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2010年10月 2日 (土)

脳の活用について

 人間ほど脳の発達した動物はいない。脳科学の発展によってその働きが徐々に解明されつつあるが、未知の領域はまだ広い。
 進化論によれば、人間の頭蓋骨はこれ以上大きくなれないそうだ。出産のときに産道を通過できないリスクが高くなりすぎるからであり、女性の胎盤が大きくなる方向に進化しない限り頭の大きな胎児は生き残ることができない。もっとも、医学の発達は帝王切開等によってそのような個体も救済するであろうが。

 これ以上大きな脳を持つ必要はないだろう。それよりも有効に使うことの方が重要である。

 生まれ授かった能力を十分使っている人間は少ない。科学や芸術を生業にしている人は少ないし、一般の労働においても知的な能力を活かせる職種ばかりでもないだろう。また、大方の人は目が覚めてから生活のルールに基づいて淡々と生きているのだという言い方も可能だ。脳に余力はいくらでもある。

 とはいえ、科学やさまざまなテクノロジーの発達を見てると、知の有効性について疑問を抱かざるをえない。月に人間を運ぶロケットや電子工学の技術は生活分野にも使われたに違いないが、直接的には兵器の高度化に使われた。金融工学の発展は、結果的に世界経済の大混乱を招いた。だから、無条件に知の発達を歓迎するわけにはいかない。

 日本では知の衰退によって国力の低下がとめどなく続くと心配されている。その認識に誤りはないだろう。対応策を考えるにあたっては、その「知」の在り方を考え直した方がよい。しかし、単に経済の国際的な競争に勝つだけが目的になれば、教育の中身が技術者の養成だけになってしまう。より幅広く、社会の在り方を問う志向性が欲しいし、それには意識的にそういうものを育てる場を設ける必要がある。

 家庭を治め、地域を治め、組織を治め、国家を治める知恵が必要だ。そして国際社会を治める知恵も。こういうものは、頭がいいから考えられるものではないと思う。

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