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2011年2月26日 (土)

戦争と文学 「転向」の問題

  戦争のときに文学者は何を考えたか。あるいは何をしたか。何をしたかといっても、あれやこれやの行為を指しているのではなく、もっぱら何を書いたかに焦点はある。

 戦争に積極的に反対の意を表す者は強権の前に姿を消していったが、ある者は公表を前提にしない形式で自分の見方をしたため、ある者は頑なに沈黙を守った。逆に、ある者は進んで戦争に協力する内容の文章を書いた。後者の中には戦争が始まる前には、反戦の主張を行っていた者もいた。

 大学で、思想や文学に取り組んだ者は「転向」の問題を扱ったことがあるだろう。とはいっても最近では聞き慣れない言葉だから、私より上の世代に限られるかもしれない。「転向」とは、辞書で引くと、「政治的、思想的立場を変えること。特に、共産主義者・社会主義者が、弾圧によってその思想を放棄すること。」とある。「特に」以下の説明がこの言葉の本質的な意味である。そのように限定的な意味を持っているから、特に当事者にとって重たいテーマになることは当然である。もちろん、当事者ではなくても、文化・思想・文学に広く関心を持ち、共産主義・社会主義に歴史的意義を認め、また今日的意義も切り捨てない立場にあっては過去の問題として無視することはできないだろう。もっとも、これは単に知的関心から俎上にのせるというよりも、危機における思想と行動の問題として自身に対して問われるべき問題である。

 文学者が弾圧の前に「転向」していった原因は様々な角度から考えうる。そのなかで一番意味のない追及は、個人の意志の弱さに持っていく見方だ。文学者 → インテリの小市民性 → 弾圧に対する抵抗力不足、動揺性という流れはよいとしても、あくまでインテリという層の問題としての捉えていかないと個人の特殊な資質の問題に狭隘化される恐れがある。転向しなかった人間が転向した人間を非難するのは政治的な追及で、これはこれで当事者同士の問題だから口を挟むことはできないのであるが、ここで必要なのは学問的追求である。
 なぜに志半ばで自分の思想や信念を打ち捨ててしまうのか。その原因について、とりあえず思いついたことを書いてみようと思う。

 文学者はもともと小市民的である。労働者ではないし、「活動家」でもない。これは外国でも同じだろう。欧米との比較でみると、インテリというものが政治的社会的な意味で鍛え上げられ自立する機会に乏しかったという見方ができるかもしれない。期間の長短もあるし、官制のインテリであるという事情もあるし、大逆事件で革新的な運動が一気に潰されたという背景もある。インテリのあるべき姿、すなわち、その世界観および自己認識のあり方。また、行動の仕方。それらが、インテリ層内部で共通理解に至るまで戦わされていなかったのではないだろうか。

 一方で、封建制が根強く生き残っていたという要因もある。「家」の観念が個を押し潰す圧力になる。家の恥、一族の恥という攻撃がなされる。現在の日本ではかなり弱まったように思われるが、つい最近までそのような圧力のかけ方が残っていたように思う。

 戦争が近づいてくると、政府や軍に従わぬ者は与太者扱いされる。この期に及んで、まだそんなことを言っているのか、やっているのか。そろそろ大人になったらどうかという具合だろう。だんだんそういう扱いが大勢となってくる。同時に、インテリというものは立派なことを言うが、責められると信念を投げ捨ててしまう脆弱な人々であるという固定観念も意図して流布されたのではないかと考える。

 他の要因として、インテリ自身の世界観の持ち方も取り上げなければならない。彼らの立場からすると、世界および日本の状況を唯物史観の立場から正しく捉えている必要があった。それは単純な公式的解釈にとどまらず日本の特殊性も視野に取り込んだ理解でなければならない。しかし、実際は単純な図式的な認識にとどまり、家のことや一族のことや故郷のことなどはそれとは関係なく内輪で起こっているような理解になっていたのではないか。全体が有機的に結びついた世界観になっていないから、部分を容易に切り捨てられるのである。自己を含めた社会認識、自己の意識や行動の社会的歴史的な理解が必要だったのである。

 とりとめもなく書いてしまったが、これから日本が向かう将来において政治的な岐路を何度か迎えるに違いなく、その場におけるインテリ、知識人のあるべき姿を明らかにするうえであらかじめ検討すべきテーマの一つであると思う。また機会を見つけて関連する文献などから学んでみたい。

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