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2010年8月 4日 (水)

空間を奪われるということ

 人間だれしも同じだろうが、狭いところに閉じ込められると強いストレスを感じる。実体験はないけれども、映画で独房に入った囚人を見たり、潜水艦で長期間戦闘を続ける兵士を見たりすると、こちらも胸が締め付けられる思いがする。
 どちらも特殊な状況で、体験する可能性はすくないけれども、想像の世界でさえこの圧迫感だから、現実はどれだけ厳しい状況か分からない。身を律していればそんな目に遭わぬだろうとは言え、突然予期せぬ災難が降りかかる恐れもないとは言えない。実際、地震でしばらく崩れた家屋の下で生き埋めになっていた人を知っているし、誤認逮捕されて留置されたり収監されたりする人も報道で聞く。また、言論の自由がない社会になれば、まともな主張をしても引っ張られる恐れがある。
 人間にとって空間を奪われることは恐怖なのである。それは生理的に不自由を強いられるという意味において重大なだけではなく、意識の封じ込め(想像力を奪われる)という意味においても深刻である。罪を犯したことに対する代償としての苦痛は受けざるを得ないが、自分自身に起因しない災難は免れたいものだ。

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