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2010年9月20日 (月)

カラオケ 歌詞と映像のアンマッチ

 たまに行くカラオケであるが、曲は十二分に揃っていて歌いたい歌がないということはまずない。しかし、一つ一つのソフトのつくりがかなり手抜きである。昔はソフトの数は少なかったが、もっと凝っていたような気がする。それだけ一本のソフトの価値が小さくなったのだろう。

 何年生まれだと聞かれそうだが、青木光一の「柿の木坂の家」を選曲すると漁港の映像が出てきた。歌の中身を知らないでくっ付けたのか、それとも地方の映像を流しておけばとりあえず郷愁を誘えると判断したのか、いずれにしても安易である。次に「城ケ島の雨」を選曲した。これをカラオケで歌うのは無謀だった。歌に合わせてピアノを弾いてもらわないと形にならない。それはさておき、映像だが、なんと原っぱが映っている。城ケ島でなくてよいから、海の画はなかったのか。最低限、晴れていない海がよい。風景だけでよいのである。船頭さんはなくてよい。原っぱじゃ情感は湧かない。
 ほかの曲を歌っていると、緩やかな丘陵地帯に広がる水田の映像があった。柿の木坂のバス停は山道の途中にあるのだろうからこの場所とは違っているが、漁港よりははるかにフィットしている。これを付ければよかったのだ。それぐらいの融通は利かないのだろうか。

 仕事の条件からして、そういう選択肢はないのだろうか。そもそもそういうことがわからない人が仕事をしているのだろうか。それほど厳しい要求でもないように思うのだが。

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