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2011年1月10日 (月)

成人の日

 次男が成人式に臨む。大阪市では23100人が対象者になっている。出席率はどのくらいあるのだろうか。ちなみに私は出席していない。当時まだ浪人中の身であり、入試直前の状況では故郷に帰ることなど考えることもしなかった。
 大阪市の成人式の内容は見たことがないので分からないが、式典前後の会場を何度か通ったことがあり、参加者の様子は見たことがある。服装は、男子はスーツ、女子は振袖姿が定番だ。なかには男子で和服スタイルもいる。髪は長く、茶髪も多い。昔も茶髪はなかったが、服装は同じようなものだった。みな大体同じになってしまう。私は出なかったが、出るのならジーパンと革ジャンで行こうと思っていた。会場で騒いだりするのは迷惑だし、みっともないから嫌いだが、そういう自己主張の仕方もあっていいのではないだろうか。そんなことを考える若者自体いなくなってしまったのだろうか。

 成人式にどれほどの意味があるのかと考えてしまうが、なにごとにもけじめは必要であり、式に参加することで大人の自覚が高まってくれたら、それはそれでよいことだ。しかし、大事なのは年齢ではなくて、社会に向きあう自分自身の姿勢である。それはある種の緊張感であると思うが、若くしても可能であるし、年齢を重ねたからといって出来上がるものでもない。

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