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2011年3月 5日 (土)

ネットカンニング考

 インターネットを使ったカンニング行為で仙台市の予備校生が逮捕された。この事件はマスコミの格好の報道材料にされて、世間を騒がせている。もちろん、やったことは不正であり弁護することはできないが、罪の程度そのものは、これだけの騒動になり、そのために生じた社会的制裁の大きさに比べれば小さいし、そのやり口も単純稚拙なものだけに大きな憤りを誘わない。

 この事件がこれだけ話題にされるのはネット社会の広さと深みを象徴しているからである。予備校生が行った行為は、入試を課している大学側から見れば、その被害の大きさはカンニングペーパーを使ったカンニングと同じである。不正を行って合格した受験生がいたのか、いなかったのかという問題である。実損はそれだけである。逆に、これだけの騒ぎになると大学側の監督体制を問われることになり、マイナスが大きい。関係する大学が続けて被害届を出したのは、被害者としての立場を世間にアピールしたいからだろう。

 投稿型のネットカンニング(検索型のカンニングもありうる。ひょっとしたら、見つかっていないだけで、これはすでにやられている可能性がある。)の特徴は、不特定多数の協力を得ようとするところにある。不特定多数との接続がネットの魅力である。私が問題だと思うのは、そこから得られる情報をあまりに信用しすぎることである。この情報への過度の信頼性をこの事件から感じた人は多いだろうと思う。藁にもすがる思いだったに違いないが、回答が正しいという保証は誰も与えてはくれない。そういったリスクをネット利用者、特に若者は知るべきだろう。

 いろりろな対策が考えられている。なかには携帯電話の持ち込みを禁止するという案もあるらしい。すでに携帯電話は生活の必需品である。特に入試のような大事な日には家族や友人との連絡、交通情報の検索などに大きなメリットがある。一件の事件をもって全体に縛りをかけるのはいかがなものか。パンツのなかにカンペを隠し持っていたからといって、全員にパンツを履いてくるなとは言わないだろう。
 受験生には不正の愚を説こう。教育のよい機会ではないか。そして監督者には役目に応じた適正な監視を求めよう。これが普通の対応ではないか。

 老人から大金を騙し取ったり、ひったくったりする若者に比べたら、この予備校生の罪は小さい。前者には大きな怒りを覚えるが、後者に対してはそれほどでもない。しかし、報道は圧倒的に後者が大きい。いや、前者はあまりに頻繁に発生するのでニュースにもならない。予備校生は不起訴になるとの見方もあるが、今後世間を騒がせた悪い意味での有名人として生きていかねばならない。制裁は大きい。

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