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2011年4月12日 (火)

最後の一葉 オー・ヘンリー

 タイトルは忘れたが、草彅剛と今井美樹が共演しているドラマがあった。食事をしながら見ていると、こういう場面があった。脳の病気におかされている女性(今井美樹)が、山形のある丘にある思い出の桜の木に花が咲くまで生きようとしている。しかし病状が悪化し、花が咲くまで持ちこたえられそうにない。それを見ていた男性(草彅剛)は、東京からほころびかけた桜の枝を持ってきて見たいと思っている桜の木だと偽って勇気づけようとする。

 これを見ていて、オー・ヘンリーの「最後の一葉」を思い出した。私の年代だったら誰でも知っている短編小説ではないだろうか。国語の教科書に載っていた。そこで、きっと子供たちも知っているに違いないと思い、二男と三男に聞いた。しかし、知らないという。今の教科書には載っていないのか。そうだよな。教科書だって変るんだから、何十年も同じ作品が載っている方がおかしいのだ。そう思い直した。

 でも、最後の一葉は心に滲みるいい作品だった。できれば今の子供たちにも読ませてほしい。草彅のドラマは、人間てこうじゃないだろうと思う場面がいっぱいあって、きっとすぐに忘れてしまうのだが、最後の一葉には、人間てこうなんだと素直に思わせてくれる力がある。きれいなばかりが人間ではないが、きれいな部分も見せてくれないとバランスがとれないのである。

 魯迅の「故郷」も教科書で読んだ。そして大きな影響を受けた。どれだけの子供がこの作品の記憶を持っているか知らないが、こんな素晴らしい作品を載せない手はない。魯迅の熱い思いが伝わってくる。その思いを汲んだ子供がそのまま成長して政治家になっていたら、日本のことを考えて奮闘してくれるだろうに。

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