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2011年1月22日 (土)

沈黙

 黙っているからといって、何も考えていないわけではない。言いたくないこともあるし、言えないこともある。あまり計算高いのはよくないが、言っても益がないと考えれば意見を差し控えることもある。

 むかし戦争があった時に、言論弾圧に負けて積極的に戦争を推進するサイドに加担していった作家が多くいた。そういう状況で弾圧をはね返して反戦的メッセージを送り続けることは困難であったに違いないが、少なくとも180度旋回して今まで批判していた勢力を後押しすることは避けて、沈黙を守るべきではなかったか。

 沈黙にはいろいろな意味がある。時には何も書かないことが最善の政治的表現でありうるだろう。にもかかわらず、翼賛文学者になり下がったのは、何を書くかは大した問題ではなく、文学者であることが無条件に大事なことであったからだろう。

 そういうことは世間にはよくある。立場あるいは地位を守ることが一番の目的と化している。それを使ってやろうとしたことはどこかに行っている。信念を守ることは、難しいことなのだ。老いればなおさらである。人生やり直しがきかないとなれば、残る人生はできるだけ楽なものでありたいと願う。

 休むことを考えず、ただひたすら自分の使命を果たすべく前に進んでいる人を素直に偉いと思う。

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