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2010年9月 3日 (金)

生活倫理と職業倫理

 先日、仕事の考え方について書いた。いわゆる職業倫理についてふれたのである。そこでは養老孟司さんの文章を引用した。ただし、養老さんに独特な考えではなく、これは日本に古くからあるものである。それが注目されるのは、現代においてほとんど失われた思想だからである。
 再度引用する。
「仕事は自分のため」ではない
 もちろんある程度の能力が評価されるのは当然です。しかし、その評価方法(注:能力主義、業績主義)があまりに幅を利かせると、偉くなった人は「俺は能力があるから偉くなったんだ」と考えるようになります。そうすると、仕事が世間のために存在していて、あくまでも自分はそのお手伝いをしているのだという考えが消えてしまいます。本当はそれが肝心なことのはずなのです。
 
 近江商人に「三方よし」という考え方がある。売り手よし、買い手よし、世間よしだが、考え方から言えば、買い手、世間、売り手の順になる。自分は、お客様、世間様のあとに来る。お役に立つのが自分の使命であり、お役にたってこそ自分の存在証明としての利益が巡ってくるのである。

 大きな企業はこぞってお客様のために仕事をしているのだとPRする。しかし、社員に幅広くこの考え方を浸透させるのは容易ではない。何しろ世間全体に職業倫理なるものは失われているのだし、構造変化によって働く者にとっての環境は悪化の一途をたどっていて、生き残るのに汲々としているからである。とはいえ、逆に生き残るためにこそ、公的な価値を前に出した倫理の確立が求められる。過度の競争によって全体が疲弊することを避けなければならないのだ。

 職業倫理が社会の観念的な土台を築くと考える。加えて、より広く考えると生活の倫理に及ぶ。これも以前書いたが、これからは「喜捨」の精神がキーポイントになる。自分が得ることよりも、自分のものをいかに喜んで捨てるかである。それは必ずしも物やお金である必要はない。「働き」でもよい。ボランティアもここに含まれる。自分を高く「売る」ことが喧伝される世の中では、このような精神が育ちにくいことは事実だが、それなしには未来像は描けないのではないかと考えている。

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