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2010年9月14日 (火)

嗜好の違い 特に味覚の民族性

 外国に行って一番困るのは言葉が通じないことであるが、次に辛いのが食べ物の違いである。

 外国といっても、中国の話である。上海で仕事をしていると基本的には中国料理を食べることになる。そして2日もたつと食べたくなくなる。福建省へ行くと、上海よりは日本の味に近くずっとましであるが、それでも飽きが来る。日本料理店を探して定食を食べたり、パン屋であんパンを買ったり、マクドナルドに行ったりするようになる。古北路の「魚ざんまい」という日本料理店で食べたサバの塩焼き定食はこの上なく美味しかった。しかし、日本料理だからと言って、どこでもおいしいのではない。浦東空港で食べた北海道ラーメンは、味噌ラーメンのつもりだろうが、実際は味噌汁ラーメンだった。吉野家は牛丼でも少し味がからかった。
 古北路の店の場合は、食べに来る客が日本人中心だから日本の味そのままだが、チェーン店化した店は中国人の口に合わせた日本風の料理になっている。

 素材に大きな違いはないのに、この味付けの違いはなんだろうか。昔からそういう味に慣れ親しんでいるから、それがおいしく感じるという理屈だろうが、それでは始まりはどうだったのか。調味料は、塩は別にしても身近で手に入る材料に由来するものに違いない。調理方法は、気温が高ければ火を通さざるをえないというような気候条件に左右される面もあろう。そのような地理的条件に制約を受けながら、時には民族の移動・交流によって文化的な影響も受けつつ変化していったのだろう。
 それにしても日本食はおいしい。中国の人に聞いてもおいしいと言うから、正味おいしいのだ。さきほど述べた、地理的な側面においても、文化的な側面においても日本は好条件にあるからに他ならない。ああ日本人でよかったなどど改めて思わないが、恵まれた条件にあるとは思う。

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