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2011年2月27日 (日)

私が選ぶボクシング名勝負

 ボクシングの名勝負を私なりに選んでみよう。日本人の絡んだ試合で、かつ日本人が勝利した試合に限る。名勝負というからには、早い回で決着した試合は対象にならない。

 1 沼田義明 対 ラウル・ロハス (1970年9月27日) 5回KO

 私が小学校の6年生の時代の試合であるが、テレビで見ており、はっきりと覚えている。沼田は一方的にロハスに攻められていた。万事休すかと思われたが、ガードを固めてロハスのパンチを防御し窮地をしのいだのだった。そのうちにロハスは打ちつかれたのかパンチが出なくなり、今度は沼田がロハスのパンチの間隙をぬって狙い撃ちに出た。そして起死回生のアッパーカットが見事に決まり、マットに沈めたのだった。たまに逆転劇はあるが、こんな絵にかいたような試合は滅多にないものである。

 2 大場政夫 対 チャチャイ・チオノイ (1973年1月2日) 12回KO

 自動車事故で現役チャンピオンのまま急逝した大場。その最期の試合である。1回にダウンを奪われ足首をねんざ。その逆境をはね返し、KO勝ちした。
 大場の試合はいつもスリリングだった。ストレートを中心にした真っ直ぐなボクシングで、とにかくよく打ち続けた。変則ではないけれども、フライ級としては今はないタイプのように思う。もし生きていたらとボクシングファンなら誰でも残念に思ったことだろう。もうしばらく大場時代が続いたに違いない。

 3 辰吉丈一郎 対 シリモンコン・ナコントンバークビュー (1997年11月22日) 7回TKO

 辰吉が不利と思われた試合に勝利し、三たび王座に返り咲いた。シリモンコンは20歳で無敗のチャンピオン。27歳の辰吉はスピードでは負けていないがスタミナではチャンピオンに歩があり早い回で終わらせたかった。序盤からジャブが決まり、コンビネーションにもかつてないリズムがあった。またボディー攻撃が有効でダウンを奪う。その後不利を自覚したチャンピオンが捨て身の反撃に出て、辰吉も不用意にパンチを食った。しかし、それでも攻め続け、ダメージの大きかったボディーへの攻撃で再度ダウンを奪う。シリモンコンは気力で立ち上がったがとどめのパンチをまとめられてレフェリーがストップした。

 以上がベストスリーだが、次点として具志堅用高対ファン・グスマンもしくはハイメ・リオス戦を上げたい。連続防衛回数13回はこれからも破られない記録だろう。あれほどバランス良く連打が出るボクサーは他にはいない。
 
   

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