« 小吉 おみくじ | トップページ | 成人の日 »

2011年1月 9日 (日)

年賀状について

 今年も例年とほぼ同じ数の年賀状が届いた。出す相手、来る相手はおおよそ決まっていて、そこに新顔が加わり、同じぐらいの人数が脱落するので総数では変わらない。

 学生時代には年賀状を書く習慣がなかったので、社会人になって書き始めた。数が増えたのは結婚してからだ。家内の親族が加わるのだから当然である。それから、主に仕事での人間関係が広がるにつれて少しずつ増え、今日に至る。

 この年になると誰でも同じだろうが、随分長い間会うことも無く賀状だけの交換になっている知人がいる。高校時代の友人H君にはもう三十年会っていない。遅くにいくつか年上の女性と結婚し、ずっと東京で暮らしている。大学のサークルの後輩であるK君とI君にも三十年近く会っていない。K君は若くして重い病気に罹ったが、回復して公務員として堅実に働いている。I君は要領の悪いところがあったが、京都の大手企業に就職し、奥さんと娘さん二人とで暮らしている。近くなので会おうと思えば会えるのだが、きっかけがない。
 若いころ営業をしていた時にお世話になった当時得意先に努めていたMさんとYさんも毎年賀状をいただくが、その後一度も会っていない。Mさんは元ある業界紙の記者で、映画や文学にも詳しかったので話が合った。二人とも地方の得意先の社員だったので、出張したときにはよく飲みにいったものだ。

 花仙のママから今年も賀状が届いた。花仙とは高田の馬場駅近くにあった小さなスナックである。ママさんは八十代半ばまで現役で働いていたが、今は引退して娘さんの家で暮らしている。今は九十歳をいくつか超えているはずだ。金のない学生が、一番安いウイスキーを頼んで夜遅くまで騒いだが、よく追い出さずに辛抱してくれた。出張で東京に行ったときには何度か立ち寄り話ができた。

 高校時代の同級生M君と大学の後輩のN君とはそれぞれ別々の付き合いだが、この二人は偶然松本の同じ町内に住んでいる。N君は信州大学で教鞭をとっており、M君は信州大学の医学部を出て大学病院に長く勤務し一昨年に松本で開業した。だから、大学を通じて近隣の関係が生まれたわけだ。こういうのも面白い。

 それぞれ自分の人生を生きているが、賀状だけでその人の生活は推し量れないものの、皆頑張っている様子で、安心すると同時に励まされる。日本のよい習慣であると思う。

« 小吉 おみくじ | トップページ | 成人の日 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 小吉 おみくじ | トップページ | 成人の日 »