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2011年2月19日 (土)

混迷する国会 受け皿としての国民会議?

 国会が混迷を極め、機能不全に陥っている。基本には民主党の揺らぎがある。沖縄問題、小沢問題、法人減税や消費税、子ども手当などに対する態度が分裂し組織の体を失っている。また、そのことが党および党首である菅直人への信頼・支持を失う結果を招いた。

 この揺らぎは、大きく言えば日本が国としての岐路に立たされていることの反映である。ただ単に、政治家の無能だけが原因なのではない。バブル崩壊を機に経済の構造が変化し、国民の階層構造も変わってきた。政治はそれを正確に反映することをしない。確かに数的躍進を遂げた民主党はマニフェストに中間層から下降していく低位層を救う政策を盛り込んでいたが、他勢力との鬩ぎ合い、力関係からそれを実現させるパワーを失った。大企業や富裕層、あるいはアメリカなど外の権力からの介入を防げるほどの力にはなっていないことの表われである。

 この混乱はしばらく続くだろう。歴史は一本調子で進まない。ジグザグを繰り返す。政治の安定への期待は一般論としては理解できるが、民意を反映しない政権と政策の持続は支持できない。民主党の変貌によって一瞬の期待は夢と消え去ったが、今後も生き残りたいのであれば政策での一致点を頑なに守り続けることである。それには確固とした政治理念が必要だが、そんなものがあるのだろうか。政治とは、リアルに見れば反対勢力との闘争である。簡単に崩れ去るような組織では戦えないのである。

 このような混乱を見ていると、現行の議会制民主主義への信頼さえ無くしそうである。形式としては民主主義的な制度を通じて代表が選ばれ国会を形成しているのだから正統性があるのだが、多くの国民が「誰がやっても同じだ」と感じている現状ではその正統性に対してさえ疑問を覚えてしまう。いっそのこと、国会の外に、別個の国民会議を立ち上げ、そこで政策論議を煮詰めたいという欲求に駆られる。そして基本的な政策をいくつかの相対立する草案にまとめ、直接ネット投票で国民に選択させるのだ。多数が参加すれば、決して無視できない世論になるだろう。ここに行政諸機関、警察組織、自衛隊組織などが糾合すれば革命的な状況が生まれるのだが、それはあまりに空想的である。現行の議会制度のなかで進まざるをえないが、そんな空想をしたくなるほど混迷していることは否定できないのである。

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