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2010年12月30日 (木)

国益

 政治家ならば、あるいは外交官ならば自国の利益を優先するのが筋である。経済人はまず自分の会社の経営を考えるからスケールが小さくなるが、雇用を守るという社会的責任から考えると自国の労働者を大事にする思想を持ってしかるべきだ。
 ところが、あなたは日本の政治家かと問いたくなる言動を政府のなかに見いだすことがある。どう考えてもアメリカに対する利益供与としか思われない政策を推進使している。理屈が通らないのだが、敢えて言い訳を見つけるなら、戦争に負けちゃったんだからしかたない、アメリカが戦略上離してくれないのだからしかたがないということになろう。
 こうなってしまう構造が明らかにあるのだが、従属することが利益につながる唯一の道だという論理が保守の側にあり、革新的な顔をしていても政権に着くや否やこの論理に絡めとられる政治家が多い。そういう現実をみると、民族的な政治家や政党がほとんど見当たらないことに気づく。愛国を歌う右翼の連中も概してアメリカに甘いから民族主義が中途半端だ。
 わたしは外国と喧嘩しろと言っているのではない。独立した国家として、その政治家として振る舞えと言っているだけである。仮に独立国家でないとすれば、まずその問題を取り上げねばなるまい。
 北方領土の問題で千島がすべて日本のものだと主張できなかったり、沖縄の米軍基地県外移設に弱腰だったり、アメリカの国債をせっせと買い込んで財政を支えていたりすることの根本を目を逸らさず見るべきである。

  戦後の政治家では珍しく田中角栄がわが道を行きかけたが、アメリカの意に添わず、ロッキード事件に引っ掛かり失脚した。小沢一郎は田中的要素を持っているかもしれないが、けっして支持できない。彼のなかにわずかにある民族的な要素をまともな方向に伸ばしてくれる真に愛国的な政治家を期待したいのであるが。

 帰省列車のなかで携帯電話にて投稿す

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