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2011年2月 6日 (日)

団結ほど怖いものはない

 エジプトが大変な事態になっている。ムバラク追放という一点で意志を共にする諸集団、諸勢力が集合して政権に圧力をかけている。一枚岩ではないにしてもこれだけの人数が集まると相当な政治的力を持つので、むやみに砲撃を加えるわけにはいかない。そうするには大義名分が必要だが、丸腰の相手をむこうにして掲げる大義はない。こうなると政権側としては反政府勢力の疲れを待つ持久戦しかないように思うのだが、勢いが増せば陥落は時間の問題だろう。それぐらいベクトルをもった集団の力は巨大である。

 一般的に経営にとって団結した労働者ほど怖いものはない。気に入らないからと言っても、労働者を一気に総入れ替えすることはできない。相応の理由がなければ解雇はできないし、一部であっても入れ替えることは機能低下を招く。人間は機械ではなく、経験やノウハウや独特の感性を保持した高度な資本である。そのかけがえのない人達が固まって要求を突き付ければ受けざるをえない。だから、そこに対しては様々な事前の工作が施されるのである。御用組合を結成して団結を緩める、労働者のなかにいくつかの階層を作って分断する、家族を招いての催しを企画して家族的雰囲気を醸成するなどなど。

 一方で、企業にとって競合する他社に団結してぶつかってこられると脅威である。サラリーマン的な感覚で、適当に仕事をしておけばよいという社員がそろっている企業は怖くない。飲みに行って経営者や上司の悪愚痴ばかりを酒の肴のしているような会社は怖くない。戦略を共有して、力を集中して攻め込んで来る競合は怖い。同時多発的にそういう動きをされたら実際防ぎようがないだろう。気が着いた時には一定の陣地を奪われていたという結果になる。逆に言えば、自分たちがそうなれば勝てるのである。

 私は民主的な経営の可能性を信じている。上場会社であれば利益の一定の割合を配当として株主に差しださなければならないが、残りの分配の仕方についてはより公平感を持たせる策があってもよいだろう。成果をストレートに社員で分かち合いたいのなら上場廃止という道もある。もっとも昨今の上場廃止は、株主に気を使わず好きなように経営したいという欲求に出発している。
 民主的という意味は社員に甘い経営をするという意味ではない。方針を理解し、方針に向かって力を発揮してもらうことがその中心にある。「参加」という言葉の方が分かりやすいかもしれない。そして成果はより公平に分かち合うのである。民主的な力を引き出すこと、社員を経営に参加させることは非常に時間とエネルギーを使うプロセスである。しかし、これこそが企業経営の神髄ではなかろうか。それがあってこそ企業は公器となりうるし、そのことでどんな時代、そんな社会にも通用する普遍性を獲得することができると信じている。

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