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2011年5月 9日 (月)

プレートナンバー8888

 主にバスに乗ったときであるが、少し高い座席から自動車のナンバープレートを注目している。そして、そこに偶然を見出すことで、退屈な時間を埋め合わせているのである。

 たとえば、数時間のうちに、ナンバープレート「・・・1」を二台見かけたことがある。こういう偶然は十分ありうるものである。何らかの一致は日常茶飯事起こっているのだが、そこに注目する暇な人間がそれほどいないことによって希少性が高まるわけだ。

 私の勤務する会社の社長が乗っている車は「8888」である。また同期入社のS君の車も「8888」である。これはたまたまこの縁起の良いナンバーが当たったのではなく、あえて求めた結果であろう。(8888は申し込みをして、抽選に当たれば取得できるらしい。)

 数か月まえに、以前監査役を務めていたOさんのお通夜に行ったときに、その葬儀場の駐車場で「8888」を発見した。また、この日曜日に京都でバスに乗った時に、隣の車線を走る「8888」のクラウンを目にした。ここまでは驚くべきことではないだろう。しかし、たとえば、5月中にもう一度見たとしたら、これはずいぶん奇偶なことではないだろうか。確率は1万分の1。1万台のプレートを見続ければかなり当たる確率は高い。(人気のナンバーが他より多く出回っているのであればもっと確率が高くなる。)しかし、そこまで執拗に見続ける意欲はない。その結果にそれほど多くの価値を見出さないからだ。

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