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2010年11月 8日 (月)

駅伝競走の魅力

 駅伝やマラソンの大会が開催され、テレビ中継も頻繁に行われるシーズンになった。こういう光景が見られるのは日本に特殊なことであろう。だから、そこには特別な事情があるに違いない。

 昔なかった言葉に“三大駅伝”というのがある。「出雲全日本大学選抜駅伝競走」「全日本大学対校駅伝大会」「東京箱根間往復大学駅伝競走」を総称してそう呼ぶことになったらしい。歴史から見れば、出雲、全日本、箱根の順で古くなり、古いほど世間の注目度も高くなる。特に箱根駅伝は、戦前からの歴史の重みと正月に開催されるということで年中行事化したおかげで抜群の人気を誇っている。かくいう私も、往路はほぼ全コースをテレビ観戦するし、復路も一部は見ている。
 関東の大学しか出場機会がないのにこれまで人気があるのはどうしてだろうか。地方から首都圏の大学に進む学生は多く、卒業生は全国に散らばっている。また学校の知名度は他の地域に比べはるかに高いだろうから卒業生でなくてもよく知っている。こういう背景に加え、競技そのものの魅力がある。一人20kmあまりという距離の苛酷さに耐えて走る姿と炬燵に入って酒でも飲みながら見ている視聴者とのギャップが感動を生みやすいのかもしれない。

 駅伝という競技は難しい競技である。大会によってコースが違い、総距離も違う。また距離の刻みがばらばらである。これは中継地点の確保から来ている事情もあるし、距離を一定にしないことで選手起用の妙を出そうという趣旨もあるのだと思う。スピードのある選手を擁するチームは短い刻みの方が勝機があるし、箱根のように長ければスタミナが要求される。また、長いコースではいわゆるブレーキが発生しやすい。様々なリスクを含んだ競技が駅伝だと言うことができよう。
 これだけ長い時間放映されても飽きが来ないのは、そのようなリスクが意外性を生むことがしばしばあり、それが自然とドラマチックな演出になっているからだろう。

 ちなみにこれだけ長時間参加選手の映像が映し出される競技はない。中継には、順位の遅れたチームの選手も映すという配慮がある。マラソンは後続の選手を映さない。このことによって自分も走りたいと思う動機づけが行われる。箱根で走りたいと、有力選手が関東の大学に集中するのも無理からぬことだ。しかし、その影響で他の地域の長距離競走のクラブ活動はお寒い状況にある。

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