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2011年5月の投稿

2011年5月31日 (火)

ふるさとの風景

 わたしの生まれた町には、海があり、川があり、山もあった。雨が多く降り、台風がときどき襲った。海沿いなので夏でも風があり、暑さは凌げた。冬は比較的温暖ではあったが、もっと南の潮岬に近い町に比べると寒かった。それでも雪は舞う程度で、積雪は十年に一度もあったろうか。

 子どもの頃は、都会と違い、近くに遊び場がいくらでもある。遊び方を知っていれば天国である。海岸で走り回ったり、野球をしたり。川では魚釣りができる。山へはあまり行かなかった。犬や猫を飼っており、一時期は鶏も飼って卵を産ませていた。

 私は、小学校を卒業すると故郷を離れ、私立の中学校に通った。この時期に家を出たことが少なからず人格形成に影響を与えたと思っている。特に家族との関係において、その距離感を決める要因になっている。また、ふるさとのイメージ形成にも影響を与えている。生まれた土地を長く離れたことのない人には、ふるさとの鮮明なイメージはないのではないか。そとから見てこそ、「ふるさと」である。

Tekkyou

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2011年5月30日 (月)

「譲れない価値」

 日本人は、現世主義、実利主義が強いと言われる。集団のなかで大勢に従って生きていることが処世術の一つであり、それは安定した社会のなかでは確かにリスクの小さい生き方であったろう。

 自己の利を超えた、普遍的な理のために生きることを経験してこなかった。日本人とてお上に抗うことはあった。しかし、それは集団の利が脅かされたからであった。足尾鉱毒事件での農民の蜂起にしても、富山のコメ騒動にしてもその範囲である。さかのぼると島原の乱というものがあり、信仰の自由を守るために戦ったかのように見えるが、組織化のシンボルとして宗教が使われたのであって、実際は圧政・重税に苦しむ諸階層の蜂起であったと考えられる。

 長く続くものは容易には崩れない。かつて、「民族精神」なるものが必要ではないかとブログに書いた。それは古きよき時代の精神に戻れということではなく、また民主主義の確立というような単純なものでもない。その中身はこれからも考え続けなければならないが、利を超えたところの理であることは変わらない本質である。

 とはいえ、日本人はこれからも利で動くだろう。しかし、利でさえ動かないというのもまた日本人である。大地震で被災した人たちには生きるために(利のために)動く理由がある。にも拘わらず、テレビを観ている限りでは、首長がいろいろ要求を出してはいるものの住民はおとなしく待っているように見える。これが、最低限の生活は保障されるべきであり、その権利があるのだということを主張できれば、そこに「理」が存在することになるのだが。

2011年5月29日 (日)

五木寛之について

 学生のころよく読んだ。「青春の門」「デラシネの旗」「さらばモスクワ愚連隊」「蒼ざめた馬を見よ」「風に吹かれて」など。小説だけではなくエッセイも多かった。本は面白かったが、何冊かを残して古本屋に売ってしまった。二束三文だったが、惜しいとは思わなかったので、それだけ思い入れはなかったのだろう。

 五木はその後も大衆小説作家として活躍し、確固たる地位を築いてきた。年を経て、親鸞について書くようになり、私はあまり読んだことがないが、最近は高齢者向けのエッセイを多く書いている。たまたま読んだ本のなかには、この世の中ただ生きているだけでも大変なことなので、自分を責めずに生きようということが書かれていたように記憶している。それと親鸞とどういう関係があるのか分からないが、だれでも救われるという教えに近いようにも思える。

 その考え方は、一般的な教えとしてはいいと思う。日常的な生活感覚としては、ある程度自己肯定的な立場に立たないと厳しい。しかし、こと自分自身のことになると、ただ生きているだけでは納得できない。よりよく生きたいと思うし、何かを得るためには何かを犠牲にせざるをえないし、もっと頑張れと自分を叱咤しなければならない。

 そんな私だから、最近の「大河の一滴」や「人生の目的」にはあまり関心がない。これらをシルバー世代向けの本とするのは先入観かもしれないが、ちらっと立ち読みした範囲では、攻撃的な人生を志向する者には不向きであり、リタイアしてから手に取ればよいと思った。

 私も五十は疾うに過ぎたが、まだひとあがきも、ふたあがきもしなければならない。

 

2011年5月28日 (土)

「人間ちょぼちょぼ論」の功罪

 ちょぼちょぼ:[形動]前者と同じであるさま。両者に優劣をつけがたいさま。「両者の力量は―だ」

 人間なんて、個人差はあるにしても、その差の大きさはわずかなものである。立派な(と言われている)人を見て、自分はだめな人間だと卑下せず、自信をもって生きようじゃないか。これが「人間ちょぼちょぼ論」の趣旨である。

 どんな立派な人間にも弱点がある。われわれが見ているのは「表向き」であって、その内実は身近にいる人にしか分からない。あるいは、本人にしか分からないこともある。
 どんな美人にも悩みはあるだろう。多くの男性から好かれていても、その気持ちの対象は単なる見かけの美しさであって、本物の人格ではない。彼女を深く愛せる男は一人しかいないとすれば、どんな男にめぐり合うかで人生の幸不幸が左右されるだろう。逆に、凡人に比べ多くの不幸を背負わなければならないのかもしれない。人気絶頂だったタレントが次第に落ちぶれ果てていく姿を見たことがあるだろう。

 大半は平凡な人間ではあるが、それぞれ相対的にすぐれた要素を持っているのであり、そのことを信じて生きていけばよい。「私だって捨てたもんじゃない」の心意気である。

 以上は、自分の存在価値を見失わないための方便として有効な「人間ちょぼちょぼ論」である。しかし、論法は使い方、あるいは使う場面を間違えると凶器に変わる。「あんな奴大したことない論」である。
 この論は、業績を残した人、成果を出した人に対する正当な評価を妨げることになる。結果の裏にはそれ相応の努力がある。才能もあるが、それだけでは結果は出ない。少なくとも継続的には出ない。その努力を認めないことは、自分の怠けへの言い訳になってしまう。こんな考え方に陥ってしまうと、未来に向かって伸びていく可能性の芽を自分で摘み取ってしまうことになるのである。

 いちばん大事なものは、自分にはまだまだ足りないところはあるが、努力次第で成長することができるという、自分に対する信頼感であり、自己愛であると思う。完成されたものとしての自己ではなく、未成熟ではあるが可能性を秘めたものとしての自己への限りなき愛である。

2011年5月24日 (火)

いつも走っている人

 といっても、佐川急便のドライバーではない。通勤途中で出会う一人の女性のことである。御嬢さんと呼ぶには無理があるし、おばさんと呼ぶには多少の遠慮が伴うような年齢の方である。
 私は歩いて会社まで通勤している。家を出る時間はほぼ一定している。休日は別として、人の生活はかなりパターン化している。個人差があるとはいえ、そうすることでロスをなくし、リスクも小さくしているという意味では合理性がある。しかし、いったんパターンが定着すると、その良しあしを改めて見直すことがなくなってしまうのである。

 いつも小走りしている女性を見ると、3分5分早く家を出れば走らなくて済むのにと思ってしまう。これから暑くなれば汗もかくだろう。少し太り気味な方なので、なおのことそう思ってしまう。
 人間は習慣の虜である。日本人にはとりわけその傾向が強いのではないか。だからこそ、行動が読みやすい。統治しやすいし、経済も組織化されているから外国からは「社会主義」的だといわれる。安定感はあるが、環境が変化しだしたときに柔軟な対応ができない。

 現実的、現世的であることにも利点はあるが、もっと未来志向になって、変えること自体に価値を置くことを重んじたい。かつて、イチローがCMで「イチローも変わらなきゃ」と言った。イチローは常に変わっていたからそんなことを言う必要はなかったのだが、経営がどうにもならなくなった企業の生き残りへのメッセージが必要だった。

 

2011年5月23日 (月)

悲しい現実 清濁併せのむ勇気

 われわれがあまり知らないところで、結構「そんなことってありかよ」と言わざるをいえないようなことが行われている。こういうことは知らずに生きていられるのであれば、それに越したことはないのだが、いったん知ってしまえばそれを忘れて生きることは罪になるのではないかと思ってしまう。

 プロレスリングを生で見たことはないが、団体によっては前座で「小人(こびと)」のレスリングを見せる。レスラーと小人は興行の仲間である。観客がどんな気持ちで見ているのか知らないが、なかにはあまり楽しめない人もいるのではないだろうか。明らかに差別的な扱いであり、観た人に差別的な感覚を植え付けてしまう恐れがあるが、小人たちが生きていく術はこれしかないのである。特別に生活の保護が与えられることもなかろう。ただ体が小さいだけで体は十分動くのであるから。しかし、まともな職にありつけるわけではない。悲しい現実だと言わざるを得ないのだが、これは恵まれた人間のたわごとかもしれない。皆生きていくために必死なのだ。

 身障者を相手にしている娼婦たちがいると聞く。彼らにだって欲望があるのだ。ニーズがあるところに供給が生まれる。こういう現実を知って楽しいわけはない。しかし、普通にありえることなのだ。

 精神薄弱の女性のなかに、一部ではあろうが、売春で生きている人がいる。それしか稼ぐ方法がないこともあるし、男性に抱かれることによってのみ生きている実感を得られるということもあるらしい。かつて吉行淳之介が精薄の娼婦たちを描いた。非合法になっても事情は同じらしい。

 こういう問題は社会の根底に根深く生き続けている。こういうことばかり考えて生きていくのは耐え難いことであるが、たまには思いだしてみてよかろう。

2011年5月22日 (日)

驟雨のごとく

 今日は午前を中心に雨が降りやすいという予報が出ていた。そのとおり、起きてからしばらくして細かい雨が落ち始めた。もう少し雨脚が強まりながらこのまま夕方まで降り続くと思っていて、結果的にそうなったが、途中20分ほどだろうか、スコールのような雨が降り注いだ。

 季節はゆっくりと徐々に移ろうものではないらしい。どこかで北の高気圧が優勢な状態から南の高気圧が勝る状態へと急いで切り替わるようだ。だから過ごしやすい、ちょうどよい気候が長く続かない。すでに春というには暑い。風がそよぐと清々しい気分に一瞬させられることがあるが、室内で仕事をしている者にとってはそれは長続きしない。

 今日の雨は、晴れた状態から一気に大雨が襲ってきたのではないから驟雨とは言えないが、その水分の量といい、強い風を伴っていたことといい、夕立の趣を備えていた。普通、「驟雨」という言葉はあまり使わないが、私が好んで使うのは吉行淳之介の小説のタイトルにあり、記憶に残っているからである。

 

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文学者の評価 横光利一などを例として

 文学史について書かれた本を何冊か読んだことがあるが、文学者の評価は批評する人によって大きく変わるものである。文学者に限らず、思想家や哲学者なども評価が分かれるし、政治家に至ってはその評価が百八十度変わってしまう存在である。
 それは評価の基準が批評家によってまちまちだからであり、基準の違いは歴史観・社会観・人間観等の価値観の違いに由来するのである。

 ここでは、例として横光利一と宮本百合子の評価をめぐる差異について書いてみたい。批評家は加藤周一と奥野健男である。

 奥野は横光についてこう書く。
「昭和五年の『機械』は、メカニズムの中における人間と人間の関係を心理を力学的に表現し、近代的な個人の倫理や善意が通用しない、現代の状況下の精神的不具の人間の存在を鮮やかに呈示した作品で、小林秀雄がその本質的意義をあきらかにしました。」 「・・・など、近代の崩壊に不安を抱く自意識過剰のインテリと狂信的な実行型の人間とを対置させた数多くの長篇を発表し、昭和の前期を代表する小説家として文壇に横光時代をつくりあげました。特に若い世代の圧倒的な支持を受け、文学の神様とまで称されました。」(下線は私が引いた)

 これに対し、加藤はこうだ。
「大衆小説家を除けば、三十年代にいちばん広く読まれた小説家は、横光であったかもしれない。また彼はおそらく翻訳の西洋文学と同時代の(または近代の)日本文学のみによって養われた最初の小説家であったという意味でも、一時代を象徴していた。その意図―非抒情的な文章、長篇の構成、科学的な題材、文明論的展望―は独創的であり、意図を実現するための手段は、横光には全く欠けていた。彼は日本語の語感において中野重治や後述する石川淳にはるかに及ばず、科学的なものの考え方には慣れず、東西の文明のいずれについても、その知識は芥川のそれとくらべものにならなかったからである。」(下線は私が引いた)

 奥野は横光の「意図」を評価し、それは一定の成果を生んでいると考えている。また、小林秀雄を持ち出すことで評価を高めている。逆に加藤は、横光の独創性は認めるものの、力量の不足を指摘している。小説家に必要な言葉のセンスの不足に加え、科学や文明への理解の浅さをもって厳しい評価を下している。
 ちなみに、新感覚派として横光と並び称される川端康成に対しては加藤は高い評価を与えている。特に「雪国」について以下にように絶賛している。「おそらく、両大戦間の日本のすべての小説の中でも傑作の一つである。」

 つぎに宮本百合子について。

まず、奥野健男。
「大正五年、十七歳の若さで『貧しき人々の群れ』を発表し、一躍新進作家として注目されたお嬢様作家宮本(中条)百合子は、「白樺」派を中心とするトルストイ的人道主義を推し進め、結婚の破綻を通してめざめた女性の自我を『伸子』に主張し、・・・(中略)・・・。彼女の本質は、プロレタリア文学というより、「白樺」派を継ぐヒューマニスティックな正統な革命的ブルジョア文学者というべきでありましょう。」(下線は私が引いた)

 加藤。
「宮本百合子は、東京の中流の家庭に生まれ、・・・(中略)・・・その間の事情を、若い女が精神的にも経済的にも独立の人間として育っていく過程として、描いたのが、長篇小説『伸子』である。・・・(中略)・・・第二の長篇小説『二つの庭』である。その主人公伸子は、もはや独立の人格として成長するというだけではなく、自己の歴史社会的な条件を自覚し、社会主義的な立場に近づいていく。・・・(中略)・・・痛烈な批判を持つと同時に強い愛着も感じていたであろう「ブルジョア」の家庭生活を典型的に描き出すことができた・・・(中略)・・・。このように宮本百合子の小説は、作者その人の生涯を、直接に題材とすることによって、まさにその生活の独特の内容の故に、小説の世界を拡大した。」(下線は私が引いた)

 奥野には百合子を低く書いているという自覚はなかろうが、「お嬢様作家」という表現には多分に揶揄が含まれている。また、「革命的」という修飾語が付いているけれども、「ブルジョア文学者」と称されることは、百合子の評価を低めることはあっても決して高めるものではない。

 加藤の目線は、百合子に好意的である。文学作品への高い評価とともに、生き方そのものへの賛辞が湛えられている。宮本顕治へ送り続けた書簡についても、「一時代の証言であるばかりでなく、文学作品としても優れる。」と評している。

2011年5月21日 (土)

会社の常識 仕事の常識

  会社に勤務していて、いろいろな人の働く姿をみていて分かることがある。その姿勢や態度と仕事の成果との関係について、法則的とも思える確かな傾向について書いてみたい。

1 整理整頓のできない人は仕事ができない
 ある狭い範囲の仕事においてその技を磨いていくような職人的世界であれば別だが、いくつもの仕事を並行して進めなければならないビジネスパーソンには段取りのよさ・計画性が求められる。その時に必要な書類や道具の整理整頓ができていなければ、明らかに効率は落ちてしまう。
 私も元来几帳面な性格ではないのだが、勤める中で周囲の影響を受け、机の上や引き出しのなかはずいぶんすっきりしてきた。私だけではなく、社員のほとんどができるようになっている。しかし、まれに書類が雑然と積まれている机を見かける。こういう場合、その机で仕事をしている社員は要領が悪く、納期を守れない人である。

2 言い訳が先に来る人は仕事ができない
 仕事の進捗について確認を入れると、必ずと言ってよいほど言い訳から始まる人がいる。聞く側が知りたいのは現状である。できていようができていまいが、まずは事実である。それを先に言わずに、言い訳しては要求が満たされない。
 責任を負っているので言い訳したくなる心情は分かるのだが、やはり事実が大事であり、質問にはストレートに答えるべきである。仕事を進める上で基本となるルールなのだが、いくらそのことを指摘されても改善しない人はいつまでたっても仕事のできる人にはならない。

3 遅くまで事務所に残っている人は仕事ができない
 考えたら当たり前の話である。仕事が終わらないから残っているので、要領の悪さの結果なのである。人による生産性に差がつかない単純労働であれば、長ければ長いだけ多くのアウトプットがあるのだが、知的な要素の強い労働においては、時間とアウトプットの大きさとは必ずしも関係しない。
 昔であれば、遅くまでご苦労さんと褒められるかもしれないが、今や遅くまで残っているとマイナスの評価になってしまう。そういう私も遅い方だが、同じく遅い人を思い浮かべると、段取り下手でただ真面目に頑張っているタイプの人が多い。上司にとっても会社にとってもありがたくない人である。
 付け加えると、仕事の要領の問題とは別にけじめの問題もある。実は、終わって帰れる状態にあるのに帰らないのである。かといって、残業代がほしいからといった明確な目的があるわけでもない。こういう悪習はなかなか断ち切れないものだ。管理職は残業代が付かないから遅くなってもよいという考えもまだ残っている場合があるが、上から早く帰るようにしないと全体のけじめがつかない。

2011年5月18日 (水)

ブラウンのコマーシャル

 ひげを剃っていると、かつてよく流れていたブラウンのコマーシャルを思いだす。通勤途中のサラリーマンにブラウンのシェーバーで剃ってもらうとまだ剃れて、剃れカスが白い板の上に落ちるという内容のものだ。

 疑り深い私はいろいろと考えてしまう。東京で撮影している場合が多いだろうから通勤に時間がかかり、その間にひげが伸びてしまうのではないか。また余裕がないから家で丁寧に剃っていないのではないか。それとも予め剃りカスがたまっているのではないか。

 さすがに三番目の疑いは失礼なので取り下げるが、前の二つは要素としてありうるだろう。私もブラウンのシェーバーは3台使ったことがあるので切れ味の良さは分かっている。しかし、テレビで一つの映像を見るだけではすぐに納得しかねるところがある。一番分かりやすいのは、他社の同等価格品との比較である。

 あまり疑り深いのもよろしくないだろうが、こういう情報は都合のよい部分だけ取り上げていることが多い。

2011年5月17日 (火)

フランチェスコ・アルベローニ

 本を片づけていたら、段ボール箱の中からずいぶん前に買って読みかけのまましまっておいたものが出てきた。そのなかの一冊に、イタリアの社会学者であるフランチェスコ・アルベローニが書いた邦題が「他人をほめる人、けなす人」という本があった。

 これは著者が新聞に連載した、人間観察のエッセイである。60種類近い人間のタイプについて書かれてあり、それぞれ確かにこんな人がいるなと思わせる。しかも、よく考えると、自分自身に当てはまる類型がいくつもあり、また何かの拍子でこのすべてのタイプに陥ってしまう可能性があると思ってしまう。人間の性格にはいくつもの要素が混在しており、それも固定的なものではなく、変わりうるものである。

 新聞への連載のためか、企業経営に触れている文章もある。タイトルでいうと、「企業に連帯する人」「企業と一体化する人」である。
 そのなかで、日本の経営について触れていて面白い。その要旨をまとめると以下のような内容になる。「日本では社員の経営への参加ということが言われるが、ヨーロッパでは多くの人々が企業を、経営者に疑念を抱きながら、たんに給料を受け取るために働きに行くところというふうに考えている。日本的な考え方は、階級闘争を解消するための巧妙なやり口だと考えがちだ。しかし、今や連帯感とか帰属意識とかよき競争意識とかを持つことのできる場は企業しかなくなってしまったのではないか。本当に必要な企業とはそういう要求を満たせる企業である。」

 最後にもっとも印象的な一文を紹介して短いけれど終わりにしたい。

 「しばしば私が思うのは、将来に勝利し生き残るのは、新しい社会ルール、新たな行動モデル、新たな価値観が生み出される、新しい型の企業だろうということである。都市、政党、教団に似た企業。即ち、市場で執拗に巧みに闘い、しかしそれと同時に、人びとが精神的にも自己を実現できる連帯感の強い共同体であるところの企業である。」

2011年5月16日 (月)

関西の電力は大丈夫か

 先日、難波で小学校の同級生4人が集まった。50歳を過ぎ、年齢に応じてそれぞれ悩みを抱えて生きている。悩みにも大小あるし、解決できるものできないものがある。われわれの年代に共通するのは親の健康問題である。死にかけて救急車を呼んだとか、病院に連れていくのが大変だとか、そういう類の苦労話である。また、子どもの進路の問題もあった。ミュージシャンになる夢を抱いて東京へ出て行ったが早く諦めてほしいとか、それなりの大学に入ったが別の大学を受け直したいと言っているとか、そんな話である。子どもに関してはお金がかかって大変だという点で全員一致している。

 さて、本題である。集まった友人の中に関電に勤めている者がいる。来た早々、原発事故の話題を持ち出されて、辟易していた。商談でも、最初の2~30分はその説明に取られるのだという。
 大雑把な話だが、関電の発電能力は3千万キロワットあるが、そのうち1千万キロワットが原発でまかなわれている。11基あるのだが、法の定めによって定期点検に入ると再稼働できるかどうか分からない。全部止まると大変なことになる。古い火力発電所を動かすことができるが、燃費が非常に悪い。コスト高になって赤字化する。給料を減らされる、あるいはリストラされる心配があると言っていた。
 
 東京の人たちにくらべ、大阪の人には危機感が薄い。止められるのは浜岡だけに限られていない。国はそう言っているかもしれないが、首長の判断があるし、地域住民の動きもある。3割ぐらいの電力カットを前提にして、経済や生活のあり方を見なおさざるをえないのではないか。

2011年5月15日 (日)

文化とは何か

 文化とはなにか。文化とは運動である。文化の継承とは、行動の継承であり、そのあり方を決める価値観の継承であって、ものの継承ではない。

 法隆寺は文化遺産ではあるが、文化ではない。法隆寺にお参りにではなく、建築物や仏像の見物に行くことが現在の文化である。建築物や仏像はすぐれた芸術作品と言えるだろうが、それを観光のコースに入れて、骨董品を見るような眼で眺め、国宝か重文か、オークションにかけたらいくらで売れるかなどと考えるのはとても「文化的」な活動ではない。しかし、それが日本人の行動様式を表わしているとすれば、それは一つの文化であろう。もしも、よりよい文化を想定してよいのならば、飛鳥時代の仏像の表情に現在にはない人間性を発見し、それを自己の精神生活に積極的に生かそうとする動きがあればと思う。

 人間が生活するところには文化がある。今の日本においても文化はある。願わくば、人間を豊かにする文化であってほしい。過去の遺産を見に行くのも悪くはないが、休日の過ごし方の中心が物見遊山では、不足を感じる。
 未来に向かう、新しい美の表現は育ちつつあるのだろうか。おそらく、私が知らないだけであるに違いない。よくよく考えてみれば、会社の後輩には、写真の個展を開いている者がいるし、和太鼓のサークルでリーダーを務めている者がいた。しかし、個展には人が集まらないし、太鼓の発表会のチケットを買ってもらうにも苦労しなければならない。私は個展は見に行ったが、太鼓は行かなかった。いずれもしばらく前の出来事だが、そこに趣味以上の意義を認めなかったからだろう。

 新しいものを創り出すことが期待すべき文化の要諦である。一般の人々がその主体になることは難しいとしても、創作活動に対する理解を持つことはできるだろう。国がそういうものに予算をとることを支持したいものだ。あるいは、新進の作家の発表会に足を運ぶことも必要だ。現実にはできていないが、文化を育てるとはそういうことだろう。古美術ばかりが美術ではない。

 お花や、お茶を習いに行くのもよいが、生活の場に花があることやお茶を楽しむ余裕のあることの方がもっと大事である。生活の仕方や価値観を問い直すことが、文化を考える上で重要な問題だと考える。

2011年5月14日 (土)

勝ち取ったもの 女性参政権を例にして

 今あるものはすべて、初めからあったものではなく、いつの時期からか始まったものである。周りにあるすべてのものを所与のものと考えてはいけない。すべてのものには発生の起源がある。

 先月、府会議員と市会議員の選挙があったが、息子二人はサークルの用事があるなどの理由で棄権してしまった。もったいないことだ。参政権をたんに与えられた権利と認識していないだろうか。苦労してやっと手にした権利なのだと話したことがあったのだが。
 敗戦後すぐにマッカーサーから五大改革指令というものがあって、民主化の事項として女性参政権の付与も盛られていたために、アメリカによって与えられたかのように受け取りがちである。しかし、参政権を求める運動は古くからおこなわれてきた。平塚らいてうや市川房江らの運動は大正期から続いており、少しずつ権利を拡大していった。残念ながら戦争の開始でもってしばらく中断したが、敗戦後すぐに再開されている。こういう運動の蓄積が戦後における権利確立に結実したと見ることは正当な解釈であろう。

 普通選挙の実施は1925年であったが、女性の選挙権および被選挙権の獲得はそれからさらに20年余りかかったことになる。 考えてみれば、女性の参政権獲得が20世紀半ばだというのは今の感覚からいえば信じられない話である。まだまだ女性差別は残っているが、それでも制度上・形式上の権利はかなり実現し、定着しつつある。今さらそれを剥奪すべきだと考える男性はいないだろう。

 われわれは、過去の人々の遺産を土台として生きている。遺産とは基本的に労働活動の成果であるが、加えて政治的活動や文化的活動の成果も多くある。今あるものを当たり前と受け取らず、その起源を知ることが次のわれわれの実践につながるのではないだろうか。

2011年5月12日 (木)

ある企業の社内ニュースより

【環境が大きく変化 東西のギャップ】
1 大阪の街は明るい?
 東京から出張で当社を訪れた方の話。東京のビルは5時になるとエントランスの灯が消され真っ暗になります。繁華街でも早い時間で店じまいしてしまうので暗いんですよという話。テレビなどで少しは情報として知っていますが、大阪にいると実感は湧きません。かなり意識にギャップがあるようです。
2 東京のビルは今夏30度?
 夏の節電対策に苦慮する各企業。特にIT関連の企業は事務所で多量の電力を使うので頭を悩ませているとか。夏場の室温設定を30度で検討している会社もあります。そうなると当然上着やネクタイは着用できません。シャツの素材なども考えなくてはなりません。ちなみに政府はポロシャツを推奨するようです。
3 文化まで変わる?
 今回の地震は、日本人の考え方(歴史観、社会観、人間観、人生観)を大きく変えてしまうのではないかと言われています。服装を始めとした生活スタイルや働き方への影響はずでに出始めています。しかし、その部分でも東西で落差があり、50Hz文化圏と60Hz文化圏とが分かれているという表現まで使われるようになりました。とはいえ、環境の問題や資源の有限性は共通の問題ですから、国単位で考えていかなければなりません。

【日本の未来 日本売りへ?】
 長引くデフレ経済のなかで右肩上がりの成長は夢物語になってしまいました。ある研究者に言わせると、少子高齢化という言葉で表される人口構成の変化が経済変動の根本的な要因となっているとのことです。そうすると明らかに衰退局面に入っていることになりますし、今回の地震はそれに拍車をかける要因になる可能性があります。
 心配なのは未来への展望を失くすことです。地震を機に、日本の富裕層が蓄えの一部を外貨に換えるなど、資産の海外移転を加速しています。引き続き円が売られていけば円安が進むでしょう。加えて、企業の海外移転、資金移動も続いています。こういう現象を「日本売り」と表現することができます。これまで日本の財政は日本人が支えているから大丈夫だと言われてきましたが、今後はそういう理屈は成り立たなくなるでしょう。
 しかし、一般庶民には移転する財産もありませんし、逃げ出すこともできません。できることは、生活の仕方などを変えながらも、一所懸命働くことだけです。ただし、その一所懸命さの中身についてはよくよく考える必要があります。環境の変化に合った質を含んでいなければなりません。未来の環境を先取りしたものが生き残るのです。

2011年5月11日 (水)

肉を切らせて骨を断つ(切る)

 少々物騒な響きがあるが、好きなことわざである。こんな戦法はよほど追いつめられたときにしか使わないものである。自分が有利な時にはあえてリスクをとる必要はない。敗戦濃厚な状況で、相手にどこまで攻めさせるか。この判断は紙一重の微妙さだ。よほど研ぎ澄まされた神経で最後の反攻のタイミングを計る必要がある。これは死を覚悟した者のみが知るクリアな感覚だろう。

 私は戦(いくさ)の研究をしていないので、実際に、この例えに当たるような戦いがどれだけあるか知らない。ほんの身近な事例で挙げるならば、ボクシングのタイトルマッチで沼田義明がロハス戦でとった戦法がある。ダウンを喫して追いつめられた沼田はガードを固めてゴンザレスを誘った。そして相手が打ち疲れたところをアッパーカットで応戦し、仕留めたのである。

 例として出すのは、個人対個人の戦いに限りたい。これが国と国との戦いになれば別の話になる。

 孫子は戦わずして勝つのが最高の勝ち方だと言っている。また、勝つ見込みのない戦はするなと言っている。戦は民と国土を疲弊させるからである。しからば、国の戦においては肉を切らせることは避けなければならない。いくら戦況が不利だからといって、玉砕を選択してはならない。勇気ある撤退、降伏もまた賢明な選択の一つである。

 やはり平和がよい。大義名分のない戦ばかりではないが、戦わずして国益を守る方法をこそ追求すべきだろう。為政者は現実主義者でなければならない。国家の最期に美学を求めようとする者など危なっかしくて仕方がないし、為政者の周りにその手のイデオローグがたむろしているのも恐ろしい。

 私も、こんなことわざを取り上げるのはよそう。私の精神のなかにも終末の美学が入り込んでいるのかもしれない。

 

2011年5月10日 (火)

感情の表わし方 日本人の傾向について

 東北を中心とする被災地の人々が、大震災のあともパニックに陥らず、おとなしく行動している様子(落ち着いてという表現は当たらないだろう。そう見えるが、動揺はあるに違いない。)が報道で確認できる。そのことが海外のメディアで好意的に報じられていることも知っている。

 被災者は感情を噛み殺し、言葉を飲み込んで活きているのだろう。しかし、特に誰からもそうせよと指示されたわけでもないのに多数の人がそうしているということは、歴史的に形成された一定の傾向を表わしているように思う。

 江戸時代のある学者は、日本人の民族的特性として「隠す」傾向をあげた。自分が得たもの、得たことを広く開示せず、内輪だけにとどめておくのである。門外不出のなになにとか、秘伝のなんとか聞くが、隠しておくことに値打ちを見出す。同じように、感情もまたオープンにすることを嫌うのであろう。この点では、日本人とは異なる傾向を他の民族に見出すことがある。

 同じ東洋の民族でも違いがある。たとえば中国へ行くと、そのことを思い知らされる。私が行ったのは上海と福州に限られるので全土に共通しているものかあやしい部分はあるが。
 向こうの町はとにかくやかましい。人の話す声がやたら大きく、おしゃべりである。これに車のクラクションが加わると喧騒状態が生まれる。好意的に見れば、それだけ元気があるとも言える。自分の言いたいことは遠慮せずまず口にする。当然他の人と不一致の部分があるのだからどこかで妥協は生まれるわけだが、初めから譲歩をしないのが流儀である。このことを知らないと、ずいぶん身勝手な連中だと誤解してしまう。
 韓国の人とはほとんど交流がないので、テレビや雑誌などの情報に拠るしかない。その範囲で言えば、日常の様子は中国人より静かに見える。ところが、何か事故や戦闘などによって家族が亡くなった場合には、時と場合を気にすることもなく、感情をむき出しにして泣きわめく。これは何度も目にし、耳にしている光景である。明らかに日本人の行動とは違っている。

 日本人が全般的におとなしい民族であることの是非を論じたいとは思わない。現にある事実として確認したうえで、なぜそうなったかの要因については知りたいと思う。一つだけ言っておくとすれば、日本人は為政者にとってみればずいぶん統治しやすい国民だということだ。戦後には、労働運動や安保闘争、反公害運動などが起こり、決して黙っていたのではないが、それも最近は弱まり、とみにおとなしくなったように思う。
 ただし、決して国や企業のしていることに対して無条件に服従しているのでもなかろう。面従腹背という言葉があるが、面従にも限度がある。腹に収まらなくなったものが、いつかは行き場を求めるに違いない。

 

2011年5月 9日 (月)

プレートナンバー8888

 主にバスに乗ったときであるが、少し高い座席から自動車のナンバープレートを注目している。そして、そこに偶然を見出すことで、退屈な時間を埋め合わせているのである。

 たとえば、数時間のうちに、ナンバープレート「・・・1」を二台見かけたことがある。こういう偶然は十分ありうるものである。何らかの一致は日常茶飯事起こっているのだが、そこに注目する暇な人間がそれほどいないことによって希少性が高まるわけだ。

 私の勤務する会社の社長が乗っている車は「8888」である。また同期入社のS君の車も「8888」である。これはたまたまこの縁起の良いナンバーが当たったのではなく、あえて求めた結果であろう。(8888は申し込みをして、抽選に当たれば取得できるらしい。)

 数か月まえに、以前監査役を務めていたOさんのお通夜に行ったときに、その葬儀場の駐車場で「8888」を発見した。また、この日曜日に京都でバスに乗った時に、隣の車線を走る「8888」のクラウンを目にした。ここまでは驚くべきことではないだろう。しかし、たとえば、5月中にもう一度見たとしたら、これはずいぶん奇偶なことではないだろうか。確率は1万分の1。1万台のプレートを見続ければかなり当たる確率は高い。(人気のナンバーが他より多く出回っているのであればもっと確率が高くなる。)しかし、そこまで執拗に見続ける意欲はない。その結果にそれほど多くの価値を見出さないからだ。

2011年5月 8日 (日)

「岳」 小栗旬と長澤まさみ

 昨日封切られた、映画「岳」を観てきました。TOHOシネマズ梅田で、17時40分からの上映です。テレビで相当PRしていて封切り直後だから混雑しているかと思いましたが、ずいぶん空席が目立ちました。私は「阪急電車」の方を観たかったのですが、家族は「岳」がいいというので付き合いました。

 山を舞台にした映画は総じてストーリーがシンプルで、複雑な人間関係が出てきません。自然の前では人間はシンプルで、裸の人と人とのぶつかり合いになります。小栗旬の役柄は、その象徴的な存在でした。実に清々しい気持ちにさせてくれました。決してひとを責めないし、責められてもそれを受け入れてしまう。日々の生活で細かいことにこだわっている自分とは対照的で、観ている時間だけでも心が癒されます。

 長澤まさみもさわやかで好演だったと思いますが、あの細い体で高い冬山に登れるのか心配でした。他には佐々木蔵之介が出演していますが、いつもの佐々木蔵之介でした。まずまずです。

 いくつかのショートストーリーの組み合わせなので、ややこしい展開にならず、それでタイトルの「岳」を常に中心に置いて観ることができます。長澤まさみが演じている女性の成長も、救助活動やそのなかでの遭難者の死との直面を通じてもたらされるもので、人間社会の荒波にもまれてというようなややこしい話ではないので、観ている方も気が楽です。

 総じて、素直に楽しめる映画でした。

時間を奪うゲーム機・ゲームソフト

 ゲームの市場はハードとソフトを合わせて5千億円近くあるそうだ。国民一人当たり年に4千円使っていることになる。さらに購買層の中心にある若い世代に絞り込めば相当な金額になるだろう。

 音楽や動画のソフトであれば、繰り返し聞くうちに飽きが来る。しかし、ゲームソフトは繰り返しによって熟練を促進するから動機づけの仕組みを内に持っているのである。加えて言えば、ゲームの前では学力の差も生活程度の差もない。極めて限定的な世界ではあるが、いわば平等な小世界なのである。

 しかし、そのメカニズムは膨大な時間の無駄を生みだす。この時間はプレーヤーにいささかの成長ももたらさないであろう。私が勝手に思うには、それは単に時間の剥奪による成長可能性の喪失にとどまらず、状況反射的な脳の使用によって理性的判断能力を阻害する。

 若者よ、もっと楽しく刺激的なことがあるだろう。空虚な小世界から出でよ。人間との接触、軋轢、あるいは共感に人間の生々しい生がある。

2011年5月 7日 (土)

人に聞くのが一番早いが・・・

 仕事でも、日常生活でも、分からないことがあったり、判断に迷ったりすることがある。そういうときは、今やインターネットで調べることが主たる手段になっている。大変便利なことであるが、やはり限界がある。

 言葉の意味を調べたり、場所や交通手段を知るにはもってこいの方法だが、問題解決の方法や生き方の方向選択については人によって内容がまちまちだったり、中身が一般的すぎて当てにならないことが多い。

 困った時に一番助けになるのは、身近な人のアドバイスだ。ところが、意外に相談しない。問題を抱えたまま悩んでいたり、諦めていたりする。なぜだろうか。

 それは、聞くことが恥ずかしいと思っているか、それとも切実に分かろうとしていないかのどちらかではないか。自分が賢いと思っていたら聞けないだろう。偉いと思っていたら聞けないだろう。「聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥」というが、このことわざには問題がある。聞くのは恥ではない。恥と思う感覚、感性が行動を鈍らせるのである。

 日本には「恥」の文化があるといわれる。そのことに積極的な意味がまったくないわけではないが、デメリットの方が多いと思っている。

 私ができているから書いているのではない。できていないから書くのである。私が書いていることの大半はそういうことなのである。そして、それはほとんどの人にとってもできていないことなのである。そういう意味では、いくらかは役に立つことを書いているように思う。

社会科学と人生論

 社会を科学的にとらえようとすると、自分はいったん社会の外に置いて、諸現象を客観的にとらえなければならない。社会現象は基本的に自分を離れたところにあり、自分とは無関係に運動しており、諸現象の原因は自分の外部にある。「私」の社会に対する影響力はほぼゼロに等しい。「私」がいてもいなくても社会は存在し、変化していく。

 とはいえ、「私」は生きていかなければならない。いや、「生きたい」。誰かに頼まれて、あるいは強制されて生きているのではない。自らを死に至らしめる者がいるが、より良く生きたいと思っているのにそう生きられないから生を捨てるのである。すべてを諦めきれば、思い悩むことはない。

 より良く生きたいと願うところに人生論が生まれる。それは社会科学とは対照的な世界だ。人生をより良く生きるためにも社会を知る必要がある。しかし、それほど広い範囲に目を向けることはない。日常生活における行動範囲を中心に考え、テレビや新聞からの情報を付け加えれば通常は十分であろう。
 肝心なのは、自分を知ることである。そしてよりよく生きられない原因を、自分自身の内に見出すことである。誰が悪い、会社が悪いと言っていたら人生論は成立しない。自分の考え方を正し、行動を正せば、人生は変わる。非常に狭い世界の話だから、自分自身の意志と行動の影響力は相当程度ある。これは間違いない。

 われわれは社会科学者ではない。また社会科学者も24時間社会科学者ではない。だれでも一人の生活者に違いない。

 原因を内部に見出し、方向を正すのが人生論である。より謙虚に、純粋無垢に自分を見られる人が伸びゆく人である。

 人生論の要諦は「自己責任」である。いつかある首相が「自己責任論」をぶったが、人生論でこそその論は意味を持つ。人から言われるようなものではない。

新しい「復興」のイメージ

 震災からの復興が急ピッチで進められている。仙台市内のライフラインの復旧、東北道の全面開通、仙台空港の再開、東北新幹線の全通など予想を上回るスピードで実現させてきた。仮設住宅の建設の遅れや民間企業の自力での復旧にはなお問題が残るが、国を挙げてできるだけの策は講じなければならない。

 新聞や雑誌などには、今後の復興の在り方について論じている記事が多くみられる。一つひとつ読んでいるわけではないので正確なことは言えないが、その復興のイメージは、かなり戦後の高度成長イメージに縛られているように思う。典型は日本経済新聞であろう。失われた20年で多くの企業が苦しんでいたが、震災からの復興を機に、思いきった需要喚起・創造が必要だと言っているようだ。企業の側からすればそういう期待はよく分かる。

 しかし、日本の未来像は企業だけで決められるものではない。企業も社会を構成する要素として尊重されなければならないが、基本を決めるのは国民の意思である。暮らしにおける「安心」と「安全」および「環境」の維持・改善がコンセプトとして欠けてはいけない。また、大国志向ではなく、信頼される中堅国への発想転換も必要だ。

 当然ながら地震はない方がよかった。しかし、起こった以上は、これを機会にして次の展開を考えなければならない。日本が次の時代を創造するオピニオンリーダーになるチャンスである。思い起こせば唯一の被爆国であることも、平和におけるリーダーシップを発揮するチャンスであったのだが・・・。

2011年5月 6日 (金)

嫌いな人は少ないほどよい

 先日、ビンラディンが殺害されたことに触れ、そのなかで怨念は愛よりも強力であると記した。しかし、これは民族や部族、あるいは一族の間での恨みの伝承について述べたものである。もちろん、個人間にも恨みは発生するが、当座自分にとってより良い人生を模索するならば、恨みを買わない方が得策である。

 いろいろな人を見てきて、素晴らしいと思うのは、誰からも好かれる人である。これは非常に難しいことである。とはいえ、希少ではあるが、そういう人はいる。その珍しい人の特長はと言えば、実はだれでも好きになることができる人だということである。
 自分に好意を寄せてくれる人を嫌う人はまずいない。そういう人は自分に対して危険な存在とはならないばかりか、逆に元気を与えてくれる。大変貴重な存在なのだ。誰にでも好意的に接する人は、周囲から支持され、支援される。だから、決して不幸にはならない。

 嫌いな人は何人いますか?おそらく、何人かいるでしょうね。なかには、人前でしょっちゅう誰かの批判をしている人がいます。そうすると、腹の中で思っている以上に嫌悪感は増幅していきます。言葉とは恐ろしいものです。
 楽しく、充実した生活を送りたければ、どんどん人を好きになりましょう。これまで厭だと思っていた人のいいところを探しましょう。今月何人好きになりますか?どんどん積み上げていきましょう。増えれば増えるほど、あなたは成長し、幸福になります。すべてがうまくいきます。 

2011年5月 5日 (木)

関西学生野球 近畿大学対立命館大学3回戦

 次の土日まで連休に含めれば別だが、今日は最後の休み。予想以上の好天になったので出かけることにした。選択肢はどうしてもスポーツ観戦になってしまう。 バレーボールは3日に見たし、こんなお天気にドームでのプロ野球観戦はもったいない。高校野球の春季大会は、万博球場ならよいが、高槻の山奥の球場なので時間がかかりすぎる。そんなわけで、結局関西学生野球の試合が行われている甲子園球場へと向かった。

 本来なら、関関戦を見たいところだが、関学が連勝して昨日で終わってしまっている。本日は1勝1敗のタイで迎えた近大対立命館の1試合のみである。
 観客はせいぜい3百人程度だろうか。この広い甲子園では実にさびしい。立命にはチアリーダーが付いているが、近大にはない。学生たちは連休でどこかに遊びに行っているのだろうか。

 ところで試合は、原田捕手の記念すべき初ホームランでの1点を守りきった近大が勝利して勝ち点をあげた。また山本投手は完封で、これも記念すべき初勝利をあげた。これまでも好投していたが、今日は最後まで崩れることなく2安打に抑え込んだ。エースの中後投手への継投は必至と予想していたが、近大側としてはうれしい誤算だったろう。

 実は見たかったのは中後投手だった。近大付属新宮の出身で、今や近大の大黒柱。プロ野球ドラフト会議では上位に指名されるだろう。今日はほんの軽い投球練習だけを見た。

1対0のスコアで近大の勝利

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初勝利の山本投手

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中後投手 隣は私と同郷の榎本監督

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中谷美紀と深津絵里

 実力があり、近年注目を浴び続ける女優さん二人である。どちらの名前を先に書くか迷ったが、日本アカデミー賞で先に最優秀主演女優賞を受賞した中谷さんにした。

 深津さんは1973年1月生まれで38歳。中谷さんは3年後の1月生まれで35歳である。誕生日は1日違いである。デビューした時は同じく中谷さんが3年遅いのだが、なんと歌手でのスタートだった。ともにキャリアを積んでおり、数多くの受賞歴もあって、日本を代表する女優だと言ってもいいだろう。私の印象としては、その顔立ちもあって、中谷さんの方が少し派手な感じがする。

 深津さんは大分市出身で、身長156cm。1988年デビュー。主な出演作品は、「踊る大捜査線」「ザ・マジックアワー」「悪人」など。私は数多く映画を観る方ではないが、「マジックアワー」と「悪人」で彼女の演技を見ている。マジックアワーの演技は、映画の内容がシリアスなものでなかっただけに強印象ではなかったが、「悪人」の場合は強い感動をもたらして、素晴らしい演技だった。ありふれた女性のなかに強烈な「情」を表現している。この演技で、第34回モントリオール世界映画祭最優秀女優賞を受賞し、引き続き第34回日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞を獲得した。2010年は彼女にとって華々しい活躍の年であった。

 一方の中谷さんは東村山市の出身で、身長は160cm。最初に書いたように1991年に歌手でデビュー。女優デビューは1993年であった。主な出演映画は、「壬生義士伝」「嫌われ松子の一生」「ゼロの焦点」など。最近封切られた「阪急電車」も注目されている。この中では「壬生義士伝」だけ観ているのだが、佐藤浩一との絡みは印象に残るいい演技だったと思う。

 両者ともに優秀な女優さんなので、いろいろなタイプの女性を演じ分けられるだろうが、私のイメージとしては、「愛されるけれども、大事にされない、薄幸の女」を演じると絶品のように思う。すなわち、情が濃すぎて、男としては長く一緒にいると息苦しくなるのである。ものすごく惹かれるのだけれども、妻にはしたくないタイプだ。勝手な言い草かもしれないが、これは女優さんに対しては褒め言葉ではないかと思う。妻にしたくなるような女性の役しか回ってこないのでは、女優としては物足りないということだ。

2011年5月 4日 (水)

加藤周一という存在

 ときどき加藤周一について書こうと思う。加藤氏は2008年12月6日に亡くなったが、氏の発言の記録は、今も私の知的活動における座標軸になっている。この「知の巨人」といわれる人物に学ぶところは大きい。対象とした領域の広さが巨人とされる所以であるが、それはジャンルの広さでもあり、海外にも関心と活動領域を持っていたということでもある。

 とはいえ、代表作である「日本文学史序説」を読んでいないなど、氏の残したものについてまだまだ不勉強である。氏のスタンスはある程度分かるようになり、自分の考えを評価する時の参考にしているが、知そのもののボリュームには圧倒されるだけである。加藤氏の積み上げたものが富士山なら、私のそれは公園で幼児が作った砂山であろう。

 先日、柄谷行人と中上健次との対談を読んでいたら、加藤周一に触れていた。

柄谷 「たとえば、加藤周一だってなかなかいいんです。」
中上 「加藤さんは、文芸批評とか文芸雑誌には出てこないけど、やっぱり、どうしても必要なんだと思う。」
柄谷 「彼の『日本文学史』はいいよ。」

 ひとのことをあまり良くいわない二人だが、加藤氏には一目置いているようである。

 そろそろ、「日本文学史序説」(ちくま学芸文庫)に挑戦しよう。

2011年5月 3日 (火)

黒鷲旗争奪 全日本選抜バレーボール大会

 本格的なバレーボールを観戦するのは初めて。難波の大阪府立体育館で行われている。今日は準々決勝で、男女ともに4試合ずつある。世界バレーはテレビで見ることはあるが、実業団の試合はテレビでも見る機会はほとんどない。

 11時試合開始で、5時まで約6時間の間、男子のコートに近いスタンドで観ていた。ちなみに自由席で、チケットは2千5百円であった。早い時間に入場したのでまだ席に余裕があり、いいポジションから観戦することができた。

 なかなかの迫力である。スパイクは速いし、角度がある。レシーブやトスはさすがに上手い。一番気持ちがいいのはブロックがきれいに決まった時だ。パシーンという感じだ。

 男子ではあまり知った顔は見なかったが、女子のコートでJTの竹下選手が見れた。やはり全日本のセッターだけあって、トス回しは素晴らしく上手いと思った。

2011

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Takeshita2

少数派への寛容さ へそ曲がりの効用

 プロ野球の試合開始前に、国歌斉唱と国旗の掲揚が行われる。いつ始まったセレモニーか知らないが、思い起こせば30年前によく見に行っていた神宮球場での早慶戦でも行われていたからずいぶん古くからの伝統なのだろう。とはいえ、国際試合ならいざ知らず、いつも対戦しているチーム同士の試合でそれを行うことの意味が分からない。この場面で国を意識する必要があるのだろうか。神宮でやるから君が代が要るというなら一つの理屈は成り立つように思うのだが。

 早慶戦は大概サークルの連中と観戦していたが、多くはへそ曲がりだったため、起立せず沈黙を守った。「進歩的学生」を自認する学生の伝統として、大勢に迎合することは恥であった。私は今なおへそ曲がりを通している。しかし、最近では私と同じようなへそ曲がりが減ったためだろうか、起立しない者への無言の圧力を感じるようになってきた。

 そのうちに、周りの観客から、あなたはなぜ立たないのかと問い詰められる場面が発生するのではないかと案じている。そんなことが起こりだしたら非常に怖いことだ。電車内で携帯での会話を注意されるのとは異質の問題である。起立しなくても誰にも迷惑をかけない。また、立つ立たないは、個人の信条の問題を含んでいる。セレモニーをやるのはいいとしても、それへの参加はあくまで任意でなければならない。立ちたい人が立てばいいのである。
 へそ曲がりの存在は国民の意識変化を計る試金石になるのかもしれない。そういう意味では貴重な存在だ。一定量のへそ曲がりの再生産がなされることを希望する。

 セレモニーが終わると、ご協力ありがとうございましたとアナウンスが流れる。一体だれに協力したというのだろうか。

2011年5月 2日 (月)

ビンラディン殺害される

 ウサマ・ビンラディンが米軍の手によって殺害された。インターネットでその情報が駆け巡り、夕刊の一面を飾った。

 アメリカは9・11の失点を取り戻すために執拗にビンラディンを追い求めていた。10年近くかけてやっと仕留めたことになる。オバマ大統領は、これをテロとの戦いの最大の成果として称賛したと伝えられている。日経新聞は、テロとの戦いに大きな転機を迎えると報じた。

 しかし、引き続きテロの発生が心配されている。この事件が、新たな「聖戦」の引き金になる恐れがある。
 怨念は愛よりも強力である。アルカイダとは、怨念を増幅し、拡散する装置である。容易に封じ込めることはできない。

 憎しみの連鎖を断ち切るために必要なことは何だろうか。テロは許されるべきものではない。しかしアルカイダにそんな理屈は通用しない。怨念が発生し蓄積されるメカニズムを解明し、力に拠らない対策を見出すべきだと思うのだが・・・。

神戸南京町から(4月30日)

 一年ぶりで神戸の中華街へ。結構な人出である。歩きながらニラまんじゅうなどを食べる。人気の料理店や豚まん屋は列を作って順番待ちをしている。賑わって大変結構である。中央にある公園には、地震の被災地を激励する幕が掲げられていた。

 それから徒歩でポートタワー方面へ。曇りがちなので港の光景に明るさがない。港からは遊覧船が数隻出ているが、どれも乗船する人はまばらである。稼ぎ時にこれでは関係者もがっかりだ。しばらくすると日が照りだし、気分も明るくなる。

 ここは大道芸が見れるスポットでもある。いつもいるのは一輪車乗りの外人のお兄さんである。外人がひねたギャグを連発するところが面白いのだが、やや下品である。彼はこの近辺に住んでいるらしく、台車で小道具を運んでいた。雨が降ったら商売あがったりだが、そんな日は何をしているのだろうか。また、平日は人が集まらないから仕事にならない。大道芸をしながら日本文化でも研究しているのだろうか。そんな風には見えないお兄さんだが。

 今日は猿回しをやっていた。若い女性がメスの日本猿を使って芸を見せる。おおよそ30分間隔ぐらいで公演しているようだが、人が集まりだすともっと詰めてやっている。これも大変な仕事だ。人間はコントロールできるが、相棒の猿の体調や気分は調整が難しい。連休中はここで稼ぐのだろうが、どこに泊まるのだろうか。稼ぎも一日せいぜい数万円だろうから儲かる仕事でもない。しかし、子どもたちは楽しんで見ていた。

 あまりお金を使わないでゆっくりできた一日であった。これじゃ、消費も活性化しないかな。

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2011年5月 1日 (日)

珠玉の言葉 稲盛和夫

 経営について考えることがある。勤務先で経営企画という仕事に就いているので、トップが何を考えているのか注視していなければならないし、それに共感できる自分でなければならないと思っている。先日、部下の課長から、「あなたの考えることは社長とほとんど変わりがない。会社の将来のためには違うことを考えてもらわないと。」と、意見された。しかし、私は課長の意に反して、それを褒め言葉と受け取っている。

 稲盛和夫氏の昔の本を読んでいたら、大事なのはこれだなと思った部分があった。そのまま掲載しておきたい。読めばわかるだろう。トップだけではなく、社員の一部でもこういう考え方に立てれば組織はうんと強いものになる。 

 何事においても、物事の本質までさかのぼろうとはせず、ただ常識とされていることにそのまま従えば、自分の責任で考えて判断する必要はなくなる。また、とりあえず人と同じことをする方が何かとさしさわりもないであろう。たいして大きな問題でもないので、ことさら突っ込んで考える必要もないと思うかもしれない。しかし、このような考え方が経営者に少しでもあれば、私の言う原理原則による経営にはならない。どんな些細なことでも、原理原則までさかのぼって徹底して考える、それは大変な労力と苦しみをともなうかもしれない。しかし、誰から見ても普遍的に正しいことを判断基準にし続けることによって、初めて真の意味で筋の通った経営が可能となる。(日経ビジネス人文庫版「実学」p27

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