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2010年12月の投稿

2010年12月31日 (金)

2010年を振り返って

 2010年も引き続き経済・社会が大きく変動した一年だった。先進国は、金融商品市場の混乱やバブル経済の崩壊など行き詰まりを象徴する現象に見舞われ、その収拾策に奔走した。方や中国を筆頭に、アジア地域における経済成長はなお力強く進んでいる。先進国の資本は収益の機会を求めてその地域に殺到している。
 このような変動が当該国民の生活に大きな影響を与えていることは言うまでもない。人々の運命は経済の動き、資本の動きに従属しているのだということがますます明確に意識できる現実がある。 

 さて、私自身の生活に目を向けよう。

 仕事で言えば、勤務先の中期経営計画の基礎づくりの年であったが、私自身の仕事の中身は残念ながら褒められたものではなかった。当然、怠けようとしたのではないが、集中しきれなかったというのが分かりやすい表現だ。やるべきことはたくさんあるのだから、それらを整理して一つひとつ計画に入れなければならないが、それが中途半端になったためにとりこぼしがあって周りに迷惑をかけた。基本的なことだが苦手なだけに十分に注意しなければならない。
 体調がよくなかったこともあって、月の立ち上がり、週の立ち上がり、日の立ち上がりに力強いスタートを切れなかった。結局十分に立ちなおせず今日に至り、来年に課題を残した。主に仕事の管理の問題であり、仕事の中身の難度の問題ではなかった。

 プライベートでは、前年に比べて読書量が減少した。これはインターネットで情報検索したり、動画を見たり、音楽を聴いたりすることが増えたからである。そのことで趣味が広がり、知識が増えたことはよかった。特にピアノの演奏に興味を覚え、YouTubeで聴いたり、CDを購入して聴いたりした。
 外出の機会が減った。これもインターネットが影響した。また、家内の体調がよくなかったこともあったし、三男が成長し親と一緒に出かけようとしなくなったことも要因になった。ある人が書いていたように、一人で映画を観に行ったり、展覧会に行ったりする時間の過ごし方を覚えないとリタイアしてからが大変である。ここにもまた課題が一つ見つかった。

 総合すると実りの少ない一年だった。残りの人生も少なくなってきたなかで時間を無駄にすることは惜しい。来年はもっとよい一年にしたい。

2010年12月30日 (木)

国益

 政治家ならば、あるいは外交官ならば自国の利益を優先するのが筋である。経済人はまず自分の会社の経営を考えるからスケールが小さくなるが、雇用を守るという社会的責任から考えると自国の労働者を大事にする思想を持ってしかるべきだ。
 ところが、あなたは日本の政治家かと問いたくなる言動を政府のなかに見いだすことがある。どう考えてもアメリカに対する利益供与としか思われない政策を推進使している。理屈が通らないのだが、敢えて言い訳を見つけるなら、戦争に負けちゃったんだからしかたない、アメリカが戦略上離してくれないのだからしかたがないということになろう。
 こうなってしまう構造が明らかにあるのだが、従属することが利益につながる唯一の道だという論理が保守の側にあり、革新的な顔をしていても政権に着くや否やこの論理に絡めとられる政治家が多い。そういう現実をみると、民族的な政治家や政党がほとんど見当たらないことに気づく。愛国を歌う右翼の連中も概してアメリカに甘いから民族主義が中途半端だ。
 わたしは外国と喧嘩しろと言っているのではない。独立した国家として、その政治家として振る舞えと言っているだけである。仮に独立国家でないとすれば、まずその問題を取り上げねばなるまい。
 北方領土の問題で千島がすべて日本のものだと主張できなかったり、沖縄の米軍基地県外移設に弱腰だったり、アメリカの国債をせっせと買い込んで財政を支えていたりすることの根本を目を逸らさず見るべきである。

  戦後の政治家では珍しく田中角栄がわが道を行きかけたが、アメリカの意に添わず、ロッキード事件に引っ掛かり失脚した。小沢一郎は田中的要素を持っているかもしれないが、けっして支持できない。彼のなかにわずかにある民族的な要素をまともな方向に伸ばしてくれる真に愛国的な政治家を期待したいのであるが。

 帰省列車のなかで携帯電話にて投稿す

ふたたび鹿事故に

 今、」列車が停止したままだ。JR紀勢本線の各駅停車のディーゼル車に乗っているが、対向列車が鹿にぶつかって遅れている。
 以前にも、乗っている列車が鹿に衝突したが、あれからまださほど日はたっていない。こどものころからこの線に乗っているが、むかしは全くなかった事故だ。鹿が増えすぎたとも聞くが、沿線に人気(ひとけ)がなくなったことも影響しているのではないか。
 二十分あまり遅れて出発した。

自分の生き方の意味を求めて

 以前に「オンリーワンを求めること」、「自分探しをすること」における危うさについて書いたことがある。それが自分にとって一番大事なことだと思い込んで、時間的にも空間的にも放浪しているうちに非常に生きづらい社会的ポジションに陥落している。

 漫画家になりたいとかミュージシャンになりたいと言って、普通に就職をせず、フリーターをしながら練習を続け、投稿したりオーディションを受けたりしながらデビューの機会を得ようとする。その結果、うまく認められてなんとか食えるぐらいの仕事にありつける場合もあるが、それは極めて確率が低い。
 私の知人の息子も漫画家志望で、何百万部も発行される歴史のある漫画雑誌に何度か載ったことがあるというから知名度はあるはずだが、原稿料だけではとても生活できず、今は知人の家で仕事をしているそうだ。知人もあと十年も経たないうちに定年退職になるからいつまでも子の面倒を見ている余裕はなくなる。とはいえ、彼の息子の場合はまだましな方で、一向に目が出なければいつまでもフリーターであり、それで生活が苦しくなれば派遣労働に就いたり、いくらか借金もできたりして徐々に追い込まれていく場合が多い。
 伊藤たかみの小説「八月の路上に捨てる」はちょうどそういう青年たちを描いていたように思う。主人公は映画の脚本家を目指している男性だったが、結局夢を追いかけることをやめてしまう。路上に捨てたのは夢だったのだ。

 かれらのように特定の職種を希望して企業などへの就職を拒んだ若者は割合としては少ない。大半は普通に就職したくてできなかった若者だ。彼らの存在を生んでいる条件には、企業の求人数が圧倒的に少ないという現実がある。そこからこぼれ落ちた人数は、のべで言えば数百万人に上るだろう。そして企業から需要の大きかった非正規雇用者へと流れ込んだのである。個々の企業にはそれぞれ事情があったにせよ、全体でとらえれば彼らは作られた存在だと言える。
 とはいえ、当事者に言わせれば、それは仕方なくそうしたのではなく、自分の希望に合わなかったかったから自らそうしたのだというかもしれない。そういう選択が若者らしい生き方なのだと宣伝されたらそれに乗りたくなるのも無理はない。自分の自尊心を何年間かは生き延びさせることもできる。誰かが言っていたが、彼らは自分の境遇を社会のせいにはしようとしないらしい。社会のせいにすると自分が弱者になってしまい、プライドが傷つくからだという。

 人間は、基本的には、自分の生きてきた過程を正当化したいものだ。意地悪く表現すれば、今の自分が説明できるように過去を解釈しなおしているのである。都合の悪い事実は闇に葬る。身に覚えのある話だ。しかし、それでよしとするわけにはいかない。
 今の自分の説明を、単に個人的な生き方の意味付けではなくて、社会的な環境の中での解釈を必要とする。自分が選んだには違いないが、そうせざるを得なかった状況があったのではないか。また、自分だけではなく同類があまたいるならば、そこには社会的な仕掛けがあったろうし、構造的な背景があったに違いないと。
 社会的な視座を獲得し、自分自身を社会の側から捉えかえすことだ。それですぐに今の客観的な状況から抜け出せるわけではないが、受動的な生き方から攻勢的な生き方に変えることができる。パラダイム転換という考え方があるが、生き方のパラダイムを変えなければならない。求めるのは、オンリーワンでもなければ、ナンバーワンでもない。生きるに値する自分である。「ワン」にこだわるのは、人を孤立した個人ととらえるすぎるからだろう。普通の社会人なら、自分の仕事で誰かが満足し、そのことで自分の生活も確保されればよい。同僚や顧客など周囲の人々との関係で人が「活かされる」社会でなければならない。そのことがさせてもらえない社会ならば異議を申し立ててよいのではないか。

 1998年から自殺者は3万人を下回ることがない。病気や人間関係などの原因に加えて経済的な理由によるものが上乗せになって増えたのである。何かの番組で、製造工場が集まる(大企業だけではなく、その傘下に下請けがぶら下がっている)工業団地近辺に自殺者が固まる現象があるそうだ。それ以上のデータは知らないが、そういう場所に、働く者が「活かされる」仕組みのないことが原因になっているのではないか。仕事そのものが辛いからという理由ではなさそうである。

 人間は、前向きに、場合によっては楽しく仕事をすることができる。厳しい仕事に耐えることもできる。ただ、働くことに意味や理由が欲しいのである。空想的でない、現実的な理由が。

2010年12月29日 (水)

哀愁出船 美空ひばり&森昌子

 美空ひばりの持ち歌である「哀愁出船」をひばりと森昌子が一緒に歌っている映像があった。一番を森が、二番をひばりが歌っている。

 森は、いくら可愛がってもらっていたとはいえ女王の前では硬くなるだろうし、ひばりとしても森の上手さが分かっているから気合が入る。そういう関係もあって聞きごたえのある共演になっていた。
 どうしてもどちらが上手いかという視点で見てしまう。当然ひばりに軍配は上がるが、森には森の良さがあって、大差は付かないというのが私の評価だ。演歌というジャンルで類型化された女の心情を素直に歌っているのは森の方だろう。繊細で、可憐な部分は森ならではの世界だ。一方ひばりの歌は、歌という枠には納まりきらないスケールがある。「美空歌」という別のカテゴリーを設けたいほどだ。劇場で聴けば、なお一層聴きごたえがあるだろう。高いお金を払う価値がある。

 中身の濃さにおいてこの二人を上回る組み合わせは他にはないだろう。一人ひとり聴くのもよいが、このような趣向も対照の妙味があって面白い。

2010年12月27日 (月)

お金の使い道

 前に、お金とは何かについて書いたことがある。お金の力は絶大である。世界の「力」の源泉はお金であると言ってもよい。しかし、それは今がそうであるだけであって、永遠にそうであるわけではない。お金とは、非常に不確かなものであることも事実である。

 貯えても目減りする。投資しても損をする。もちろん、その逆もある。われわれ庶民は、貯える余裕もなく、また投資する余分な金もない。入ってきたらすぐに使わざるをえない。右から左というやつだ。ないことは不便で、苦しくもあるが、少なくとも奪われる心配はない。
 株を買ったり、債券を買ったり、もっとリスクの高い金融派生商品と呼ばれる商品に投資したりする人も多いと聞く。小金を持ったやや余裕のある層や資産家が行っているのだろう。あるいは機関投資家というのもある。デリバティブというものは、聞くと、非常に危険なものらしい。数年前にはサブプライムローン問題が世界の市場を揺るがした。それと同類のものが今もあるらしい。数年後にアメリカで、再び危機が発生し、アメリカ政府がデフォールト宣言を出すという予測がある。そうすると、証券の償還ができなくなり、投資家は丸損をする。住宅ローン担保債券というものを証券会社や生保などがしこたま買いこんでいるようだ。
 そういうことは直接庶民には関係ないが、銀行が大損して、そこに公的資金(税金)が投入され、それが国民の負担になれば巡り巡ってわれわれの負債になってしまうのである。

 うまい話にはのらない方がよろしい。また欲を出しすぎるとよろしくない。欲を出すなら別のところに向ける方がよい。お金は生活そのものに使うのがまっとうであるし、人の成長につながってこそ有益な投資となる。

2010年12月26日 (日)

気になる同年(1958年)生まれ 

 同じ年に生まれた人には特別の関心を抱く。直接は関係ない人であっても、生まれた年を共通項にして自分と同類化し、身近に感じたいと願う。

 芸能人やスポーツ選手はマスメディアを通じてよく目に留まるので特に意識することになる。古くから同い年として意識しているのは森昌子であり、桜田淳子であった。俗に言う「中三トリオ」であるが、山口百恵は翌年の1959年生まれであるから同年生まれのカテゴリーには入れていない。ほか、のちにデビューした歌手では岩崎宏美がいるし、玉置浩二や小室哲也がいる。こうしてみると、結構「お騒がせ」芸能人が多いなあと思う。ちなみに海外では、マイケル・ジャクソンとマドンナが同年生まれだ。

 スポーツの世界では原辰徳がいる。高校生の時から騒がれていて、若くして高額の年棒を得ていたので同級生の仲間が集まると話題になっていたのを思い出す。
 アナウンサーの小宮悦子、安藤優子も同年生まれ。イメージ的には安藤さんの方が年上のような気がする。それから評論家の江川紹子と日垣隆。江川さんは同じ大学出身で学部も同じなので親近感がある。オウムの事件で一躍有名人になった。

 主だった人の名前を上げると以上になるが、この人たちが今後も活躍してくれることを期待したい。分野によっては、これから脂がのる時期にさしかかる。政治や経営の分野でも頭角を現す人が出てくるに違いない。そういう人達を見ながら、自分も負けてはいられないと奮起するところに同年代を意識することの効用を見出したい。

2010年12月25日 (土)

某社 風土改革委員長の総括

 私の知っている会社では風土改革を熱心に進めていますが、風土改革委員長が今年一年の活動を総括した文章を入手したのでここに掲載します。

 2010年はあっという間に終ってしまった感があります。世の中の変化が早くなったからなのか、それとも私が年をとったからなのか。おそらく両方の要因が重なっています。早くても中身が濃ければ問題ないのですが、実際どうだったか振り返ってみる必要があります。皆さんも、年の変わり目にはプライベートの時間も含めて一年間を総括していただきたい。そのことで来年の目標が明確になり、前進する力を生み出すと思います。

 今年の初めに社内報のトップメッセージで社長が語られた言葉を覚えているでしょうか。結論部分を取り出すと、「2010年は風土改革を通じ組織の質を高め、全社方針に沿って各自が自主的に判断し行動する強い組織にし、業務の質も向上させよう。」ということでした。この目標に対し、各部門の取組はどうだったのか。成果が残せたのかどうか。公平に見てみると、これまで通り着実に前進している部門、やっと動き出したと周囲から認められる部門、取り組んではいるがほとんど変わったとは言えない部門の三つに分かれます。あなたの所属している部門はどのグループに入りますか。自分で評価をしてみてください。

 進んだ部門を見てみると、コンサルタントの力は加わっているものの、やはり結果に応じた生みの苦しみを当事者は味わっています。「部門長の苦労×風土改革委員の苦労」が成果の決め手になっていると考えてよいのではないでしょうか。さらに加えて言うと、苦労してでも変えたいという思いの強さは、「危機感の深さ×夢の大きさ」で決まるように思います。どちらかが欠けることで、馬力は半減どころではなく大幅に減少します。そこで反省するのは、風土改革委員長である私が夢を語れなかったことです。正直言って、昨年に比べて焦燥感が先にたって足が前に出なかったのはそこに原因があったのでしょう。

 2011年の新春メッセージには「人材の質」が追加されました。これには、結局、業務と組織の質を決めるのは人材の質だという思いが込められていると思います。人材の質というと能力の大小が重要な構成要素となりますが、将来に目を向けると自発的に成長する力が決定的な要素になります。そしてこれもまた「夢の力」に引っ張られます。夢とは成長ホルモンみたいなものですね。家族と共有する夢があることに加えて、職場の仲間とともに共有できる夢のあることが人を変えていきます。

 最後に、今年一年努力し風土改革を進めていただいた方々に敬意を表します。また残念ながら変わらなかった、変えられなかった方々には、奮起を期待してエールを送ります。

2010年12月23日 (木)

akkiさんのコメントへの回答

 akkiさんへのコメントですが、長くなりますので記事として書かせてもらいます。

 高校1年生といえば、もっとも悩みの多い時期ですね。私も1年から2年にかけて悩みました。進路についてもまだ決めかねて迷います。

 最初に結論を言ってしまうと、あまり答えを急がない方がよいでしょう。3年生になってからでも間に合うと思います。今の時期に大切なのは、自分を取り巻いている世界についてたくさん勉強して選択肢を増やすことです。勉強というのは学校の勉強だけではありません。ただし学校の勉強は馬鹿にしちゃいけませんよ。毎日何時間も聴いているのだから、集中しているのといないのとでは結果に大きな差がでます。知識の量よりも聴きながら考える力が付くかつかないかが問題です。

 本を読んだり、テレビでニュースを見たり、外出して町を歩いたりして学ぶ。手っ取り早いのは読書です。その結果、世の中には、いろいろな人がいていろいろなことを考えていること、いろいろな仕事があること、いろいろな対立や争いがあること、美しいことも見にくいこともあることなどが分かってきます。そのうちに、共感や憤りが生まれるでしょう。それと職業とはすぐに結び付かないでしょうが、仕事を選ぶことの基礎は間違いなく築くことができます。

 そこで大事なのは進路を選ぶ時の基準です。いくつかあります。①一番好きなこと(好奇心)②一番得すること(利己心)③一番やらなければならないこと(使命感)④一番人に喜んでもらえること(奉仕と満足)などです。②は好ましくありません。自分本位で考えると、結果は自分のためにならないことが多いです。③は重荷になるから苦しい。それでも信念があるならやったらいいでしょう。理想は①では始まって④になるパターンで、一番幸せな生き方です。たとえば、好きで始めたスポーツでプロの選手になり、それが見る人を勇気づければ最高に幸せなことです。ここまで行かなくても、人の役にたつ仕事を選ぶことは難しいことではありません。逆に、人の役に立たない仕事はほとんどないと言ってよいでしょう。あるとすれば、それは犯罪か犯罪に近い行為です。

 そういうわけで、最終的には自分の納得いくものを選んでほしいです。自分のやりやいことと人の役に立つことが一致する仕事であればベストです。いつも実感できていなくてよいです。たまに役に立っているという感覚を得られたらそれで十分。それが生きていることの証になるのですから。

 話はもどります。本を読んでください。映画も見てください。テレビでニュースを見てください。町で生きている人を見てください。共感してください。憤ってください。やりたいこと、知りたいことがいっぱい出てきます。そこから進路が見えてきます。

 今からだったらなんでもできます。医者になって病気の人を助けることをできます。政治家になって社会の不正をただすこともできます。教師になって人を育てることもできます。実業家になって役に立つ商品を世に送ることができます。頑張ってください。

 最後に、私のブログに「灘高校合格者の半生」という8回シリーズの記事があります。ぜひ読んでください。またほかの記事も読んでください。

 勝手なことを言いましたが、これで終わります。

ちょっと変わった考えかもしれない「遺産相続への意見」

 税制論議で、相続税の扱いは毎回話題になる。そこに私の考えもあるが、少し変わっているかもしれない。が、簡単に書いてみたい。

 遺産相続をなくしたらどうだろうか。すなわち、子に(子がなければ別の人になるが)相続するという制度をやめてしまうのである。相続はできない。親が稼いでためた財産は、本人が死んだら国や自治体やNGO組織などに寄付しなければならない。相手は遺言で指定できる。遺言がなければ国と自治体が一定の割合で受け取る。この考え方の基本は、自分の努力で稼いだものだけが自分の所有に値するというものだ。私はこの考え方を持っている。それ以上の理屈は持たない。

 いろいろ疑問が生じるだろう。

 ①そうなったら、人にとられるのがいやなので、死ぬまでに使おうとするのではないか・・・自分の財産だから好きに使ったらよい。そのことで消費が促進する。いつ死ぬか分からないので最低のものは残すだろうが、余分は使ってしまうだろう。
 ②生前贈与はどう扱うのか・・・不動産の相続は認めない。売却して、現金を贈与することは妨げない。売却時には相当の税を徴収する。これによっても消費は促進するだろう。現金で受け取った子は別に住宅を購入するかもしれない。あるいはリスクをおそれて賃貸に住むかもしれないが。
 ③借金の相続はどうするか・・・これも相続しない。かたっぽだけ対象にするのはおかしい。ややこしい問題はあるが、貸す側も担保をとったり保険をかけたりして防衛している。

 突拍子もない考えかもしれない。寄付された土地やマンションなどは国や自治体が持ち続けるのではなく、再び民間に売却する。だから国有化しようという話ではない。これで流動性が大きく高まるだろう。

 先祖代々伝わる家屋敷や田畑という考えや制度はなくなってしまう。それはそれで構わないと思うが、どうしても継承したいのであれば、親が国に売却して子が買い戻せばいいのである。そうすると結局相続税を払うことと同じになってしまうかもしれない。しかし、選択の一つとして残すのなら構わないと思う。
 

2010年12月21日 (火)

饒舌の勧め

 活力ある社会や組織は対話・会話が活発である。当然、構成する個人は饒舌である。

 私の勤める会社の事務所は、他の企業から転職した社員に言わせると驚くほど静かだという。わいわいがやがやした雰囲気がない。近年パソコンが普及し、メールでのコミュニケーションが増えて各社とも会話が減っているということは聞くが、それを踏まえても会話が少ないらしい。これも一つの風土であろう。幸いにも経営自体は比較的順調だが、今後を考えると改革が必要である。というのも、限られた市場をめぐって競争の激化は必至であり、それを乗り切るのは容易ではなく、課題をスピードを上げて進めることが必要だからである。仕事のスピードアップには意志決定の迅速化が不可欠で、そのためには情報交換と意見交換が速やかに行われなければならない。時と場合を選んでいては今までのテンポを変えることができない。

 お役所的と言えばよいのか。縦割りの組織は静かである。役所へ行って、やかましかったことは一回もない。決められた仕事の領域をかたくなに守り、そこから出ない、あるいは入れさせないというのが保守的な組織の特徴だが、それが破られれば自ずとわいがやが始まり、活性化する。

2010年12月19日 (日)

視野狭窄・・・老化する社会 

 学生の学力低下は下げ止まったとの見方もあるが、教育関係者からの情報ではかつてと比べると難しい問題には全く歯が立たなくなっているという。若者の数が減れば、それだけ傑出した学生の出現数も低下して当然だが、率においても低下しているのならそれは明らかに質の低下を意味する。

 思うに、昔は若くして科学の分野でも文学や思想の分野でも大人顔負けの才覚を発揮する者が現れた。たしかに、背伸びをして見せる傾向はあったのだろうが、それでも一定の評価を得ていたのだから嘘っぱちではなかった。ところが現在はほとんど聞かない。文学で十代の女性が賞をとったりするが、それはそれで結構なことだと思う反面、その水準は決して高くないと思われる。

 しかし、若者だけの問題ではなさそうだ。おとなの場合は学力とは言わないが、考えることの量も質も低下しているのではないか。まるで情報の量に反比例しているようだ。様々な情報を見聞きするが、情報の数は多くても、一つひとつは極めて断片的なものであって、ある程度の数を集めて分析しなければ一定の知見にはならない。自分から広く見ようとする意志と意欲があってこそ認識は深まるのであるし、考える力も強固になるのである。けっきょく、それが足りないのだ。

 日本の社会も経済的には発展したし、分野による違いはあるものの科学技術も進歩した。通信やIT、医療分野などは顕著な発展を示している。考えてみれば、良くできる学生はこぞって医学部に進むから医学が進むのは当然かもしれない。かといって先端医療が進んだからといって医療に対する需要が満たされるわけではないのだが。
 むかしは、頭が良くて成績が優秀な学生であっても、哲学や文学や政治に「走る」ことがままあった。それは知的青年のスタイルであったかもしれないし、流行りであったのかもしれない。しかし、それだけではなく、「志」とか「情熱」とかいう言葉で表される推進力があったのである。それが今はあまりにも少ないように見える。若者を動機づけるものは、偏差値だけになってしまったかのような様相である。もちろん、そこから自由な青年など一人もいないだろう。しかし、囚われつつも、そこから抜け出してやろうとする意欲、あるいは社会を敵に回して物事を考えてみよう(破壊するという意味ではない)とする大胆さがあってもいいのではないか。そういう若者がでないということであれば、いったい、今の社会に「自由」なるものがあるのかはなはだ疑わしくなるのである。

 若者を責めることで問題は解決しない。広くとらえれば、教育問題ではなく、社会問題である。学力が上がらない、優秀な人材が出ないことの客観的条件はなにか。以前とどこが変わっているのかを検討する必要がある。
 思い起こすと、むかしは学生の前で政治や文学を語る教師がいた。私もその類の先生に感化された記憶がある。それを許す学校の雰囲気もあっただろうし、教師にも言うからにはそこに信念があったのだろう。教育現場のことは詳しく分からないが、今はあまりないのではなかろうか。

 老化する社会。そんな言葉が頭に浮かんだ。

2010年12月18日 (土)

引き受ける

 これは一つの美徳としてとらえればよいのだろうか。「この仕事は自分がやり遂げなければならない」と覚悟して、執念深く取り組む。
 企業では、組織に対応して分掌が決まっており、その範囲で役割があって、責任・権限が付与されている。しかし実際の仕事には、はっきり線引きできないものがある。細かく定義できないものがあるし、従来のカテゴリーには納まらない新しい仕事も発生している。そんな状況でも、やるべき仕事は進めなければならないので、誰かが引き受けることになる。
 おそらく、欧米などでは新たな任務が加わればそれに見合う報酬を要求するのだろう。日本では最初からそんな要求は出さない。(もっとも、期待通りの成果を出せば、まともな評価制度をもっている企業であれば報酬に結び付くはずである。)任せる方は、彼(彼女)だったらやれるだろうと信頼し、あるいはやってほしいと期待している。受ける方はそれに応える。積極的に私が引き受けましょうと受け止めればモチベーションが上がることになる。ところが、消極的に受け止めると「なぜ私がやらなければならないのか」という不満が発生してしまう。「引き受ける」ではなく、「背負い込む」になるのである。

 これは私の勝手な思い込みかもしれないが、成長期には社員にこの「引き受ける」態度が多く見られた。安易に考えれば、それは日本人の勤勉さによるのだという説明が成り立つ。しかし、勤勉さなるものの実体は何か、はたまたそれはどこから来たのかを考えたり、昨今勤勉という言葉を耳にすることが皆無になったことも考えると、確かなものではなさそうだ。
 とはいえ、説明の可否にかかわらず、この「引き受ける態度」は今後も大事にしなければならない。消極的に「背負い込む」のでは成果を生まないばかりでなく、重圧から精神の劣化を生むことになるだろう。そういえば、日本には「意気に感じる」という言葉があった。「よっしゃ、わしがやったる。」の精神だ。逆に、最近ではできるだけ楽をしようと仕事を値切る傾向が見られる。「えーっ。私がやるんですか。もういっぱいいっぱいですよ。」そんなことを言っていると、君の能力と士気はその程度のものかと思われるだけである。また、私は仕事をしたくありません、と言っているようなものだ。

 いつの間にか自分もそうなっていないだろうか・・・。心したい。

2010年12月13日 (月)

夢追い酒 渥美二郎

 演歌のなかに好きな曲はたくさんあるが、そのなかのひとつがこの曲である。渥美二郎は、他の演歌歌手もそうだったように苦労してレコードデビューし、ヒット曲を出すまでに随分時間を要した。彼の場合はのちに癌を患い、闘病生活を経て再びステージに立つという試練も経験した。

 演歌には「酒」がタイトルにつく曲が数多くある。今思いつくものだけ上げても、「酒は涙か溜息か」「おもいで酒」「ふたり酒」「酒よ」などがある。またタイトルにはなくても酒や酒場を題材にした曲は五万とある。
 なぜ酒や酒場が好まれたのか。日常から距離を置いた世界を演出してくれるからであり、その場所であるからだ。現実には、生活の愚痴を言い合うというような生活に密着した場なのだが、それを直接歌にすることは少なく、やや特殊な男女関係、恋愛関係を歌ったものが多いように思う。捨てられた女があり、捨てた男に対する恨み節もあれば、きれいに別れようとする歌もある。いずれにしても、それを聴く者も歌う者も、日常的に起こる心の疲労や損傷を、演歌というフィクションを通じて癒していたのであろう。

 「夢追い酒」にも恨みはあるが、夢と表現することで過去を美化し、悲壮感を抑えている。遠藤実の曲も明るい旋律を持っている。そこが、この歌のいいところである。また「指をからめて眠った幸せ」というフレーズなどにはぐっと来るものがある。売れる曲には、耳に残る旋律があり、その旋律にのった詞がある。

 ところで、ある時期から夫婦演歌と呼べる歌が多くなったように思う。これは、高齢化社会になり、惚れたはれたの時期に相当する若い世代が減ってしまったからだろう。苦労をかけたね、感謝している、これからも仲良くやっていこうというような歌が多い。それはそれで悪くはないし、私もそう思うし、いいのだが、歌にはならないように思う。そういうことは、人前で言うことではないだろう。

2010年12月12日 (日)

携帯電話から記事を書く

 携帯電話から投稿できるサービスがあるが、これまで利用しなかった。年末が近づき帰省など遠出の機会が増えるので覚えることにした。文章を打つのに時間がかかり効率が悪いが、急ぎ伝えたいことがあればよい手段になる。まあ、そんなことはめったにないのだが。電車に乗っていた時に鹿に衝突したことがあったし、上海では例の大火事があった。後者の場合は現場に駆けつけて画像も添付すれば貴重な記事になったに違いない。

 これは、ひとまずテスト的に打った記事である。

人材の質  

 企業を成長させるには人材が必要だ。もちろんトップの力量とリーダーシップが一番大事であるが、社員の能力とモチベーションの高さが業務と組織のレベルを決定する。

 環境が大きく変わり、組織も大きく変革しなければ生き残れない場面がやってくる。できることならこれまでの戦力をレベルアップすることで変化に対応したいが、それでは追いつかない状況もありうる。真面目にコツコツ働く社風があるとすれば、それはこれまで美風であったろう。しかし、それは今の状況に適合しない。大胆な発想で仕事のやり方を変えたり、新しい分野にチャレンジする行動が求められる。

 急に変われない人が多い。それは職位が高い幹部や管理職層も例外ではない。これまでもベテランの社員が辞めていった事例はあるが、振り返ってみると、企業が成長するにつれその段階に応じた思考力やパソコンリテラシーを身につけることができずに置いてきぼりにされた人たちだった。要は居づらくなって去っていったのである。それと同じように、今の変化に付いていけない人達は先頭に立つことはできなくなるし、またそうであってはいけないのだ。それでは会社が潰れるだろう。

 変われなければ外から連れてくるしかない。私の勤め先でもここ数年幹部の人材補強をしているが、百パーセントではないが、期待に応える実績を残してる。生え抜きの社員との協調性も悪くない。力のある人はそういう部分でも抜け目がないのである。
 そうすると職位の喪失、降格が発生する。辞めなくてもよいが、そのことには辛抱してもらわなければならない。かといってそれで終わりではない。もともと、力はあるのにあまりにゆったり仕事をしているから成果の小さかった人もいるだろう。心機一転努力すれば活躍の場は生まれる。組織に成長力があれば、ポジションも増えるに違いない。

 社会が変化すれば自ずと世界観や人生観にも変化が生まれる。ただし、地域や組織や個人によりズレが生じる。先どりした者はより適応するし、遅れた者は取り残される。厳しい現実だが、否応なしに進んでいくことが多い。いつも言っているように、過度の競争は社会にも人間(精神)にも歪みをもたらすのであり、総論としては全くもって正しい指摘と思っているが、各論となるとまずは生き残ることが先決になってくる。歪む前に破滅したのでは、再生は不可能になる。

 まったく厳しい話だが、目前にある現実なのである。

2010年12月11日 (土)

就職困難社会に思う

 就職できない若者がますます増えている。就職とは、一般的には正社員として就労することを言う。正規に企業に入りこめなかった者はアルバイトで細々と生活していかなければならない。アルバイトの職種は飲食店であったり、小売業であったり、製造業の一部であったりするがいずれにしても所得は少ない。

 新聞などでは最近、雇用の「ミスマッチ」という言葉が多用されている。採用する側と応募する側との意志がすれ違って両者が満足する契約が成立しないというのである。産業の構造が変化しているので、新規採用の人数も業界別にみると以前と比べて大きく変化している。応募する側の志向が変わらないと新興の産業に人が集まりにくい現象が起こるのは無理からぬことだ。

 ミスマッチは確かに就職難の要因の一部ではあるだろう。しかし、あくまで根本は採用の総量が大きく落ち込んでいることにある。ここにはメスを入れられないのでミスマッチ、ミスマッチと声高に叫ぶのだろう。国内需要は縮小し、輸出も厳しい。企業そのものは元気でも生産拠点を海外に移すと雇用は生まれない。生産拡大には躊躇せざるをえない状況なので、団塊の世代の大量リタイアがあっても補充には慎重になる。
 とはいえ、国の単位でみると若者が仕事からあぶれ労働力として活かされず、また経験も蓄積されないとなると将来に向けて大きな損失である。ここで必要なのは、企業の経営努力もさることながら行政の力である。何らかの強制力が働くか、さもなくばインセンティブが与えられれば雇用を増やすことになろう。法人税の引き下げには疑問はあるが、雇用の上積みに税制上の特典を付与すれば誘因材料になる。

 何かにつけ思うことだが、企業の論理と国の論理とは違う。私も企業に勤めている人間だがら経営に自由度は欲しいが、政府が企業の要望ばかり聞いていたら国の舵を切る政策は打てないだろう。企業も大変なのは事実だが、雇用を守ることを社会的責任と考え、それを痛みなどとは捉えないようにしよう。

2010年12月 6日 (月)

歳末の一光景 賑わう手帳売り場

 一昨日、ロフトに文房具を買いに行った。ロフトは私にとったら息抜きの場所でもある。若い層でどのような商品が売れ筋になっているかを知ると同時に、買う側として新しい趣向や機能を手に取って見ることが楽しい。私が足を運ぶ店で言うと、文房具とカバンの品ぞろえが豊富である。その他、旅行用品や単身者が必要とする生活用品も多い。

 ところで、年末になると商品のレイアウトが変わる。よく行く文房具のフロアでは、手帳やカレンダーのスペースがうんと広げられる。システム手帳と単年度用のビジネス手帳がわんさと並ぶ。ここの特徴はシステム手帳の種類が豊富なことだ。海外のメーカーのものもある。私も一時システム手帳に凝って大小3種類も買った。そしてなんとか使いこなそうとしたが挫折。私の行動の仕方がシステム的ではないから、結局必要にならなかったのだ。今はA5サイズの薄手のバインダーをカレンダー兼メモ帳として使っている。システム手帳のように重たくないし、かさばらないうえに、安くつく。スケジュール表として機能しなくても、少なくともノートとしての役目は果たすのである。

 ある人が書いていたが、年間に手帳と言われるものが1千万冊ぐらい売れるそうだ。そのうち何割が実際に活用されているか。おそらくは、買って何週間かは使おうとするのだろう。そのうち書き込む回数が減りだし、机の引き出しやカバンのなかに放置される。そして、恐るべきことに次の年もまた同じことを繰り返す。
 実際、手帳は必要な人には必需品なのであるが、使い方のうまくない人、使えない人にとってはこんな無駄なものはない。手帳の活用術について本もたくさん出版されているが、悪意にとれば手帳屋を儲けさせるためのものかも知れない。なかには本の著者の企画した手帳まで売られているのだから。

 私もどれだけ手帳屋さんを儲けさせたことだろう。とはいえ、手帳屋さんを責めるより、スケジュール管理ができない自分を改める方が先決のようである。

2010年12月 5日 (日)

石川遼 日本人好みの天才ゴルファー

 ゴルフはやらないし、テレビ中継を観るのも年に数えるほどだ。今日はラグビーの早明戦に続いて日本シリーズを観た。注目点はもちろん賞金王争いで、上位三人、なかでも石川遼が想像を超えたプレーでどこまで追い上げるか興味があった。

 結果的には藤田寛之が、今日だけで9ストローク伸ばした谷口徹を一打差でかわして勝利した。これで金庚泰の賞金王が確定し、藤田が2位、石川が3位、池田が4位と決まった。

 いい試合を観れてよかった。何点か感動したことがあったので簡単にまとめておこう。

1 藤田と谷口の優勝争い。谷口の9アンダーは圧巻だった。ベテランでこれだけの爆発力を出すのは難しいと思う。藤田はプレーの姿勢が素晴らしい。しびれる場面でもしっかり打てるのは日ごろから一つひとつのプレーを大事にしているからだろう。また、インタビューでは、自分のプレーを見て明日から頑張ろうと思ってくれる人がいれば自分がゴルフをやっている意味があると語っていた。

2 金庚泰への賞賛。ゴルフを見ていて気持ちがいいのは、国の壁を越えての選手同士の付き合い方である。ギャラリーにはたまに外国人選手に失礼な言動があるが、選手にはない。フェアーであることはスポーツの基本原則である。

3 石川遼のプレーと発言に感心。最終ホールのバーディーは圧巻である。インタビューでは、今年課題としてきたロングアイアンでいいショットが出ていい締めくくりとなったと語った。さらにインタビューでは、今年お世話になった皆さんのことを考えながら後半プレーをしたと話した。こんなことが素直に言える人がどれだけいるだろうか。しかもこれだけの若さで。若い才能が少し背伸びをして見せるのも悪くはないが、天才的なプレーヤーにこういう謙虚な姿を見せられると、齢を重ねてもなかなか大人になりきれない中年男には堪らないのだ。遼君よ、私にそのエネルギーと感性の一部を分けてくれないか。

能面化する顔

 最近気がついた。顔が知らぬ間に平板化している。日本人で、かつ関西人だから元々顔の彫りは深くないが、ますます平たくなり、おまけに無表情で能面のようだ。

 この変化はいかにして生じたか。加齢もひとつの要因には違いなかろうが、主たる要因は感情の露出の忌避にある。私とて一般社会に暮らしており、一定の人間関係のもとにあるわけで、感情があり起伏するのであるが、それを表に出すことを抑え込んで生きている。これは今に始まったことではない。子供のころからそうだった。
 しかし、そうではあったが、それにしても子供には子供の無防備さがあって、表情にこぼれ出る部分があった。時を経て青年期に入ると人の視線が内側に入りこむことを拒むようになった。爾来私は無意識に無表情を通してきた。その結果がこの能面化現象である。生乾きのセメントが水分を失い、がっちりと顔面を固めてしまったのである。

 鏡を見ながら、自分でありながら自分ではないような疎遠な感じを受けた。これは何を意味するか。精神の退化か荒廃か。それとも崩壊の危機か。
 私の問題に違いないが、私だけの問題か。世界が能面化しているのではないか。世界の様相が私の顔に映っているのかもしれない。無表情な世界・・・か。としても、世界を変えることはできない。とすれば、自ら動くしかない。顔面のセメントを内から掘り崩すことができるだろうか。

 蟄居した日々を改め、私は街に出なければならない。

2010年12月 4日 (土)

政治家のものまね

 若いころから政治家のものまねが好きだった。聴くのも好きだったし、高校から大学にかけては自分でもやった。

 ものまねの入り口は幼いころから聴いていた桜井長一郎さんの芸である。桜井さんは戦後の政治家のレパートリーを数多く持っていた。記憶違いがあるかもしれないが、吉田茂、池田勇人、佐々木更三、春日一幸、田中角栄、福田赳夫、三木武夫、中曽根康弘などを演じていた。その後も同じ政治家を真似る人は数多く出たが、それも桜井さんの芸が基本形になっていたと思う。昔は今よりも政治への関心が高かったし、真似のしやすい個性的な政治家が多かった。過去の国会の質疑を動画で見ると、質問する議員にも独特の言い回しや調子があって面白い。今の政治家の話し方は平板である。これは地方選出の議員でも方言が薄れているからだろう。そういう意味での面白味はなくなり、物まねも難しくなっているようだ。

 私が真似ていた政治家は、春日一幸、田中角栄、三木武夫、正森正二、大出俊ぐらいだったろうか。もっとも似ていなかったと思うが。それでも同年輩には受けなくても、年配の人には少しは受けたような気がする。

 最近では政治家で物まねされる人は少ない。数少ない例は、小泉純一郎と麻生太郎。しゃべり方に特徴があるからだ。松村邦洋の小泉、NewsPaperの小泉、麻生は非常によく似せている。しかし、政治家が旬を過ぎると物まねもその値打ちを下げてしまう。

 政治家は真似されるぐらいに目立たなければならない。

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