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2011年4月の投稿

2011年4月30日 (土)

扶養の代償としての学び

  学生を卒業し、職に就いて自分で稼ぐようになると、過去の甘さを次第に感じるようになる。職に就く前は、生産活動に携わっていないわけで、基本的には消費だけしている存在である。学生は、扶養される代償として学ばなければならない。「学ぶ」とは、ただ授業を受けるだけではなく、本を読んだりクラブ活動をしたりすることも含めていいだろう。

 振り返れば、学生時代、特に大学生の時は暢気なものであった。今から思えば、もっと学問すべきであった。かけた時間が少ない割には良質の著作に触れたことで得るものは大きかったが、無駄にした時間は計り知れない。親に授業料を出してもらったが、その代わりとして見せられるものは極論すれば卒業証書だけである。当時の専門分野についても、卒業してから休日に少しずつ読んで理解した内容の方がずっと豊富である。知的関心を切らさなかったからそうなったので、その点ではそういうことが許される環境にいたことが幸いで、感謝したいとは思うが、逆にいえば学生時代の学びが貧困だったのである。

 昔ほど学生が大事にされなくなった。昔は進学率が低かったから希少価値があったのである。しかし、その根底には一般庶民には理解できないことを学んでいるという前提があったはずだ。いまや少子化にもかかわらず大学生は大勢いる。その知的レベルの平均値はいかほどか分からないが、息子たちを見ていると通っている大学のネームバリューに比較して決して高いとは言い難い。その原因は、大雑把にいえば、本読みが足りないことにあると思う。加えて、議論する機会の欠如にも問題がある。昔は先輩から読むべき本を含めて思想を継承するシステムがあった。この二点から、社会に対する批判的なものの見方が育たないのである。

 批判することと社会を拒絶することとは別のことである。現実はいやがうえにも受け入れざるをえない。しかし批判的に見ることで、自分との間に距離を空けることができるのである。そうすることで、発言に客観性を帯びてくる。また、これは仕事にも活きてくる。

 食わしてもらっているんだから黙って勉強していろとは言わない。しかし、勉強してからものを言えとは言いたい。こちらが知らないような議論を吹っ掛けられることがあれば、今の学生にも一目置くことができるのだが。

2011年4月29日 (金)

埋没する小さな変化

 東日本大震災が企業の業績に著しい影響を与えている。東北地方に生産拠点を置いていた企業は直接的な痛手を受けているが、そのほか周辺の企業が受けている間接的な影響も多大である。不要不急の消費が手控えられることで、売り上げの「想定外」の減少に見舞われているのである。

 私の勤務する会社でも業績の低下が発生した。明らかに地震の影響である。長い目で見れば、復興が進むにつれて次第に回復するであろう。しかし、しばらくは、おそらく夏が終わるころまでは、影響が残るに違いない。また、その先も不透明である。

 こういう状況で、やや心配なことがあり、社内で警鐘を鳴らしている。それは、地震の影響で大きく数字が動いているために、小さな変化が見えにくくなることだ。たとえば、競合メーカーに当社の顧客を奪われていたとしても、そのことに気が付くのが遅れてしまう恐れがある。対応が遅れると被害が拡大して、地震の影響がなくなっても業績が元に戻らないという事態が発生するやもしれない。

 地震だからという理由付けがまかり通ってしまう。警戒すべきことだ。政府の政策にも類似のことがありそうだ。国民も仕方がないかと納得してしまう。大事なのは、個々の事態、事象に対して一つひとつ確認をし、合理的に判断を下すことだ。十把一絡げのものの見方は、人も企業も国も過ちへと導く。

2011年4月28日 (木)

本日放送 「ルソンの壺 特番」 

 関西地方のみなさんへ

 本日午後8時からNHK総合テレビで、「ルソンの壺 特番」が放映されます。そこに私が勤める会社の社長が登場します。そして、4分ほど流れる回想ビデオの途中で浴衣姿で食事をしている私が映ります。私を知らない方は、どれが私なのか分からないと思いますが、それとは関係なく、とにかく見てください。関西の中堅企業の経営者が9名登場しますので、企業経営の観点からも興味深いです。

 とはいえ、クイズ形式なので、堅苦しくありません。ますだおかだ、内山信二、田丸麻紀、赤井沙希さんなどが出演します。

 再放送は明日29日の朝8時15分からです。

 

2011年4月26日 (火)

怠けたツケは必ずやってくる

 以前にも書いたことがある。夏休みに宿題を忘れて遊び呆け、三日前ぐらいになってやっと手をつけ始めて必死の思いで仕上げる。間に合わずに、新学期に入ってしまうこともある。初めに済ませておけば心おきなく遊べて、楽しさも倍増するだろうと思いはするものの、結局同じ轍を踏むことになる。

 これは誰もが経験する分かりやすい例だが、何事も初めに楽をすることを考えると、後からそのツケを負わされることになる。一つひとつの仕事で考えてもそうだし、大きく人の人生を考えても同じことが言える。若い時に苦労せよというのが、人生に対するアドバイスの定石であろう。もっとも、若い時に苦労すれば、あとはのんびりできるのかというとそうでもない。苦労は続くことになる。しかし、その時の苦労の質が違う。高い次元での苦労には、より大きなやりがいが付いてくる。

 できるならば、安定的にコツコツ頑張りたい。人間にはむらがあり、だからこそ集中もできるのだが、持続する志には、静かで目立たないが、強いパワーが秘められている。

 次第に齢を重ねていくと、最早頑張ることのできない境界線を越えることになる。今ならまだ間に合うかもしれない。

2011年4月25日 (月)

自然との敵対的関係

 報道ステーションで吉岡忍が、自然との敵対的関係をやめて共生を考えなければならないと言っていた。普通の主張だが、人間はそもそも自然に対しては敵対的存在ではないか。自然に包含されている状態では人間たりえない。

 人間も生き物であるという意味では自然に違いないが、自然に対峙し、自然に手を加えることで歴史を作ってきた。そういう特殊な生物であることを認識しなければならない。これは、ビーバーが川にダムを作るというような次元のものではないのである。

 表現はややこしいが、やさしい敵対関係を作ることがこれから必要なのだ。

2011年4月24日 (日)

貴志祐介 「日本ボクシングの黄金時代」

 今朝の日本経済新聞文化面に作家の貴志祐介氏が「日本ボクシングの黄金時代」と題する記事を書いている。この内容は私が書きたかったものだ。要旨は全く同じである。ただし、私ではこんなに上手くは書けないが。

 貴志氏は1959年生まれなので私とほぼ同年である。したがって同じように、大場政夫をはじめとする当時のチャンピオンたちのファイトに影響を受けて育ってきている。世界戦はゴールデンタイムに放送され、会場には厳粛なムードが漂っていた。全国のファンの注目を集め、勝てばヒーローだし、マットに沈めば惨めな姿をさらけ出すことになった。おそらく、日本人選手が敗れることの方が多かったはずだ。勝った時の昂揚だけではなく、負けた時の選手の姿に学ぶことも多かったのではないかと考えている。

 さて、貴志氏が言うように、今は日本ボクシングの黄金時代にある。長谷川、西岡、内山の3人をあげているが、これだけ強い選手が集まったのは過去にはない。スピード、パンチ力では世界でも間違いなく上級に入る。ちなみに亀田は並みの選手である。

 にもかかわらず昔ほど盛り上がらないし、人気も出ない。貴志氏はPR不足だという。一理ある。背景には、昔と条件が違うということがある。プロスポーツの種類が増え、スポーツファンの興味が拡散している。同じ格闘技でもK-1があり、派手に宣伝され、いい時間帯に放映されている。ベルトの重みはボクシングの方が圧倒的にあるはずなのに、魔裟斗選手などの方がもてはやされている。

 とはいえ、このままではもったいない。西岡、内山のファイトはスリリングだ。ショービジネスとしてもっともっと高く売れる。ビジネスはともかくも、純粋にスポーツの視点で見ても、その技術とパワーは一級品で、観賞する価値がある。
 西岡のパンチはなぜ一発であれだけのダメージを相手に与えられるのか不思議である。おそらく、打った後の姿勢がいいのと、相手の急所に入る時の拳の角度がいいのと、それに続くフォロースルーが効いていることが要因だと思われる。強い選手には、他と違った技術的な裏付けがある。気持ちだけでは勝てないのである。

 ボクシングファンとしては、世界戦だけではなく、各地域で行われているマイナーな試合にももっと客が入って盛り上がりたい。ご贔屓の選手を作れば楽しく見られるだろう。

東電社長 避難住民に謝罪行脚

 東京電力の社長が、福島第1原発の事故で避難を強いられている住民に対し、謝罪して回っている。各局のニュースでその映像が報道されているので見た人も多いだろう。本来ならばもう少し早く足を運ぶべきと思うが、社長が体調を崩していたことがあるし、住民の側にも受け入れるだけの気持ちの余裕がなかったということもあろう。

 住民からは厳しい言葉が飛ぶ。当然だ。ひたすら頭を下げるしかない。いつになったら帰れるんですか。「しばらくは帰れません。」が正しい答えに違いないが、そう答えるわけにはいかない。事故を起こした企業のトップは責任が重たい。トップに就くときには、こういう事態を起こしてはならないし、起こした時には責任を一手に引き受けるという覚悟が必要だ。責任から逃れようとする思いは断ち切らねばならない。見ている私も非常に重苦しい気分でニュースを眺めていた。

 さて、一方で社長を慰めていた住民もいた。疲れているだろうから気を付けなよと声をかけている老婆がいた。この老婆には原子力に関する科学的な知見はないだろう。なにか大変なことが起こったという認識はあるが、たまたま社長なんか引き受けたがためにこの男も苦労しているんだろうという思いなのではないか。こういう意識もまた大衆の一部にある。「起こしちゃったことは仕方ねえから、早くなんとかしてくれよ。」という声が中年男性からかかった。まさに、起こったことを取り消してもとにもどることはできない。全力で対策を講じ、一日も早く放射性物質の発生を封じ込むことこそ東電の責務であり、また政府の責務でもある。

 日本の首相が、あの東電の社長のように国民に頭を下げて回ったことがあるだろうか。公害や薬害の問題などで謝罪したことはあったろうが、あのような深刻さはなかったのではなかろうか。「自分が管理していたわけではない」という言い訳がある。

2011年4月23日 (土)

再び日本売りが始まった

  デフレ経済が長引き、経済の成長は期待できない。並行して国の借金が増え続け、個人の所得は減少し、資産も目減りしている。こういった一連の変化が、未来への展望を困難にし、少子化に拍車をかけている。

 3月11日の大地震が、この経済環境の悪化を加速させる恐れがある。被災地の惨状は、人々のマインドに大きな変化を起こしている。一つの例が、富裕層による資産の海外移転(海外逃亡)である。円で持っていたものを外貨に切り替えている。今後も安定的に経済発展が見込める国や資源を有している国の通貨は強く、金利も高い。そこへ退避するのである。円が売られれば、じりじりと円安に動くだろう。

 こういうことができるのは資産を持つ者である。持たない者には何もできない。文字通り海外に逃亡することもできない。ただただ、毎日一所懸命働くことだけだ。それが人間のノーマルな姿ではないか。

 裕福でなくてもよい、華美でなくてもよい、つつましい生活の中で、人生の節目節目で、家族や周辺の人々とともに、ささやかな喜びを感じられる社会を切望する。最低限の文化的な生活とはそういうものであろう。社会がどんな重荷を背負おうとも、それは断固として守り抜かねばならない。

2011年4月21日 (木)

MLBのチャップマンが171キロ

  ヤフーニュースに「MLBのチャップマンが171キロ」という見出しがあった。これを一瞬見て、「ずいぶん太った選手がいるもんだなあ。これじゃプレーできないよ。」と思ってしまった。とんだ勘違いである。よく考えない瞬時の判断ミスの事例である。

 チャップマンという投手がいることは知識としてあるのに、それと判断とは結びついていない。目は主に、171キロという数字に行っている。マイル表示なら間違えていない。キロメートルもキログラムも同じくキロと表示するから取り違える。

 もう一つ、よく考えると、「チャップマン」という音の響きが、太っている人のイメージへ発想を誘導している。チャップチャップしている感じだ。

 そんなわけで、勘違いはこんな風にして起こるという事例である。

2011年4月17日 (日)

西投手初勝利 甲子園で楽天対オリックスを観戦

地震の影響で、甲子園をホームとする楽天の主催ゲームはオリックス戦だった。今日の入場者は約2万6千人。阪神の試合と比べるとうんと少ないが、京セラドームよりは入っているかもしれない。内野席はがらがらだが、アルプス席と外野はほぼ埋まっている。

 試合は点の入らない流れが続く。西、戸村の両先発投手はともに未勝利だが投球内容はよい。丁寧に低めに集め危なげない。特に1点は失ったものの西投手は球にキレがあって、三振が取れる。
 誤算は楽天の継投だった。美馬は2イニング目に崩れ、後を継いだ片山が打ち込まれた。戸村はかわいそうだったが、勝負だからこういうこともあるので次に頑張ってほしい。

 結局、西投手が初勝利を挙げた。今日の試合は西の力投に尽きるだろう。三重県の菰野高校出身。当時から注目の逸材だったが、思ったより早く上にあがってきた。将来が楽しみである。球筋をみると、岸田や平野よりもいいので、金子と並んでエースを目指してもらいたい。

 最後に岩村の不調には目を覆いたくなる。全くタイミングが合っていない。メジャーの後半も成績が出なかったが、いまだに尾を引いているようだ。ヤクルト時代の活躍は何だったのだろうか。

Lukky7   

20110417rakuori

仕事を上手く進める方法や観点について 

  仕事を上手く進めるには何が必要か。これまでの経験と読書で学んだことを思い出して、ランダムに10点上げてみた。仕事とはおもに企業での業務を指しているが、学問においても同じことが言えると思う。

 ①言葉の定義を明確にする。②キーワードをつかむ。③問題の構造を概念的にとらえる。④論議の焦点を早くつかむ。⑤相手の主張の前提となっている条件を考える。⑥情報に敏感になる。⑦数字でつかむ。⑧定点観測する。⑨情報の引き出しをたくさん持ち、中身を蓄積する。⑩分からないことは(得意な)人に聞く。

1 考えるときは、①②③が大事
 ・ 言葉をあいまいに使うと、ぼんやりとした考えのまま、あいまいな結論に至る。折に触れて、意味や使い方を確認するとよい。
 ・ 新しいことに取り組もうとしているときは、方向性を決めるキーワードを明確にするとよい。また、その共有化も必要だ。
 ・ よくできる人は、今抱えている問題の全体像をつかむことができる。そのことで根本的な解決の道筋が見えやすくなる。

2 議論するときには④⑤が大事
 ・ 議論が噛み合わないことは日常頻繁に起こる現象だが、こういうときはそもそも何を議論するのか目的や目標が定まっていない。それを明らかにして始めることが大事だ。これは司会者の力量に負うところも多い。なかには、予定外の議論に発展する場合があるが、そういう時は早く議論のポイントをつかむ。他の人が分かっていないときは自分から整理してやろう。

3 日常の姿勢として⑥~⑩が大事
 ・ 情報に対する感度が仕事のスピードも、アウトプットの大きさも、人の成長も決めてしまうと言ってよい。これはとにかく努力して訓練を積むしかない。貴重な情報を聞き流していることが多い。
 ・ 数字でつかむことが大事。問題の程度が理解できる。加えて言うと、何事も想像で判断せず、現物で判断せよ。
 ・ 同じ数字をずっと見続けていると、今何が起こりつつあるか、これからどうなっていくかがある程度分かるようになる。こういうのは理屈ではなく、経験則というものだろう。
 ・ 多くのことを経験している人、よく勉強している人は情報・知識の引き出しをたくさん持っているし、中身も詰まっている。こういう人は問題解決の手段を早く導き出すことができる。
 ・ とはいえ、すべても情報・知識を網羅できているわけではない。分からないことは、素直に先達に聞けばよい。すぐによい答えが得られる。インターネットもよいが、身近な人が優れた情報源になる。

2011年4月16日 (土)

就活の心得

 参考にならないかもしれないがいくつかアドバイスしたい。

1 素の自分をぶつけるしかない
 小細工が全く効かない世界ではないが、基本的には正味の自分を出していくしかない。そこまで努力してきたか、してこなかったか分からないが、今の自分がすべてである。もしも、どこも自分を買ってくれる企業がないのなら、市場で売れる人間には育っていなかったということなのだ。そのことをどう判断するか。不勉強の結果であるととらえ反省するのか、考え方が甘かったと反省するのか、ものごとを見る感覚にずれがあったことを自覚するのか、それとも徹底的に今の自分を肯定して企業社会と袂を分かつのか。最後の判断はかなり厳しい選択だ。それでうまくいくことは滅多にないことを知ろう。

2 反省しつつも、できるだけのことをやってみよう
 とはいえ、ギブアップしてはいけない。確率は低くても数を当たれば成果は上向く。たぶん上手くいくだろうと初めから企業を絞ってしまったとしたらそれは失敗だ。数は当たれるだけ当たったほうがよい。そのなかには自分と相性のよい採用担当者がいるかもしれないし、ひょっとしたら知り合いがいるかもしれない。

3 回答は素直に、ストレートに
 採用する側に立つと、質問したことにまっすぐ答えてほしいと思う。これは、日常の仕事の中でそうでない事例が多いからなおのこと気にかかるのである。質問と答えがずれることはよくあるのだ。「君は人の言うことを聞いているのか。」となる。
 人間は素直な方がよい。なんでもハイハイではない、ますは人の言うことを聞く姿勢である。積極的な方が認められると思って相手の発言を遮って話し始めたら、こういう人は即アウトだろう。素直な人が人が伸びるというのは、どんな世界でも定説である。

4 自分よりも周りを考えられる人に
 これは社会に出てからの課題になるかもしれない。自分の利益や出世を先に考えていけない。仕事は社会のためにするのだ。そのことを肝に銘じよう。自分は後でよい。人間とは第二義的存在である。自分を捨てられる人は強く、自分にこだわる人は弱い。
 社会のため、世のため人のためと毎日念じよう。お経のように念じよう。それだけやって、初めて少しは思えるようになる。それだけ難しいのだ。人間とは我欲の塊とよく言うが、そのことを知っているのと知らないのとでは大違いだ。知っていれば自戒できる。

 *「新卒採用」もまた労働市場のなかでの取引である。企業が必要とする労働力の範疇に入っていなければふるいにかけられる。企業社会には企業社会の「人間観」がある。そこから著しく逸脱した若者はリスクが大きい。ちょっと変わっていたり、劣った点があっても、ほかに見るべき要素があれば採ってみようと思う場合もあるが、例外的な判断だろう。大化けする可能性はあっても、バランスの悪い人間は概して使いにくい。
  注:企業社会が持っている「人間観」は正しいとは言い切れない。日本が発展するためには、この「人間観」が時代を先取りしたものでなければならない。しかしながら、現実には保守的な人間観があるのだから、仕事にありつくにはそれを考慮せざるをえないのだ。

 採用する側も人間である。相手の立場に立って、どんな人間が使いやすい人間か考えてみるとよいだろう。

2011年4月15日 (金)

自業自得の意味(座右の銘として)

 自分に関わって起こっていることの原因は、客観的に見れば外的な力に因ることが多いと考えられる。人はさまざまな社会的関係のなかで生きており、その関係こそがその人そのもであると言うことができる。経済的循環のなかに組み入れられており、そのシステムに動かされている。各種の組織に所属しており、その制度や風土の枠組みに入り込んでいる。そして考えることは、その時代の観念の体系の内部にある。

 そう考えると、自分がたどってきた人生を根本的に左右してきたものは社会の実態の変化であって、自分自身の意思の及ぶところは極めて少ないと考えるのが妥当である。これがマクロ的なとらえ方である。 

  一方で、自分の「生き方」という次元になるとまた違う見方をしなければならなくなる。よりよく生きたいという意欲は基本的に誰にもあり、欲するところに向かって意識的な活動を行う。努力の程度によって人生はよくなったり悪くなったり一定の振れ幅を持つのである。大きな枠のなかではあるが、意思には自分を取り巻く諸関係を変える力がある。

 自分自身に対する戒めとして、「自業自得」という言葉を使いたい。一つの結果に対して原因はたくさん考えられるが、そのなかで自分の判断や行動における問題はなかったのかどうか。それを考える視点を常に持ち続けること。これが「自業自得」精神である。

 時として自分ばかりを責めることになりかねないが、自分の成長を信じていればこその覚悟だということもできるだろう。一種のプライドの反映とみることもできる。

2011年4月13日 (水)

言葉の定義について(共通認識の条件として)

 一般的にもよく言われるし、組織論のなかでも重要視されることが多い。コミュニケーションを通じて共通の理解を得るにおいて、そこで使われる言葉の定義を一定のレベルで合わせておかないと議論がかみ合わなかったり最終の結論において当事者の理解にずれが生じたりする。

 組織を強化し、より多くのアウトプットを出すためには、目標とそこに向かう戦略についてメンバーの間に共通の理解を常に作り上げておかねばならない。それをよく、「ベクトルを合わせる」という言い方をする。ここで大事なのが、組織内の言葉の使い方である。この言葉は、こういう意味で使うんですよ、こういう教訓が込められているんですよという説明を加えて共有化し、議論の土俵を作るのである。たとえば、自動車メーカーのホンダには「ホンダ語」があると言われるが、他にもトヨタにはトヨタの用語があり、それぞれの企業風土の基盤になっている。

 一般的に議論する場合も、組織内のおけるよりも当然一般的な中身になるけれども、定義が必要である。
 4月8日の日経新聞で、地震の影響で一般消費者の消費スタイルがどう変わるかについて専門家に聞いている。その設問に、「消費マインドの好転時期」を聞くものがある。8人の専門家の回答を見ると、最短が「5月半ば~6月以降」であり、最長が「長期低迷が続く。最短でも1年以上は先」であった。要は、ばらばらなのである。

 このばらつきの原因は、「好転」の定義を行っていないことにある。回答者が思い描く「好転」のイメージが違うのである。ある人は上向きの傾向が感じられるいくつかの現象を確認すれば好転と見るだろうし、ある人は統計数字ではっきり変化が確定できたときを好転と見るだろうし、別のある人は地震前の水準に戻った時に好転と見るかもしれない。

 そんな条件で持ってインタビューし、それをそのまま掲載しただけだから、何とも頼りなく、結局は何の参考にもならない記事になっている。

2011年4月12日 (火)

最後の一葉 オー・ヘンリー

 タイトルは忘れたが、草彅剛と今井美樹が共演しているドラマがあった。食事をしながら見ていると、こういう場面があった。脳の病気におかされている女性(今井美樹)が、山形のある丘にある思い出の桜の木に花が咲くまで生きようとしている。しかし病状が悪化し、花が咲くまで持ちこたえられそうにない。それを見ていた男性(草彅剛)は、東京からほころびかけた桜の枝を持ってきて見たいと思っている桜の木だと偽って勇気づけようとする。

 これを見ていて、オー・ヘンリーの「最後の一葉」を思い出した。私の年代だったら誰でも知っている短編小説ではないだろうか。国語の教科書に載っていた。そこで、きっと子供たちも知っているに違いないと思い、二男と三男に聞いた。しかし、知らないという。今の教科書には載っていないのか。そうだよな。教科書だって変るんだから、何十年も同じ作品が載っている方がおかしいのだ。そう思い直した。

 でも、最後の一葉は心に滲みるいい作品だった。できれば今の子供たちにも読ませてほしい。草彅のドラマは、人間てこうじゃないだろうと思う場面がいっぱいあって、きっとすぐに忘れてしまうのだが、最後の一葉には、人間てこうなんだと素直に思わせてくれる力がある。きれいなばかりが人間ではないが、きれいな部分も見せてくれないとバランスがとれないのである。

 魯迅の「故郷」も教科書で読んだ。そして大きな影響を受けた。どれだけの子供がこの作品の記憶を持っているか知らないが、こんな素晴らしい作品を載せない手はない。魯迅の熱い思いが伝わってくる。その思いを汲んだ子供がそのまま成長して政治家になっていたら、日本のことを考えて奮闘してくれるだろうに。

2011年4月11日 (月)

蛇と芋虫 平井先生の思い出

 中学生の時に面白い話を聞いた。確か平井という名の美術の先生だった。

 蛇が嫌いな人と芋虫が嫌いな人の割合は世界のどの地域においても同じだと言うのである。そのことが本当かどうかは分からないが、平井先生が言いたかったことは、こういうことだろう。
 「人類とは言っても、体型の違い、眼の色の違い、皮膚の色の違い、話す言語の違いなどさまざまな種差が存在している。そんななかでも、原始的な感覚において共通性を持っていることは、進化のもとを辿れば共通の祖先をもっていることを示唆している。」

 このように一般化すると、正しいと思ってしまうのだが、蛇と芋虫になると本当かなと疑いたくなる。私はどちらも嫌いだ。どこに蛇や芋虫が好きな人がいるか。特別な爬虫類マニアか昆虫マニアだけであろう。
 どちらが怖いかと聞かれたら蛇と答えるが、それも大半の人がそうなのに違いない。

 これ以外にも興味深い話があった。人間は歳をとるにつれ常識にとらわれて自然で自由な感性を失くしていく。あるとき、うちの子は太陽を黄色で描くのだがおかしくありませんかという母親からの相談を受けたらしい。太陽は赤色で描くものだと思い込んでいるのである。しかし、実際は黄色に近い。赤色で描かなかった子供のセンスが優れているのである。

 絵はできるだけ下手に描けと教わった。この絵は本当に下手に描けていると称賛していた。常識の破壊こそ先生のテーマだった。

2011年4月10日 (日)

桜咲く 花見は近所で済ます

 二年に一度は万博公園に足を運んで本格的な花見にしているが、今年は散歩がてら近所で済ませることにした。

 まず地方選の投票を済ませて、その足で東淀川駅沿いの桜並木へ向かう。ここはシートを敷くスペースもないから歩きながらの観賞である。数枚写真を撮って、柴島の浄水場方面に向かう。今度はJR沿線ではなく、阪急電車の沿線だ。満開の時期を少し通り過ぎ、散り始めている。崇禅寺駅の近くでは、例年どおりに出店もたくさん出て、シートを敷いて大勢の人が集まっている。例年と比べて人の数が多いのか少ないのか分からないが、ここには自粛ムードはない。大阪の人にはもともと遠慮深さがない。それが大阪庶民のたくましさでもあるのだ。

 焼き鳥を一本買って(大ぶりの肉、300円)歩きながら食べた。結構おいしかった。屋台のおにいさんは貧相ではいけない。ロレックスの時計でもはめてたこ焼きを売っていたら、凄味があるけどね。

Sakura201103

坂口安吾 堕落論

 15年戦争は敗戦で幕を閉じた。制度とか慣習などを一回ご破算にして、生身の人間に戻ってやり直そうじゃないかという論である。人間は自然状態にとどまっているわけにはいかないから再び制度を作り、それに縛られて生きていくしかないのだが、それにしても本性を理解しておく必要がある。

 なぜ武士道なるものが存在しているかと言えば、それは日本人がそれとは遠く離れた存在だからである。一人の主君に死ぬまで仕えることなどできず、自分の都合次第で簡単に乗り換えてしまう。天皇を担ぐのも自分に権威を付けるためのいわゆる権謀術数でしかないのである。
 戦争で死に対する感覚が麻痺したのであろうか、街に人が倒れていようが無関心であり、空襲で焼けている建物を消防隊が消火しているその脇で、燃える炎で暖をとっている人々がたむろしている。あるいはまた、焼け野原になった街にあっても、若い娘たちはけらけらと笑い声を上げている。これが正味の人間であり、虚飾を捨て、この状態に一度落ちる必要がある。それを堕落とよんでいるのである。

 初めに書いたように、人間は墜ちきれない。「墜ちぬくためには弱すぎる。人間は結局・・・・武士道をあみださずにはいられず、天皇を担ぎ出さずにはいられなくなるだろう。」と安吾は言う。しかし、新しい制度や規範は、どこかで作られた出来合いのものに置き換えるのではなく、裸になった自分自身の手で築き上げたものでなくてはならないと言うのである。

 人間の見方において私とは違うところが多いが、敗戦後の社会の再興にあたって、一人ひとりにそのあり方を問うているところに真摯な態度が見られ、また読む者に迫りくる力強さがある。それは、空襲が頻繁にある首都から逃げ出さず、現実を見続けたことから生まれる説得力ではないだろうか。

 戦後日本人は民主主義の制度と一定の自由を手に入れた。それをアメリカから授けられたものとして揶揄する向きもあるが、その解釈は当たらないだろう。戦争中に国民が失ったものは計り知れない。その代償としての解放であり、解放から自立へと向かうための手段として制度はあったのだ。しかしながら、制度としての民主主義はあり、安保闘争や労働運動などを通じて鍛えられたものの、それは文化として、すなわち意識や行動として十分に定着しなかったのではないかと考えられる。もちろん、それが不都合である勢力がそれを阻止しようとしたには違いないが、それを撥ね返せなかったところに民主的勢力の課題が残ってしまったと考えてよいのではないだろうか。

2011年4月 9日 (土)

被災者の心的ストレスから考える人間の問題

 被災された方々の多くは何らかの形で健康を害されていることだろう。まず、食料の不足によって必要な栄養素が摂取できないことによる体力の低下があるだろう。避難所生活における運動不足も体力低下につながっている。衛生状態の悪化によって感染症が発生すれば一気に流行する条件がそこにある。

 一方で、心の健康の問題がある。被災した時の恐怖が心(脳)に深い傷を刻み込んだ。引き続く余震は、心の傷に塩を塗るようなものだ。また、避難所というプライバシーが守れない環境での生活は常にストレスをかけ続けている。

 こういう状態が継続すれば正常でいることが難しい。当然手をこまぬいているわけではなく、食料品の補給をおこない、マスクや消毒液の配給、体操の実施などで病気を防ごうとしているし、できるだけ顔を見知った同士が近くに位置どるようにしたりとか、ボランティアの協力で音楽を聞いたり歌を歌ったりなどしてストレスの緩和に努めている。

 ストレスは避難している人々だけの問題ではない。幸いにして自宅が無事だった場合でも地震への恐怖はいまだ消えない。またテレビなどで地震や津波の映像を繰り返し見ているだけでもストレスがかかっている。特に子供の場合は影響が大きく、ケアが必要な場合もあると聞く。直接の被害はなくても、侮れない問題があるのである。

 ところで、巨大地震のもたらした災厄はいたるところに見られるのだが、考えてみれば人間が被っている災難は地震に限った事ではない。たとえば、戦争というものの一般人への影響はどうだろうか。
 戦争は天災ではなく、人災である。人間によって意図的に攻撃されるものである。場合によっては軍事基地や施設、交通網、生産拠点など「物」の破壊が目的とされるが、「人」の殺戮も戦闘の主要な目的の一つである。また標的が「物」だったとしても、物には人が付いてくるわけだから人に災厄をもたらさない戦闘などありえないのである。

 人に狙われている、しかも恒常的に狙われている人間のストレスはいかほどのものであろうか。地震によるストレスがあのように厳しいものであるとすれば、戦争のストレスは想像を絶せるものである。そしてそれは、アフガンであり、パレスチナであり、リビアでもって今なお現実としてあるのだ。そう考えると、人間とは何という「受苦的」存在であるか、苦難を背負って生きなければならない存在であるのかと、絶望的気分に陥ってしまう。

 しかし、そんな気分に長く浸っている場合ではない。自分の生きている空間は被災の現場、戦闘の現場とつながっている。われわれの生活は、被災地の生活と、戦地の生活とつながっている。すべての現象には必ず原因がある。遠くで戦われている戦争の原因の一部は自分が所属する国家にあるのかもしれない。あるいは、自分の生活の仕方に関わっているかもしれない。

 難しい問題ではあるが、無関心ではいられない。

2011年4月 7日 (木)

運転手さんは女性でした(京都の市バス)

 日曜日に京都へ観光目的で行き、京都駅から目的地まで市バスを使った。その時の市バスの運転手は女性であった。大型車の運転は女性では珍しい。過去にトラックの運転を女性がしているのを見たことがあるが、そうたびたび目にできるものではない。

 京都ではタクシーを女性が運転する光景をよく見かける。これは京都の風土の表われなのであろう。女性の自立心が強く、男性あるいは企業にもそれを受け入れる素地があるのだろう。それは非常によいことである。
 日米戦争の分析の中で、アメリカは軍事的な面でも女性の力を活用したが、日本はもっぱら軍需工場で働かせているだけで、特に知的分野での活用がなかったとされている。もともとベースとして女性の高等教育が進んでいなかったという背景の問題もあるが、文化的な特徴を表している。それでも少しずつ女性の活躍する場が増えてきている。少子化で労働人口が増えない中で、女性の労働力は貴重である。

 話は変わるが、車窓から街並みを眺めていると、古びた個人商店が目立った。洋品店や靴屋さんなどだが、どこの町にも共通した現象かもしれないが、流行っている風でもなく、ひっそりとしている。こういう店の店主は概ね高齢で、いまさら商売替えをする資力も気力もないし、ましてや企業に雇用される可能性も低い。厳しい現実である。

 もとに戻り、女性の運転手さんは降りる乗客に、「気を付けて行ってらっしゃい。」と声をかけていた。女性らしくもあり、観光地ならではのサービスでもある。

2011年4月 5日 (火)

屋上庭園から春の香り

 私が勤務する会社の社屋は、中心部分が吹き抜けになっていて、屋上から採光できるようになっている。屋上には庭園があって、各階の窓を開けると風が草木のにおいを含んだ空気を運んでくる。

 先週から日中の気温が上昇し、春らしい空気になってきた。町中にあって屋上の庭園は野鳥の休息の場になる。もっとも、一番見かける鳥はカラスだが。
 バードウォッチングしているわけではないので数多くは知らないが、めじろやセキレイを見かけたことがある。小鳥を眼にするとなぜかホッとした気分になる。仕事の場にそういうものが入り込むことが想定外だからだろう。

 たまには仕事の先を急がず、庭園のベンチに腰掛けて春の香りを胸いっぱい吸い込んで英気を養いたい。

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2011年4月 4日 (月)

法然院 春の特別展

 京都に行ってきた。久しぶりに家内と出かけた。二男が大学のサークル活動で法然院のガイドをしていることがきっかけとなった。

 まずJR京都駅まで行き、駅ビルで昼食をとる。拉麺小路にある「すみれ」で味噌ラーメンを食べる。すみれは札幌のお店だが、京都にも出店している。味は札幌で食べたものと同じで、ホッとした。
 それから伊勢丹の地下で差し入れのプチケーキを買い、駅前から市バスに乗車。銀閣寺前で下車して法然院に向かった。哲学の道を歩くと桜の花が開き始めている。その中で一本だけ開ききっており、そこは一時的にカメラの撮影スポットになっている。私も最近買ったデジカメで2枚撮った。しばらく歩いて橋を渡って山側に歩くと法然院の山門に行くつく。そして少しばかり進んで狭い入り口前で靴を脱ぎ、拝観料の500円を払った。受付は学生らしき女性である。二男のサークルの女子部員であろう。
 右に折れて数メートル先を歩いていると二男が現れた。隣にいる男子からサークルの部長だと自己紹介を受けた。差し入れのケーキを出すと、これ俺が買ってきたものといっしょやと言う。そして、部長からは、「親子ですね。」と、喜んでいいのか悲しんでいいのか分からないコメントをもらう。

 本堂には本尊である阿弥陀如来座像がある。ここでも、次の順路でも学生のガイドが入る。あまり上手とは言えないが、説明があるのはサービスとしてよい。一番見応えのあるのは椿の花だ。咲いているのもよし、庭に散っているのは風情があってなおよい。これらをカメラに収めて帰る。
 銀閣寺に比べればうんと人は少ない。お寺としては小さく、見るものも多くはないのでちょうどよい人数が来て、帳尻があっている。一度に大勢の人が押しかけたら靴の脱ぎ場もなくなって混乱するだろう。帰る時も、少しずつではあるが切れ目なく人が流れてきていた。

 帰りにきんつばを買って歩きながら食べる。甘すぎず、おいしい。市バスで河原町まで出て、阪急電車で梅田まで帰ってきた。始発に座れたので、夫婦ともどもこっくり居眠りをしながらの帰りであった。久々の外出で少々疲れたが、あの居眠りはたまらなく気持ちよかった。

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2011年4月 3日 (日)

自然と人間 無力であっても立ち止るな

 マグニチュード9という数字で表わされる巨大なエネルギーをもった地殻の変動が起こり、日本の国土を激しく揺さぶり、同時に強大な海水の塊が動くことにより沿海部の町が破壊された。これは想定外であろうがなかろうが、地球という天体の変化のなかの一現象であり、複雑ではあるが物質の運動の結果生まれた現象だと言うこともできる。

 この運動に対して人間は何らの影響力も持つことができない。確かに、人間の営みによって大気中の二酸化炭素濃度が高まり、それが原因で大気温が上昇し、氷河や氷山が溶け出して海水面を上昇させるなどの環境変化を招いていることも事実ではある。産業革命以降人間の行為がかなりの範囲で影響を与え始めたことも無視できない。とはいえ、温暖化現象を取り上げても、二酸化炭素が原因であるという説は80%正しいというのが学界の評価らしいのだが、それとは別に人間の行為とは無関係に進む自然の変化の中にも温暖化につながる要因が含まれていることも否定できないのである。したがって、自然を中心に歴史を見た場合には、人間の力などは全くと言ってよいほど無力であるという事実を認めざるを得ない。

 地震の圧倒的な威力の前にわれわれはなすすべなく、腰を抜かして佇んでいた。そして3週間あまり経過して、受け入れがたい現実を受け入れ、崩れた石を積みなおそうとしている。

 しかしだ。ここからが大事なことである。自然に対する無力を思い知ったとはいえ、自然に対して無作為無防備であってよいということにはならない。そもそも人類の出発は自然に対する作為にあった。あえて「本質」という言葉を使うならば、その自然に対する作為こそ人間の本質である。繰り返し自然によって破壊された作為であるが、それに懲りることなく新たな作為を始めるしかない。もちろん、生きていくための環境を維持するために、「自然との共生」という考えを組み入れてインプルーブした合理的な精神が不可欠である。

 繰り返すが、自然に対して無作為無防備であってはならない。こういう事態に乗じて、非合理な精神が闊歩することを恐れる。

行為(発言)の客観的な意味 知識人の責任について

 当り前のことだが、人間の行為における主体の側の意図と、その行為が持つ客観的な意味とは別ものである。

 世論に対して影響力を持つ人間の発言はできれば注意深くありたい。意図が純粋であっても、それがあらぬ方向に流れて想定しない世論を引き起こしたりする。世論はこう着した現実を動かす力を持っている。
 あとのことまで考えて発言などできない。結局は信ずるところを語るしかないではないか。もっともである。あらゆる人間が戦略家であることはできないし、その必要もないだろう。要するに自己規定の問題である。

 一般論として、少なくとも政治家は戦略家である必要がある。失言を繰り返して失脚する政治家は思慮が足りない。もっとも、よくよく考えてみると、失言とは言い間違えではなく、迂闊にも本音を口にしてしまうことなので、そういう政治家は早く姿を消してしまう方が世のためになるのかもしれないし、そういう人の心配まで私がしてやることはない。

 評論家という立場はどうだろうか。自分のことを評論家だと思っている人もいるし、職業は別にあるのだがコメンテイターとしてテレビに出ているからそう周りから呼ばれているだけの人もいる。あまりにたくさんの評論家がいるので、またあまりに質の悪い評論家が多いので、受け取る側も大概いい加減に聞いていることが多いかもしれない。それならば、大した影響力はないと思ってもよさそうだが、一般大衆がインタビューをされて発言する中身はどこかで聞いたような内容が多いので、知らぬ間に誰かの発言がインプットされているのかもしれない。もしくは逆に、大衆が考えるようなことしか評論家が発言できていないという捉え方もできる。

 評論家のなかにはきらっと光るコメントが言える人もいる。そういう人は、たまたまそういう発言ができたのではなくて、安定していい発言ができている。それは自分の拠って立つ立場が自覚できているからだろう。誰しも特定の価値観を持っていて、それを基準にして発言しているのであるが、そのことがよく理解されず情動的に語っている人がいる。
 自分の立場を理解している人は、自分の発言の客観的な意味もまたよく考えているに違いない。その場の議論が視聴者には分かりにくかったり、誤解を生むようだったら、方向を修正するために論旨の明瞭な主張を発することもできる。これはかなり高等な行為ではあるが。

 自由に発言できることは、民主主義の基本である。思ったことが口にできないでは、窮屈で発展性に乏しく相互不信の社会になってしまう。言いたいことは言うべきなのである。
 そのことと今まで言ってきたことは別の問題である。「自己規定」の問題だと言ったのはそのことである。自分と大衆との距離を自覚し、大衆とは別者としての自己を規定する。そしてその立場における責任とは何かを考える。言いたいことをいうレベルから、言わなければならないことを言うレベルへ。そして結果にも責任を持つ態度へ。これが、「知識人」として自己を自立させる道である。

  知識人という職業はない。どんな職業に就いて生活の糧を稼いでいても、同時に知識人であることができる。工場に労働者として勤務していても、一般の労働者が読まない本を読み、一般の労働者が持たない概念で社会を把握し、一般の労働者が使わない言葉で彼らに語りかけたならば彼はすでに知識人である。
 芸術家も知識人でありうる。画家ならば、絵を描くという行為とは別に、知識人としての行為が考えられる。文学者の場合は分かり辛いが、文学作品を書くという行為と肉声で社会に対して発言する行為とは別物である。

 ただし、一番厄介なのは、自他ともに評論家と認める人間である。彼らは社会に向けて発言することがそもそもの仕事である。だから仕事そのものが知識人としての行為となりうるのだ。しかし、当然ながら無条件ではない。自覚と発言の質において、基準をクリアしていなければならない。もっとも、その基準はどこかで明確に決まっているようなものではない。敢えて言えば、それは現日本の知識人層全体の水準であり、それを背後で支える世論の水準である。つまらない評論家がおのずと淘汰されるような質があるのならば、今の日本にも光明はあるのだが・・・・・。

 話がまとまらないので、メモ的に要約しておくと

1 知識人という職業はない。
2 知識人論において一番大事な観点は、自己規定の問題である。自分を特に大衆との関係においてどういう立場に置くかということ。またその覚悟を持つということ。
3 Aさんは知識人であり、Bさんは知識人ではないという評価は可能であるが、何か定まった基準があるわけではない。敢えて言えば、2で規定したような洗礼を受けているかどうかである。本人に聞いてみなければはっきりしないが。しかし、それにしても主張に質が伴っていなければ話にならない。
4 評論家の自身の発言に対する責任は重い。彼らこそ、2で規定した自覚を持ってほしい。

 以上だが、昔と違って大衆と知識人の区別などなくなっているという意見もあるだろう。高学歴化や社会全体の保守化などを背景としてその指摘は一定の説得力を持っている。しかし、世論をリードする役割の必要性まで消滅するほど大衆は塊として自立しているのではない。国家のとる政策に翻弄され、マスコミの報道に惑わされながら生きているのであるから、それに対抗してまともな道を示すオピニオンリーダーは不可欠である。
 その場合に、より自覚的な層が、自らの態度を律するために、この知識人としての自己認識の枠組みが必要だと言いたいのである。

 

Canon PowerShot SX210

 昨年末に液晶テレビを買ったときもらったエコポイントで商品券を入手し、それを利用してデジカメを購入した。

 梅田の大型電気店で探し回り、CanonかNikonのいずれかの機種にしようというところまで絞った。Canonの方がいいかなと思いつつ、メーカーから応援に来ている販売員さんに声をかけた。この機種はどうでしょう?すると、これは2番目にお勧めですという。自分が買うなら、隣に置いてある上位機種が一番だが、その次はこれがいいらしい。性能としては、1400万画素で14倍ズーム。ズーム重視ならこれが一番でしょうと言う。
 私はスポーツ観戦するのでズームの能力は高い方がよい。お値段は昨年春発売の機種なので随分落ちていて2万円ちょっとである。けっきょく、この機種に決めた。

 Nikonと比べてどうですかと聞いたのだが、NikonさんのデジカメはOEM生産で、自社では作っていないんですとのこと。Canonはすべて自社生産で、レンズの性能がよく、画面が明るいのだという。こういう情報は電気店の店員さんからは聞けない。

 人によって好みが違うので、軽い方がよい、小さい方がよいというなら別の選択肢があるし、デザイン重視の場合は文字通り好みの問題になる。どれがいいとは一概には言えないので、結局は自分の基準で買ったものが一番と考えればいいのである。

 帰ってきて、さっそく室内を写したが、これまでの古いカメラと違ってすこぶる明るく写っていたのだった。

Power_shot

どう生きるべきか問うているか

 自分が歳をとってしまったせいだろうか。若い人たちは悩むこともなく、眼先の小さな喜びを得ることに上手になってしまい、生き方を深く追いかけることをしないように見えてしまう。実際はそうではないのかもしれないが。

 若い時は確かに誰しも個人主義的であり、興味はあくまで自分自身であり、自分がどういう人間であるべきかを専ら問うていた。それがしばらくして、周囲の人々にどうやって影響力を行使し、どう変えていくかという関心が生まれる。幾ばくかの社会性を得ることになるのだった。そして次には、社会をどう変えるか、変えるために自分はどう生きるかという設問を持たされるのである。

 しかし、さらに歳を重ねると、ふたたび若い時の個人主義に逆戻りである。会社をほどほどに勤めあげ、残りの人生をいかにゆったりと過ごすかが最大の関心事になるのである。大半の人はこのようにして余生のために生きる。しかし、老年の目的は死を待つことだけか。死んでも世の中は残る。死んでも残る世の中のためにできることはないのだろうか。

 もう一度原点に戻って、今のような生き方でよいのだろうかと問うてみよう。それなしには、ただただ老けていくばかりだ。若い世代に渡すべきバトンを持たない、生気のない中高年では情けない。われわれは、まだ、若者にも負けないみずみずしい感性を持っていられるのである。

2011年4月 2日 (土)

生き方を規定する要素とは?(囚われる人々)

  人間は何に従って生きているのだろうか。ただただ欲望に突き動かされて生きている人もいるだろう。自分と家族の生活を至上の価値として生きている人もいるだろう。生活の糧を確保しながらも思想や信条にために生きている人もいるだろう。人生いろいろである。

 いろいろな人生があり、他人の人生の妨げにならない範囲でどんな生き方をしようと勝手ではあるが、はたで見ていてこの人を動かしているものは何なのだろうかと不思議に思ってしまう時がある。普通はいい生活がしたいとか、自分を成長させたいとか、他人のためになる仕事がしたいとかいう目的があって、それを満たすために努力したり、苦しみに耐えたりしながら生きるのだが、どうもそういう要素が見えないのである。

 「仕事はたくさん引き受けたくない。責任はとりたくない。他人より苦労はしたくない。自分だけ損をするのはいやだ。」そういうネガティブな思いに囚われ、ただひたすら邪念に追われるようにして生きている人がいる。一方で、「自分は努力しているのだ。自分は正しいのだ。それに比べて他人は怠け者で、無責任である。それなのに自分は評価されない。」とも思っている。この上ない自己愛、そして自己防衛本能と他者への猜疑心。

 何が面白くて生きているのだろうか。自分への誇りは失ってはならないが、自己を客観的に見る意思と意欲もまた失くしてはならない。同時に周囲をも客観的に眺め、寛容な態度で接する大らかさも持ちたい。なかなか難しことではあるが、少しでもそこに向かう態度が見られたならば、いくらかでもその人を認めようとする気持ちが芽生えよう。しかし、否、否である。

 繰り返そう。何が面白くて生きているのだと。

定例の地震対策会議を終結

 昨日を以って定例化していた地震対策会議を終結し、今後は必要に応じ不定期で開催することになった。

 お得意先の安否確認が終了した。気仙沼のお客さんで津波の被害を受けたところが一軒。3階部分が生き残って、そこで寝泊まりしているらしい。福島のお客さんで、原発の近くにあるため営業が不能になっているところが一軒ある。この二軒が大きな被害を受けた先であった。他では、ある販売店の従業員で亡くなった方が一人いた。謹んでご冥福をお祈りしたい。
 これ以外のお客さんでも社屋が傷み、その修復や片づけに追われていたが、やっとそれも落ち着き、来週から仕事ができるようになる先が多いようである。注文を取り、配達が始まる。燃料も中旬になれば不足が回収するとの情報があり、流通が活発になっていくだろう。

 仙台市と石巻市には救援物資を送った。これは市の要請に基づいて進められた。こちらから勝手に持っていくわけにはいかないのだ。不要なものがたくさん集積すると収拾がつかなくなるからに違いないが、もっと早くニーズをくみ上げられたら速やかに届けることができたのにと悔やまれる。

 工場の方は、設備の補修と細部の点検がほぼ完了した。原料の調達にも目処が立ってきたし、物流も回復してきている。注文が順調に入りさえすれば、フルに稼働できる。問題は停電である。電力不足による操業時間の短縮分は時間外に補てんせざるをえないし、それでも無理のある部分は西の工場で補う必要がある。それでも他の企業よりは随分ましであろう。

 復興に向けて、生産と流通の活性化を期待したい。復興需要を盛り上げて、個人消費にまでつながってくれたらありがたい。

花見ぐらいいいじゃないか

 自粛ムードが広がっている。イベントが中止されたり、宴会が取りやめになったりしている。そのことによって企業や一般消費者の支出が減り、さまざまな企業の業績に影響を与えている。ある証券会社のレポートによれば、このような心理的要因によるGDPの落ち込みはコンマ数ポイント予想できるという。実際にどれほどの金額になるのかは今後の動きを見ないと分からないが、しばらくは続くものの生産拠点の復旧や発電量の回復に比べれば、早い時期に元に戻るのではないかと期待している。

 さて、東京都のいくつかの公園に花見は遠慮せよという看板が立ったらしい。こうなると「自粛」ではなくなる。これは上記の内容とは別の問題である。一般市民の年中行事にまで制限を加えるのはやめるべきである。どう行動するかは個々の市民の判断に任せる。こんな時に人の眼に触れる場所で飲んで騒ぐべきでないという意見を言うのはいいだろう。しかし、それに対して権力を発動すのは行政の範囲を超えている。

 「自粛」もほどほどにすべきだ。直接被災にあっていない人々も、いろいろな影響を受けて精神的に疲れている。癒しが必要だ。花見をする人が被災者のことを考えていないなどとは言えない。古来続いている伝統であり、全く普通の行動である。羽目をはずして騒ぎすぎるのはよくないが、ここらで一服して復興に向けての元気を取り戻したいものだ。

 

言いたくはないが・・・

 ご多分にもれず、私の勤務先でも東日本大震災への義捐金を社員から募った。一番大事なのは、困っている人を助けたいという気持ちだが、できる限り多くの金額を集めて寄付することもまた重要である。

 職位が上の者からスタートしたのだが、役員や部長クラスはその役にふさわしい額というものがあり、あまり少ない金額では恥ずかしいからほぼ統一されている。しかし課長以下となると人によってかなりばらつきが出てくる。

 一人ひとりいくら出したかは定かではないが、部署別の金額は分かるのでおおよその想像はつく。そうすると、その中には管理職も入っているはずなのに著しく少ない部署がある。独断と偏見でものを言えば、その金額とお客様目線で仕事ができている度合いとの間には強い相関があるようだ。自分よりも人の立場でものを考えられる人は小遣いが残り少なくても思い切って出すだろう。あるいは奥さんに相談して追加をもらってでも出すだろう。街頭募金に毛の生えたような金額を出している人に器の小ささを感じてしまうのは失礼なことだろうか。

 一事が万事という言葉がある。ひとつの振る舞いを見れば、その人が他の場所、他のことでどう振舞っているかはおおよそ見当がつく。あまり金額の多寡に拘泥すると了見が狭いと言われるだろうが、人のために動ける人を社会は欲しているのであり、そういう人が増えてほしいし、せめて自分が勤めている会社の社員はそうあってほしいと願うのである。

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