« 紅白歌合戦Ⅱ | トップページ | 「死」について考える »

2010年9月11日 (土)

阿鼻叫喚 9・11から9年目

 上海のホテルでテレビを見ていたら、あの9・11の映像を繰り返し流していた。今日からちょうど9年前の事件である。テロリスト13人を含めて2,993人が亡くなった。

 ボーイング機がワールドトレードセンタービルに激突するさまは衝撃的だが、現場で音や振動や臭いや熱を感じていないので、現実感には乏しい。それよりも、ビル周辺で立ちすくみうろたえている人びとの表情に事件のリアリティーを感じる。茫然とするひと、泣き叫ぶひと、震えるひと・・・様々だ。眼前で起こったことがあまりにも大きくて、自分の認識・理解の範囲を超えてしまい、ただただ、情動的に反応するしかないのだろう。

 他に、人間が経験した惨事はたくさんあるが、戦争を除いて記憶につよく焼き付いている事件をふり返ってみると、やはり身近な日本での事件に絞られてしまう。

 1995年3月20日の午前8時ごろ、地下鉄サリン事件が発生した。オウム真理教のテロリストたちによって地下鉄車両内で猛毒のサリンが散布され、結果的に13人の死者を出した。一般市民を巻き込んだ前例のない化学兵器によるテロの発生は日本国民に大きな衝撃を与えた。そしてまた、世界にも驚きを持って受け取られると同時に、日本は安全と言う神話が崩れ去った。連日マスコミによって報道され、日常の生活でも話題にならない日はなかった。

 2005年4月25日の午前9時18分ごろ、JR福知山線で脱線事故が発生した。事件後、会社の後輩からすごい事故があったらしいですよと告げられたが、これほどの惨事とは思いもしなかった。107人が死亡し、JRの安全に対する姿勢が問われた。サリンテロのように故意に引き起こした事件ではないが、結果的にそれをはるかに上回る死者を出したのであり、乗客を安全に運ぶという旅客事業の責任から考えれば、一つの犯罪として扱うのが妥当だと思われる。

 現場は阿鼻叫喚の状況であったろうが、その場に居合わせていなければ想像の域を出ない。それでも過去から教訓を得るためには、阪神大震災などの自然災害も含め、記憶を風化させぬよう、繰り返し報道すべきである。

 もうこれで終わりにしようは、なしにしよう。 

« 紅白歌合戦Ⅱ | トップページ | 「死」について考える »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 紅白歌合戦Ⅱ | トップページ | 「死」について考える »