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2010年10月の投稿

2010年10月31日 (日)

傾向とそこに加わる力

 おもしろいことを聞いた。あるひとが鍼灸師に治療を受けた時の話だ。自分たちが歓迎するのは症状のピークをすぎて回復期に入った患者である。そういう時期に加療すると、回復する力と治療の効果とが相乗作用を起こして効果が大きくなる。すると、自分たちへの評価が高まるというのだ。逆にこれからどんどん悪くなっていく時期だと、いくら加療してもその効果が悪くなる傾向に相殺されてしまう。するといくらいい治療であっても藪医者と言われてしまうのだと言う。

 随分勝手な言い分だと思うが、理屈としては正しい。傾向あるいは勢いというものには抗いがたいものがある。調子の良い時には努力すれば大きな前進がある。調子が落ち始めるとちょっとやそっとの努力ではその流れを止めることができない。
 人体が数多くの細胞や器官から成り立っており、有機的な動きの中で生命の傾向が生まれてくるように、組織もまた単に人間の寄せ集めでない複雑な要素がある。それらの相互作用によって変動の傾向性が生まれる。その傾向をうまく読み取って手を打たないとなかなか思うように動いてくれないのである。

 数学や物理学のように計算だけで事は運ばないにしても、組織を運営するにあたっては工学的な発想が必要である。

2010年10月30日 (土)

無縁仏

  盆と正月には故郷へ帰り墓参りをするのが習いになっているが、墓参りの仕方にもその家の流儀があろう。当家では、まず家の墓に参り、続いて父親が養子に出ているのでその生家の墓を参る。そしていくつか親戚の墓、無縁仏とめぐり、最後は水子地蔵だ。この順番は何十年と変わらない。

 無縁仏とは、行き倒れた人や親類縁者のない人などを葬る墓である。孤独の死。この墓に立ち寄るようになった理由について亡くなった父は、祖母が孤独なひとであったからだという見方をしていた。祖母に確かめたわけではないので、真偽のほどは分からない。
 
 衣食足りて礼節を知るという。生活が落ち着いてこそ周りに気配りができ、大人の振る舞いができるようになるということだ。ゆとりがあればこそ施しもできるというものだが、はじめから豊かな人には貧しい人間の気持ちは分からないだろうし、孤独を味わったことのない人には孤独な人間の胸の内は分からない。祖母は、今生きていれば112歳だが、離婚し、次の夫には早く先立たれ、小学生だった息子を亡くした。そのあとに養子に入ったのが父である。祖母は貧しい人にやさしかった。街道を流れて歩く乞食にも飯を食わせていたし、説教もした。まるで自分の身内であるかのように。

 無縁仏。それはまさに、祖母自身の姿である。

2010年10月29日 (金)

チリの落盤事故から

 チリの落盤事故から33人を救出する様子が全世界から注目を浴びた。結局穴を掘ってカプセルで全員を救いあげたのだが、報道による情報も合わせて考えさせられることがあった。

 この救出劇には多くの国の援助が寄せられたという。それは銅鉱山の権益に対する各国の思惑があるからだそうだ。鉄鉱石などに比べて銅の鉱石は将来に渡って不足するらしい。そういう背景があってのことで、そういう説明があると事態の理解も容易になる。
 たしかに33人の人命は尊い。そのことに間違いはない。しかし、このような人目を集める事故のようなときには大きな費用をかけ政府が動くのに比較して、たとえば栄養失調や疫病などで命を失っている人達は注目されず、援助の手が伸びない。ゆっくりと大がかりに進行していく不幸には人は注目しないのだろうか。見たくないのだろうか。

 政治とは勝手なものである。自分がやりたいことの足しにならないことには予算を使わないのである。もともと自分の金ではないくせに。
 身障者が頑張っているドラマや映画を見て涙を流したり、力をもらったと言って感動する癖に、実際の福祉の実態にはなんら関心を持とうとしない人が多いように思う。私も含めての話だが、少しは恥じてもいいのではないか。

2010年10月28日 (木)

志水辰夫 「行きずりの街」

 日本冒険小説協会大賞を受賞した作品である。この人の作風が私には合わないらしい。舗装の甘い道路を歩いているようでスムーズに足が進まない。表現がざらざらしていて、流れを悪くしているように思えるのだ。
 冒険小説ということもあるのだろうか。暴力シーン、格闘シーンが組み込まれている。露骨に悪い人物の登場もある。そういう荒々しさを受け入れることを基本的に拒んでいるのかもしれない。あるいはスピード感を出すためか、文章を短く切った表現が目立っているが、そこに性急さを感じたのかもしれない。

 そう思うと、冒険小説というジャンルそのものが自分に合わないのかとも思える。そういえば、桐野夏生さんの「顔に降りかかる雨」を読んだ時も違和感を覚えた。これは江戸川乱歩賞を受けた作品だが、ハードボイルドタッチだ。私の推理小説の系譜は、子供のころの江戸川乱歩に始まり、松本清張、佐野洋、東野圭吾と移ってきた。今でも清張の本には興味があるが、それ以外は特定の作家を集中的に読むことがなくなった。清張にはおどろおどろしい内容があるが、殴り合う場面などはあまり見かけない。それでも恐怖感を覚えるのは人間が社会的に堕ちていく姿があるからだろう。人への恐怖ではなく、社会への恐怖である。

 スナックの女の子が、自分は東野圭吾は好きじゃないと言っていた。もっと重たいのがいいという。確かに東野は読みやすいが、重くはないかもしれない。重たいだけなら、どうしようもなく重たい文学はたくさんあるが、それはその子にはちょっと無理だと思ったので勧めなかった。文学にも好き嫌いの要素が大きく影響するのである。

2010年10月27日 (水)

むぎわら帽子と野を渡る風

 私の実家は海沿いの国道に面して建っていた。海側に背を向け、視線を上げると近くにも遠くにも山が見えてくる。そして、それらの山に至るまでの間にわずかばかりの平地がある。やや高い位置にはいくつかの集落があり、川にそった低地には水田が広がる。
 小学校は集落をぬって続く小道を歩いていくと、山に近い丘陵地に立っていた。いくつか通学するルートはあったが、基本は民家の近くを通るコースだった。その方が安全という判断が習いになって定着したのであろう。したがって、普段は水田の集まる地区には足を運ぶことがなかった。

 春には田植えがあり、初秋には稲刈りがある。当家も子供のころには水田を所有していた。したがって農作業も手伝わされたのだが、たまにサボって叱られた記憶がある。魚釣りが好きだったので、一人離れて釣り糸を垂れているところを叱られた。
 夏休みもよく釣りに行った。竿や釣り道具は安っぽいものだったが、小川でフナを釣るには十分だった。釣ったフナはバケツに入れて持ち帰り、雨水を受ける甕に入れておいた。そうすると、ボウフラなどいくらか餌になるものはあったのだろうが、次第に痩せて行くのだった。
 釣りを終わって帰るのは、陽が相当西に傾いた時間だ。頭には麦わら帽子が載っている。帰り道は背に陽を受けることになる。稲は成長し、実を大きくしている。田を渡る風が稲の穂を揺らす。あちらでも揺れ、こちらでも揺れる。実際は耳に聞こえるほど穂がすれ合う音はしないのだが、ざわざわとした音が聞こえるような気がしていた。釣り糸を垂れている時もひとりだったし、ざわつきを耳に感じていた時もひとりだった。
 西日、少しぬるくなった風、穂のざわめき、そのなかに少年がひとりぼっちで帰路に就く。円満で、特に問題もない平和な家族であり、そのなかで守られて暮らしていたのだが、なにか孤独な虫が心に住みついていたのかもしれない。その虫は決して子を増やすことはなかったが次第に成長し、高校生の時に最大化した。それ以降は、餌をやらないことに努めた結果少しずつ小型化していったが、未だに死滅していない。おそらく死ぬまで巣食っているに違いない。孤独の虫の死は私の死と時を同じくするのである。

 

2010年10月26日 (火)

マライア・キャリー 「My All」

 洋楽への親しみは薄い方だ。いわゆるオールディーズと言われる曲のなかのもっとも有名な部分は日本でも電波に乗りやすいから知っているし、中学生時代はラジオの虫だったから当時のヒット曲はよく知っている。しかし、それ以降は次第に興味を失っていったのでほとんど聴くことがなくなったのである。
 1980年代以降の欧米のシンガーで知っている人は少ない。ホイットニー・ヒューストン、チャカ・カーン、マライア・キャリーぐらいか。いずれも女性である。名前だけであれば、マドンナやマイケル・ジャクソンも知っているが曲に馴染みはない。
 ホイットニー・ヒューストンは映画「ボディーガード」を通じて知ったのであるし、チャカ・カーンは70年代から活躍していたが最近ジャズのライブ映像を見て知ったのであり、たまたまの感が強い。またマライア・キャリーもボディビルのコンテストでショーン・レイがポージング曲として使っていたので知った。その曲が「My All」である。

 知らないから勝手にそう思うのかもしれないが、この歌でマライアは欧米人には難しい感情を表現している。群を抜いた歌唱力にかすれ気味の声が加わり、魅力を増している。私は欧米の女性シンガーのなかで彼女ほど愛くるしい人を見たことがない。歌が素敵だと歌手自身も素晴らしく見える。体にぴったりした衣装も色っぽい。「My All」以外でも、「Without You」は同類の魅力をふんだんにたたえているという意味で素晴らしい。純粋の欧米人でないことが影響しているのだろうか。

2010年10月25日 (月)

市立図書館で本のバザール

 今日、応募者に限って行われた大阪市立図書館のバザールに行ってきた。古くなった本を一人10冊まで無料で持ち帰ることができる。どうせ処分するなら納税者に還元することはよい企画である。応対も丁寧だった。
 本は5階の会場に並べられており、1時間ごとの入れ替え制にして時間内に選ばせる。出口で冊数を数えるだけで持ち帰れる。会場に集まった人たちはかなり年齢層が高い。すでにリタイアしたであろう老人と中年の婦人が目立つ。若者はいない。階層で言えば、中流の中から下に入りそうな人達。金持ちはいないし(服装で分かる。そもそも図書館には来ないだろう。)特別貧しそうでもない。

 全集、単行本、文庫本など各種あり、ジャンルも様々だ。全集は別にして、専門的な書物は少なくて、一般向けの本が多いように思った。書店へ行っても感じるが、かなりの割合で役に立たない本がある。暇つぶしも一つの目的と考えるならばニーズに応えているのかもしれないが、できるならば有意義に暇をつぶしたいものだ。

 ちなみに今日もらってきた本を記しておこう。私の趣味が分かる。

1 世界文学全集(河出書房新社) フォークナー
2 世界の名著(中央公論社) マリノフスキー、レヴィ・ストロース
3 世界の名著(中央公論社) ベルクソン
4 日本の名著(中央公論社) 中江兆民
5 日本の文学(中央公論社) 中村真一郎、福永武彦、遠藤周作
6 岩波講座・社会科学の方法Ⅲ 「日本社会科学の思想」
7 「グラムシの思想」(竹村英輔) 青木書店
8 「読書と社会科学」(内田義彦) 岩波新書
9 「三島由紀夫の世界」(村松剛) 新潮文庫 
10 「明暗」(夏目漱石) 新潮文庫

2010年10月24日 (日)

雑誌編集者、ライターのSさん

 仕事で知り合ったSさんと金曜日の夜に飲みに行った。梅田駅の近くで待ち合わせて北新地へ。新地に来ることは滅多にない。わざわざ高い店に来ることはないし、接待したりされたりする機会は皆無といってよいからだ。高い店には料金に見合った価値がなければならない。新地という場所だけでいくらかの値段が付くことは分かる。それは新地で飲んだという満足感があり、その代償としての価値である。見栄の代償と言ってもよい。それ以外に、食べ物屋であれば材料の良さや料理人の腕の良さ、クラブやスナックであれば女性の質が付加される。

 Sさんは投資関係の雑誌の編集を行っている。ライターとしての経験が長く、週刊誌の経済記事なども書いてきたという。かつてはその原稿料だけでも相当な実入りがあったらしい。しかし昨今は雑誌の数も減り、仕事が減ったらしい。
 Sさんは最近取材で北京と大連を訪れており、上海に行っていた私と中国の話で盛り上がった。尖閣列島の問題を発端とする反日デモはSさんが帰国した翌日に発生している。微妙な時期であった。北京と上海で共通する面もあり、やや違う面もある。人の多さ、車の多さ、交通のマナー、地下鉄の乗客のマナー、貧富の差などは共通だ。Sさんは中国人の顔を見て日本人とほとんど見分けがつかないと言ったが、上海で感じたのは日本人とは違うという感覚だった。北と南で違うのか、Sさんと私の感じ方の違いだろうか。それから北京の人達の服装が地味だったというSさんに対して、上海の人達は日本と変わらなかったという点でも違いがあった。
 Sさんはべらんめえ調で、言いたいことをズバリ言うタイプ。私とは正反対だ。最初は違和感があったが最近は慣れた。よくしゃべるので、私は聞き役に回る。というか、どんな相手でも二人で行くと大抵は聞き役なのだ。なかでもSさんの場合は極端。スナックで女の子が私に質問しているのに、ことごとくSさんが答え話をさらってしまう。こんな相手は滅多にないが、聞き役は結構疲れるのだ。相手の主張が自分に近ければよいのだが、反対の場合だとストレスがたまる。いくらかは反論もするが、意見を戦わせるために飲みに来ているのではないから、ほどほどにしている。

 Sさんのいいところはポジティブに考えるところ。その点は、つきあって自分のプラスになる部分だ。暗い人と付き合うと暗い自分がさらに深まる。自分の持たない要素を持っている人と付き合うのがよい。

中日ドラゴンズが日本シリーズへ

 ジャイアンツに勝利してドラゴンズの日本シリーズ進出が決定した。CSシリーズは観戦の機会を増やし、入場料収入や放映権収入を増やすことが目的だろうが、ペナントレースを接戦を制して一位になったにもかかわらず日本シリーズを戦えないのではたまったものではない。その点セントラルリーグはいいところに落ち着いた。ホームに圧倒的に強いドラゴンズが一位になったことがこの結果を呼んだと言えるだろう。これに対し、ドラゴンズが対戦する相手は3位のロッテである。それでも実際に戦うドラゴンズにしてみれば相手がどんなチームであれ侮れない。だから真剣勝負になるに違いないが、見る側からすると興ざめの部分がある。
 新聞にも書いていたが1、2戦は地上波でのテレビ中継がないそうだ。それだけ一般の関心が薄いということだ。昔であれば(たとえば私の子供のころといえば巨人対阪急の試合)シリーズは国民的行事だった。試合前はテレビの前にも緊張感が漂っていたものだ。山田投手と王選手の対戦などは、固唾をのむという表現がぴったりだった。ところが今は随分値打ちが下がってしまった。
 試合数が増え、シリーズも増え、タイトルも増え、一つ一つのものの価値が低下している。確かにプロの最高級の技術を見る機会が増えることはいいことだが、文字通りの真剣勝負というのはそんなにたびたびできるものではない。おそらく、山田投手も真剣に挑んだのは王と長嶋だけだったのではないか。

 最高の勝負とは横綱同士の戦いである。

2010年10月23日 (土)

ロジカルシンキング

 勤め先の若手社員がコンサルタントからロジカルシンキングを学び、その成果発表として自分が選んだ題材に対してプレゼンを行った。私もかつてグロービスマネージメントスクールで学んだことがあったが、(グロービスではクリティカルシンキングという)主に、ピラミッドストラクチャーというフレームワークについて学んだ。
 これらは説得力を高めるための手法であり、言いたいこと(主張)の論拠を明確に分かりやすく示すことがその目的である。ビジネスでは、自分の会社の商品を売り込むことが大きな仕事であるが、それを成功に導くためにはプレゼンの効果を高めなければならない。そこでは、その商品を採用することが相手によっていかに大きな利益を生むかを伝える。したがって、基本的には悪い材料は切り落とし、肯定的な情報を前に出すことになる。これはビジネスシーンでは当然のことである。狭い意味の「ロジカルシンキング」はビジネスのツールだと言ってよいだろう。

 ところで、社内においてもプレゼンはある。新しい事業の立ち上げに関するものであったり、新システムの導入に関するものであったりする。この場合は顧客に対するプレゼンとは質の違いがある。社内の場合は正しい意思決定を導くことが目的である。だから、都合のよい材料ばかりを出してはいけない。判断を過つからだ。メリット、デメリットを出し切って、そのうえで総合的判断を提起すべきである。そうでなければ、仮に聴く側に判断力や緊張感が欠けたりすると、判断材料の不足する主張に騙されることになる。

  ロジカルシンキングとは一つの手法であって、それそのものが正しさを証明するものではないことを知るべきである。

2010年10月22日 (金)

価値観の原点としての帰属意識

 先週の金曜日に東京で、大学時代からの友人であるK君に会い、飲みながら話した。お互いの家族や友人たちの近況をはじめとして様々な話題を語り合った。そのなかで、尖閣列島の問題も出たが、これは二人ともに最近中国に出張(私は上海、彼は大連)しており、中国に特別な関心を寄せていたことが背景にある。彼は、自分は土着的な人間であり、民族的な意識を捨てることができないと言った。それは今になってより強く意識するようになったのだろうが、学生時代から彼の立場はそうだったように思う。

 どこに帰属意識を持つかによって、ものの考え方や思想が変わってくる。現実には、様々な組織・集団に同時に属しているのだが、主観的には人それぞれ意識の持ち方が違う。ある人は家族に、ある人は会社に、ある人は地域に、ある人は国家に帰属意識を持ち、そこをアイデンティティーの拠りどころにしている。
 人は自分が帰属している組織・集団の繁栄を願う。国家への帰属意識が強い日本人であれば、昨今の景気低迷や産業の空洞化、少子高齢化などを憂えているに違いないし、尖閣列島の問題では中国に対し少なからず不信感を抱いたはずだ。国家よりも差しあたって企業人としての意識が強い人は、企業の生き残りを最優先で考え、海外への事業移転を厭わないであろうし、政治的な問題よりも経済的な問題を大事に考えるだろう。また、国家や企業よりももっと手前の自分と家族の生活や楽しみを最優先する人にとったら、企業や国家は自分の生活を守るために最低限の関わりを持てばいいものであって、日常的に関心を持つべきものではない。

 私もK君と同じように、民族意識を強く持った人間である。だから民族国家の存在を前提に思考するし、民族の利益を大事にする。しかし、だからといって他民族の利益を損なうことに対して無神経でいられない。今後もより注意深くあろうと思う。自らの誇りのために、他の民族との協調を欲するのである。
 容易に民族は消滅しないだろう。それは国家よりも強固である。抑圧の手段としての国家が無くなったとしても、同じ言語を話し、同じ文化を共有する集団としての民族はしばらく生き残るだろう。民族意識は抑圧のために利用もされたし、抑圧からの解放のためにも使われた。これからの民族意識は、どう働くのだろうか。いずれにしても、新たな前向きの価値観を生み出す概念であってもらいたい。

2010年10月21日 (木)

本物を知ること

 中国で仕事をするときの相棒であるKさんから聞いたのだが、中国で買い物をするときの注意点を中国人から教わったらしい。いわゆる偽ブランド品をつかまされないようにしなければならないが、それを防ぐにはまず本物のブランド品をじっくり見て回りしっかりと頭に焼き付けることだ。それが基準となって偽物が識別できる。縫い目が粗かったりして陳腐さがすぐに分かるらしい。

 何事も本物に触れることが大事である。それはいつも本物に触れていろということではない。それは特別な人間にしかできない。大金持ちか、美術の分野であれば美術研究を生業にしている人か美術館長であれば本物に触れる機会がたくさんある。一般人はそうはいかない。しかし、ときどきならできるだろう。
 美術であれば、海外の常設美術館まで行かなくても、たまに名画を含む西洋絵画の展覧会が開かれている。仏像なら国内に数多くの国宝や重要美術品が常設展示されている。見る気があればそれほど困難なことでもない。
 料理に本物があるのだろうか。確かに一流というのはある。一流のフランス料理、一流の懐石料理。しかし。一流の家庭料理はない。家庭の家事には家庭それぞれの流儀がある。とはいえ、最近では家庭料理なるものが失われつつある。できたものを買ってくるからだ。たとえば、私の故郷の名物はさんまの鮨だが、実家でも母親が年老いてから自宅で作らなくなった。卓上のさんま鮨の質を決めるのは店の技量になった。
 たまには一流のお店で食べるのもよかろう。こどものころにそういう店の味を経験させると舌が肥えるそうだ。味が分かるようになる。でもそれは幸せなことか。私のような貧乏育ちは何を食べてもおいしい。この方が好都合じゃないか。
 演芸などは生で見たい。歌舞伎も浄瑠璃も見たことがないので、これは見なきゃいけない。クラシック音楽は何度か聴いているが、一流じゃなかった。チケットは高いだろうが、一回ぐらい聴かないと。
 スポーツは、野球やサッカーは見るが他はあまり見ない。マラソンや駅伝はたまに見にいく。一流のアスリートはさすがにすごい。よく人間にここまでのことができるなと感心する。人並み外れたという表現が適当だ。将来一流を目指す若者はこういうものを見なくてはならない。成長を志向するものにとって本物を経験することは必須である。

 最後に。本物のビジネスパーソンにはお目にかかることがない。私が中堅企業に勤めていることもその理由の一つかもしれない。大企業の一線級は、おそらくできる人達なのだろう。しかし、そうは言っても、皆そうではあるまい、そのなかの一握りだろう。大方がどんぐりの背比べである。ビジネスは特殊な能力ではない。人間力の勝負なのだ。

2010年10月20日 (水)

連続か断絶か 戦前と戦後

 政治的空白という言葉があるが、社会そのものは連続的なものであっていささかも空白はない。それは人間の生の営みは絶え間なく続いているからである。

 断絶とは、ある時期をもって社会なり組織なり文化なりが、異なる性質のものに変わってしまうことをいう。それはまた後戻りできない変化である。
 よくテーマに取り上げられるのは、戦前と戦後の連続性と断絶についてである。諸説あるわけだが、自分なりに考えてみよう。基本的に変わっていなものがあるとすれば、それは日本の国家を構成する国民であろう。正確にいえば、兵士が出国し、その一部は生き残って帰還した。国内に残った者も一部は空襲や原爆投下などで死亡した。有能な人材が失われたことは大きな損失であったが、数百万人を除く国民が戦争を生き抜き、戦後も生きたのである。また、戦前の官僚と政治家の一部は戦争のあとも職を失うことはなかった。彼らの運命は戦勝国のアメリカに握られていたが、アメリカ自身の都合で復帰することになった。以上からして人の構成からいえば、戦前とほとんど変わりがなかったと言えよう。
 体制の面ではどうか。憲法が新しくなった。これは解釈改憲が繰り返されながらも憲法自体が維持されていることは、意義深いことである。主権は国民にあると明記された。民主主義が拡張されたことは大きな変化であった。レッドパージが行われ、反動化の動きが強まったが、言いたいことが言えるようになったことは大きな前進であった。天皇は国民統合の象徴とされたが、これは全く新しい位置づけではなく、長い間象徴であり続けたのであり、戦前の一時期に限って権力を集中させたのだった。だから、戦前の天皇制はきわめて特殊な性格を持っていたのである。まとめると、戦後新しい体制が作られ、戦前と断絶した面を多数持っているが、天皇制の温存と権力の中枢に戦前の戦争遂行派が残ったことは連続性を顕著に表していると言える。
 経済の面ではどうか。戦時の統制経済と戦後の経済では大きく変わったように思えるが、実態は多くの要素が持ち越されたと言えるのではないか。戦後の復興が政府主導のものであり、戦時の計画的な組織運営が活かされたというような表現を見るにつけ、連続面を感じざるをえない。高度成長は日本の奇跡と言われるが、アメリカの支援が背後にあり、朝鮮戦争特需とベトナム戦争特需があったことを考えると、自助努力が基本にありながらも、世界経済のなかでいくつかの幸運が重なった結果だと言えなくもないのである。
 最後に文化の面ではどうか。意識や行動が急に大きく変わることはないだろう。制度は一気に変わっても、文化は急には変わらないのである。もちろんその中には優れた面はあるし、今後も維持したいが、戦争を止めることができなかったことの理由として上げられる否定的な面は今も続いているのであって、それはこれからの課題として存在し続けることになるだろう。

2010年10月19日 (火)

変われない人々

 今の自分が一番良いと居直っている人は別にして、世の中が変わるにつれて自分の行動や発言の仕方、付き合いの仕方などを変えたいと思っている人は多い。それは経済的な意味でも精神的な意味においても、よりよく生きたいと願っているからである。
 ところが、経験的に、そんなに簡単に変われないことを知っている。もちろん、変わることはどんな人でも可能なことであるし、現に変わった人のことを何度かブログでも紹介している。しかし、それにしても容易ではないことをやってくれたので賞賛している面が強い。周囲が躊躇することなく変わったと認めるほどの行動の変化は、頻繁に経験できることではない。

 一度固まってしまった思考や行動のパターンは容易に崩れない。それは厳しい環境の中で「鍛えられた」場合にはなおのこと強固に定着しているので揺るがない。「意固地な人」がいるが、これは生来の気質として親から受け継いだ面もあるし、育った環境の中で周囲の人々との関係が融和的でなかったためでもあろう。理由はともあれ、そんな強固な意固地さを解凍するのは大変だ。周りが気を使って仲良くやっていても、なにかの拍子にその意固地さが出て本人の成長を止めてしまう。自分のことも謙虚に見て、足りないところは努力して補おうと思えればよいが、そのことよりも他人の批判が先行する。自分は頑張っているが、それを受け止めない方が悪いという論理が優先するのである。
 このタイプの人はよくて現状維持である。知識は増えても、生きる知恵はいつまでたっても身に付かない。逆に不満は昂じていく。なぜ努力しているのに評価してくれないのか。そして最後には、組織が悪いのだと言い出すだろう。かといって、組織から離れていくかというとそうでもない。実際には、他で生きていく自信はないのである。

 しかし、どんな人にも変わる可能性がある以上、そんな極端な例であっても捨てるわけにはいかない。常に敵対しているのでもないし、仕事はしているので必要な部分はある。飲みに行けば楽しく話もする。要は、成長への期待に答えられないのである。それでもいいじゃないかという考え方もある。それでもいいだろう。そんな人間が一人いたからといって組織はつぶれることはない。残念なのは、努力している人達の意欲を多少のことではあるが削いでしまうことだ。それだけは言っておかざるをえない。

2010年10月18日 (月)

大勢を追いかけるな

  聖徳太子が「和をもって尊しとなす」と言ったから組織の運営において和が優先されるようになったと考えるのはあまりに一面的すぎるが、話としては面白い。しかし、それは言い訳のようにも思える。

 和が重要な要素であることは否めないが、それが最優先されることによって弊害も現れる。大勢に追随するとか、流されるとかいう表現があるが、明確な大勢があるならまだしも実態のはっきりしない大勢を追いかけている場合もあるのではないか。戦前・戦中において軍部の会議で、誰も反対する空気がなかったので自分もあえて異を唱えなかったという証言がある。また、誰かが反対すれば自分も支持するつもりだったという発言も聞いたことがある。大半のメンバーがそういう気分であったなかで強硬路線が選択されていったのだろうが、案を提起する側も弱腰の案では場の雰囲気を壊すのではないかとか、自分の評価が下がるのではないかという憶測で動いている。
 要は、意思決定が、事案の客観的な評価もしくは自分自身の信条に照らした判断よりも、なんとも頼りない空気なるものに動かされているのである。これを他人事として笑うことはできない。意外にも、自分が所属する大小の組織においても見られる現象ではないか。この傾向は異文化に触れたときにより鮮明に自覚することができる。
 例えば、中国の人達と話をすると皆自己主張が強い。まずは自分の考えを軸に議論する。兎に角言いたいことは出し合って、その上での調整に入る。まとまらなければ無理に妥協することはない。日本では始めから「落としどころ」に向かって議論の流れを作ろうとする。個々の意見は考慮せず、はなから全体の和を優先してしまうのである。
 
 こういう文化があると、個々の人間に責任を負うという自覚が生まれない。常に言い訳ができる状態に自分を置いていると言えるだろう。
  責任を取らない文化は、けじめのない文化とも言えるだろう。季節の節目節目に行事を行って時間の流れにアクセントを付けられる国民なのに、どうして組織の運営においてけじめをつけられないのだろうか。それもまた一つの生き方の知恵なのだろうか。そうであったとしても、それは消極的な知恵である。

2010年10月17日 (日)

2年ぶりの東京6大学野球観戦 佑ちゃん不調

 10月16日朝、宿泊していたホテルを出て、京急平和島駅から神宮球場に向かう。神宮は2年ぶりである。今日の目当ては早稲田対立教の試合。早稲田は4順目で、すでに勝ち点3を上げており、残る立教、慶応を連破すれば完全優勝となる。
 到着すると第一試合の明治対慶応の試合が3回まで進んでいた。慶応は春に優勝しているが、今季は調子がよくない。相手が野村(広陵高校出身で、甲子園での佐賀北との決勝戦が記憶に残る。)だったこともあってこの日も打線が湿っていた。またエースの竹内もいいイニングと悪いイニングとの落差があって、集中打を浴びていた。

 さて早立戦だが、斉藤佑樹が先発。ブルペンでの投球で制球を欠いているように見えたが、本番でも乱れた。3点を失い、大石に後を任せることになる。球速は140km程度で安定していて、それはよいが、この日に限ってのことかもしれないが明治の野村の方が切れがよかった。大石は球速があり、150kmのまっすぐもあったが、細かい制球力はなさそうだった。二人ともドラフト1位指名が確実視されているが、それでも粗が見えたので、完璧な選手はいないものだと思った。
 この日二人の球を受けたのは佐賀北出身の市丸。小柄だがインサイドワークの良さが買われているのだろう。目立った選手のいないチームが甲子園で勝ちあがったのには彼の存在も大きかったわけだ。

 試合を見ながら学生時代のチームのことを思い出したが、岡田などホームランを打てるバッターがいた。他のチームにもスラッガーがいた。今は、各チームとも投手力が目立ち、打線は小粒になってしまった。

2010年10月16日 (土)

自己啓発本なんか読むな

 成功あるいは成長のノウハウを綴った本は掃いて捨てるほどたくさん出版されている。実は私も数十冊は読んでいるが、そんな本ばかり読んでいると逆に成長不全に陥ると思うようになった。

 この手の本を好む人は自分の進む道に迷いのある人だ。はっきりとやりたいことのある人は、そのことに関係のある具体的な情報を必要とする。書店でいえば専門書のコーナーへ行くだろう。なにかやらなければならないと漠然とした焦りを抱いた人が、抽象的な生き方の世界に迷い込むのである。

 それでも若いうちはいい。若い人の迷いは将来を期待させる。が、いつまでも迷ってはいられない。幼いうちからやりたいことのはっきりしている人はそのまま突っ走ればよいが、そうでない人はどこかの時点で決めなければならない。見つけるのではない、決めるのである。

 とはいえ、それは簡単なことではない。やりたいことがあり、そのことに強い欲求を抱けることが、有能な人間の一つの条件である。

2010年10月15日 (金)

ショパン バラード No.1

 浅田真央がこの曲を使って演技をしていた。落ち着いた曲なので、彼女を大人っぽく見せる演出になっている。実際は9分余りかかる曲なのだが、三分の一近くに編集している。

 さて、誰が弾いているのだろうかと思いながら聴いた。ホロヴィッツの音色に似ているように思ったが、実はルービンシュタインだった。曲を通して聴くと違いが分かりやすいが、部分だけだと素人には聴き分けにくい。ある日、ホロヴィッツと他の少しランクの落ちるピアニストの演奏とを比べていて、差の大きさを感じた。それは弾き方もそうだし、音色の違いもある。素人的な表現かもしれないが、流れるように弾いているのである。たとえば、キーシンとの比較だが、彼は最初に聴き始めたので愛着があるのだが、ホロヴィッツと比べると突っかかる感じがしてよくない。流れないのである。
 それに対してルービンシュタインはさすがに上手い。上手いからホロヴィッツの演奏との違いが表現しにくいし、優劣もつけがたい。ポリーニにしても同じだ。が、それでもあえて違いを表現してみると、ホロヴィッツはルービンシュタイン、ポリーニに比べて、大胆さがある。奔放さと言った方がぴったりくるかもしれない。踊るようで、鍵盤が自分で音を出しているような気がしてくる。どちらの弾き方が正当かというような評価は私にはできないが、好みで言えば、この曲はホロヴィッツが一番だ。

 (のちに、saitouさんから、奏者はルービンシュタインではなくマルク・ラフォレだと指摘がありました。)

2010年10月14日 (木)

進化について

 進化とはなんだろうか。歴史に目的はないが、進化にもまた目的は存在しない。どこか決まった地点に向かって種が変化しているのではない。

 進化というと、ダーウィンの自然淘汰説が有名である。他にも様々説があるようで、単純には説明できないのだろうが、ダーウィンの説が基本になる。
 種の変化は環境の変化に影響される。その際に、より環境に適応した個体が生き延びる確率が高くなる。生物は実際に生き延びられる個体数よりもずっと多くの子を産みだす。それはどんな種にもある生き残りの戦略だ。数だけではなく、多様性も確保される。個体間に差があれば、環境の変化に対応できる可能性が残るからである。
 環境の変化を予測することはできない。とりあえず、人間は除外して考えよう。自然環境は、地球自身の活動によって、太陽の活動によって、あるいは地球と太陽の関係などによって変わっていくのだろう。個々の個体がそれを予測して子孫の残し方を考えるはずもないし、種が集団として何らかの意思を持つはずもない。種とは類似の組織構造と機能を持つ個体の集まりだろうから、その行動もまた類似しているのであり、本能に従って類似の生と性を営むのである。したがって、それらを外部から支配しているものはない。

 人間は、類人猿と共通する祖先から進化してきた。その経過は何百万年か前の人骨の化石の発見によってほんの少しではあるが明らかになりつつある。進化は単線的ではなく、いくつも枝分かれしているので、発見された人骨が現在の人類にどのようにつながっているのか分かりにくい事情がある。しかし、これまで人間が考えていた以上にずっと古くから人類という範疇に入るものが生きていたようだ。
 人間は数千年前から自然を加工して文明を作り上げてきたが、これは進化とは全く違う次元の問題である。人間は自分で環境を変えてしまう力を持った。その結果、汚染された大気、汚染された土壌、汚染された水のなかで生きていくことになった。そして自ら変えた環境の中で不適応を起こしてしまった。これだけ、自ら自らの運命を手にしてしまった生物はいないのである。それを素晴らしいことととらえるのか、恐ろしいことととらえるのか。少なくとも、そう遠くない時期に絶滅の危機を迎える可能性は少なくないということだけは言える。そうなったら進化論を発展させた人間が、進化論の対象から消え去ることになる。

 人間はよく言われるように、自分だけは特別な生き物だと考えたい。猿と人間の染色体の差は、馬とシマウマの差よりも小さいという。驕らぬことだ。人間だけが特別環境に対して適応する力が大きいのではない。だから環境を変えることには利益も大きいが、リスクも伴っていることを知るべきである。

2010年10月13日 (水)

内なる植民地

 失われた10年に続く次の10年もまたはっきりとした上昇傾向が見られず日本経済は低空飛行を続けている。サブプライムローン問題やリーマンショックは、弱った日本経済にはかえって直接的な影響を与えなかったが、欧米の金融システムが混乱し、実体経済をも減速させたことによってじわりじわりと効いてきている。
 さらに、円高が進行している。輸出で喰っている企業には痛手であるし、生産を海外に移転させることによって製造業の空洞化がさらに進むと言われている。長期的にみれば、少子高齢化で労働人口が減少すると同時に消費人口も失われていく。巨額の財政赤字も重しになる。そんなこんなで経済が拡大していく道筋が見えない。

 アメリカは日本に比べるとまだ成長の潜在力はあるという。消費大国といわれ、GDPの7割を個人消費が占めていた。それも住宅の価格が暴落することによりバブル消費に頼ることができなくなった。それでも成長が期待できるのは、ヒスパニックを中心に大量の移民を抱えているからであり、ドル安で製造業の復活を企図しているからでもある。
 移民の賃金は安い。日本でいう非正規雇用者が多く、移民の子弟もサービス業のアルバイトで雇用されている。ある本では、移民の学生アルバイトでは時給3ドルで働いている事例があるという。アメリカ経済はこのような低賃金層によって支えられているし、これからもそれは続く。産業界からの視点で見れば、これが成長の一つの要素になるのである。通常は安い労働力を求めて海外に進出しなければならないが、こちらから行かなくても来てくれるのであれば都合がよい。彼らに、生活の保障を十分に与えないまま低賃金で働かせたとしたら、実質的には国内に植民地を持ったも同然である。そのように考えるとアメリカの成長力の本質が見えてくる。

 日本はそれをまねるべきではなかろう。一般的に国の垣根を越えて民族が交流し、足りない点を補い合うことはいいことだ。それであれば、外国人という理由だけで権利を制限したり、待遇を切りつめたりすることは避けなければならない。そういうルールを守ったうえで助けてもらえばよいと思う。差別と収奪は、結局国の基盤を弱くし、安定的な成長を妨げるだろう。

2010年10月12日 (火)

タクシードライバーの嘆き

 京都でタクシーに乗った。忙しいかと聞くと、秋の行楽シーズンに入って人出は多いとのことだった。しかし最近の観光客の行動について大いに不満がありそうであった。

 短い時間だったのでそれほど深い内容ではないけれど、そのタクシードライバーから聞いた話を書き留めたい。
 京都を訪問した人の向かう先は決まっていて、金閣寺か清水寺に行きたがる。二度三度と来る人も相変わらず金閣と清水さんである。京都にはいいところがたくさんあるのに、そこに集中してしまうのはもったいない。集中すると、とにかく混雑し、車が進まなくなる。京都に来るなら目的を明確にして計画的に動いてほしいものである。
 高速道路で一日千円の割引が開始されてから、京都市内に車で入り込む観光客が多くなった。慣れない運転で市内を走り回り、名所では駐車場を探すも見つからず引き返し、結局うろうろしただけで帰っていく。タクシーの運転手からすれば、あの車が邪魔で仕方ないらしいのだ。ただ単に邪魔しに来ているだけだという。その手の車が数十台入っただけで混雑がひどくなるというのがタクシードライバーの見解であった。

 京都にお越しの際は、電車、バス、タクシーをご利用ください。

2010年10月11日 (月)

関西学院が優勝に近づく(関西学生野球連盟)

 関西学生連盟の秋季リーグで関学が同志社を連破して1993年春以来の優勝へ一歩近づいた。関関戦で勝ち点を上げれば優勝。2敗すれば、最終節の同立戦で勝ち点を上げた方の優勝となる。昔関大、今近大、忘れたころにやってくる関学という感じだが、今季はいいチャンスなのでなんとしても優勝したい。学校関係者も、ラグビー部に続く快挙を待ち望んでいることだろう。

 今季の関学は蒔野、飛嶋の二枚看板が盤石であり、大量点を奪われる試合は皆無である。打線は活発ではなく、投手に負担をかけているので、関大戦では早めに得点して二人を楽にしたいところだ。相手の関大は京大以外に勝ち点を上げることができず、波に乗れていない。順当に進めば関学の勝利は固いところだが、関大が意地を見せ、逆に関学が優勝を意識して硬さを見せると番狂わせもありうる。

 関学のメンバーを見ると、高等部のチームで甲子園を湧かせた山崎が捕手で入っている。今日の試合ではリードはもちろんのこと打撃でも活躍した。ムードメーカーとして貴重な存在になるに違いない。

砥石としての加藤周一

 私は、考え方に迷った時には加藤周一に戻るようにしている。錆びついた感性を加藤という砥石で研いで再生するのである。

 加藤は日本でもっとも良質の知識人に属するだろう。そのポジションは権力よりもずっと大衆に寄っている。ものの見方がフェアなのは、経験と知識の豊富さが背景にあるように思われる。じっくり構えて、社会の大きな流れを読み取るスタンスは一般の社会人にはまねのできないものであり、そこに知識人の存在価値があるのだが、その点において加藤はもっとも強い輝きを放っていると言える。

 日本人は大局をつかむことを苦手としているように思う。信仰を持たないからなのか、持っている信仰があまりに現世的で遠くを見ないからであろうか。それとも科学的精神に欠けるからであろうか。いや、理由は何であれ、大衆の一人ひとりにそれを求めるのは酷かもしれない。であればなおのこと、しっかりと現実を観て、実はこうなっているのだと説明できる人の存在が必要になる。加藤はそういう役割を担っていた。

 加藤は逝ってしまったが、その著作は残る。砥石にしばらく不自由することはない。

三男のバレーボール観戦

 昨日、バレー部に所属する中学二年生の三男が初めての公式戦に出場するということで観戦に行ってきた。応援に行ったと書きたいところだが、息子の日ごろを知る親からすれば、こいつがレギュラーになっているチームであれば到底勝負にはなるまいと思った。

 結局勝負にはならなかった。2戦して2敗。今日見たチームの中では一番弱い。まず基本ができていない。レシーブがセッターに返らない。だから攻撃ができないので相手のコートにボールを返すだけなのだ。点数は少しは入るが、それは大半が相手のミスによるものだ。中学生だとサーブミスが結構ある。その分の得点は見込める。

 一応バレーボールの形ができているチームもあった。レシーブがセッターに返り、トスも打てる範囲に上がり、アタックも強く打てる。息子のチームと比べると雲泥の差である。
 基本から鍛えなおすべきである。体力も他のチームの選手と比べて劣っていると思えたので、これも鍛える。基本ができれば少しは戦えるようになるだろう。悲観することはない。

 息子も思っていたよりはましなプレーをしていた。背が伸びて筋力が付けばバレーボールの選手らしくなるだろう。

2010年10月10日 (日)

一極集中

  たまには文化的な生活も必要かなと思って、インターネットで演奏会の情報を検索した。そこで気付いた明確な特徴は、圧倒的に東京での開催件数が多いということだ。大半が東京だと言っても過言ではない。これは人口が集中したことの結果として考えられるが、そのことがまた新たな集中を生み、同時に地方の衰退を加速するのではないかと心配される。

  首都に政治、経済、文化が集中するのはどういう理屈だろうか。中央集権国家なら政治が集中するのは当然の結果である。地方議会もあり、議員の数も国会の何十倍にもなるが、重要な案件はすべて国で決められている。地方分権が声高に叫ばれているが、簡単に進みそうもない。経済は、それぞれの地域で住民が生活を営んでいるのだから、過度に偏重すれば生活が成り立たなくなる。だから政治ほど集中はしないが、それでも東京の一人当たり年収は沖縄の2倍以上である。市場経済の場合、もっとも効率的な資本の配置が志向されるので、どうしても特定の狭い地域に集中する。社会資本にしても、人口を密集させた方が一人当たりの費用は安く上がるのである。このままいけば、ますます地方が疲弊するのは必至であろう。
 文化はどうだろうか。高度成長が始まるまでは、確かに外来のモダンな文化は都市部が特権的に受容していたが、伝統的な文化は各地域に根付いていた。ところが、高度成長以降は欧米の消費文化が入り込んで日本中を席巻した。それはマスコミを通じて流布したとも言えるし、外来の消費財の普及とともに浸透したとも言える。伝統文化の維持に努める人達が各地にいるのだが、守るのは厳しそうだ。

 ところで冒頭に述べたのは演奏会の話で、そこには伝統芸能も含まれるが、多くは西洋音楽である。これらは消費財とともに押し寄せてきた流行音楽とは違うものだ。西洋の伝統音楽だ。日本の伝統文化とともに、これも人類の文化的遺産として残したいものである。都市の住民にしか届かないというのはもったいない話である。ところが、楽団などを維持したり、一流の演奏家を招待するには巨額の費用が必要だ。前にも書いたが、この分野に行政は金を出さない。勢い、客の入る都市の演奏会だけが生き残ることになる。
 こういう変化は、大きな社会の変化にともなって起こっているもので、部分的に解決は難しいのだが、流れに任せておくには少々リスクが大きいように思う。人類の遺産の喪失なのだから。人間が偉大な生物だと思いたいなら、人間の作り上げた文化をもっと誇るべきではないのか。

 一極集中。看過すべき問題ではない。

横山ノックのこと

 亡くなった人のことをとやかく言いたくはないが、横山ノックの最期は惨めなものであった。芸人としては有能な人であったと思う。漫画トリオの映像を見ると、しゃべりの間の良さには感心する。その後参議院議員に転身し、どれだけ選挙区と国に利益をもたらしたかは疑問であるが、とにかく安定した地位を築いていた。今考えれば、ここで留まっておればあのような悲惨な結末は待っていなかった。
 あまり関心はないので調べていないが、おそらく知事に担ぎ出した人間がいたはずだ。もちろんその人の利益のために。思慮の足りないノックは安易に乗ってしまった。そして、これが当選してしまうのだから大阪は怖い。知事の責任は一参議院議員よりもはるかに重たいものだろう。彼の仕事が、関西経済の低迷の大きな要因になったと言われたが、当たらずとも遠からずだろう。しかし、彼本人にはもともと独自の政策観があったわけでもなく、取り巻きが無能であったのか、もしくは私腹を肥やすことに有能であったかのどちらかであるに違いない。最期の破廉恥な行為は、自分の生き方を見失った彼の人生には象徴的な出来事であった。

 ついでに

 ノックの事件が起こったときに、彼を選んだ府民が悪いという主張も多く聞かれた。これは正しくもあり、間違いでもある。
 当のノックが批判されるのは全く正当なことであり、何の配慮も要らないが、府民を批判するには一定の配慮が必要である。巷で何を言おうが、それを知ることができないので考慮に入れられないが、マスコミなどで学者などが発言する場合にはよく考えるべきだろう。日ごろ府民から遠く離れて、自分の狭い世界で生きている学者が、たとえ自分がノックを支持しなかったからといって府民を批判するのよくない。そういう人はノックだけをやりこめていれば罪はないのである。そうではなく、日ごろから府民とともに生きており、府民の生活向上をまじめに願っている学者であれば、あなたたちの選ぶべきはもっと他にあったと言えるだろう。それは信念に基づいた叱責である。選挙において投票の強制はできないわけだが、ノックの選択はあまりに府民にとってリスクが大きかったのである。

 文字通り、ノックは無用であった。

2010年10月 9日 (土)

天気予報がよく当たるのだが・・・

 近年、天気予報の精度が高まった。昔は天気予報は当たらないものだと思っていた。それでも6、7割は当たっていたらしいから、外れたときの印象の強さが信頼性を低めていたのだろう。

 ヤフーの天気予報では狭い地域の雨雲の変化が見れる。もうすぐ降り始めるという判断もできるようになっている。週間の予報もかなり正確である。だから、思いかけず雨に降られるという経験をしなくなった。

 未来を正確に予測できることはいいことなのだが、時に意外性を求めたい。旅行を計画したのに予報が悪くてがっかりしていたのに、朝になるとすっかり晴れあがっていていて喜ぶとか、日ごろの行いがいいから神様がご褒美をくれたのだとか思ったりすることも生活の中にあってもよさそうなものだ。

 遠い将来に視線を向けても暗い雲が立ち込めていて光が差し込んでこない。なんとかそんな雲は蹴散らしたいのだが、せめて身の周りだけでもいいことが起こってほしいと思うのは普通の願いだろう。思いがけない幸運。考えたら、そんなことあったかな。そういえば、家内との出会いは思いがけない幸運だったのかもしれない。幸運はたくさんあるが、ほとんどが目標を決め努力したことによって得られた成果である。そこに運も絡んでいるが、全くの幸運ではないのである。

 あるとすれば、やはり、人との出会いなのだ。これは計画できないことだから。

 

2010年10月 8日 (金)

デューク・エイセス 筑波山麓合唱団 

 愉快な歌があった。蛙の鳴き方を真似してケロケロ歌ったり踊ったりする。コミカルな歌だが、コーラスがしっかりしているから安っぽい感じが全然しない。

 永六輔、中村八大コンビの日本の歌シリーズの一つである。どの歌を聞いても大人の歌だという気がする。ケロケロの歌もその表現が幼稚ではないのだ。これはどういうわけだろうか。大衆の生活感覚からは少し離れたところで、都会的な洗練された感覚が表現されている。それは高度成長とともに高学歴化し、一時的に増えた知識人層(そののちまた壊滅するが)にも受け入れられやすい詩であり曲調だったのだろう。当時の知識人は左翼的でありジャズを好んで聞いたが、デュークはジャズを得意にしていたのでちょうど上手くマッチしたのである。

 ケロケロケッケッケッケ・・・・・蛙も未来を楽観視していた時代

2010年10月 7日 (木)

管理職の研修に関して

 どこの会社でも行われているであろう管理職研修。私の勤め先でも1年間のシリーズで行われている。講師は主に外部の先生で、上司との面談も行われている。研修の中身やそれ自体の効果はさておき、やりっ放しにならないように研修の最後にそれぞれ課題を設定し、その後も定期的に報告し、先生のアドバイスをもらうようにしている。

 報告書について思うことがある。嘘は書いてもらったら困るが、上手に書いてもらう必要がある。ときどき、その内容について、後の評価にどうしてこんなに頓着しないのだろうかと不思議に思うことがある。どう考えても、こんなことを書けば管理者としては大幅なマイナス評価を受けるに違いないと思うのだ。
 いろいろあるが、部下の指導を課題に挙げている場合を想定しよう。この点に力量の不足があるから、この仕事を通じて指導をしようと計画を立てる。そこまではよいが、いくら指導しても変わらないという報告が出る。そして、それは部下の能力が根本的に不足しているからであって、どうしようもないとなる。もちろん適性もあるから、異動させるという選択はありうる。しかし、報告書上は、結局部下の指導を諦めたことになる。
 なかなか大きな伸びは期待できないが、少なくともこういう点では改善したとか、足りない点は今後こういう風に対応したいとか書けば、彼自身にも期待を抱くことができるのである。

 上の眼ばかり気にして仕事をするのも問題があるが、気にしないのも困る。そういう人は、それ以上の人にはならない。

2010年10月 6日 (水)

意外な人の名

 歌の動画を見ているとその歌の作詞作曲者の字幕が出るが、意外な人の名を見つけておやっと思う時がある。

 ダーク・ダックスの歌として知られている「銀色の道」。もとはザ・ピーナッツとの競作だったようだが、この作曲は塚田茂である。塚田といえば放送作家というイメージが強いが、多くはないが作詞も手掛けていたのである。他に西田佐知子が歌った「涙のかわくまで」もヒットした。

 北原健二の「ふるさとのはなしをしよう」の作曲はキダ・タローだ。キダといえば、テレビ番組のオープニング曲やCM曲が専門かと思っていたが歌謡曲の作曲もしていたのだった。他にヒット曲はなさそうだが、これは素晴らしい作品である。歌詞もいいが、ゆったりした曲調が詞に合っていて本当にふるさとを思い出してしまう。北原謙二の歌もうまい。

 他にも有名なヒットメーカーの名を思いがけない時に目にしたりする。意外に思うのは、それはまだ売れなかった時代の作品であったり、その人のイメージからすると作りそうもない内容だったりするからだ。遠藤実が山本リンダの「こまっちゃうナ」を作曲したと聞くと意外に思うだろう。

2010年10月 5日 (火)

人目にさらされる職業

 ニュースキャスター、歌手、俳優、芸人など不特定多数の人間の目に触れる仕事に就く人達がいる。もちろん、成功しなければ注目を浴びることはない。

 見られていると、良いことも悪いことも両面ある。女優ならば、見られることできれいになっていく。有名になることによる様々な特典もあるだろう。逆に、公衆の面前では常に緊張を強いられることがあろうし、プライバシーの侵害に対して一定の範囲は許容せざるをえない。

 常に見られていると、人間の変化を察知されてしまう。長くその世界で生きていれば、ああ老けたなあとか、太ったなあとか思われる。それは仕方のないことだ。また、定期的に、かつ長期にテレビに出ていたりすると体調まで分かってしまう。
 たまにキャスターなどで体調を崩し、休んだり降板したりする人がいる。明らかに痩せてきたとか、精気がなくなったとか、声が出にくくなったとか感じる場合がある。本人にとっては知られたくないと思うが、観ている方は画面を通じてでも分かる時がある。山際淳司がキャスターを務めていた時がそうだった。明らかに痩せてきて顔がげっそりしていた。それからしばらくして降板し、間もなく他界された。あそこまでよく辛抱して席に着いたと思う。
 漫才の三球照代のビデオを見たときに、照代さんの声が聞き取りにくかった。解説を聞くと、それからしばらくして倒れたそうだ。そう知って聞くと痛々しい。なぜそうなっても舞台に立ったのか。芸人に生活の保障はないからそうせざるとえないという面もあろうし、仕事をしたいという欲求もあるのだろう。
 北原謙二は脳内出血で倒れたがリハビリして復帰し、何度か懐メロ番組に出演した。見るからに後遺症があって痛々しいが、同じ病気に罹った人には励ましになるのかもしれない。

 見られることによって大きな快感を呼ぶが、見られなくなったときは残酷な終幕を迎える。

2010年10月 4日 (月)

白鳳の連勝記録

 白鳳が双葉山の連勝記録69を破るのは間違いないだろう。来場所が勝負になり、白鳳自身にもプレッシャーはかかるが、相手も同様に緊張するし、こんな場面で勝てば何を言われるか分からないという気持になって、防衛本能が働くことにより体の動きが委縮する。お互いの関係から見れば白鳳が有利である。

 相撲は一対一の勝負であるが、一場所十五番を全部勝つのは難しい。一瞬で決まる勝負だけにちょっとしたタイミングの遅れやバランスの崩れが命取りになる。それを考えると白鳳の連勝には価値がありそうである。角界にはよい話題がないので、記録の達成は協会としても期待するところであろう。
 勝負は人間同士が行うものであり、人間はさまざまな社会的関係を結んでいるので、そういうものの影響を受けざるをえない。まして封建的な要素を持っている相撲の世界であればなおさらだ。八百長だとは決して言わないが、純粋な世界だと言うわけにもいかない。

 記録を達成すれば、対戦相手は気楽になり、白鳳の方はほっと一息つくだろうから、敗れる可能性が高まりそうだ。72~75連勝ぐらいで止まるのではないか。後半の大関戦が見どころだ。

 ところで、柔道の山下康裕は203連勝という記録を打ち立てている。これはとてつもない記録である。

2010年10月 3日 (日)

優勝おめでとう中日ドラゴンズ

 最近テレビ中継も見る機会がないので、以前に比べて優勝の喜びは小さいが、それでも嬉しいことに変わりはない。途中ではなかなか貯金できずに苦労していて、見ている方としては3位を維持してCSに出られたらいいぐらいに思っていた。
 それが終盤になって勝ち星を積み上げ、阪神と巨人の足踏みがあったことも味方してぎりぎりの1位となった。

 優勝の要因として大きいのは投手陣の踏ん張りである。特に浅尾が大車輪の活躍であった。それはホールドポイントの記録に現れている。岩瀬も、何試合か失敗したがよく投げた。ほんとによく仕事をする人である。先発陣も後半調子を盛り返して頑張った。得点力がないだけに投手に負担がかかるが、力のあるまっすぐを中心にスライダー、フォークを上手く使って失点を最小限に抑え込んだ。はやり武器は速いまっすぐだ。これを自信をもって投げ込めば、特に広い名古屋ドームでは一発を食らうことがない。この点が徹底されていたと思う。
 打線では和田の頑張りが目立った。しかし、井端の戦線離脱やブランコの不調などマイナス要因が多く、課題を残した。

 最後に、このような戦力で優勝まで持って行った落合監督の労をねぎらいたい。どんな状況でも現有戦力を最大限活かすことを考えている監督で、指揮官の一つの型を示している。基本的には頭がよい。現役時代も自分の力を知り、日本の投手、日本の球場に合ったバッティングをしていた。

 優勝したおかげでCSはホームで戦える。ホームの試合の勝率は驚異的に高い。期待したい。

早稲田が東大に敗れる

 たまにあることだ。東大だって勝つ時がある。時習館高校出身の1年生投手鈴木が好投し、打線も相手が不調だったとはいえ、斉藤・大石から4点を奪った。京大も同じだが、たまに投手が好投しても点が取れない。打線の弱さがネックになっている。ドラフトで指名されるであろう二人から4点取るのは奇跡的である。

 私が現役の学生だったころ、東大には弱いと言われていた。戦績を見ると決してそういうことはないのだが、偏差値コンプレックスがあったからだろうか、一般の学生の間でささやかれていた。野球部の選手にはあまり関係ないように思うのだが。実際には、絶対に落とせない試合だという意識がプレーに硬さを呼んだのかもしれない。

  私としては母校の早稲田に頑張ってもらいたい。確実に勝ち点をとり、立教戦は確実に戦い、最後の早慶戦に勝てば優勝だ。確率的に東大に連敗することはまずない。よほど硬くならない限り。

 (東大の野球部の登録選手リストを見ると、さすがに理科Ⅲ類(もしくは医学部)の学生は少ない。3人いるが、すべて灘高校出身というのも面白い。)

 

弱いものが勝つ方法 序説

 強いものが勝つのは世の常である。もちろん絶対に勝つとは限らない。弱いものでも戦い方によっては活路が見出せる。そこに勝負の醍醐味がある。

 世の中弱いものが圧倒的に多く存在している。少数の勝者が戦利品を独り占めするのも世の常であろう。しかし、いつまでも負け続けているわけにはいかないのだ。強いものでも時に敗北する。その時の相手が自分になるように知恵を凝らさなければならない。

 勝負といってもいろいろある。分かりやすいのはスポーツだが、古来戦争があったし、今でも政治や経済活動における競争は常に行われている。スポーツのなかでも、一対一の勝負もあれば、チーム同士の戦いもある。それぞれ戦い方が違ってくる。政治の戦いは自分が代表する集団の利益を背負っているし、相手が限られるから熾烈を極めるであろう。経済の戦いは、相手が数多く存在する場合が多く、戦っている感覚が希薄になる傾向があるが、失敗すれば経営の、あるいは生活上の困難を招くので気を抜くことができない。

 ここでは、相手が集団である場合を想定しよう。

1 敵の弱みを知る
 まず、相手の弱みを知ることが大事だ。それも個々の成員の弱さよりも組織的な弱点の把握が優先する。これは組織が大きくなればなるほど重要である。少人数同士で戦うゲームであれば、プレーヤー一人一人の研究が欠かせないのだが。
 時に組織の結束が弱まる時があり、こういう状況でその傾向が強まるとの情報があればそこが攻撃のタイミングになる。おおよそリーダーが交代になったときには組織の紐帯はリセットされるものであり、短期ではあっても一瞬緩む。また、厳しい状況での戦いが長期に続いている場合、成員に心身ともに疲れが出て一服感が生まれる。そこで組織が緩む。ここも狙い時である。
 各組織には特徴がある。得手不得手があるのはどこにもあてはまる傾向だ。不得手なところを責められるといやなものである。あまり気にするほどの影響がなくても気を取られることがある。リーダーがそこは気にしなくてよい、放っておけと明言すればよいが、曖昧にしていると得手の部分に注がれるべきエネルギーを失うことになる。

2 自分の強みと弱みを知る
 1の裏返しである。ここで注意しなければならないのは、強みは意外にも弱みと紙一重である場合があるといことだ。確固とした指揮官がいれば強力な組織でありうるが、これがいったん弱り始めるとたちまち脆弱な組織となる。攻めの得意な組織は確かに強いが、概してそこに資源を集中しているため、守りは手薄である。そこに着目して、バランスを再検討する必要がある。その際には、個々の利益にこだわらず全体の利益を優先するものの見方を持つ必要がある。セクショナリズムは正しい認識を阻害する。

3 情報戦に勝つ
 情報に対する感度を上げる必要がある。入手手段を充実させる必要があるが、意外に情報は入っているものである。しかし、重要性が判断できないので見逃していることが多い。正しく評価し、戦術に結び付ければ行動の無駄を無くすことができる。

4 相手を大きく見ない
 実際以上に大きく感じる必要はない。メンタルな面で劣勢に立てば、すでに敗北は決定したも同然である。

5 自分ができることに集中する
 できないことをやろうとしても無理がくるだけである。とにかく自分の力を100%だすことに集中する。 

6 時にかく乱する
 奇策に溺れてはいけないが、がっぷり四つに組むと苦しい。様子を見ながら攻撃に変化を加える。

7 敵失に乗じる
 非常に大事なことだ。相手にもいくつかミスが出る。ここでこちらの力を集中させ一気に攻めることが必要だ。決断したら一気だ。

8 兵站の重要性
 補給部隊、裏方の力が欠かせない。組織は総合力だ。日ごろから裏方を大事にしていない組織はいざという時に戦えない。

 かなり思いつきで書いてしまったが、孫子の兵法でも読めばまとめて書いてあるだろう。弱いものが勝つためには、ノーガードで殴り合うような戦い方は避ける。時にすねに噛みつくような行動も必要なのだ。そうすると強者はひるむ。そして、相手として避けるようになるのだ。避けられているうちに力をため込むのである。

2010年10月 2日 (土)

脳の活用について

 人間ほど脳の発達した動物はいない。脳科学の発展によってその働きが徐々に解明されつつあるが、未知の領域はまだ広い。
 進化論によれば、人間の頭蓋骨はこれ以上大きくなれないそうだ。出産のときに産道を通過できないリスクが高くなりすぎるからであり、女性の胎盤が大きくなる方向に進化しない限り頭の大きな胎児は生き残ることができない。もっとも、医学の発達は帝王切開等によってそのような個体も救済するであろうが。

 これ以上大きな脳を持つ必要はないだろう。それよりも有効に使うことの方が重要である。

 生まれ授かった能力を十分使っている人間は少ない。科学や芸術を生業にしている人は少ないし、一般の労働においても知的な能力を活かせる職種ばかりでもないだろう。また、大方の人は目が覚めてから生活のルールに基づいて淡々と生きているのだという言い方も可能だ。脳に余力はいくらでもある。

 とはいえ、科学やさまざまなテクノロジーの発達を見てると、知の有効性について疑問を抱かざるをえない。月に人間を運ぶロケットや電子工学の技術は生活分野にも使われたに違いないが、直接的には兵器の高度化に使われた。金融工学の発展は、結果的に世界経済の大混乱を招いた。だから、無条件に知の発達を歓迎するわけにはいかない。

 日本では知の衰退によって国力の低下がとめどなく続くと心配されている。その認識に誤りはないだろう。対応策を考えるにあたっては、その「知」の在り方を考え直した方がよい。しかし、単に経済の国際的な競争に勝つだけが目的になれば、教育の中身が技術者の養成だけになってしまう。より幅広く、社会の在り方を問う志向性が欲しいし、それには意識的にそういうものを育てる場を設ける必要がある。

 家庭を治め、地域を治め、組織を治め、国家を治める知恵が必要だ。そして国際社会を治める知恵も。こういうものは、頭がいいから考えられるものではないと思う。

2010年10月 1日 (金)

小池真理子 「恋」

 直木賞を受賞した作品である。新潮文庫の裏表紙には、小池文学の頂点を極めた作品と紹介されている。小池さんの作品は初めてだったので、小池文学とはいかなるものか知らない。

 大久保という名の青年が雛子の前に現れてからストーリーが一変する。それまでは腹違いの兄である夫(私生児であったために婚姻できた)の片瀬信太郎を愛しながらも、夫以外の男性とも関係を結んでいたのだが、本気になることはなかった。しかし、大久保には出会った瞬間に心を奪われ舞い上がってしまったのだ。片瀬は、雛子の隠し事のないオープンな交遊は許容してきたが、大久保との正味の恋愛は許すことができなかった。二人の関係は一気に険悪になり、片瀬は雛子に暴力まで振るうようになり、雛子は大久保のもとへと逃走する。

 さて、この小説の主人公は矢野布美子である。M大学の学生であり、学生運動家である唐木を恋人に持っていた。同棲生活を送っていたが、唐木が病気になったこともあって関係が冷え、結局唐木が部屋を出て行った。その後、知人から条件のよいアルバイトとして片瀬の仕事の助手を紹介される。それは英国の小説を片瀬が口頭で訳したものをノートに書き留める仕事だった。その小説とは男女の奔放な性を描いたものであったが、片瀬夫妻と布美子との関係もそこに描かれる世界に似たものになっていく。布美子は、現実感のない有閑階級的な世界に耽溺する。

 大久保の登場は、虚構の世界を崩壊させた。夢から覚めたように生々しい世界が現れた。欲望と嫉妬と侮蔑の渦巻く世界。この回転にこの物語の焦点がある。並行して語られている「学生運動」の終着駅たる浅間山荘事件の終結もまた、虚構の崩壊であった。夢の世界の終焉を象徴的に描いたのが、この小説ではなかったのではないだろうか。
 矢野布美子は片瀬夫妻と自分との関係を壊し自分を嘲る大久保に憎悪を感じ、軽井沢の別荘で猟銃を使って殺害する。そして殺人犯として刑を受けた後、世間から隠れるように生活を送っていたが、若くして癌を患い死亡する。片瀬夫妻もまたひっそりと暮らしていたが、矢野布美子のことは忘れていなかった。決して再び会おうとはしなかったが。

 ところで、片瀬夫妻は腹違いの兄妹だったが、それにどれほどの意味があったのだろうか。

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