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2011年2月 7日 (月)

話すことの難しさ(いとしこいしの話芸に学ぶ)

 書くことにも話すことにも難しさはある。一般的に言うと、話すことは誰にでもできるが、書くことは一部の人にはとても難しい芸当である。

 自分自身について考えてみると、文章を書くことよりも人前で話すこと、しゃべることに難しさを感じる。書くことを生業にしている人と同じく、しゃべることで飯を食っている人達がいる。そのしゃべりが一定の水準を超えるようになると「話芸」と呼ばれるようになる。この「話芸」には奥深さがあって、極めれば名人の域に達し、多くの人を魅了する。

 落語があるし、漫才があるし、司会の仕事があるし、他にもいろいろなしゃべる仕事がある。落語は主に東京の芸人のものを好んで聴く。落語は小屋、あるいはホールで聴くものである。テレビでは時間の制約があって、長い話は流すことができない。
 少し前は円生をよく聴いたが、最近は小三冶を聴く。円生の話は名人芸だが、小三冶も名人の域に入ってきたのではないかと思う。もちろん円生には及ばないが。東京の落語は噺家によって違うが、ゆったりした間がある。溜めと言ったらよいのだろうか。何秒か沈黙があっても違和感を感じさせない。そういえば、徳川夢声の宮本武蔵なども独特の間があって魅力的だった。(生では聴いていない。CDである。)しゃべり急がないところに味が生まれるのであるが、ただゆっくりしゃべるだけでは何の面白味もないのであって、そこが「間」というものの説明の難しい魅力なのである。早い遅い、強い弱い、高い低い、そういう変化とメリハリがある型になって出来上がってくるとそれが芸になるのだろう。司会を仕事にしている人でも自分の話口調を持っている。

 漫才になると、一人ひとりの話しっぷりを材料にしながらも、芸の形はふたりの話と話の関係の問題になる。ひとつの模範的な例として、いとしこいしの漫才を上げたい。以前は、やすしきよしや巨人阪神などの刺激の強い漫才が好きだったが、10年ぐらい前からはいとしこいしがよいと思うようになった。晩年も味があってよかったが、昭和50年代のビデオをみるとテンポといい、間といい、最高の水準にある。ネタは生活に密着した、ある意味平凡な中身だが、この域に達すると何度聴いても面白い。話芸、話術が確立しているから飽きられることがないのだ。対照的にネタ偏重の漫才はマスメディアに露出するとすぐに飽きられる。最近の若手芸人は、利用されてかわいそうな面はあるが、そういう例が非常に多い。以前でも、ツービートはネタ偏重で、たけしの発想力とテンポで持っていたし、三球照代は国鉄や地下鉄のネタが受けることでそれが固定化してしまい、三球がほとんどしゃべるパターンになっていた。テレビが芸をだめにしてしまったと言えるだろう。

 ベテランの芸人には研ぎ澄まされた技があるが、これも何十年という長い間に場数を踏んで試行錯誤してきた結果である。なぜ受けなかったのかを真剣に考えて修正を繰り返してきたからであって、これが俺のしゃべりだと居直っていては進歩がない。なにごとも自己中心では未来は拓けないのである。

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