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2010年10月10日 (日)

横山ノックのこと

 亡くなった人のことをとやかく言いたくはないが、横山ノックの最期は惨めなものであった。芸人としては有能な人であったと思う。漫画トリオの映像を見ると、しゃべりの間の良さには感心する。その後参議院議員に転身し、どれだけ選挙区と国に利益をもたらしたかは疑問であるが、とにかく安定した地位を築いていた。今考えれば、ここで留まっておればあのような悲惨な結末は待っていなかった。
 あまり関心はないので調べていないが、おそらく知事に担ぎ出した人間がいたはずだ。もちろんその人の利益のために。思慮の足りないノックは安易に乗ってしまった。そして、これが当選してしまうのだから大阪は怖い。知事の責任は一参議院議員よりもはるかに重たいものだろう。彼の仕事が、関西経済の低迷の大きな要因になったと言われたが、当たらずとも遠からずだろう。しかし、彼本人にはもともと独自の政策観があったわけでもなく、取り巻きが無能であったのか、もしくは私腹を肥やすことに有能であったかのどちらかであるに違いない。最期の破廉恥な行為は、自分の生き方を見失った彼の人生には象徴的な出来事であった。

 ついでに

 ノックの事件が起こったときに、彼を選んだ府民が悪いという主張も多く聞かれた。これは正しくもあり、間違いでもある。
 当のノックが批判されるのは全く正当なことであり、何の配慮も要らないが、府民を批判するには一定の配慮が必要である。巷で何を言おうが、それを知ることができないので考慮に入れられないが、マスコミなどで学者などが発言する場合にはよく考えるべきだろう。日ごろ府民から遠く離れて、自分の狭い世界で生きている学者が、たとえ自分がノックを支持しなかったからといって府民を批判するのよくない。そういう人はノックだけをやりこめていれば罪はないのである。そうではなく、日ごろから府民とともに生きており、府民の生活向上をまじめに願っている学者であれば、あなたたちの選ぶべきはもっと他にあったと言えるだろう。それは信念に基づいた叱責である。選挙において投票の強制はできないわけだが、ノックの選択はあまりに府民にとってリスクが大きかったのである。

 文字通り、ノックは無用であった。

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