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2011年3月27日 (日)

見えないところ

 家事などほとんどやらない私だが、バスやトイレなど自分が使う部分で汚れが眼についた時には、少しばかり掃除することがある。

 今朝トイレを済ませた後で少し低い姿勢から便器を見ると、裏側と言えばよいのだろうか、いつもは視界に入らない部分がたいそう汚れていた。上からの視線では捉えられない部分である。掃除は眼に留まる範囲でやっているわけだ。 

 人間には、見えていない範囲の方が大きい。身近な生活においてさえ、物理的に見えない部分もあるし、家族という濃密な人間関係においてさえ行動のみならず感情においても見えぬ、あるいは感じぬ範囲が大きい。ましてや、その外の世界においてはほんのごく一部しか見えていないのである。

 いや、自分自身でさえ見えていない部分が大きい。人間には無意識の領域が広範に存在していて、そこに動かされているのだという。その闇の領域に眼を凝らして、自分とは何かを問い詰めることが人間の知的活動の大きなテーマであろう。また、人間が社会的動物である以上、それは同時に社会というものの探究でもあるのだ。

 情報が様々なメディアを通じて大量に流れている。見えない部分を見るための手段として有用ではあるが、いずれにしても事実を断片でしか伝えられない。映像の脇にあるもの、あるいは奥にあるものを知るためには、「想像力」を持たねばならない。

 日頃から、ちょっとした情報に対しても、その周辺に眼を凝らす訓練が必要だ。

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