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2010年11月の投稿

2010年11月29日 (月)

管内閣の判断 朝鮮学校無償化打ち切りを考える

 北朝鮮による韓国領土への武力挑発をきっかけに、管内閣は高校の学費無料化の流れで一旦決定していた朝鮮学校への学費補助を取りやめる判断を下した。報道を漠然と受け止めると仕方ないのかと思いがちだが、本当に適切な判断だろうか。即断せず、一度問題の構造をじっくり考えてみてはいかがだろうか。

 11月25日の午後にタクシーに乗り、流れているラジオで国会中継を耳にしたが、そこでは社民党の福島党首が管首相に質問していた。北朝鮮による武力挑発への対応と朝鮮学校への学費補助とは分けて考えるよう要請する内容だった。実は、私もこの問題の取り扱いについては、それぞれの判断がどうなるかは別にしても、分けて考えるべきではないかと思っていた。管内閣が直ちに冒頭で示した判断を下したことはあまりに性急であり、国際的にみればほとんど影響力を持たない決定であるにも拘わらず急いだことの意味が分からなかった。推測だが、内閣が弱腰との批判をかわすために敢えて強硬姿勢を見せるためのパフォーマンスではなかったのか。

 分けて冷静に考えることが大事だ。北による武力挑発は、休戦協定違反であり、結果的に民間人の死者を出したことも含めて厳しく糾弾すべきである。この点で意見の異なる人は皆無であろう。また対応としては、安易に挑発に乗らず、当事者の韓国を主体にした関係各国の連携を促し、外交の力で包囲していくことが肝要である。日本は当事国ではないから、その域を出た行動は避けるべきである。
 朝鮮学校の方は、様々論点があろう。国の近代国家としての人権や教育に対する義務・責任の観点から考えるべきことがある。それと裏腹に、日本という国に住む住民としての権利義務の関係、なかでも教育を受ける権利の観点から考えることがある。(国籍を持たない児童・生徒にも同様に教育を受ける権利があるという考え方がある)また、同等の案件に対して国際社会はどのような方向に動いているのかを知る必要がある。さらには、実態として朝鮮学校における教育の内容は文部科学省が認める学校とどれだけ違うのかという検証も必要になる。
 他にも論点はあるだろう。結果はどうであれ、それらを考えることで今まで考慮しなかった要素を判断の尺度に加えることができる。そうすれば、子どもの喧嘩のレベルから大人の判断へと階段を上がることができるだろう。少なくとも先入観に基づいた感情的な反応はなくなるに違いない。

 私自身の見解は書かなかったが、急いで結論を出さなくてもよいという主張だけは言っておきたい。武力挑発には毅然とした態度をとればそれでよいのであって、勢いあまって教育の問題にあわてて言及する必要はないのである。

2010年11月28日 (日)

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)

 政府がTPPへの参加を検討していることに対して、農業団体を中心にして各種団体が断固反対の動きを見せている。新聞にはデモ行進する彼らの姿が掲載されていた。同様のニュースを見られた方も多いと思うが、どう感じられただろうか。

 日本の農業の実態については意外に知られていないように思う。農業人口は年々減少し、従事する者は高齢化している。食糧自給率は約40%と先進国のなかでもきわめて低いが、米だけはほぼ自給できている。これぐらいが標準的な知識だろうか。この状況のなかでTPPに入ることの目的はなんだろうか。またその影響はどれほどのものか。

 TPPの解説をジェトロのホームページから拾うと、「2010年10月現在、TPPにはシンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリ、米国、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアの9カ国が交渉に参加している。TPPは2010年3月から、政府間交渉が開始され、物品貿易に加え、投資、サービス、政府調達など幅広い分野を対象としている。」とある。
 TPPに加盟すると、お互いの輸出入において関税が原則ゼロになる。このことで海外の農産物がさらに安く入り、日本の農産物が売れなくなる事態が予想される。主な輸入先が米国とオーストラリアになるだろうことは詳しくない人にもわかるだろう。「さらに」と書いたのは、すでに日本が農産物にかけている関税は低いからだ。平均で11%程度で、交渉に参加している国ではアメリカだけがこれより低い。日本は高い関税をかけて農業を保護しているように思いがちだが、それは誤解であって、すでに解放はされているのである。日本の食料自給率が低いことの原因はそこにある。関税がゼロになれば、これまで自給していた米が米豪から入ってくる。約400万トンとの試算もあり、これも含めて自給率は大幅に低下し、17%になるとも言われている。

 日本の農業はこれまでも工業生産物の輸出と引き換えに犠牲にされてきた。工業化が進む中で労働者の賃金は上昇して行ったが農民の所得はそれに追いつかず、飯が食えないうえに将来にも期待を持てない若者は農村を捨てて都市に流入したのである。ここで注意しなければならないことは、このような変化は自然に起こるのではなく、一定の政策選択によるものであることだ。政策はある階層や集団に有利に働けば他方で別の階層や集団に不利に働くということも言っておかなければならない。TPPの問題で重要なことは、この選択が大多数の国民にとって中長期的に大きな不利益をもたらすということだ。

 日本の農業が壊滅的な影響を受け、食の安全保障を危うくするだけでも大変な話だが、そのほかにも地方経済や地域社会の衰退をさらに加速させ、また治山治水の水準の低下、景観の劣化などを惹起する。このようなことは絶対に許してはならないことである。一部の輸出で設ける企業の言い分を通すためにこのような事態に目をふさぐことは、日本の政治をあずかる立場の人間がすることではない。

 選択を間違わないでもらいたい。

懐かしいギャグ 空手の通信教育

 先日会社で打ち合わせをしていた時の話である。自己啓発のための通信教育制度に中国語会話を入れたという報告があった。通信教育で会話ができるようになるのかと質問したら、空手の通信教育よりはましだよという意見が返ってきた。もちろんこれはギャグであるが、反応がなかった。その場はそれで終わったのだが、なぜ受けなかったのか疑問が残った。
 あとで、数名に空手の通信教育のギャグは知っているよねと聞いてみると、知らないという。関東で育った人が知らないのは分かるが、関西の人が知らないはずはない。しかし、本当に知らないらしい。私は、岡八郎のこのギャグはほぼ全員知っているものだと思っていたので全く意外だった。

 私が子供のころは、吉本新喜劇を見て育ったと言っても過言ではない。岡八郎、花紀京、原哲男、桑原和夫、浜裕二、船場太郎などが舞台を湧かせていた。花紀はギャグと言うよりもしゃべりが素晴らしかった。岡との漫才を聞いたことがあるが、二人のしゃべりの間とテンポは、何十年とやっているコンビよりも達者であった。浜裕二は花紀の弟子だが、「ごめんくさい」のギャグは、私のなかではナンバーワンである。
 関西のお笑いが体に染み込んでいる私は、同じように他の人もそうだと思い込んでいたのだが実際はそうではなかった。たまたま知らない人が私の周りにいたのかもしれないが、全員知っていると考えるのは間違いだろう。いろいろな時間の使い方、育ち方があるのである。

 私にとって、広く言えば「お笑い」というもの、狭く言えば「ギャグ」や「ジョーク」は生きていく上でなくてはならないものだ。辛いことや苦しいことを癒してくれるものには、家族との会話やペットとのふれあい、釣りやスポーツなどの趣味があろうが、私のなかでは「お笑い」の比重が大きいと思う。芸人のギャグで笑っているのもよいし、それ以上に自らのジョークで笑いをとって沈んだ空気を吹き飛ばしてしまいたい。

 とはいえ、滑ることもままあるのだが・・・。

2010年11月27日 (土)

実力と結果のバランス

 何ごとにおいても実力通りの結果が出るとは限らない。当人のコンディションと競合する者の出来との関係で結果が動くからだ。

 岩崎恭子がバルセロナ五輪で金メダルを獲得した時のことを思い出す。彼女は無名の選手だった。代表選考会の日本選手権でも一番にはなっていない。それでも、それまでの自己記録を次々と塗り替えており、成長期の絶頂にあった。その勢いはバルセロナに行っても依然として続いていたのだった。
 順調に予選をクリアして決勝へ。本人は決勝に残っただけでも満足だったらしいが、その無欲が奏功して後半の伸びが素晴らしく、ゴール手前で先行者を逆転して一着になってしまった。まさに、「なってしまった」のである。成長期には一気に記録の伸びる瞬間がある。特に女子の場合にこういうことが起こる。身体的な成長が短期間に現れる特徴があるからだろう。

 この結果は彼女のその後の人生を大きく狂わせることになった。帰国後金メダリストの泳ぎを見ようと大勢の観衆が競技会に押し寄せたが、結果を出せなかった。一番にはなれず、記録も更新できなかった。精神的な重圧が体の動きを悪くしていたこともあるし、そもそも金メダルにふさわしい真の実力も十分備わっていなかったと思われる。

 このように、力以上の結果が人を駄目にすることがある。結果は自分の力でコントロールできないものだから如何ともしがたい。受け止めるしかないのだが、贅沢なようだが良い結果だからそれでいいとは言えないのだ。岩崎の場合はその典型であった。
 一般の人がこのような経験を得ることはまずないだろう。力を出し切れずに後悔するケースの方が多いかもしれない。

2010年11月23日 (火)

お客様目線

 今、経営の在り方について論じられるとき、「お客様目線」という考え方が持ちだされることが目立って多くなっている。同じ意味で顧客第一とか顧客重視とか言われることも多い。この考え方は経営にとって核心的な意義を持つが、企業で働く従業員の働き方や働きがいを考える場合にも重要な観点になってくる。

 私の勤務する企業では、ある種の消費財を製造販売している。国内における需要縮小の影響で業績を伸ばすことは容易でないが、そのなかでも地道に成長してきたと言えるだろう。その要因は、経営理念の具体的実践であり、経営と従業員がともにその点で努力をしてきたからである。しかし、社会の変化がスピードを増し、また変化のスケールがよりグローバルになるに従い、これまでの努力では補いきれない事態を招きつつあるのも事実だ。

 「お客様目線」に戻ろう。われわれは、毎日決まったように出社し、決まったように仕事をこなしていく。そして決まった日に給料を受け取る。当たり前のようにそれを繰り返しているので、その中身についてじっくり考えてみる機会は少ないのではなかろうか。まず、自分の仕事が生み出している価値はどれほどのものだろうか。改めて考えると、見当がつかない。とりあえずそれを測る手段は受け取っている給料の額になってしまうだろう。しかし、厳密に言えば、毎月給料は一定であっても生み出す価値は一定ではないだろうし、人による差も当然ある。この人による差は、従業員を評価する場合に頭を悩ませる事案となる。評価する尺度には様々な要素があって、それはいくつかの異なる価値観に対応するものだからだ。
 さて、われわれは仕事をすれば即価値を生み出していると思いこんでいるが、本当にそうだろうか。商品を企画する部門は売れるであろう商品を企画する。しかし企画を考えた時点ではなんらの価値も実現していない。ただ費用を使っただけである。企画した商品がお客様のところに届き、代金を受け取って初めて仕事の成果としての価値(利益)が実現する。経営に関する本を読むと、よく「利益は外部からもたらされる」と書いてあるが、それは今書いたことを意味している。「給料はお客様から頂いている」という言い方も聞くことがあるが同じ意味で理解できる。
 同様に、商品を開発する仕事も、工場で生産する仕事も、販売を企画する仕事も、広く経営を企画する仕事も、みな市場における商品の購入を通して価値を生み出すのである。工場で商品を一所懸命作っても、それを倉庫に積んだだけでは何の役にも立たないのだ。営業の場合は商品を売ること自体が仕事だから直接的で分かりやすい。下品な言い方だが、売ってなんぼの世界である。
 もうひとつ念のために付け加えると、今実現した価値は、それを販売した営業だけの成果ではなく、他の部門の仕事の成果でもあり、また過去の仕事の成果でもあるということだ。したがって、今急に頑張ったからといって突然利益が上がりだすようなことはない。

 今一度、自分の仕事を振り返ってみたとき、それが自社の商品をお客様に買っていただくことにどのようにつながっているのか明確だろうか。全体としてとらえた場合に漠然とした答えが出たとしても、個々の仕事の意義については答えられないのではないか。お客様の立場から見て本当に必要か、あるいは正しいやり方か。また、お客様を満足させる仕事か、逆に不満を招くような仕事になっているのではないかと考える必要がある。

 人間の行動には慣れや惰性が付きまとう。それに打ち勝つのは日々の具体的で意識的な行動である。そのエネルギーを引き出すためには、お客様の姿がよく見えることが必要となる。

2010年11月22日 (月)

NHKの報道に疑問

 昨日NHKのローカルニュースを見ていたら、ある施設の駐車場内での自動車事故について報道していた。自動車が急発進して壁に衝突し、一人が死亡、二人が軽症を負ったとの内容であるが、この人たちがエホバの証人の信者であることが伝えられた。

 事故と信仰は別問題であり、関係のないことを報道した内容はプライバシーの侵害にあたるのではないか。エホバの証人を弁護する気はないが、報道の中身はルール違反だ。

 今朝の日経新聞では宗教施設内という表現になっていた。これが適切な書き方である。

2010年11月21日 (日)

頑張れない 頑張らない

 「頑張る」という言葉が広く普及するきっかけとなったのは、ベルリンオリンピックで前畑秀子が金メダルをとった時のラジオ放送であるとの説を聞いたことがある。例の「前畑ガンバレ!前畑ガンバレ!前畑勝った勝った勝った」の連呼である。

 近年、うつ病などの精神疾患が増加し社会問題化している。その理由はともかく、患者への対処法としては頑張らせず、無理させずの原則が貫かれている。禁句は「頑張れ」である。
 しかし、頑張らないのは病気の人だけではない。特に問題のない普通の人が皆頑張らなくなっているように思える。がむしゃらに働く、夜遅くまで働くことが賞賛される風潮がなくなった。外資や大手商社などでは今でも遅いと聞くが、多くは遅くまで残業することをよしとしていないし、過度の競争は協力関係を阻害することによって逆に生産性を下げるように言われる。そのことには一定の正当性はあるのだが、効率の追求は「要領」のよさと同義に解釈されて、必死さや一所懸命な姿勢をネガティブに見てしまっている。
 確かに外から押し付けられて、追い立てられるように働くことには弊害が多い。心の病もそこに原因の一つがある。しかし、自分なりの高い目標に向かって邁進することを避けていては大きな進歩はない。今の日本にはそういう人間観が不足している。

 頑張らないのか、頑張れないのか。いずれにしても、そういう姿勢や態度が大勢を支配すると国は活力を失い衰退する。どうもこれは、アメリカや中国など世界をリードしたい国の陰謀なのではないかと疑いたくなる。国を弱めるには、国民の精気を抜きとってしまうのが有効だ。これは自戒のための仮説であるが、結果的にそうならないように、頑張ることを否定的にとらえることはやめようじゃないか。

2010年11月20日 (土)

同じカテゴリーでくくれない

 今週四泊五日で上海に出張した。上海の町は賑やかで面白い。中国は福州と上海にしか行っていないので、私の中国イメージは主に上海の印象から作られている。

 中国料理はたまに食べるとおいしいが、続けると厭になる。今回は間に日本食を挟んだのでつらくなかった。上海には日本食の店が増え、現在では800軒ほどあるという。宿泊したホテルの一階には「サガミ」があったし、道路を挟んだ向かいにも日本食の店があった。また、味付けは中国向けに変えているが吉野家もあるし味千ラーメンが成功している。価格は総じて高めである。ラーメンは15元(200円ぐらい)で、丼もので25元(320円ぐらい)程度。定食になると30元(400円ぐらい)から高いところで50元(650円)ぐらいである。日本と比べると安いけれども、牛丼などはドリンク付きとはいえ日本並みである。物価は3~4分の1程度だから日本食あるいは外来のファストフードは高い。一般の庶民が食べる昼食は6元ぐらいだろう。ちなみにタクシーの基本料金は12元、地下鉄は4元、バスは2元である。これは安い。逆にホテルの宿泊料は高い。百貨店で売られているものの価格も高い。要するに、富裕層周りの物価は高いのである。はっきりと二層に分かれている。「格差問題」への対応が国家の重要課題になっているゆえんである。

 ところで、今日書きたかったのはそういうことではなく、中国人のイメージというものがあるにせよ、十把一絡げにできないということである。私の仕事で関係のあるSさんとKさんとでは同じ中国人でありながら正反対のタイプである。Sさんは理論派で、自分の主張を論理的にじっくり展開する。物腰も柔らかである。Kさんは行動力はあるが、主張のなかみには思い込みの激しさを感じる。どれだけ根拠のある主張か疑わしい。かなり無理のある要求もあり、それが通らないと相手が悪いとなる。
 われわれが持っている中国人のイメージはKさんに近いだろう。しかし、Kさんの場合は極端だ。中国人のなかでも珍しい。Sさんの場合は日本人に近いような気がする。SさんもKさんも日本にいた時期がながく日本語を話すのだが、その時により多くの影響を受けたのはSさんの方だったに違いない。苦労してアルバイトを続けお金をためて大学院に進んだ人である。まず、人の言うことに耳を傾けようとする姿勢が大事なのではないかと思う。中国政府もSさんのような姿勢を持ってもらいたい。 

2010年11月15日 (月)

ブログの作成は原則週二回に(土日プラスα)

 ブログを毎日更新することに努めてきたが、ここに至って残念ではあるが改めることにした。それは、ブログに注ぐエネルギーの一部を仕事に配分せざるをえなくなったからだ。それだけ環境が厳しくなってきたし、自分の立場もまた厳しさを要求されるようになったからだ。

 とはいえ、仕事そのものに費やす時間を増やすのではない。仕事にかかわる情報の収集やその整理などにもう少し時間がほしくなったということだ。そこで得た情報は、またブログの方で紹介できるかもしれない。

 私のブログ内容は特定の分野に限らないので、一体何を伝えたいのか分かりにくいかもしれない。その傾向はますます強まる可能性もある。しかし、懲りずに見ていただければありがたい。

2010年11月14日 (日)

成長とモチベーション

 今週また上海へ出張に出る。中国の経済成長はなお続いており、アジア大会の開会式もそのエネルギーを感じさせる盛大なものであった。このような中身をもった成長は二度と日本において経験しえないものに違いない。

 毎回伝えているように、人の多さ、自動車の多さは圧巻である。そしてそこに民族性も加わ生まれる喧騒は、うるさくもあるが、同時に活気も感じさせる。地下鉄に乗ると若者が多く、日本と著しい対称をなす。20~24歳の世代が全土で1億人以上もいるというから上海でも目立つはずだ。そこから次第に若い世代が減少しているらしいが、それでも絶対数は日本と比較にならない。
 彼らは、抽象的な言い方になるが、よりよい生活を求めている。仕事の目的を尋ねるとお金のためだと明確な返事が返ってきた。それは万国共通の答えに違いないが、日本ではもっと違った答えが混じるはずだ。中国でも大学への進学率が高まり、その点ではもう日本と変わりはない。だから給与その他の要求水準も高くなる。しかし、いかに経済成長が著しいとはいえ、それらに答えられるだけのパイの大きさにはなっていないのだ。そこから格差問題とそれへの不満がもたらす政情不安が案じられている。

 不満もまたエネルギーの表れであると考えれば、力強さはなお健在であり、その勢いは訪問者に刺激を与える。私は訪問するたびに仕事へのやる気を高めて帰ってくる。上海はモチベーションの一つの源泉である。
 日本へ帰ってくるとあまりの町の静けさに驚くのだが、活気を取り戻す何かうまい方法はないものだろうか。まずは自分で元気を出すしかないのだが。

2010年11月13日 (土)

一番と二番との差

 世の中には順番を競う仕組みがある。思い起こせば、小学校では運動会で競走があり、何番に入ったということが記憶となっている。幸いにも私は1年から6年まで一番であったが、当然ながらあとには二番があり、三番があり、最も下位の者に続く。他には試験の順位があった。学内の試験ではその発表はなかったが、業者の模擬試験は自ずと順位が出る仕組みになっている。それを見て、何番上がったとか下がったとか一喜一憂する。
 だれしもこの程度の経験はするものであるが、もっと別の一般の人が参加しない分野ではより激しい競争が行われている。はっきりと「競技」と言われるものは、誰しも一番を目指す。オリンピックがあり、サッカーのワールドカップがあり、プロ野球があり、アマチュア野球があり、他にも数え切れないほどのものがある。

 いずれにしても誰かが一番になるのであるが、二番三番になった者は、何番であろうが力を出し切ればよいという心境になれるものではない。本気で一番を狙っているからこそ悔いも残る。オリンピックの競技では、金メダルと銀メダルとではその値打ちが大きく違う。記録を狙うことが目標ならば別だが、金を超える成績はない。銀にはまだ上がある。だから悔いを引っ張りながらその後の人生を送る人も多くいるに違いない。
 これはオリンピックに限った話ではない。いろんな場面で力不足や力を出し切れなかったことによって悔いを残すことがある。それは何らかの目標を目指して頑張ったからこそ生まれる結果なのだが、リトライはありうるにせよ最終的にはその結果を受容せざるをえないものである。

 競争、競技から身を引き、しばらく時間をおけば悔いも薄れるだろう。墓場までそれを持っていくことはできない。老いるにしたがって、あんなこともあったという思いに変化し、さらには忘却へと向かうのである。悔いなき人生がよいのか、悔いもまた人生の一つの成果なのか、それはその人の解釈次第である。

2010年11月12日 (金)

山崎ハコ

 YouTubeで北原ミレイの「懺悔の値打もない」を聞いていたら、山崎ハコもこの歌を歌っていたので聞いてみた。それなりにというか、ハコらしくてよかった。
 学生のころ好きだった。五木寛之が持っていたラジオ番組の公開収録を見に行ったときにゲストで出ており、生で歌と話を聞くことができた。見た通りで体力がなく、歌うとぐったりすると言っていたように思う。病弱で暗いというのが彼女のイメージで、どうしてあんなに不幸な雰囲気をさせるのか不思議だった。不幸であることと不幸を表現できるということは別の問題だ。表現する力は才能だし、どっぷり不幸に浸かっていなければ出せないものでもない。
 とはいえ、雰囲気とは違って、その詩は絶望しているのでなければ自暴自棄になっているのでもない。これまで背負ったものをすべてうっちゃって出直そうという方向が基調としてある。弱弱しく見える女性が前に出ようとしている姿が共感を呼ぶ。私もまた、そう感じていたのに違いない。

2010年11月11日 (木)

人口の問題

 人間が社会を形成しているのだから、人間の数の増減と年齢構成の変化が社会に対して決定的な影響を与えることは自明のことである。
 
 世界的に見れば人口はまだまだ増え続けている。2007年の約67億人から2050年には92億人近くにまで増えると予想されている。増加分の9割がアジア・アフリカ地域に集中するという。これは驚くべき傾向である。このことは日本の将来を考える場合に外せない要件である。
 そういう流れのなかでも今後人口が減少していく国も出てくるが、日本はそのさきがけのような国である。出生数が大幅に落ち込み、総人口が減少すると同時に急速に高齢化が進む。現在でも65歳以上の人口比率は世界一である。いわば高齢化先進国である。ここでの問題は就業者人口が減少してしまい国内経済が縮小することにある。物が売れなくなり、企業の輸出志向、海外移転志向が高まる。そこで成功した企業は成長できるが、国内経済全体としてはデフレの悪循環を断ち切れない。
 対策として、専業主婦の就労を促進することや消費意欲の強い若者の所得引き上げなどが主張され、それはそれで正しいと思うが、うまく進むのかどうか。あるいは言われているほど効果があるのかは分からない。

 巨大な人口を擁する中国も現在の20~24歳世代(ここだけでも日本の総人口に近い数がいる)をピークに減少を始めるのでいずれ急激な高齢化を迎える。大変な社会問題になるに違いないが、今はそこまで考える余裕はないだろう。

 経済の問題を考える場合に、この人口の問題は外してはならない問題である。小手先の政策ではどうにもならないからであり、環境問題と合わせてもっとも長期的な視点が求められるからである。

2010年11月10日 (水)

紅葉の季節に思う

 今月の後半になると関西でも紅葉が鑑賞できる季節になる。私の居住地からだとやはり京都が見どころが多くてよい。自分が行ったなかでは東福寺がお薦めだし、府立植物園も広々としていて人も少ないからゆっくり楽しめる。他に嵐山などのエリアもあるが、京都はどこへいっても鑑賞スポットが豊富にある。            
 
 ところで、紅葉を見たいと思いだしたのは40歳を過ぎてからで、消極的にとらえれば老いの始まった表れとも言える。季節の移ろいから考えても、植物の生命のサイクルから考えても衰退期の美である。終末を前にした美しさと言ってもいいだろう。これも日本の美意識の一つには違いないが、これをもって日本を代表するものとしてしまうのは無理がある。
 社会にも人にも成長のエネルギーが必要だし、それを表現した文化にも勢いがあってほしい。紅葉よりも新緑が若いものには似合う。これから恐るべきスピードで高齢化が進むのだが、精神まで衰えてはいけない。新緑の季節には野に出て生命の息吹を感じ、成長を愛でるような習慣と週間ができればと思う。

2010年11月 9日 (火)

ジェリコの戦い

 黒人霊歌に「ジェリコの戦い」という歌がある。この歌の聴き始めは、日本のデューク・エイセスであった。非常に軽快で記憶に残る歌だったので、休日にYouTubeで聴いていたのだが、もともとアメリカの歌だから向こうのいろいろな人あるいはグループが歌っていたことが分かる。

 ゴールデンゲートカルテットとのデルタリズムボーイズのジェリコの戦いを聴いた。それぞれアレンジが違うので別々の歌を聴いているような気がするほどだが、どちらもそれぞれに特色がある。両者の比較で言えば、前者は、ややスローで、歌を聴かせている感じ。後者はかなりのアップテンポで動きがあり、モダンな感じがする。たまたま前者がライブの映像で、後者がテレビ放送向けの映像だったのでそういう構成になったのかもしれない。
 どちらが上手いかという問いが愚問となる次元であろうから、あとは好みの問題である。限られた映像と音の範囲での判断だが、私としてはゴールデンゲートカルテットの方が好きだ。なんというか、ローカルな味がある。コーラスのきれいさよりも土臭さに魅力を感じる。これはもとより私の感覚である。それはデュークと比べるとさらに鮮明になる。日本人はうまく歌うけれども、その土地の臭さがでない。これは致し方ないことだ。同じように、西洋人が刈干切り歌を歌っても滑稽でしかないだろう。

 ちなみに、エルビス・プレスリーの「ジェリコの戦い」は独特の乗りがあって素晴らしい。
 

2010年11月 8日 (月)

駅伝競走の魅力

 駅伝やマラソンの大会が開催され、テレビ中継も頻繁に行われるシーズンになった。こういう光景が見られるのは日本に特殊なことであろう。だから、そこには特別な事情があるに違いない。

 昔なかった言葉に“三大駅伝”というのがある。「出雲全日本大学選抜駅伝競走」「全日本大学対校駅伝大会」「東京箱根間往復大学駅伝競走」を総称してそう呼ぶことになったらしい。歴史から見れば、出雲、全日本、箱根の順で古くなり、古いほど世間の注目度も高くなる。特に箱根駅伝は、戦前からの歴史の重みと正月に開催されるということで年中行事化したおかげで抜群の人気を誇っている。かくいう私も、往路はほぼ全コースをテレビ観戦するし、復路も一部は見ている。
 関東の大学しか出場機会がないのにこれまで人気があるのはどうしてだろうか。地方から首都圏の大学に進む学生は多く、卒業生は全国に散らばっている。また学校の知名度は他の地域に比べはるかに高いだろうから卒業生でなくてもよく知っている。こういう背景に加え、競技そのものの魅力がある。一人20kmあまりという距離の苛酷さに耐えて走る姿と炬燵に入って酒でも飲みながら見ている視聴者とのギャップが感動を生みやすいのかもしれない。

 駅伝という競技は難しい競技である。大会によってコースが違い、総距離も違う。また距離の刻みがばらばらである。これは中継地点の確保から来ている事情もあるし、距離を一定にしないことで選手起用の妙を出そうという趣旨もあるのだと思う。スピードのある選手を擁するチームは短い刻みの方が勝機があるし、箱根のように長ければスタミナが要求される。また、長いコースではいわゆるブレーキが発生しやすい。様々なリスクを含んだ競技が駅伝だと言うことができよう。
 これだけ長い時間放映されても飽きが来ないのは、そのようなリスクが意外性を生むことがしばしばあり、それが自然とドラマチックな演出になっているからだろう。

 ちなみにこれだけ長時間参加選手の映像が映し出される競技はない。中継には、順位の遅れたチームの選手も映すという配慮がある。マラソンは後続の選手を映さない。このことによって自分も走りたいと思う動機づけが行われる。箱根で走りたいと、有力選手が関東の大学に集中するのも無理からぬことだ。しかし、その影響で他の地域の長距離競走のクラブ活動はお寒い状況にある。

2010年11月 7日 (日)

植村のおじさんのこと

 同じ部落に住む植村のおじさんは父と同い年だった。おじさんは稲作とみかん作りを営む農家だった。父は尋常高等小学校卒だが、おじさんは上級の久居農林という学校を出ており、帰郷して農業に従事するのではなく県庁勤めもあり得た境遇だったようである。おじさんは本をよく読んでおり、晴耕雨読を地で行くような人だった。折りに触れて父がおじさんの経歴を持ちだすのは、友人としてその才能を活かす道が閉ざされてしまったことに無念さを抱いていたからだった。

 むかし私の祖母が「みどりや」という屋号の旅館を経営していたのだが、そこに町の若い衆が集まって飲む機会が多くあった。祖母は女傑だったので、彼らを子供のようにあしらったと思われる。私が子供のころもおじさんは家に来て祖母や父とむかし話をして帰った。おじさんは、私の家の歴史を小説にしてみたいと何度も語っていたが、それはさすがに実現しなかった。いつかその志を受け継いで私が書こうという気持はあるが、当時を知る者は残り少なくなっている。

 おじさんは結局農家として一生を終えた。決して不幸な人生ではなかっと思うが、彼にとって農業とは何だったのだろうか。父は、自分が農家に様々な物資を供給する仕事をしていたくせに、「農」のつく仕事に就いているものは駄目だと言い続けていた。その胸中にあるものは、常に農民と接していたからこそ生まれたものであろう。国政のなかで切り捨てられる運命にあったことに加え、その境遇から脱することを強く欲しない姿勢に対する忸怩たる思いがあったのではないか。
 
 あまりに大層な言い方かもしれないが、おじさんは戦後農政の欠陥を表す象徴的な存在だったと思う。

2010年11月 6日 (土)

経営理念 “四者共栄”

  私が勤める企業の経営理念は「四者共栄」である。この理念を全うするのは大変難しいことではあるが、考え方はこの上なく崇高なものである。ここに紹介しておきたい。

 当社は、高品質・高使用価値で環境にやさしく、食品安全の確保に寄与する製品・サービスをフードサービス業界に提供することを通じ、「取引先とユーザー」のお役に立ち、「株主と会社」に利益をもたらし、「社員とその家族」を幸せにすると同時に、「地域社会」に貢献し、社会に信頼され、発展する企業を目指す。これを一言で「四者共栄」と表す。

 お客様が満足される製品やサービスのみが取引先とユーザーのお役に立ち、社会に受け入れられる。このような製品やサービスを、継続して社会に送り出せる企業体質は、必ず株主と会社に利益をもたらし、社員とその家族に幸せをもたらす。現状に甘んずるとき、そこに停滞と退廃をもたらす旺盛なパイオニア精神と高いモラールに裏付けられた全社員の知恵と力の結集は、企業の高い成長と地域社会への貢献を約束する。われわれは、常に「四者共栄」を念頭に行動する。

2010年11月 5日 (金)

いろんな子がいた

 昔、狭い部落だが実家の周りにはいろんな子がいた。知的障害のある同級生のU君。小児まひで知的にも身体にも少し障害のあったA君。少なからず差別を受けていた在日朝鮮人のM君。当然ながら、彼らのような‘特別な’存在が町中にあったのではない。たまたま私の周りに固まったのである。
 U君は途中から別のコースを歩くことになったが今も健在で、帰省するとたまにスーパーで姿を見かけることがある。A君はずっと実家で暮らしていたが、いくつか病気を抱えており、畑で倒れ息絶えているところを発見されたらしい。数年前のことである。M君は引っ越したのだろうか小学生の途中でいなくなってしまった。今どこで暮らしているのかも分からない。
 印象的なことが一つある。U君の親は朗らかな人で、運動会でU君が走るのを笑いながら見ていた。一方、A君の親はA君を運動会に出させなかった。担任の先生がA君宅を訪れ説得していたのだが、結局A君の走るところを観ることはなかった。とはいえ、近所では一緒に遊んでいたのでいつも見ていたのだが。親にもいろいろな考え、思いがあるものだ。

 彼らが周りにいたことは、少なからず私の人間観に影響を与えている。それがどの程度大きな影響かは判断できないが、人間は一様ではないのだということを知る機会にはなっただろう。私は彼らに何も与えることができなかったが、彼らのおかげで私は大事なものを得ることができたのである。

2010年11月 4日 (木)

2010年ミスター日本 鈴木雅

 しばらくボディビルへの関心が薄らいでいる間に新しい選手が出てきた。新チャンプは鈴木雅さんだ。ベテラン選手が頑張って上位を占めており、なかなか若手が食い込みにくい状況があったが、まだ29歳という若さでの優勝は快挙である。2位以降の選手は一部を除き、かなり年齢が高い。合戸、須江、谷野選手など主だったところは40代である。それだけレベルが上がり、選手の層が厚くなったのでトレーニング歴の短い選手では見劣りするからだが、一方ではずば抜けた素質の選手がいないことの表れでもあるだろう。これは女子にも共通する傾向である。

 歴代のチャンピオンを見てみると、黎明期にはなんと10代のチャンピオンがいた。また小沼選手が連覇を始めるまでは20代のチャンピオンが普通だった。しかも、そのなかには末光健一や須藤孝三などの個性的で世界レベルのチャンピオンがいた。末光が25歳、須藤が23歳の時である。
 全体的には今の方がレベルは高いだろう。練習環境やサプリメントの発達など有利な点がある。しかし反面、昔の方が肉体美に対するあこがれが強かったように思うし、ボディビルだけに没頭できるような雰囲気もあった。今は仕事の合間をぬって練習する選手が多いようで苦労が付きまとう。よほど周りによき理解者がいないと続かないように思う。

 鈴木選手、それから5位に入った須山選手にはこれからベテランに代わってボディビル界を盛り上げてほしい。二人で毎年チャンピオンを争う展開を期待したい。

2010年11月 3日 (水)

東京6大学野球 早稲田が辛うじて秋のシーズンを征す

 早稲田大学が優勝決定戦で慶応大学を下し秋のシーズンを征した。まさかの連敗を喫した早稲田だが、決定戦では力を発揮して優勝をもぎ取った。しかし、試合終盤で詰めの甘さが出て冷や汗をかいた。考えようによってはすっきり勝つよりも記憶に残る一戦になったかもしれない。

 今日の先発は当然主戦の斎藤と竹内だった。投手の調子は微妙なもので、そこに大事な試合ともなればメンタルな要素も多く加わるので難しい。今日は経験豊富な斎藤が力を出し、7回まで安打を許さなかったが、8回に崩れた。私は今シーズンの投球を一度神宮で見たが、その時もよくなかった。制球力が生命線であるはずの投手が荒れてしまう。これは専門でないので分からないが、フォームのバランスの崩れかもしれない。外野からブルペンでの投球練習を見ていても捕手が手を伸ばして捕球する場面が多かった。また、これも遠くからではあるが以前に比べて上半身や尻のあたりが大きくなっている。それだけ筋力がついたとも言えるが、柔軟性を失くしている可能性もあるのではないかと思った。

 バタバタした試合だったが最後の回は大石が三者三振で締めくくって有終の美を飾った。それは学年が進むにつれて成長した大石とやや調子を落とした斎藤とを象徴するような終わり方だったかもしれない。今後彼らがプロでどのような活躍を見せるが分からないが、大学での成績だけで判断できないことは分かる。プロで通用するにはそれなりの要素がある。球種であったり、駆け引きであったりするのだろう。広島にいたルイスが大リーグで活躍したのは投球術を身に付けたからに違いないし、斎藤の先輩である和田があれだけの数字を残していることを考えると、速いだけでは勝負にならないことを示している。

 私が在学していた時のクリーンアップは時期のずれはあったものの揃ってプロに入団したが、通用したのは岡田だけだった。斎藤、大石、福井には揃って活躍してほしいものである。

短期と長期

 短期的な景気変動よりも長期的な構造変化に目を向けるべきだと言い続けているが、現実には世の中は日々の株式市場の動きや為替相場などに目を奪われて一喜一憂している。資金繰りに汲々として明日がどうなるかも分からない会社ならいざ知らず、しばらく大丈夫なだけの貯えがある企業ならば、大きな流れを読んで将来に向けた事業の展開を考えるべきである。

 構造変化の中身は、一つは産業構造の変化すなわち製造業から非製造業へとウエイトが移っていることである。繊維関係で明らかなようにメーカーの生産拠点が国内からアジア地域へとシフトしている。そのことが、国内における雇用の問題や物価の問題などに大きな影響を与えているのである。
 もう一つは、少子化と高齢化という変化である。人口構成の変化は短期的には解決が難しく、如何ともしがたい現実である。特に、高齢化そのものには手の打ちようがない。少子化はこどもを生んで育てられる環境、条件を整えれば解決の道筋が見えるが、高齢化は加齢を止める方法がないのだからどうしようもない。そうすると、今まで生産にあたっていた人口がもっぱら消費する人口へと移動していくことになる。その消費は貯えの切り崩しか、生産に従事する世代からの補てんによって賄われることになる。したがって、今まで自ら生産し、自ら消費していた人口が多数であった時代に比べて需要は縮小する。生み出す富が小さくなるのだから当然である。これが現実である。

 これに対してできることは、まず新たな創造性の発揮である。日本という国、日本人という民族が歴史的に持つコアな技術やコアな文化を活かす道を、焦らず一定の時間をかけて見出すのである。これまでは、高い品質のものをバラツキなく大量に生産することを得意としてきたが、そのことでの優位性はなくなってしまった。もっとオリジナリティーのあるものを育てなければならない。そこにおいてはやはり、新しいものを生み出す人材を育てることが重要になる。これは企業の単位で考えても同じことである。
 つぎに、仕事に就ける人間の数を増やすことが求められる。よく言われていることだが、女性が働きやすい条件を作り出すことが一つの策になるだろう。これまでは女性が能力を発揮しにくい社会だったことは否めない。他に、外国人労働者の誘導である。現実には街を歩くと分かるように、需要に対応してかなりの数の外国人が流入しているが、それでも問題を解決するに足る量ではない。これも、無理やり連れてくるという発想ではなくて、来てもらいやすい環境を作ることが大事だ。来やすい条件とは、暮らしやすい条件と言い変えてもいい。
 
 ところで、予算を介護などの福祉分野に重点的に配分すれば雇用が創出され、そのことが巡って景気浮揚にもつながるという政策が打ち出されているが、あれは正しいのだろうか。しばらく前から抱いている疑問である。
 高齢者は恐ろしいほどのスピードで増えていくから否応なしにその分野に予算を使う必要性が生じる。また、そうすべきだと思う。しかし、それが景気を上向かせる力になるのかどうかは分からない。高齢者に対する介護は市場社会で言うところの価値を生み出すのだろうか。保健や医療の政策は痛んだ労働力を再生するという意味で次の生産につながるし、医薬品や医療機器の需要にもつながるだろうが、介護は体を使った仕事であり、介護される老人は命そのものを長らえることがあっても労働者にはなれない。だから景気循環に資するという次元の話ではないのではないか。別の原理で考えるべきもののように思うのである。

2010年11月 2日 (火)

会話の楽しみ方

 昔に比べると飲みに行く機会が減った。係長や課長時代は部下との距離が近く、若い女性も何人かいたからみんなで食事に行ったりカラオケに行ったりしたのだが、それがなくなったのは、職位が上がって帰る時間が合わなくなったこともある。以前は部下もけっこう帰る時間が遅かった。それに合わせて、じゃあ行くかとなったのである。それに対し今は、大半が残業をせずに帰り、上司が遅くまで残っている実態がある。

 ところで、せっかく飲みに行くのだから、会話を楽しみたい。そこでは他愛もない世間話的な話題もあれば、その場にいない社員についてのあれこれの評価もあれば、個々の趣味や日常生活にかかわる情報交換などもある。もちろん、それでいいのである。口角泡を飛ばして議論するのはあまりよろしくない。せっかくのプライベートタイムの会話は、より柔らかくありたい。もしも普段あまり自己主張をしないタイプの社員がいれば、お酒の力も借りて、その人物の話を聞いてやるのがよかろう。それがお互いの理解につながり、ひいては仕事の面でもよい効果をもたらすに違いない。

 もっとも現実はそうもいかない。日ごろからよくしゃべる人は、飲みに行ってもよくしゃべる。口数の少ない人は、それに圧倒されてその場でもしゃべらない。酒の力を借りてもそういう関係は容易に崩れないのである。とはいえ、いくらかの配慮はあってもよさそうなものだ。しゃべるしゃべらないに関わらず、皆仕事をしているのだから。

2010年11月 1日 (月)

どうにかなるさ

 今夜の夜汽車で旅立つ俺だよ、金などないけどどうにかなるさ。あり金はたいて切符を買ったよ、これからどうしようどうにかなるさ。見なれた街の明かり、行くなと呼ぶ。けれども同じ暮らしに疲れた、どこかへ行きたいどうにかなるさ。

 かまやつひろしの「どうにかなるさ」や河島英五の「いきてりゃいいさ」など、落ち込んだ時に励ましてくれる歌がたくさんあった。とにかく生きていればいいさ、立派に生きなくても生きているだけで大したもんだ、と高名な作家が言っている。

 時間が解決するとは限らないが、生き急ぐことなく、死に急ぐことなく、とにかく生きていればいいと割り切って、居直って、しぶとく生きよう。

 教訓Ⅰという歌があったね。死んで神様と言われるよりも、生きて馬鹿だと言われましょうよね。馬鹿でもけっこうと居直ると強いよ。

 自分から命を捨てるなんてやめようや。年をとったら向こうから迎えに来てくれるから。

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