだとか、病院に連れていくのが大変だとか、そういう類の苦労話である。また、子どもの進路の問題もあった。ミュージシャンになる夢を抱いて東京へ出て行ったが早く諦めてほしいとか、それなりの大学に入ったが別の大学を受け直したいと言っているとか、そんな話である。子どもに関してはお金がかかって大変だという点で全員一致している。

 さて、本題である。集まった友人の中に関電に勤めている者がいる。来た早々、原発事故の話題を持ち出されて、辟易していた。商談でも、最初の2~30分はその説明に取られるのだという。
 大雑把な話だが、関電の発電能力は3千万キロワットあるが、そのうち1千万キロワットが原発でまかなわれている。11基あるのだが、法の定めによって定期点検に入ると再稼働できるかどうか分からない。全部止まると大変なことになる。古い火力発電所を動かすことができるが、燃費が非常に悪い。コスト高になって赤字化する。給料を減らされる、あるいはリストラされる心配があると言っていた。
 
 東京の人たちにくらべ、大阪の人には危機感が薄い。止められるのは浜岡だけに限られていない。国はそう言っているかもしれないが、首長の判断があるし、地域住民の動きもある。3割ぐらいの電力カットを前提にして、経済や生活のあり方を見なおさざるをえないのではないか。

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