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2011年3月12日 (土)

東日本巨大地震を体感し、茨城から帰る 

 午後3時半に新大阪駅に到着した。それからいったん会社に立ち寄って自宅に帰りついた。

 昨晩は常磐線佐貫駅近くのビジネスホテルに宿泊した。金曜日に龍ヶ崎市にある工場で会議を行い、その日のうちに大阪に帰る予定であったが、地震の影響で足を失ったために二泊目を余儀なくされた。大きな揺れから1時間足らずで帰宅を諦めホテルの予約を行ったのだが、判断が遅くなれば空室はなかった。

 工場の社員にホテルまで送ってもらったが、先発隊から食べるものがないと電話が入ったので途中でコンビニを探す。しかし、停電しているエリアでは店を閉めており、開いていても調理済みの食品は売り切れていた。また、持ち帰り弁当の店は列を作って待っているし、ファミレスも順番待ちの客であふれている。停電しているエリアでは信号もつかないので警官が出て主導で交通整理を行っていた。

 そのうちに先発隊から電話が入った。一人がホテル近くの焼肉屋で順番を待ってくれているらしい。ホテルにチェックインした直後に電話が入り、今から食事ができるという。
 生ビールを飲みながら焼肉を食う。締めはビビンバである。腹いっぱい食べられた。

 帰って風呂に入るのも面倒になり、そのまま眠ろうとしたが、かなりきつい余震が続くためすぐに目覚めてしまう。なぜかテレビが映らないので、携帯電話で情報を得ると、福島沖や茨城沖、あるい新潟や長野を震源とする地震まで起こっていた。これだけ連鎖的に地震が発生するのも元の地震が巨大であったからだろう。それでも午前4時を過ぎると余震の頻度と規模が小さくなっていった。

 朝、宿泊した社員が集まって朝食をとる。買い出しに行った社員がコンビニであるだけ買ってきた、カップラーメン、アンマン、ケーキ、ヨーグルトなどである。私はラーメンをいただいた。それなりにおいしい。

 テレビで取手駅から電車が出るとの情報があり、タクシーで行くことになった。駅まで行ってタクシーをつかまえ、ホテルで他の社員を拾う。さほど渋滞せずに到着する。しかしそこからが大変だった。ホームに入ると大勢の人が列を作って並んでいる。手前ほど混んでいそうなので先の方へ行く。人間は近い方から並ぶ習性があるのだろうか。それは楽をしたいからなのか、リスクをとりたくないからなのか。

 十数分待ってやっと発車。アナウンスでは次の列車が出る時刻は未定だという。ホームの人々は皆乗ることができた。そこから先は超満員の状態で、窮屈極まりない。途中ではもう乗車できなくなる。とはいえ、都内が近づいてくると降りる乗客が増え始め、車内に余裕が生まれてきた。私鉄がほぼ復旧しているからである。そして大手町駅で下車する。ここまで1時間40~50分かかっている。大手町から東京駅までは遠い。

 東京駅で昨日使えなかった指定券を切り換えようとすると、1時間以上空席がないという。それではと、自由席に並んで乗ることにする。しかし、それも結局1時間並んでやっと座れる列車にありつけることになった。昨日私と同じように乗れなかった人が集中したからだろう。12時50分ののぞみで大阪に帰ってきたのだった。

 地震発生からほぼ1日で帰ってきたことになる。今回の出来事も忘れられない経験となろう。それにしても、余震を感じながら工場の食堂で観た津波による惨劇には驚愕した。生放送であれだけの災害を目の当たりにすることはたびたびあるものではない。

 会社では、仙台に住む社員のために食料や日用品を乗せたトラックを仕立てることにした。あす早朝に大阪を発ち、東京によって東北道を北上する。

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